君の名は。SS 砂時計。

 10/4前なので一旦上げますが、後日修正するため消すと思います~

(修正版を改めて上げる予定です)

 

朝、目覚めると机の上に見慣れないものが……
いや、正確には見たことはあったのだが、少なくとも自分の家にはなかったものが置いてあった。
「砂時計……?」
青い砂時計。これは確か三葉の机に置いてあったもの。
それが何故ここに?
日記アプリを立ち上げてみれば、昨日の出来事の中にそれは記されていた。

>可愛い雑貨屋さんでウチのと同じ砂時計を見つけました!
>嬉しくなって思わず買ってしまいましたぁ♪

……あの野郎、人が稼いだ金をまた使い込みやがって。
砂時計を手に取り、ひっくり返すとサラサラと煌めく青い砂が零れ落ちていく。
確かに綺麗だが、これを普段何に使えと?カップラーメン用か??
サラサラ……
零れ続ける砂時計を見つめていると、自分の周りの時間だけゆっくり流れるような不思議な感覚に囚われた。

「瀧ー、起きたのかぁ」
洗面所の方から親父の声が聞こえてきた。
「あ、悪ぃ、すぐに飯の支度するから!」
砂時計を机の上に置くと朝の準備のため部屋を出る。
扉を開けたところでもう一度、砂時計に視線を向けた。
頭に浮かんだのはあいつのこと。

――今頃、あいつも朝飯かな?

口許が緩む。入れ替わりの生活が始まって間もなく一ヶ月。
一番近くて、だけど遠い、この不思議な関係。
会ったこともないけど、それでも最近は彼女との繋がりを感じる……
それが何となく嬉しくて、今日も一日楽しくやれそうだ、と気分も軽やかに部屋を出る。

誰もいなくなった部屋。机の上の砂時計は何事もないように砂が零れ続けていた。

 

「ふぅ……」
宿題もひと段落。教科書を閉じると、椅子の背もたれに寄りかかり、うーん、と腕を伸ばす。
両手で頬杖をついて、頭を休めるように何を見る訳でもなく暫しボーっとする。
「瀧くん、今頃アルバイトかなぁ」
傍らのスマフォのボタンを押すと時間が表示される。この時間ならきっとアルバイト中だろう。
「遅くまでお疲れ様やね。あー……でも、私もカフェで食べすぎるの、ちょっと控えた方がええかなぁ」
バイトが多いのは、自分がカフェで無駄遣いしていることも理由の一つだなぁと思い、苦笑いを浮かべる。
「でも、カフェに行っちゃうと、どれも美味しそうでついつい頼んじゃうんだよねぇ」
と独り言い訳を呟きながら日記のアプリを立ち上げた。

瀧くんとの入れ替わりが始まってもうすぐ1ヶ月。
今までのことを思い返すように日記を読み直す。
短い間に色んなことがあった。困ったこと、腹立つこと、怒ったこと、嬉しかったこと、そして感謝したこと……
最初の頃は男の子との入れ替わりなんてとんでもない!って思ってたけど、今は、こんなに楽しい日々はない。
この狭い町の中で、憂鬱だった毎日が、これ程までに楽しく感じられるのはきっと……
「瀧くんのおかげやね」
そっと目を閉じて胸に手を当てる。

――瀧くん、瀧くん……

まだ会ったことのない君の名前を、心の中で呼びかける。

ねえ、瀧くん。
サヤちんがね、私に、最近、少し積極的になった?って聞いてきたの。
テッシーがね、前より自分の意見言うようになったな、って言ってくれたんだよ。
この糸守じゃ、そんなにすぐに変われそうにはないけど、私も少しずつ変われるように頑張ってるよ。
瀧くんは今頃アルバイト?
奥寺先輩に迷惑かけないように頑張るんだぞ。
あとね……

ん?と思って目を開ける。

あれ?あれれ……?
何で私、瀧くんのことばっかり考えているんだろう……?

「変やの……」
机の右隅に置かれた砂時計に手を伸ばして引き寄せると、逆さまにして机の真ん中に置いた。
うつぶせてサラサラと静かに零れ落ちる砂時計を見つめていると、トクントクンと高鳴ってた鼓動が少し落ち着いてくる。

最近の私、瀧くんのことばっかり考えてて少し変だなぁ……
でも、君のことを考えていると、どこか心地よくて、ポカポカした気持ちになってくるんだよ。

零れ続ける砂時計にそっと触れる。
瀧くんと何か繋がりができたらな、と思って、つい雑貨屋で同じ砂時計を買ってしまった。
瀧くん、使ってくれてるかな?
その時くらいは、君も私のこと考えてくれてるといいな……

そうこうしている内に、煌めく砂は残り僅かになってくる。
全部落ちてしまうと終わりみたいな気がするから、その前に砂時計をひっくり返した。
「これでよし」
これなら、終わりじゃなくて元に戻るだけ。
明日もこの砂時計を見ながら瀧くんのこと考えていたいな……
そんなことを想いながら、私は元へ戻っていく砂時計を眺め続けていた。

 

バイトが終わり、夜遅く部屋へと戻った。
通学鞄を床に置くと、制服のままバタンとベッドにダイブする。
「疲れたぁ……」
三葉のヤロー、お前の無駄遣いのおかげでシフト入りまくりだよ!
「……ったく」
でも、どこか三葉のことを憎めなくて笑みがこぼれる。

三葉、お前に会ったら言いたいことがいっぱいあるんだぞ。
カフェでバカ高い、甘いもんばっかドカ喰いしやがって。
いくらバイトしてたって、俺の小遣いがもたねーっつうの!
あと、勝手に奥寺先輩と仲良くなりやがって。
男の俺が女子力なんかある訳ねえだろ!

……まあそれでも、お前がこっちで楽しんでるんだったら、少しはバイトのし甲斐もあるけどさ。
これだけ頑張ってるんだから、少しくらい感謝して欲しいよな。
面と向かって『ありがとう』くらい言えっての。
「何、変なこと考えてんだ、俺」
面と向かってとか、あいつに会いたいみたいじゃないか。

ふと三葉が買ったという砂時計が思い出された。
ベッドから起き上がり、机に向かうと朝、置いたままの状態でそれはあった。
椅子に座ると突っ伏して砂時計をひっくり返す。
朝と同じようにサラサラと静かに砂が零れ落ちていく。

「あいつ、もう寝てるかな」
急に始まった三葉との入れ替わり。この生活はいつまで続くんだろう……
この砂時計のように、砂が落ちきれば、時が過ぎれば、いつか必ず終わりは来るのだろうか?
「俺は……どうしたいんだろうな」
本当に終わりが来るんだったら、きっと俺はその前に……
「まあ、今考えてもしょうがないよな」
暫く砂時計を見つめてから、着替えるために立ち上がる。
それと同時に、時計の砂は全て零れ落ちた。

 

私は部屋に入ると、膝から崩れ落ちるように座り込む。
しん……と静まり返った部屋。鈴虫の音色が耳に届く。

ショックが大きすぎると涙は出ないらしい。
正直、自分が東京からどうやって家まで帰って来れたのかも、よく思い出せないくらいだ。
「阿呆やなぁ……私」
お祖母ちゃんに切ってもらって短くなった髪に触れる。
その喪失感は、心にポッカリ空いた穴を紛らわせるのに十分だった。

今日、私は東京に行った。そして……瀧くんに会えた。
会えた瞬間(とき)は運命だと思った。
だけど、瀧くんは、瀧くんは……

――……誰?お前

「うっ……く……」
自分の腕を抱える。胸が締め付けれれるように苦しい。

気づいてしまった。自分の想いに。
それはとても嬉しくて、でも同時に何故今まで目を逸らそうとしてたんだろう、と後悔して。
だから、これ以上後悔したくなくて、私は東京へ向かった。
それは今までの自分じゃとてもできなかったこと。
瀧くんとの出会いがあったから、瀧くんへの想いがあったからできたこと。

信じていた。
君なら、きっと分かるって。
君なら、絶対に私を分かってくれるって。
私は君で。君は私で。
私たちは世界で唯一の繋がりをもった存在なんだって。
それだけは確信していた……だけど、

なんて勝手な思い込み……

夢だから忘れてしまったのか。彼は私のことを覚えてもいなかった。
自分に芽生えたこの想いは始めることも、終わらせることもできないまま、心の中に宙ぶらりんで浮かんでる。
いっそ奥寺先輩とのデートがうまくいっている場面をこの目で見た方が……
見た方が……

「いやだ……」
そんなこと少しも思ってないくせに、と首を振る。

瀧くん、瀧くん……
ねえ、どうしてなの。
わからないなんてひどすぎるよ。
私、会いに行ったんだよ。君に会いたくて、この想いを伝えたくて、探し続けたんだよ。
そして君をちゃんと見つけたんだよ……
瀧くん……

制服から着替えようとフラフラと立ち上がる。
ふと視線に入ったのは机の上の砂時計。
ゆっくりと逆さまにすれば、いつもと変りなく砂が落ちていく。
それを眺めていると、彼を想い続けた日々が思い出された。
「う……うぅ……」
涙が一粒、畳の上に零れる。それを追いかけるように砂時計が畳に落ちた。
止められなくなった想いを受け止めるために私は両手で顔を覆った。
「う……ああぁ……」

その日、私は砂時計を元に戻すことができなかった……

*   *   *

机の上、流れ落ちる砂時計を眺めていた。
今日の奥寺先輩とのデートは散々だったけど、それほど落ち込んでいない自分がいた。

『今は、好きな子がいるでしょう?』

「いやいやいや……違いますって」
別れ際の先輩の言葉が思い出されたけど、否定するように独り呟く。
思い浮かんでいるのは、三葉のこと。
俺は別にあいつのことなんて……
スマフォの日記アプリに触れる。
「……お前に言いたいこと、いっぱいあるんだからな」
日記に書いた今日の出来事。

>いきなり奥寺先輩とデートの約束するんじゃねえよ!
>俺にだって準備が必要なんだよ!
>おかげで結果は、

そこまで書いて、日記に残すんじゃなくて、言葉で伝えたくなった。
繋がらなかった携帯番号。緊急時しかダメ!と言われているけど構うもんか。
もう一度『宮水三葉』と登録された番号に触れる。
発信音が鳴る。

入れ替わった時じゃない、あいつの声ってどんな感じなんだろうな。
いきなり掛けて、ちゃんと話できるだろうか。
そんなことを考えてドギマギしていたが、聞こえてきたのは、

『お客さまのおかけになった電話番号は……』

いつもの音声コール。
ハァ……とため息をつき終了ボタンを押した。
「ったく、電話くらい出ろよ」
ちょっとムッとした気分でスマフォを砂時計の隣に置く。
気付かないうちに砂は全て零れ落ちていた。
知らない間に何かが終わってしまったような感じがして、もう一度砂時計を逆さにする。
砂は何事もなかったように、再びサラサラと零れ落ちる。
それを眺めながら、俺は明日の三葉との入れ替わりを楽しみにしていた。

 

朝、目が覚める。
天井を眺め、自分が自分であることを認識する。
ゆっくりと身体を起き上げ、辺りを見回す。
……自分の部屋だ。
「……くっ!」
ベッドを拳で叩きつけるが、柔らかいクッション性のおかげでボスンと情けない音がするだけだった。

あれから数日。三葉との入れ替わりは起きていない。
週に二、三度あった入れ替わり。少なくとも三日に一度は入れ替わりが起こってもいいはずなのに、今日はもう四日目だ……
「……何でだよ」
眠ることをトリガーに起こる入れ替わり。原因だって不明だったはずだ。
昨日寝る時にあんなに強く願ったのに、どうして入れ替わりが起きないんだよ!
イライラしたまま、部屋を出る。

「おはよう、瀧」
「……おはよ」
ぶっきらぼうに挨拶を返すと、親父は眉をひそめた。
「なんだ、また喧嘩でもしたか?」
「そんなんじゃねえよ!」
親父に当たっても仕方ないが、イライラが募って口調が荒くなる。
「……まあ、いいが」
新聞を手に取ると親父は俺の頭にポスンと手を乗せた。
「先、行くけど朝飯は食ってけよ。人間、腹が減ると怒りっぽくなるからな」
「……ああ」
「じゃあ、行ってくる」
ガタンと扉が閉まる音が聞こえると、俺は朝飯を掻き込んだ。

 

授業中も心ここにあらずで、あいつのことを考えている。
あいつに何かあったのか?風邪でも引いて寝込んでるのか?
お前に言いたいことが沢山あるんだぜ。
せめて電話くらい出てくれよ……

既に何回も電話を掛けているが、あいつに繋がることは一度もない。
「三……」
あいつの名前を呟こうとして、一瞬記憶が朧げになる。
背中がゾクリとザワついて、心の中で必死に名前を繰り返す。

みつは、三葉……名前は三葉……
大丈夫だ。覚えてる。

終業のチャイムが鳴る。
俺はホッとして背もたれに寄りかかると、不意に肩を叩かれた。
「瀧、昼飯行こうぜ」
振り返れば、司と高木がいた。


昼休み。フェンス際の塀に寄りかかるように、俺は空を見上げている。
秋の空。イワシ雲が今の俺の気分をあざ笑うかのようにゆったりと流れている。
「瀧、昼飯は?」
「いい。そんな気分じゃねえんだ」
司の言葉に声だけ返して缶コーヒーに口をつける。
「おいおい、昼飯それだけかよ?」
「いいんだよ」
「でもまあ、今日は変な方じゃないみたいだけどな」
「だな」
ハハハッと司と高木が笑い合う。
「そういえば、新しいカフェ情報。その店、パンケーキが絶品らしい。瀧、そういうの好きだろ?」
「いつも美味そうに食べてるもんなぁ」
「あと、前に言ってた雑貨屋のことだけど、今はその店」
「……知らねえよ」
「え?」
「知らねえっつってんだろ!!」
抑え込んでいた苛立ちが爆発して立ち上がる。
「ど、どうした?瀧」
「何だよ、お前……」
司と高木は逆に心配そうに俺を見上げている。
周りにいた生徒たちもこちらに視線を送っていたようだが、暫くすると自分たちの時間へと戻っていく。

大人げない。そんなことは分かっている。
司や高木は、俺達の入れ替わりのことなんて知らない。
だけど、だけど……
「俺は……知らないんだよ」
零れた言葉はまるで絞りだすように。

俺は知らない。
あいつがここで送っていた生活を。
あいつからの日記と、周りから話を聞くだけだ。
俺だけが、三葉自身に会ったことがないんだ……

「瀧……」
「悪ぃ……俺、午後の授業フケる」
屋上の出入口へと向かおうとすると、背中越しに声がかかる。
「瀧、言ってくれなきゃわかんねぇんだからな!」
「落ち着いたらちゃんと話してくれよ!」
振り返ることはできなくて、片手を挙げて応えるのが精一杯だった。

 

家には誰もいなくて静まり返っている。
部屋に戻ると鞄を放り投げ、椅子に座る。
机の上にあった砂時計。
何気なしにそれをひっくり返すと日記を立ち上げた。
最後の日記から、遡っていく。九月初旬にあいつの初めての日記。
それを読むと今度は順に日記を読み進めていく。
そして最後の入れ替わりから俺が書いた日記が続く……

ふと机の上を見る。
砂時計は全て零れ落ちていた。もう終わっていた……
それを見た瞬間、何となく気が付いた。

――入れ替わりは終わったんだ、と

不意に涙が零れた。
「……何だよ、突然始まって、突然終わるなんて、勝手過ぎるだろ」
涙声で愚痴をこぼす。

こんなことならもっと早く会いたいって言えば良かった。
会える方法なんていくらでもあったはずだ。
いつまでも入れ替わりが続く訳ないってわかっていたはずなのに。
どうして俺は……

「三葉……」

お前に会いたい。
それでもほんの僅かな可能性にすがりたくて、俺は入れ替わりを願う。
終わったなんて認めたくなくて、強く、強く願う……

 

――……くん、……瀧くん
――覚えて、ない?

ハッとして目が覚める。
夕陽が差し込む部屋の中、いつの間にか机にうつぶせたまま眠ってしまったようだ。
「……涙?」
濡れた頬を右手で拭うと腕に巻かれたミサンガ状のお守りに目が留まる。
いつか、どこだったか、人からもらって、時折、お守り代わりに腕に巻いているもの。
それを暫く見つめていると、三葉に会えずに苛立っている自分の気持ちを落ち着かせることができた。

机の上の砂時計をもう一度逆さにする。
俺と三葉の関係は砂時計じゃない。
全て零れ落ちたら終わりなんてことは絶対ない。
だって俺たちはこの世界で唯一の繋がりをもった存在のはずだから。
だったら、入れ替わりが終わっても、きっとできることがあるはず。

「そうだ。会いに……行こう」
俺は机を立ち上がる。
「三葉に会いに行くんだ!」

机の中からスケッチブックを取り出す。
朧げな夢の記憶を頼りにあの風景を描き出す。
『三葉に会いに行く』
そのために俺は一心不乱に鉛筆を動かしていく……

 

「高木、司……」
「おう」
「おはよう、瀧」
「昨日はごめんッ!」
翌日の学校。朝一番で俺は司と高木に頭を下げた。
「少しは落ち着いたのか?」
「ああ」
「だったらいいさ。瀧がケンカっ早いのはいつものことだろ?」
「悪い……」
「で、俺たちに話せることはあるのか?」
高木が俺の肩を組む。
「……詳しいことは言えない。だけど力を貸して欲しい」
「力、ね……」
「会いたいやつがいるんだ……。準備が整ったら、その時は力を貸して欲しい」
「ま、仕方ないな」
司は眼鏡をクイと持ち上げる。
「友達(ダチ)だからな!」
高木はニカッと笑う。
「助かる。詳しいことはまた改めて伝えるから」


机に戻る瀧を見ながら司は呟く。
「瀧にもマジで好きなヤツができたか」
「え?会いたいやつって女なのか!?」
驚く高木に、司はフッと笑う。
「好きな子じゃなきゃ、あんなに真剣にならないだろう?」
「ハハッ、確かにな」
それでも瀧は危なっかしい。だから……
「俺たちでフォローしてやらないとな」
改めてスマフォのメールを確認する。
そこには、奥寺先輩から瀧を心配するメッセージが届いていた。


それから数日が経過し、記憶に残る風景を何枚かスケッチブックに描き上げた。
明日の金曜、学校をサボり、そのまま週末を利用して三葉がいる飛騨地方を巡るつもりだ。
バイトと親へのアリバイは司と高木に依頼済み。
司からはどんなヤツに会うんだと詰め寄られたが、ひとまずSNSで知り合った人だと伝えておいた。
週末くらいは何とかごまかせるだろう。
親父に気づかれないように、明日の準備を進めていると、
「おーい、瀧、こっち来い」
「……え?」
親父から声がかかった。
やべぇ、何か気づかれたか?
恐る恐るリビングに顔を出すと、いつものように缶ビールを飲みながらテレビを眺めていた。
「何……?親父」
「いや、たいしたことじゃないが、臨時収入が入ったから小遣いやる」
「え?」
手渡されたのは現金五万円。
「ど、どうしたんだよ、このお金」
「だから、臨時収入だよ。競馬で万馬券当たったんだわ」
「親父、競馬なんてするのか?」
「ま、たまにはな」
そう言うとビールを煽る。
「瀧、明日から友達のところに泊まるんだろう?」
「あ、ああ……まあな」
親に嘘をつくのは後ろめたいが、こればかりは仕方ない。
何とか必死に取り繕う。
「……気を付けて行って来いよ」
「親父……?」
「ふぁああ……さあて、俺はもう寝る。明日は早く出るからな。戸締り頼んだぞ」
そう言うとテレビを消し、リビングを出ていく。
俺はいなくなった親父に頭を下げた。


翌朝。起きた時には親父は既に出勤していた。
こんな早くに家を出るのは珍しいけど、今日は少しでも早く出発したかったから正直助かる。
着替えとスケッチブックをリュックに詰め、厚手のジャンパーを羽織る。
「あとはお守り、と」
机の中からそれを取り出すといつものように腕に巻き付ける。
そうすると、どこかソワソワしていた気持ちが落ち着いてくる。

部屋を見回し、忘れ物がないかもう一度確認する。
机の上の砂時計に気が付き、出発前にもう一度逆さにした。
サラサラ……と流れる煌めく砂を見つめながら、「いってきます」と俺は呟いた。


家を出る。振り返れば東京の街並みが朝日に映し出されている。

「なあ、三葉」
目の前に居ないあいつに呼びかける。

――急にお前に会いに行ったら迷惑だろうか、驚くだろうか
――それとも……いやがるだろうか

「でも……もし会えたら」
俺は祈るように思う。

――もし会えたら、すこしは喜んでくれるかな

この遠い遠い空の向こう側。お前が世界中のどこにいても、必ず逢いに行く。
右手に巻いたお守りに、そう決意を込めて俺は一歩を踏み出した。 

 

君の名は。SS 瀧三誕生日なのでなんか書いてみた(タイトルはまだない

瀧くん、三葉さん、お誕生日おめでとう!ということで書いてみた。

あまり誕生日っぽくないけど、それはネタが尽きてるからです笑

12/1追記しました。

ちょっとまとまりない内容になってしまったな……

 


風呂上がり、まだ乾ききらない髪にタオルを当てながらリビングに戻ると、瀧くんが雑誌を手にソファでくつろいでいた。
「お風呂、先にありがと」
「おう」
視線は雑誌から離さずに、なんとも軽い反応に一体何を読んでいるんだろう、と彼のすぐ隣に腰掛けると横から覗き込んだ。
「ちょっ、なんだよ?」
「いやー、瀧くん何を読んどるのかなーって」
見れば本屋やコンビニで見かける情報誌。十二月が目前に差し迫っているせいかイルミネーションやらクリスマスっぽい記事が開いた頁から読み取れる。
「もうすぐ三葉の誕生日だろ?お祝いするのに何かいい所ないかと思ってさ」
「誕生日って、瀧くんだって一緒の日やろ」
「いいんだよ、俺は。三葉が喜んでくれればそれで充分だし」
「いやいや、私だって瀧くんに喜んでもらいたいんやけど?」
祝ってくれようとする気持ちは嬉しいけど、折角同じ誕生日なんだからお祝いするなら二人ともがいいに決まってる。妙な遠慮がなんだか面白くなくて、彼との距離を更に詰めるとその顔をのぞき込んだ。
「なんか急に気を遣って……私に後ろめたいことでもあるとか?」
「ばか!ねえよ、そんなもん」
私に気圧されたのか、ちょっと引き気味の瀧くんはハァと小さくため息をつくと、首の後ろに手を当てた。
「いや、俺達って誕生日一緒だろ?」
「うん」
「二人で互いにお祝いするのは勿論いいんだけどさ、俺としてはこう、三葉をもてなしたいというか、喜んでもらいたいというか。折角の誕生日なんだし、してもらいたい事とか、三葉にもうすこし我儘言ってもらいたいんだよ」
同じ誕生日だと結局三葉も俺に気を遣うだろ?そんな言葉を続ける瀧くんに、私は目を丸くする。
普段は女心がわかってるのかわかってないのか、そんな言動しがちな瀧くんだけど、不器用なりに私のことを大切にしてくれる想いは伝わってくる。つい綻んでしまいそうな口許を抑えつつ、瀧くんの隣、ピタリとくっつくように座り直すと彼の肩に身を預けてみた。
「ふふっ、私、瀧くんに愛されとるんやねぇ♪」
「ま、まあな」
短い言葉の後、彼の引き締まった腕が私の肩を抱き寄せる。大きな手、伝わる体温、瀧くんに触れているとやっぱり嬉しくて安心する。
わかってないなぁ、瀧くんは。こうやって一緒の時間を過ごせるだけで私は充分幸せなのに。それに瀧くんにそんなに気を遣われるほど、遠慮してるつもりもないんだけどな。
「でも瀧くん、私、普段それなりに我儘言っとると思うけど?」
「うん?あー……確かにカフェ行くと遠慮ないよな、三葉は」
「うっ」
休日、二人でカフェ巡りすると、おすすめパンケーキを複数頼んでしまう。こういうことが私には、時々ある。そして、頼んだはずのパンケーキは、いつも残らない……
今、脳裏に浮かぶのは、クリームで彩られた豪華なパンケーキとテーブルの対面に座るブラックコーヒーしか注文してない瀧くんの呆れた表情だ。
「ほ、ほら、私も結構我儘しとるやろ?」
「いや、そういうんじゃなくて」
引きつった笑顔で何とか答えた私を別に茶化す訳でもなく、瀧くんはうーんと小さく唸ると、私の肩に回していた腕を戻し指を組んで考え込む。
そうして少し沈黙が続いてから、「……あー、俺、三葉に追いつきたいのかもな」と呟いた。
「追いつきたい?」
「誕生日一緒だとずっと三歳差が縮まらないだろ?なんかそれが納得いかないっていうか」
「え……瀧くん、年上はイヤとか?」
「ばかっ、そういうんじゃねえって」
そんなつもりはなかったのに、ちょっとだけ声のトーンが下がってしまった私を気遣うように瀧くんが手を重ねてくる。そしてそのままどちらかともなく指が絡み手が繋がれる。
「俺さ、どこかで三葉のこと、年上に見たくないって気持ちあるんだよ。だからかな、三葉のことになるとなんか必死になるっていうか、背伸びしたくなるっていうか」
「それは大丈夫やよ、瀧くん」
「大丈夫?」
「うん。私、あんまり瀧くんを年下っぽく見とらんもん。でもやっぱり三つ年上やし、瀧くんに嫌われないように必死になるっていうか、頑張ろうってなるっていうか……」
言いながら少し可笑しくなってきた。やっぱり私達はどこか似た者同士。言ってること、考えてることがどこか重なり合う。瀧くんもそれがわかったのか、さっきまで真剣だった表情がどこか緩んでいる。
「なんだよ、三葉。それじゃ俺、いつまでたっても追いつけねーじゃん」
「ふふっ、頑張って追いかけて来てね、瀧くん♪」
こんな風に軽口を言い合えるんだから、年上年下なんて気にする必要はないんだと思う。
でもね、瀧くん。君は気づいてないだけで、前よりずっと成長してるんだよ。出逢った頃より精悍に、大人びた表情。これからも君の隣で成長を見つめ続けていきたいな……

二人の誕生日まであと少し。こんな風に二人の時間を育みながら、今年も特別な一日になりますように、と胸の内で願う。

「あ!してもらいたいことって言ったら、朝、勝手に私の胸触るのは、」
「それは却下」
最後まで言う前に遮られてしまった。瀧くんが言えと言ったのに……


*   *   *

 

折角の誕生日だというのに、二人揃って朝寝坊してしまったせいか、朝からバタバタ!朝御飯もそこそこに慌てて駅に向かうはめになってしまった。(昨夜寝るのが遅かった事について二人とも反省しており〼)
お昼休みもお互い時間が合わなかったのか、瀧くんに送ったメッセージに漸く既読がついたのは、私の休憩時間が終わる直前だった。

「折角二人の誕生日なのに、タイミング合わんなあ……」
 取引先との打ち合わせの帰り、電車に揺られながら瀧くんからの返信に目を通している。今日から師走。瀧くんは仕事が慌ただしいらしく今日は帰りが遅くなるみたい。
ハァと小さくため息を吐くとスマフォを鞄の中に仕舞い、車窓から外を眺めた。
夕方と言ってもまだそんなに遅い訳じゃないのに、茜色の空はもう随分と夕闇に混ざり合っている。時折ビル群の間から差し込む陽の光はもう直視できるくらいに弱々しく、冬の日の短さを否応なしに感じさせる。
「カタワレ時……か」
小さく呟くと、ふと瀧くんの顔が思い浮かんだ。
ずっと君を探していた。逢いたいって思ってた。出逢うまでの日々は寂しくて、あるべき何かが欠けてしまってるようで、どこか寂しかった。
それがあの日出逢い、一緒に過ごしていく時間を重ねていく度に満たされて、今は幸せで満たされて……

だけど、時折不安を感じる時もある。――この幸せはいつまで続くんだろうって。
育ってきた環境がそう思わせるんだろうか。
幸せだった私の家族。でも幼い頃にお母さんを喪って、それから間もなくお父さんが出て行ってしまった。
そしてあの日、星が降った日。生まれ故郷は消えてしまい、大事にしていたものは無くなってしまった。
今はお父さんとは仲直りできたけど、どんなに大切なものだとしても、それがいつまでもあるものじゃないって、心のどこかでそう思ってる自分がいることも否定できない。
瀧くんのことは信じてる。
瀧くんだって私の事を信じてくれてる。
だけど私たちの想いだけで幸せはずっと続いていくなんて、そう言い切ることもまたできない。

――次は代々木、代々木

折角の誕生日だというのに、こんなことを考えてしまうのは冬の夕暮れ時がどこか寂しくて人恋しくするからだろうか?
「瀧くんに……早く会いたいな」
徐々に速度を落としていく電車。降車口付近の手すりに掴まりながら、私はすこし気を休めようと目を瞑った。
軽快なメロディの後、雑踏のざわめきが流れていくのが聞こえる。ドアが閉じ、再び走り出す電車の音。そして、
「三葉」
聞き慣れたその声に、私は目を開く。
「え、瀧くん?」
私のすぐ前にスーツ姿の瀧くんが居た。カタワレ時の淡い光の中、優しく微笑みながら、ここに居るのが当たり前って表情で。
「なんだよ、目なんか瞑って。疲れてるのか?」
「ううん、ちょっと考え事してただけ。それより瀧くん、どうしてここに?」
「仕事で外に出てたんだよ。これから会社戻るとこ」
「すごい偶然やね」
「だろ?丁度ホーム出たら、この車輌に乗ってる三葉が見えてさ。ギリギリだったけど間に合って良かった」
「えっ、追いかけて来たの!?」
「いや、朝からなんかタイミング合わなかっただろ?だからこれ以上はって必死で追いついた」
そう言って笑顔を見せる瀧くんにつられて私も顔が綻ぶ。

不意に電車が大きく揺れ、バランスを崩し掛けたところを瀧くんがとっさに私を支えてくれる。そしてそのまま寄り添うようにくっついて。
「私達、あんなに逢えなかったのにね」
君に、ずっと逢いたくて、逢えなかった。
「そうだな。……でも俺はもう三葉のこと知ってるから」
あの日、並走する電車で君を見つけて、この東京を走り回って私を見つけてくれた。
「また私のこと、見つけてくれる?」
「世界中どこに居たって必ず見つけるさ」
試すような物言いに、君は事も無げに答えを返してくれる。

そっか、幸せはいつまでも続かないのだとしても、この手から離れてしまう時があったとしても、きっとまた何度だって見つけられる。
瀧くん一緒なら、私たち二人ならこれからもきっと大丈夫。
「瀧くん、お誕生日おめでとう」
こんな場所で、と思いつつ、瀧くんが生まれてきてくれたことに感謝したくて、小さな声でお祝いする。
「え?あ、三葉こそおめでとう」
不意のお祝いに驚いた表情になった瀧くん。でもすぐに落ちついて私を祝ってくれる。
「仕事早く終わらせて、できるだけ早く帰るから」
「うん……私も」
そう言うと前よりは随分似合うようになった彼のスーツの裾を掴む。

二人の誕生日。ささやかな幸せ。
目的地に着くまでこのまま、もうすこしだけ、くっついていようか……

 

 

君の名は。SS たきみつ一週間の誓い ―おっ〇い星人タキ登場―

今日は1108日、おっ○いの日らしいので……

一応、全年齢としておりますが、ちょっとお胸なネタが中心となっておりますので、不快に思われましたら、申し訳ありませんとしか言いようがありません(平謝り)。

 

その日、私は頭を抱えていた。
「瀧くんに触りたい……」
今、私は、ただひたすらに瀧くんに胸を触って欲しかった……

 

それは遡ること数日前。

 

土曜日・朝……

朝。目が覚めると揉まれている。
そういうことが……よくある。

「……瀧くん」
「あ、おはよう、三葉」
「おはよう。それで、君は……一体、何をしてるのかな?」
「やっぱりいいよなぁ♪三葉のおっぱ痛ぇ!」
おもいっきり瀧くんのほっぺをつまむ。
「『いいよなぁ♪』やないよ。まったくこの男は毎朝、毎朝ぁ!」
更に頬をつねるが、それでも瀧くんはなかなか胸から手を放そうとしない。どれだけおっぱい好きなのよ!
「……もう起きるでね」
「えぇー……」
ベッドから起き上がろうとして、瀧くんを見れば、それはそれは名残惜しそうな瞳で私を……いや、胸を見ている!?

「ねえ、瀧くん?」
「ん、何?」
上半身を起こしながら顔を向ける瀧くんに、私はニッコリ微笑んで、
「これから一週間、私の胸、触るの禁止ね♪」
そう告げたのであった。


「ハァ……」
ふかーーいため息の後、くらーーい顔をした瀧くんが味噌汁に口をつける。
告知宣言から30分後、土曜日の朝食。外はこんなに晴れ渡っているのに、ここだけ空気がやけに暗くて重い。
「まったくこの男は。胸に触るの一週間禁止にしたくらいでそんなに落ち込まなくてもええやろ」
「だってさ、三葉のおっぱい、すげー好きだし」
「ごはん食べながら、おっぱい言うな!」
「お前が話振ったんだろ。だいたい、三葉だっていつも胸、気持ちいいって」
「わー!わー!それ以上、言っちゃダメやって!!」
「大体、なんで一週間も禁止なんだよ。まあ、朝、寝てる時に触ってる俺も悪いけど」
「そうやよ、人が寝てる時に襲うなんてズルいんやさ」
「お前、いくら揉んでも起きねえじゃん」
「そ、そんな訳ないやろ!」
「本当だって!」

私の胸にまつわる不毛な言い合いが続く……
瀧くん、どれだけ私の胸が好きなのよ。本当に呪われたりしてないよね?

「あの、瀧くんさ……」
「なに?」
「私と、その……おっぱいどっちが好きなんやさ?」
「ハア!?」
そう言ったまま、瀧くんは眉をひそめて固まっている。
「いや、だから、もし、私のおっぱ……じゃなくて胸がなかったら、瀧くん、私を好きでいてくれるのかなって」
「お前、また阿呆モードになってるだろ?」
「阿呆モード……?」

説明しよう!
いつもしっかりした感じの宮水三葉さんだが、偶にとんでもなく阿呆なことで悩むのだ!!

「私、阿呆やないよ!」
「そういうことじゃなくて……まさか、自分のおっぱいに妬いてるのか?」
「そ、そんな訳ないやろ!!自分の胸に瀧くん取られたくないなんて思ってないんやさ!!」
(こいつ絶対思ってたな……)
「と、とにかく!!一週間は胸触るの禁止!!!」
「マジかよ。……なあ、もし、約束破ったらどうなんの?」
「え……?」
「考えてなかったのか?」
「か、考えてたよ……」

考えてなかった……
そうやね、そうやね……瀧くんが困ること。
困ること……あ、そうだ!

「約束破ったら、合コンに参加してきます!」
「なっ……!?」
「私、きっとモテるんやろなぁ……」
「守る!絶対守る!!一週間でいいんだな!」
「そうやよー。今日から……一週間後の土曜日まで。頑張ってな、瀧くん♪」

かくして、私と瀧くんの長い長い一週間が始まった。

その時、私は、ただ瀧くんを懲らしめてあげようとしただけだった。
だけど、それが大きな失敗だったことに気づくのはそれから数日後……


日曜日・深夜……

「うぅ……ああ……」
うめき声が聞こえて目が覚める。
ベッド横。床に敷いた布団の上、瀧くんがうなされている?
無意識のうちに触ってしまうかも、という瀧くんの提案で、昨夜から一週間の間は別々の寝具で寝るようにしている。
「瀧くん、どうしたの……?」
心配になってベッドから身を乗り出すと、眠っていたけど、苦しそうにうなされている瀧くんがいた。
「瀧くん!」
電気を点けようとした時、瀧くんの寝言が聞こえた。
「やっと……この手が追いついたんだ……」
そう言いながら、虚空に手を伸ばし、なにやらモミモミしている。
「何に?」
深夜、真っ暗な部屋の中。私は独りツッコミを入れた。
「やっぱりいいなぁ……♪」
そう言うと、手がバタンと布団の上に落ちて、瀧くんはまたスヤスヤと深い眠りに戻っていった。


月曜日・朝……

「おはよう、三葉」
やけにスッキリした顔のスーツ姿の瀧くん
「なんだ?眠そうだな、大丈夫か?」
「大丈夫やよ……」

昨日あれから眠れなかったんやよ!
一体、どんな夢見てたのよ!?

「なあ、瀧くん、何かいい夢見とった?」
「え?あ、いやぁ、夢だからよく覚えてないなぁ……」
瀧くんは首の後ろを掻いている。

……絶対覚えてるよね?

「ふぅん……」
頬杖を突きながらジト目で瀧くんを見てあげる。
「なんだよ?」
「別にぃ。約束がんばってね♪」
「お、おぅ!」
しどろもどろな瀧くん。
私からおっぱいの価値無くなったら、どうなっちゃうんだろうと本当に心配になってきた。


火曜日・夜……

「遅いな……瀧くん」
帰りが遅くなるって連絡があったけど、こんなに遅くなるなんて。
時計を見れば、23時を少し回っている。
何か事故とか巻き込まれてやしないだろうか?
心配になってスマフォを手に取った瞬間、ドアの鍵が開く音がした。

「ただいまぁ」
「お帰り、瀧くん!」
慌てて玄関に出向いて瀧くんを迎える。
「悪ぃ、だいぶ遅くなった」
「お疲れ様でした」
そう言って瀧くんの通勤鞄を預かる。

「あれ?夕飯まだ食べてなかったのか?」
テーブルの上に乗った夕飯の品々を見て、瀧くんは驚いている。
「うん、瀧くんと一緒に食べようと思って。こんなに遅くなるとは思ってなかったけど」
「ごめんな」
「ううん、ええよ。私が勝手に待っとっただけやし」

冷めてしまった夕飯をレンジで温める準備を始めていると、スーツを脱ぎながら瀧くんが顔を出した。
「あのさ、三葉」
「なあに?」
「今週、暫く遅い日が続くから、夕飯は先に食べてて」
「仕事、忙しいの?」
「え、あ、まあ、そんなとこ」

……ん?
宮水の勘がなんか気になると言っている。

「今、どんなお仕事やっとるの?」
「そ、そりゃあ……その、なんだ。それは『企業秘密』ってやつだ」
「へぇ……」
瀧くん、嘘下手だからなぁ……
何か隠していることは間違いない。
だけどその後も、瀧くんは何を追及してもボロを出さず、疲れたからと言ってお風呂に入ってさっさと寝てしまった。


水曜日・夜……

今日も瀧くんは帰りが遅い。
ここに来て私もちょっと心配になってきた。
「浮気とかしとらんよね……?」

帰りが遅いって、どこか綺麗なお姉さまのいるお店であんなことやこんなこと……

瀧「いやぁ彼女が揉ませてくれなくて」
お姉さん「あら、可愛いボウヤ♪だったらお姉さんのを揉ませてあ・げ・る」
瀧「本当ですか!」

「いややぁーーー!!」
いやだがしかし、そういう店に行ってるだとすればと大抵タバコやら変な匂いがつくはず。
瀧くんのスーツにそんなおかしな形跡はなかった。
だとすれば、瀧くんの怪しい行動は何を示すのか??

 

『そういうの『疑心暗鬼』っていうんやさ』
「ぎしんあんき……?」
『疑って見てれば、何でも怪しく見えるってことやよ。お姉ちゃん』
「でもやよ、四葉
電話で妹に相談をしてみた。こういう時、物事を客観的に見れる妹は頼りになる。
『瀧さんが浮気?ないない、それは絶っ対ない。浮気しとったら、そうやね、私のカモちゃん、お姉ちゃんにあげるわ』
「あんたのバイクなんていらないわよ」
『まあ、そんな『たられば』を考えることすら、無駄無駄ぁって感じがするわ』
「うぅん……」
『だいたい、なんで急にそんなこと気にしとる訳?お姉ちゃんの方にも何か引っかかることあるんやないの?』
「ギクッ」
そうでした。私の可愛い妹はとっても勘が鋭い子でした……
『ほら、的確なアドバイス欲しいんやったら、教えてみない』
「うぐ…ぅ……」
『ほらほら』

四葉に瀧くんとの一週間の約束をかいつまんで説明した。

『お姉ちゃん、今、横にある姿見で自分の顔見とるけど、私、すごく呆れた顔しとるわ』
「悪かったわね!」
『でもまあ、お姉ちゃんと瀧さん、仲良すぎるから、少しは距離取ってもええんやないの?』
「どういう意味?」
『お姉ちゃん、瀧さんと結婚するんやろ?』
「えぇっ、いや……じゃなくて、そうなったらいいなぁって思うけど……」
『結婚したら、瀧さんとの子供欲しいんやろ?』
「ええっ!?結婚もまだなのに子供なんて」
『子供できたらさ、瀧さんの相手あまりしてあげられなくなるよね?』
「う、ううん……そうだと思う」
小さい四葉の相手も大変だったけど、赤ちゃんともなればきっと掛かりっきりになるはず。
『瀧さん、子供の世話で大変なお姉ちゃんから相手してもらえんようになったら、』
「なったら?」
『それこそ、寂しくて浮気してしまうかもしれんね』
「寂しくて浮気ぃ!?」
『まあ、そういうこともあるってことやよ。いつも甘々でくっつき過ぎだから、今のうちに少し離れた距離感に慣れておくのも……って聞いとる?お姉ちゃん』

寂しくて浮気……?
まさか、胸に触れなくて寂しいからって、お店のお姉さんじゃなくて、他の女の子に浮気しそうになってるんじゃ……

『おねえちゃーーん……』
「ありがとう、四葉。参考になった。それじゃ私やることあるから。じゃあね!」
『え、あ、うん、頑張って』

瀧くんに浮気されるくらいだったら、胸触られた方がマシ!
約束はなかったことにしよう!

「ただいまぁ」
タイミングよく、瀧くんが帰ってきた♪
「瀧くん!瀧くーーん!!」
「三葉!?」
「ふぎゃ☆」
玄関先で飛びつこうとしたら、瀧くんにターンで躱されて、ドアに激突する。
「だ、大丈夫か?三葉」
「だ、大丈夫やけど、ひどいやさ、瀧くん、避けるなんて」
「だって、お前の胸に触っちゃダメなんだろ?」
「そ、そう!その約束なんやけど!」
「あと二日、だよな?」
瀧くんがVサインをしている。
「え?」
「あと、木、金だよな?」
「……うん」
あまりに爽やかな瀧くんの笑顔。約束は止めたとは言えず、ただ頷いてしまった。
でも、その表情を見てると瀧くんが浮気することは絶対ないな、と宮水の、いや、私の勘はそう言っていた。


木曜日・夜……

ここに来て、私は新たな問題に直面していた。

「瀧くんと触れ合ってない」
瀧くんは、昨日あれだけ帰りが遅かったのに、今朝はいつもより早い時間から出勤している。
仕事、そんなに大変なんだろうか……?
おかげで触れ合うどころか、会話まで減っている。

私にとっても誤算だった。
よく考えてみると、あのへたれ……もとい、照れ屋な瀧くんが、胸にだけは何の躊躇もなく、触ろうとするのである。
そこから始まるスキンシップ……
そこから始まらなくても、いずれはたどり着く場所。
要するに今現在、胸に触れることを封じられた瀧くんとそういうことは一切できないのである。
そういうことってどういうことか?それは想像にお任せします(放り投げ)。

かくして、冒頭に至る訳なんだけど……
「うぅ……」
そうなのだ、私の大好きな瀧くんは『やる』と決めたら絶対やり遂げる男なのです。

昨夜も……
「瀧くん、一週間、本当に大丈夫?」
美味しそうに夕飯を食べていた顔を上げて、瀧くんは素敵なスマイルを見せてくれる。
「大丈夫だ。お前を合コンに行かせる訳にはいかないからな」
「う、うん……」
「どうした、三葉?」
「が、がんばってね」
「おうっ!任せとけ!」

浮気の心配はないと思うけど、なんでそんなに余裕なんだろう?
最初の数日はうなされてたくらいなのに。

気晴らしにテレビをつける。
何やらコメンテーターみたいな人が若者の恋愛事情について語っている。

『〇〇系男子など、最近の男性の特徴をまとめた……』

「なんでも〇系男子って分ければええってもんやないよねぇ。瀧くんは瀧くんやし♪」

『女性に興味がなかったり、悟りの境地を開いたかのような……』

「え……?」

もし、瀧くんが胸触れなくて、そのうち悟りの境地を開いたりしたら……?


三葉、俺はお前が傍にいてくれるだけでいいんだ。それ以上は何も望まない――


「イヤやぁぁーーーーー!!!」

瀧くんと触れ合いたいよぉーー!
触ってもらいたいよぉーー!
これって欲求不満?
私、こんなキャラだったっけ?
だって、瀧くんに触られるの気持ちいいんだもん。
気持ちがはにゃ~んってなるんだもん。

ちょっと待って!落ち着くのよ、三葉!
そうは言っても、瀧くんはとっても意思が強い人。
昨日の様子を見る限り、絶対、一週間は自分から触ってこない。

「くっ……」

まさか瀧くんのカッコイイところが最大の障壁になるなんて!
かと言って諦めるの?宮水三葉

否ッ!!

ならば取れる手段はただ一つ!

「ゆ、誘惑……するしかないんやさ!」
グッと拳を握りしめた。


「ただいまぁ」
「おかえりなさい。瀧くん♪」
「なに、玄関先で待っててくれたの?」
「うん♪そろそろ帰ってくると思ってたんやよ。鞄、持つね。あっ」
わざと鞄を落とす。
「大丈夫か?」
「うん、だいじょうぶやよー」
前かがみに鞄を取ろうとすれば……

チラリ☆

「……三葉」
「なあに♪」
キタッ!
「服装、胸元が緩い。見えるぞ」
「え?何が?」
「ブラ、見えてるんだよ!」
「えー?うそやー?」
照れたように胸元を抑えてみる。

そうやよ!瀧くんに見せてたんやよ!
さあ、遠慮しなくてもいいんやよ!
そして触ってしまったら、もう瀧くんは仕方ないなぁって許してあげるんやさ!

「出かける時は、絶対それ着るなよなッ!」
顔を真っ赤にして、部屋に行ってしまった……
心配してくれるのは嬉しかったけど、『作戦其の壱』は失敗に終わった……


次はお風呂前。次の作戦で絶対に瀧くんにメロメロパンチを喰らわしてやるんやさ!
「ねえ、たーきくーん」
「呼んだかぁー?」
脱衣所で瀧くんを呼ぶと反応があった。
「ちょっと下着、持ってくるの忘れてたんやさ。いつものタンスに入っとるで、適当に上下持ってきてぇ」
「俺がかよッ!?」
「お願い、今ちょっと手が離せなくて」
「マジかよ……何選んでも文句言うなよ」

ぶつぶつ言いながらも、行ってくれたようだ。
下着の引き出し。目立つところにできるだけ(自分なりに)えっちぃ下着を配置しておいた。
これなら瀧くん、いろいろ妄想してしまうやろ?

ガラッ☆
そんなことを考えていたら脱衣所の扉が少し開いて、瀧くんの手が伸びてきた。
「ほら、早く取れよ」
「あ、うん」
上下お揃いの下着を受け取ると、すぐさま扉は閉まった。
私が用意しておいた、えっちぃのじゃなかったけど、瀧くんの好きなタイプの下着だった。
「たーきくーん♪」
「な、なんだよ」
「やっぱり、この下着好きなんやねぇ」
「う、うるせえな、三葉にはそれが似合うと思ったんだよ」
「えへへぇ」
「さっさと風呂入れ!お前の後、俺も入るんだからな」
「はーい♪」

準備は整った、次で必ず瀧くんをっ!!

作戦第二段階に移行しまーす。
お風呂上り。さっき瀧くんが用意してくれた下着を身に着けて、寝巻を着て、さあ、いざ勝負!
「お風呂、先、ありがとう」
「おう」
コーヒーを飲みながらソファでくつろいでいる瀧くんの隣に座る。
「ねえ、瀧くん?」
「んー?」
「さっき選んでくれた下着、見たくない?」
「ブッ!?」
飲んでたコーヒーを吹き出した。
「……見たく、ない?」
「今日のお前、ちょっと変だぞ?」
「そんなことないよー?」
「……俺、風呂入る」
そう言うと瀧くんは立ち上がった。
「ええっ!?ちょっと瀧くーん」
「明日も仕事で早いからさ、ごめんな?」
「う、うん……」

流石に仕事と言われては、これ以上、瀧くんを誘惑する訳にはいかない。
『作戦其の弐』も失敗に終わってしまった……


そして、金曜日・夜……

「うう……」
仕事が終わり、家に戻ると私はテーブルに突っ伏していた。

今朝も瀧くんは早くに出勤してしまった。
悟りの境地に至ってしまったのだろうか?
おっぱいも揉ませてくれない、こんな彼女には呆れて、愛想を尽かしてしまったのだろうか?

男女の触れ合いって大切なんやね……

改めてそんなことを考えている。
約束の明日になれば、本当に以前のような瀧くんに戻ってくれるのだろうか?

逢うまでは、もうすこしだけって望んでいて、同棲する時は一緒に居たいって望んで、一緒にいるようになれば、触れたらダメとか、もっと触れ合いたいとか、私ってなんてわがままなんだろう……

瀧くんがおっぱいに触りたいって気持ち、何となくわかった気がする。
大好きな人に触れられるって素敵なことなんやね……
瀧くん、瀧くん……早く帰ってきてよ……

「なんだ、三葉、いるじゃないか」
「へっ?」
間の抜けた声が出た。振り返れば、瀧くんが立っていた。
「瀧くん……瀧くんがおる」
「ただいま」
「今日……帰り、早い……ね」
「おう!頑張って仕事終わらせてきたからな!」
「ううぅ……」
急にホッとして涙が出てきた。
「な!?どうしたんだ?三葉??」
「ごめんなさい……もう約束はいいから、瀧くんにギュッとしてもらいたいんやよぉ」
「なっ!?」

立ち上がって瀧くんの前に立つ。
「……ダメ?もう私に触りたくない?」
「何言ってんだ!!一週間ずっと我慢してたんだぞ!ちょっとでも触れたら、もう抑え効かないと思って必死に……」
「本当に?」
「本当だよ!それなのにお前、昨日はチラチラ、下着とか見せてくるし、我慢してるこっちの身にもなってくれって」
ハァ……と瀧くんはため息混じりに頭を抑える。

瀧くんも、ずっと我慢してたんだ……
やっぱり瀧くんは意思が強い。
「ごめん……」
「いいって。じゃあさ、後向いて」
「う、うん……」
瀧くんに背中を向ける。そしたら……
後から抱きしめてくれた。器用に胸には触れないように。
「これならセーフか?」
「うん、セーフ」
「あと三時間くらいなら何とか我慢できる」
「え?」
「今、夜九時だろ。土曜日まであと三時間」
「あ……」
「土曜日までの約束だったよな」
「……そうやよ」
瀧くんの腕に触れる。久しぶりの瀧くんの引き締まった腕。
耳元で瀧くんが囁く。
「頑張って仕事片付けて、月曜日有給取った。これで三連休。日曜も翌日のこと考えずに三葉といられる」
「そ、そのために朝から夜遅くまで仕事してたの!?」
「最初はしんどかったけど、すっげー我慢した後に三葉に触れたら、どうなるかなって、今はちょっと楽しみ」
「瀧くんも、結構な阿呆やよ」
「三葉限定なら、いくらでも阿呆でいいさ」
「まったくこの男は……」

瀧くんの腕を解くと、私は振り返る。
悪戯っぽい笑みを浮かべてる瀧くん。
今の私はどんな顔をしてるんだろうか?

「夕飯食べてる間に、お風呂入ってくるでね」
「おう」
「お腹いっぱいになりすぎないでね」
「え?なんで?」
「瀧くん、眠くなったら困るやろ」
「そ、そうだな……」

脱衣所に入ってから、一ついいことを思いついて思い付いて顔を出す。
「瀧くーん」
「どうした?」
「七十二時間、一緒に過ごそうね」
「七十二時間?」
「私も月曜日、有給取るんやよ」


ここから先のお話は、私は読み手の皆さんに委ねたいと思います。

それじゃ、瀧くんが待ってるので♪

 

おしまい

 

君の名は。SS カレシャツ。

しのさんの描かれたイラストに滾って書いてしまいました。

設定は再会後、2022年6~7月くらいな瀧三ということで。

再会年はやはり熱いですな!!

また少しずつでも瀧三を書いていきたいですね……

 


「おじゃま、します」
「どうぞ、入って、入って」
お酒のせいか、それとも彼を自宅に招き入れたせいか、自分の頬に火照りを感じる。
ドアの閉まる音、カチャリと閉まった鍵の音を背中に聴けば、二人きりの世界になったことを否が応でも意識してしまい、すぐに振り返ることなんてできない。
別に彼が家に泊まるのは初めてじゃない。ただ、週末の仕事終わり、いつもみたいに二人で食事した後、"またね"ってお別れすることが今日はお互いに出来なかった。
離れたくないっていう想いが、言葉にできなくても互いの瞳の奥から伝わって、繋がれた手はどちらからも解けないまま無言で電車に乗り込んだ。
ちょっと前までは名残惜しいと思っても、ちゃんと笑って我慢できたのに。

「えっと……た、瀧くん、何か飲む?」
部屋の灯りを点け、期待と気恥ずかしさで火照った胸の内を冷ますようにエアコンのスイッチを入れる。
「じゃあ水もらっていいかな?」
「えっと冷たいのだったら他にもあるけ……ど」
少し落ち着きを取り戻し、漸く振り返った視線の先に瀧くんの姿。私服じゃない、スーツ姿の彼がこの部屋に居ることがまるで不意打ちのようでつい視線を逸らしてしまう。
「む、麦茶もあるよ……?」
毛先に触れながら呟くように言葉を紡ぐと「大丈夫か?三葉。ちょっと酔ったんじゃないか?」と顔を覗き込まれた。
「ひゃっ!?」
急に間近で彼と視線が重なり、驚きでのけ反りそうになるところを瀧くんに抱きとめられた。
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫やよ……。酔っとらんよ」
「いや、なんかさっきからぽーっとしてるし、顔赤いしさ」
「そ、それは……」

――ああ、本当に
――私って瀧くんに恋してるんだなぁ

私だけを見つめる優しい眼差し。スーツ姿の彼に見惚れて、こんな風に彼の腕に抱かれながら、胸の奥は恥ずかしさと嬉しさが行ったり来たり。
こんな自分に時には戸惑うこともあるけれど、桜舞うあの日から動き始めたこの想いを決して止めるつもりはない。

彼に蕩ける自分自身、そして彼の私に対する想いを天秤に掛けてみたくて、試すようにそっと目を閉じてみた。
やや間があったあと、唇に触れた少しかさついた、でも確かな熱い感触。
再び開いた瞳の先には耳まで真っ赤で口許を抑える瀧くんの姿が。
「確かに瀧くんには酔っとるかも♪」
「三葉、お前な……」
「ふふっ」
瀧くんは少し悔しそうな顔をした後、もう一度、だけどさっきより長く唇を重ねてくれた。

*   *   *

「瀧くん、シャツと下着はあとで洗濯しとくから、一緒にまとめておいて」
「い、いや、家で洗うから別にいいよ。流石に悪いし」
「でも今日は結構暑かったやろ。汗もかいたと思うし、早めに洗っといた方がいいと思うんよ」
私の言葉に反応するかのように、着ていたシャツの袖の匂いを嗅ぎ出す瀧くん。
「大丈夫やって。別に変な匂いはせんよ」
「そ、そうか?」
「でも、汗かいたのは本当でしょ?先にシャワー浴びてきて。脱いだ服預かるから」
「お、おう……」
何とも締まらない反応のまま、瀧くんはスーツの上着を脱ぐと首元のネクタイを緩め始めた。
そんな彼の姿に私はちょっと見入ってしまう。

なんていうか……
今までこういうのって意識したことなかったし、興味もなかったけど、男の人のこういう仕草見るのって新鮮かも……!!
男性の色気?いやいや、瀧くんだからこそ、すっごく気になるっていうか!!

ジーっと見入る私の視線に気づいたのか、緩めかけていたネクタイの動きが止まる。
「なんだよ、三葉。こっちじっと見て」
「いや、瀧くんが前に言ってた気持ち、ちょっとわかる気がして」
「前に言ってた気持ち?」
「私の着替え、見るのすげー嬉しいって言ってたやろ?」
「……すまん」

そそくさと隠れるように脱衣所に引っ込んでしまった瀧くん。引き留めようと伸ばした手は空を彷徨うのでした。

*   *   *

朝。寝起きの悪い私にしては珍しく早くに目が覚めた。
お酒と彼自身に酔わされて寝たのは随分遅かった筈だけど、それでも起きようという意思が働いたのは、彼の洗濯物を早めに外干ししなくちゃと思っていたからだろう。
薄暗い部屋の中、カーテンの隙間から零れる一筋の陽の光が今日が快晴だと告げてくれる。

起きて洗濯物を干したらもうひと眠りしよう。
眠気と疲れでちょっと気だるい体が奮い立つよう、胸の中でそう呟くと私は何とか起き上がろうとする。
……が、う、動けない。
背後から抱かれるように瀧くんの腕が私をホールドしている。それにしても朝、目覚めた時、毎回瀧くんの手が絶妙に私の胸に触れているのは偶然なんだろうか?
「う……ん……」
中越しに聞こえる彼の寝息を止めないように、何とか手を振りほどくと、私は二人ではちょっと狭いベッドからそっと足を下ろす。
「寝顔は可愛いんやね」
仕事の疲れもあったのか、一向に目覚める気配のない彼の寝顔を覗き込むと、ついニヤけてしまう。こんな風に彼の無防備な姿を独り占めできるのなら、たまの早起きも悪くない。

下着姿のまま洗濯物を干す訳にもいかない、とベッド横、無造作に置かれた乱れた部屋着を手に取る。首を通そうとして、ふと昨夜洗濯した彼のYシャツに目が留まった。
ハンガーに手を伸ばし、それに触れると一晩ではまだ乾ききってないせいか、布地のひんやりとした感触が指に触れる。
「瀧くんの……シャツ」
ちょっとだけ、とYシャツを鼻先に近づける。洗ってあるんだから洗剤の匂いの筈なんだけど、どこか瀧くんの匂いも混ざってるみたい……
隠れてイケナイ事をしてるみたいで、警戒するようにベッドの方へ振り返れば彼は未だ夢の中。
ホッとすると同時に、もうすこしだけ、なんてイタズラ心が胸の中に膨らんで、下着の上から彼のYシャツに袖を通す。点けっぱなしだったエアコンの風に当てられていたせいか、思ったより濡れてない。余った袖から漸く出した指でシャツのボタンを上から順に留めていく。
そうして一通りカタチを整えると、部屋の隅に置かれた姿見の前に自身の姿を映す。
「えへへっ、ぶかぶかやぁ……」
全然サイズも合ってないし、そもそも下は下着だけだし、誰かに見せられるような恰好じゃないんだけど、なんかこう……
「"彼シャツ"ってやつやなぁ」
言葉にしてみると、いかにも私は瀧くんの"彼女"ですって感じがして照れよりも嬉しさが勝ってくる。

鏡の向こう側に居る彼シャツの私と目が合った。
どこか不思議な感覚。彼の中にいる私。意味がわからないけど、不意に浮かんだそんな言葉が少しだけしっくりとする。
そういえば朝、目覚めるとなぜか泣いている。最近そんなこと無くなったな、なんてふと思う。
この数か月の日々は瀧くんとの楽しい思い出でいっぱいで、私の毎日を鮮やかに塗り替えていく。
あの長く探し続けた日々、それはまるでいつか消えていく夢だったみたいに……

「……瀧くんは、夢みたいに消えたりせんよね?」
寝ている彼からの返事はない、だけど、

――当たり前だろ、三葉

彼ならきっとそんな風に言ってくれる、そんな確信がある。

彼シャツ姿のまま、今度は背中からじゃなくて正面に向き合うようにすぐ隣で横になる。
シワになったYシャツはまた洗い直せばいい。だって二人の時間はまだまだたくさんあるんだから。
ささやくように彼の名を一度口にすると、瞳を閉じる。

朝、彼が目覚めた時、どんな反応をするだろうか?

そんな期待にちょっとだけ胸を膨らませながら……

君の名は。SS 欠けた想いは。

 

瀧三、出逢えて良かったね……

 

生きる上で、人を好きになる必要はあるのだろうか?

他に好きな子がいるでしょう?

好きなヤツいねえの?

あの……私と付き合ってください!

好きってなんだ?恋ってなんだ?自分でない誰かに惹かれることが恋なんだとすれば、俺は恋をしたことはない。
ない、というより誰かに惹かれるという心が欠けている、そんな気がする。

生きていく上で、誰かを好きにならなきゃいけない必要ってあるのかな?

付き合ってくれませんか?

誰かいい人、おらんの?

あなたが、好きです!

人から受ける好意と呼ばれるもの。だけど、私にはわからない。
試しにつき合ってみれば?と言われることもある。でも私は絶対に好きになることはないという確信がある。
いや、そもそも私自身に人を好きになるという感覚がないんじゃないか?そんな気さえする。

俺は、
私は、

ただ、誰かを、何かを探し続けていて。

別に好きな人なんかいなくても構わないと思っている。

そんなことより、自分自身が何を探しているのか、それが知りたくて。

周りの人には理解されないのかもしれない。

理解してもらおうとも思ってない。

ただ、自分の心がいつまでも、わからない何かを求め続けている。

この求め続ける行為そのものに、仮に名前を付けるのだとしたら、それはもしかしたら"恋"なのかもしれない。


夢を見て、目覚める朝。

目覚めてすぐ何かが零れ落ちていくあの感覚。

あの時と同じ。

あの時?わからない。

その瞬間、目の前から消えてしまった彼女。

その瞬間、目の前から消えてしまった彼。

そんな人に会ったことなんてないのに。

そんな人、忘れるはずなんてないのに。

ただ、この手のひらに残った何かがあって。

それを追い求めて、日々は続いていく。


だけど、それは必然。

失っていた自分自身の想いに惹かれ合うのは当然のこと。

その瞬間、出逢った。

探していたものを知る。

それは君。

それはあなた。

出逢うために走る。

心が惹かれ合うのがわかる。

君の中にいるのは私。

君の中にいるのは俺。

だから、出逢う。

その場所で、出逢う。

だけど、心なんて見えないものがどこか信じられなくて。

無様にも私達はすれ違う。

「俺、君をどこかで!」
想いが、心が身体を追い越していた。

「私も!」
理解する。私はちゃんと恋をしていたってことを。

俺の好きという想いは君が持っていてくれた。

私の好きという想いはあなたが持っていてくれた。

失った自分の心の替わりに君が残してくれたもの。

そう、それはあなたの温もり。

もうすこしだけでいいからと願っていた。

もうすこしだけ一緒にいたいと、そう願っていた。

君に手渡していた俺の想い。返してくれなくてもいい。欠けたままでいい。

私の中になくても、あなたがこれから側にいてくれたら、私はきっと満たされ続ける。

さあ、欠けたままの日々は終わりにしよう。

終わりは始まり。二人で始める新しい物語。

だから、もう一度教えて欲しい。

二人に相応しい『はじめまして』の合図で。

――君の、名前は、

君の名は。SS ぼーいみーつがーる。がーるみーつぼーい。

 

当時、10/3妄想SSを書いたものの切なすぎたので救済的に書いたモノ。

書いた頃はスパークルMV前で同級生ifはまだ少なく、赦されるのかなぁ?という気持ちもありつつ、夢のおない年は浪漫がありました(笑)

いずれ修正するかもしれませんが、時間もないので取り敢えず当時のままに。

 

***

 

どうか瀧くんに会えますように――

瀧くんを探し回ってる時にたまたま見つけた神社。
仮にも神社の娘が他の神社にお願いするのはどうかと思ったけど、東京のことは東京の神社の方が御利益がありそうだったから。
奮発して500円玉を入れたんだから、どうかお願いしますっ、東京の神様!


そうは言っても、この大都会、東京。
これだけの沢山の人が行き交っていても、本当に会いたい人に偶然会える可能性はいったい何パーセントなのか。
「無計画すぎたかなぁ……」
奥寺先輩とのデートの待ち合わせ予定だった四ツ谷駅。その入り口前で一人佇む。
「東京の神様もそう簡単に瀧くんには会わせてはくれんかぁ……」
神社で買ってしまった縁結びのお守りを手に持って眺める。

そもそも、瀧くんに会って、私はどうしたいんだろう……?

その時、一陣の風が吹いた
「あ、お守り!」
風に飛ばされたお守りが宙を踊るように流されていく。
「待って!」
通学カバンを肩に掛け、追いかける。そして、それは導かれるように歩いてきた男の人の前に落ちた。

「あれ?このお守り……」
その人は、しゃがみこんでお守りを拾い上げてくれる。
「す、すみません。風に飛ばされちゃって」
「そうですか、これ以上飛ばされなくて良かっ……」
「……え」
顔を上げたその人は……

 


「じゃあ、予定より少し早いけど」
「え……あ、はい……」
信濃町駅近くの歩道橋の上、奥寺先輩は駅の方へと振り返る。
「またバイトでね」
手を振り、去っていく奥寺先輩。

俺の初デートは、完全に失敗に終わった。
そりゃそうだ。あいつが立てた計画に沿って行動しただけなんだから。
俺の気持ちなんてどこにもない。
終いには『ほかに好きな子がいるでしょう?』とまで言われる始末。

「本当にすいません……」
駅構内へと入っていった奥寺先輩に向かって頭を下げてお詫びする。
それでもどこか、落ち込んでいない自分がいて。
「俺は別にあいつのことなんて……」
呟き、頭を掻くが、心の中で何かが引っかかって、スッキリしない。
気晴らしに一駅歩いて帰るか、と俺はその場を後にした。
大通りを避け、適当に路地に入る。
神社入り口の看板を見かけ、あいつが住んでいる神社のことを思い出して歩を進めていく。


「なんで買ったんだ……?」
そして、俺はお守りを手に歩いている。
神社で参拝し、帰り際に縁結びのお守りを買ってしまった。
「いや、だから、俺は別にあいつのことなんて」
誰に言っているのか、独り言い訳をする。

「……あいつ、今頃何やってんだろうな」
まったくお前のおかげで今日は散々なデートだった。
直接言いたいことが山ほどあるんだからな。

……ああ、そうか。
俺はアイツに会って一言文句が言いたいのか。
だから、こうして会えるように縁結びのお守りを買ったのか。
そうか、そうに違いない。

そんな感じで脳内で自問自答している内に一駅先の四ツ谷駅に着いた。
お守りをポケットにしまい込み交差点を渡る。
その時、不意に一陣の風が吹いた。

「待って!」
どこか聞き覚えのある声が聞こえた。
と、目の前に何かが落ちる。それは今さっきまで自分が見ていたもの。
「あれ?このお守り……」
しゃがみこんでそれを拾う。
「す、すみません。風に飛ばされちゃって」
「そうですか、これ以上飛ばされなくて良かっ……」
目の前にいた人は……


改頁

「三葉……?」
「瀧くん……?」
二人視線が交わり、互いに固まる。

「瀧くん……?瀧くんがおる……」
「三葉……だよな?」
瀧がそう言った瞬間、ハッとなり三葉は後ろに振り返った。
「ちがいます」
「いや、三葉だろ?」
「私は『宮水三葉』などという人間ではありません」
(フルネーム名乗ってるじゃねえか……)
「おーい、三葉ぁ」
顔を見ようと動けば、相手もそれに合わせ慌てて背中を向ける。
「みつはさーん?」
「ちがうんやよ!」

(埒が明かない……)
瀧はスマフォを取り出すと、『宮水三葉』と登録された携帯番号に触れる。
暫くすると背中を向ける三葉のスマフォが鳴る。
三葉はそれを手に持ち着信を見ると、首を傾げそのまま電話を切った。

「電話切るなよ!」
「えっ?これ、瀧くんの番号!?」
やっと三葉が振り返った。
「あ……」
「よう」
「な、なんで……瀧くん、ここにおるんよ?」
「それはこっちの台詞じゃないですか?糸守町在住の三葉さん」
(もうっ!東京の神様、逢わせてくれるんはええけど、こっちにも心の準備ってもんがあるわっ!)
三葉は耳まで真っ赤にして何やらブツブツ言っている。
それが可愛らしくて瀧はつい笑ってしまう。
「ほら、落とし物」
「あ、ありがとう」
差し出した縁結びのお守りを、三葉は素早く手に取った。

「三葉、誰かに会いたかったのか?」
「え?」
「『縁結びのお守り』だろ、それ」
「な、な、なんで知って……!?」
「もしかして俺に会いたかったとか?」
「そ、そんな訳あるか、阿呆っ!」
プイッと三葉は横を向く。

(やばいな……)

瀧は心の中でこう思う。
(すげぇ、楽しい)
さっきまで奥寺先輩とデートしていたのに、その時には感じなかった感情。
なんだこれ、と思う。
ただ、そう感じさせてくれるのは間違いなく目の前にいる彼女のおかげで……

「俺は、会いたかったけどな」
「え……?」
ほら、とポケットからお守りを取り出し、三葉に見せる。
「三葉と同じ」
「あ……」
三葉は自分のお守りと瀧のお守りを見比べる。
「……本当やぁ」
嬉しそうに自分のお守りを手に収める。
そうやって喜んでくれてる姿が本当に嬉しくて、瀧は優しい笑みを浮かべ三葉を見つめる。

「一応、はじめまして、か?俺は瀧。立花瀧だ」
「あ、えと……はじめまして。三葉。宮水三葉やよ」
三葉の言葉に瀧は頷き、瀧の言葉に三葉は頷く。
「……会えたね!」
「ああ、会えた」
そうして二人は……
二人は……
二人は?

(やべぇ、これからどうしたらいいんだ)
(会うことしか考えとらんかった……)
互いに視線を逸らして、瀧は空を仰ぎ、三葉は口許に手をあて悩んでいる。

「そ、そうだ!そもそも何でお前、急に東京に来たんだよ!来るなら連絡寄こせよな」
「え?だって何回も電話したけど、瀧くんの電話繋がらんし。もしかして電話番号変えた?」
「変えてねえよ。そういえばお前さっき、俺の電話切ったよな」
「だって、登録されてない番号やったし」
「登録……されてない?」
「瀧くんの番号は、『090-○×△□―☆■×○』やろ?」
「俺の番号は『080-○×△□―☆■×○』だ」
「……え?」
「それじゃ掛かる訳ねえだろ」
ハァ……と瀧はため息をつく。
「ええっ!だって、これ登録したの瀧くんやろ?」
「いいや、お前のスマフォなんだから、お前がしたんだ」
「番号知っとるの、瀧くんやないの!」
「俺は覚えてない」
「くぅぅ……この男、腹立つぅ!」
花の女子高生が地団駄を踏んでいる。

「ま、いいだろ?こうして会えたんだし。結果オーライということで」
「何や、うまく誤魔化されてる気もするんやけど」
「まあ、俺だってお前に言いたいこと沢山あったんだけどさ」
瀧は秋の空を見上げた。透き通るようにどこまでも突き抜けるような真っ青な空。
今の自身の心の中のようだ。
「お前に会えたら、それだけで嬉しくってみんな忘れちまった」
ニッと笑う瀧の言葉に三葉は目を見開く。
「瀧くん……嬉しいの?」
「ん?」
「私に会えて、すこしは喜んでくれてる?」
「うーん……ちょっと違うな」
「そっか、そうやよね……」
えへへ……と三葉は苦笑いを浮かべる。
「なんつーか、少しどころか、すげぇ喜んでるみたいだ、俺」
「ほ、本当に?」
三葉の顔がパアッと笑顔に花開く。その笑顔が素敵すぎて、瀧の心臓は大きく高鳴る。
「いや、まあ、その……二度は言わない」
「ええー、瀧くん、もう一回言って!」
「いやだ」
「ええ、なんでやのー、嬉しいんやろ?」
「ぜってー言わない」
「けちー」
会話が続くごとにだんだんと二人の距離が近づく。
今はもう間近で三葉が瀧を見上げるように。もう少しすれば互いが触れるくらいの距離に。

「三葉、あのさ……」
「えっ?」
「近い……」
「ご、ごめんねっ」
慌てて離れようとした三葉の手をとっさに瀧は掴む。
顔を真っ赤にして。でも、真剣な眼差しで三葉を見つめている。
その視線があまりに熱を帯びてるから、つい目を逸らしてしまう。
「い、行こうぜ」
「……うん」
引かれる手を三葉もギュッと握り返した。


東京の街の中を二人歩く。並んで歩くと言うより、瀧が少し三葉を引っ張るような感じで。
こういうところが女心をわかっとらんのよ、と三葉は思うけど、
「大丈夫か?」
「うん……」
こうやって、すれ違う人にぶつからないように常に気遣ってくれるところは、瀧くんらしいな、とクスリと笑う。

――でも、今日は瀧くん……

そんな瀧の後ろ姿を見ながら、少し胸が締め付けられるような気持ちで問いかける。
「奥寺先輩とのデートの時も、こんな風に手を繋いだりしたん?」
「え?」
「デート……どうやったの?」
「まあ、手くらいは……な」
「へ、へえ……良かったね」
「俺からしたんじゃねえけど」
「でも、嬉しかったんやろ?」
「緊張してたから覚えてねえよ」
「奥寺先輩、綺麗やからなぁ。……でも、うまくいったみたいで、」
良かったね、と小さな声で呟く。

並木道の下、不意に瀧が立ち止まる。
「あのさ、三葉……」
「なに?」
「お前、勝手に奥寺先輩とデートの約束するなよな」
振り返った瀧はちょっとムッとしている。
「ご、ごめんね、本当は私がしたかったデートなんやけど、入れ替わり、起こらなかったから……」
えへへ……と少しぎこちなく三葉が笑う。
「で、でも、瀧くん、奥寺先輩のこと、」
「三葉ッ!」
瀧は明らかに機嫌が悪くなっていた。彼女を握る手に力が入る。
「お前さ、俺と奥寺先輩に付き合ってもらいたいわけ?」
「え……」
「どうなんだよ」
「どうって……だって、瀧くんは……」
「俺のことはいいんだよ!三葉はどうなんだよ。本当に俺と奥寺先輩の仲がうまくいけばいいと思ってる?」
「あ……」

今朝のことを思い出した。
瀧くんが奥寺先輩とデートするって思ったら、涙が零れた……
その時になってやっと気がついた
必死に目を逸らそうとしていたけど、私は瀧くんのこと……
だから、東京に来た。瀧くんを探した。
そして、こうして会えた!

……でも、私、勝手すぎるね。
応援してるフリして、瀧くんにいい顔しながら、本当はそんなこと思ってなくて……

「ごめんね、瀧くん、私、ズルいよね」
「おい、三葉!」
パッと瀧の手を振り解くと三葉は駆け出す。
だけど、鞄を持って走ったところですぐに瀧に追いつかれ、肩を掴まれる。
「待てって!三葉」
「見んといて!」
震える声。三葉が泣いているのがわかる。
「……お前、なんで泣いて」
「だって、私、ズルいんやもん!瀧くんと奥寺先輩の仲、うまくいって欲しいなんてちっとも思ってないくせに、良かったねとか応援してるフリして!瀧くんのためとか言っておきながら、心のどこかでうまくいかないで欲しいって思っとるんよ、私……」
顔に手を当てて三葉は泣き出す。
瀧は心底すまなそうな顔をすると、三葉を無理やりこちらに向かせ抱きしめた。
「ごめん、お前を泣かせるつもりはなかったんだ」
瀧の言葉に三葉は首を振る。
「瀧くんが悪い訳やないよ、私が……」
「三葉がズルいって言うなら、俺だって相当ズルいよ」
「え……?」
「奥寺先輩とのデートさ……うまくいかなかった。そりゃそうだ。俺の気持ち、全然入ってなかったんだから」
三葉は抱きしめられたまま瀧の胸に頬を当て、早鳴る心臓の鼓動を聞いている。
「先輩、俺に向かって『ほかに好きな子がいるでしょう?』だってさ。自分じゃ自覚なかったのに、完全に見透かされてた」
「瀧くん……ほかに好きな子おったの?」
か細い声で三葉が尋ねる。
「自覚なかったって言ったろ。気が付いたのは今さっき」
「……え」
「ズルいだろ?今まで奥寺先輩に憧れてますとか、そんな感じでいたのにさ。今日、先輩とデートしておきながら、もう別の子に惹かれてるなんてさ」
その言葉に三葉は瀧の背中に手を回してギュッと力を込める。
「会えた瞬間、わかっちまった。だから、三葉だけには言ってほしくないんだよ、他の人とうまくいって欲しい、なんてさ」
「ごめん、ごめんね、瀧くん……」
「なんで謝るんだよ」
「だって……」

三葉に触れる腕に少し力を込める。
「なあ、三葉はさ、俺に会いたくて来てくれたんだよな?」
その問いに彼女はコクンと頷く。
「ありがとな。俺も三葉に会いたかったんだと思う。お前が来てくれたから、それに気づけた。お前と入れ替わるだけじゃなくて、会って一緒に色んなことしたかったんだと思う。だからさ……」
三葉の両肩に手を乗せ、瀧は三葉を見つめる。
「俺の前くらいは、自分をごまかさないで、ちゃんと俺が知ってる『普段』の三葉でいてくれよ。な?」
「瀧くん……」
「そうじゃねえと、俺も調子が狂う」
頬を掻きながら照れくさそうに視線を逸らす。

瀧の言葉に落ち着いたのか、三葉は安心したように微笑む。
「君は、いつも私のこと、ちゃんと見てくれとるね……」
「まあ、お互い、他人に見せられないところを見られてる仲だからな」
「なっ!?」
「あ……」
やべぇと瀧は口を抑える。フルフル……と三葉の肩がわなないている。
「そう云えば思い出したわ……あんた、私の胸、触ったやろッ!!」
「な、なんでそのことをっ!?」
四葉が見とったんやからね!」
「す、すまん!男の本能というか、浪漫というか、そこにあったから、つい」
「言い訳になるかっ!阿呆ッッ!!!」
「け、けどさ、三葉だって、俺の胸とか触ったりしてたんじゃねえの?」

――瀧くんって細身だけど、結構鍛えてあるなぁ。これが細マッチョ?

「な、な、な、何言うとるんよ!!!」
三葉は、顔を真っ赤にして瀧をポカポカ叩き出す。
「いた、痛いってやめろよ、三葉」
「まったくこの男は!」

いつの間にか二人とも笑っていた。
日記の中でしかやり取りができなかった。
でも、本当はこうして会って、

お前と
君と

話がしたかった。
笑い合いたかったんだ……

 

不意にスマフォのアラーム音が響り響く。
「あ……」
「どうした、三葉」
「……うん」
手に持ったスマフォのアラームを止める。
「帰る……時間やさ」
「え、もう……?」
瀧の言葉に無言で三葉は頷く。

秋の陽は傾きかけて、作り出す影はいつの間にか伸びていた。
並木道の横、東京の街中を何台もの自動車が走って去っていく。

「また、会えるよね?」
三葉の言葉を、瀧は黙って聞いていた。
「瀧くん?」
「なあ、三葉。こっちにギリギリいられる時間は?」
「え?……ええと、ちょっと待って」
カバンから手帳と取り出すと、書き出していた電車の時刻を確認する。
「うーん、乗る電車遅らせても、あと1時間もないかな?」
「それだけあれば、間に合うかな」

そう言った瀧はスマフォを操作し、どこかに電話を掛け始めた。
「……あ、親父?」
「え?瀧くんのお父さん……?」
「仕事中、悪い。すぐ終わるから。あのさ、知り合いの女の子がこっち遊びに来てて。なっ!?ちげーよ!」
瀧はチラチラと三葉を見ながら、顔を赤くしたり、大声を出したりと表情をコロコロ変えながら電話をしている。
「俺の大事な子なんだ。だからさ、ちゃんと家まで送っていきたいんだ」

(……え?今、なんかものすごいこと言ったような??)

「ああ、詳細はまた後で連絡する。一応連絡はしたからな!仕事頑張れよ、じゃあな!」
フゥと一息吐きながら瀧は終了ボタンを押す。
「あ、あの、瀧くん?今、家まで送るとか言ってなかった?」
「ああ。今から帰ったんじゃ、家に着くの夜中だろ?危ないから家まで送るよ」
「えっと……瀧くんの気持ちは嬉しいけど、私の家、東京じゃないんやよ」
あれ?私の言ってること変じゃないよね、と三葉は思うが、
「いやぁ、一度、糸守行ってみたかったんだよなぁ」
と、当の本人は腕を組んで、うんうん頷いている。
その姿を見て三葉は呆気に取られる。

「瀧くんのお父さん、まさか岐阜県とは思っとらんやろ?」
「家まで送るってのは嘘じゃねえし、着いた後で連絡入れれば……まあ後は何とかなるだろ?」
「仮に糸守まで来てもらっても、今度は瀧くん、帰れないやろぉ!」
「まあ、そこは神社の軒先でも貸してくれよ」
一晩くらい何とかするさ、と呑気に笑う。
「ダ、ダメやよ!一人でちゃんと帰れる!子供じゃないんやよ!」
三葉の言葉に、瀧は真顔になって一言。

「俺が三葉とまだ離れたくないだけだから」
「え……?」
「三葉は?」
「……えっと」
「俺の前では自分をごまかさないで欲しいんだけど」
「……瀧くんのいじわる」
瀧の服の袖をギュッと掴む。それは三葉も同じ気持ちということ。

「よし、じゃあ、とりあえず俺んち行こうぜ。準備して、いざ糸守だ!」
「え、ええっ?瀧くんち?」
「お前だって知ってるだろ。ほら、急ごうぜ、あんまり時間もないんだろ?」
三葉の手を取り、歩き出す瀧。
「まったく、この男は……」
それでも、やっぱり嬉しくて、三葉はその手を握り返した。

 

 

この時はまだわかっていなかった。
これから起こる数々の出来事を。
本当の意味で互いの大切さを知るのは、これからだということを。

それは、ティアマト彗星が最接近する前の日の出来事……

君の名は。SS 春逢瀬。

神宮高校の中にある、ひときわ立派なソメイヨシノ。満開に咲き誇る桜の樹を見上げていると、自身に向かい舞い降りてくるひとひら。てのひらを差し出すと導かれるように……

「だーれだ?」

その手に降り立つ桜の精を見届ける前に、視界が遮られる。待ち人来たる、だ。

「お前は、誰だ?」
「えー!?瀧くん、わからんの??私やよっ!!」
「ヒントがなくちゃ、わからねぇな」
「えっ、ヒントって……うーん」
瀧の口許は完全に笑っている。だが、後ろから彼の目許を両手で隠している彼女にはそれが見えない。本気で考え込んでから、
「……組紐を髪に結んでます」
「いやぁ……わっかんねえなぁ」
「もうっ!本当はわかっとるんやろ!!」
業を煮やしたのか、手を解くと彼女は後ろから瀧に抱きついた。
「ハハッ、ゴメン、三葉」
「ったく、この男はぁ……」
それでもこんなやり取りが嬉しいのか、三葉は制服姿の瀧の背中に頬をすり寄せる。
中越しに伝わる温もりを感じながら、瀧は彼女のほっそりとした綺麗な手に自身の手を重ねた。

「なあ、三葉、顔、見せてくれよ。後ろに居たんじゃ見えねぇ」
「ダーメ、意地悪した瀧くんにお返しやよ!」
「そんなこと言ってると、夢覚めちまうぞー」
「ええっ!?」
彼女の力が緩むのを見逃さず、瀧は腕を解くと振り返る。

「三葉……」
「瀧……くん」
そこに居たのは、あの頃の彼女。糸守に居た頃の、入れ替わっていた頃の彼女。髪の毛はあの時バッサリと切られたショートボブ。その髪に鮮やかな組紐が結われ、彼女が動くたびにちょうちょ結びが可愛らしく揺れていた。瞳はいつものようにどうしてかっていうくらいキラキラしてて、まぁるくて。小顔で華奢で瀧よりずっと背の低い彼女が、微笑みながら見上げている。
「今日は、その姿なんだな」
「そうやね、瀧くんに合わせたのかな?」
懐かしむように三葉は、糸守高校の制服のスカートに触れた。
「そっか……」
そんな彼女の姿は、どうしてもあの日、あの時を思い起こさせる。

最初で最後

出逢いと別れ

決意と忘却

ほんのひととき。二人にとってつつましい、ささやかな逢瀬。
だけど、それでもあの瞬間、二人の間には確かなムスビが生まれた。
だから、今もこうして、夢の中で二人の逢瀬は続いている。
それはきっと、目覚めても、探し続けることができるように。あの日、もがき続けると、必ず逢うのだと、決意した想いを確かめ合う儀式のように……

 

「瀧くん、高校卒業おめでとう」
「……ありがとな、三葉」
柔らかな春風に乗せて、はにかみながら、お祝いを贈る三葉に、照れくさそうに応える瀧。
今年、瀧は神宮高校を卒業した。無事現役で都内の大学に合格し、春から晴れて大学生。司や高木、親友たちも同様に進学を決め、本来ならこの春は、彼にとって新しくも大きな一歩を踏み出す季節になるはず。だが……
「……どうしたの?瀧くん」
カタワレが、どこか表情に影を落としたことに気がついたのか、三葉は心配そうな声で眉をひそめる。
「ごめんな、三葉」
「え?何が……?」
そんな彼女の問いを消し去るように、不意に春の嵐とも言わんばかりの一陣の風が吹き抜けた。
突風はヨメイヨシノの枝を揺らし、舞い上がった桜の花びらが、風が吹き止むのと同時に二人の頭上に淡雪のように舞い降りる。
ひらひら、ひらひらと……

彼女の黒髪に薄紅色のそれは似合うな、なんてそんなことを思いながら、瀧は三葉の髪についた花びらをそっと手に取った。
「ごめん……な、お前のことすぐに見つけてやれなくて……」
彼女ではなく、逃げるようにその小さな桜の花びらに目を向けて。春を彩る季節の象徴は、彼にとって確かな時の流れを感じさせるには十分だった。
「俺、お前のこと、すぐに見つけられるって、どこかでそう思ってた。なのに……また春が来て、高校も卒業しちまって」
「な、なによ、瀧くんらしくないよ。別に、私は大丈夫やよ。こうして夢で瀧くんに逢えとるし、それに……そうやよ!私やって、瀧くんのこと見つけられんかったし、」
その言葉に瀧は顔を上げるが、彼の表情にはどこか翳りがあって、それが三葉を不安にさせた。だから、彼女は必死に言葉を続ける。
「ねえねえ、瀧くん。私と瀧くんは三歳差やろ?だったら、今年見つけてくれれば、私はまだ大学四年生やし、大学生同士で色々できるかもしれんね♪瀧くんは何がしたい?」
「三葉」
「なに?瀧くん」

瀧は一度、食いしばるように顔を強張らせると、三葉を見据える。
二人の距離、近くに居るはずなのに、今はその心に大きな隔たりがあるかのように、桜の花びらが二人の視線の間を通り抜けていった。

「……ツラかったら、俺のこと、諦めていいんだからな」

瀧の言葉に三葉は息を飲む。何か言い掛けて、でも言えなくて。
言えなかった言葉の代わりに、キラキラだった瞳に、悲しみの雫を湛えて。悲しくて、悔して、だから、言葉ではなく、一歩を踏み出して、

パンッ☆

瀧の頬を引っ叩いていた。

「……ばか」

震える声、零れ落ちそうな想いを必死に繋ぎ止めて、瀧の制服の上着を掴むと、額を彼の胸に押しつける。

「ばか……ばか!ばかっ!!瀧くんの……ばかぁ!!!」

叩かれた頬以上に、胸の中で泣き出した三葉の姿が、彼女を泣かせたことが痛くて。瀧は何も言えないまま、泣きじゃくる三葉の背中に手を回す。

「なんでそんなこと言うんよっ!諦められる訳ないやろ!諦められるわけ……どうせなら、"諦めるな"って言ってよ!"ぜったい逢える"って言ってよ!!……それとも、」
三葉は、ぼろぼろと大粒の涙を流した顔を瀧に向ける。その表情を見て、瀧は苦悶の表情を浮かべる。
「それとも……瀧くん、他に好きな子ができた?」
「んな訳ねえだろッ!!!」
その台詞は抑え込んでいた瀧の気持ちを決壊させるには十分だった。三葉を思い切り抱き締める。力いっぱいに。決して離さないと言わんばかりに……
「お前に……逢いたいんだよっ!!逢いてえよ……。辛いんだよ!必死なんだよ!だけど、逢えなくって、また春が来て……」
瀧も声を震わせて、彼女を強く抱き締めながら、頭上で咲き誇るソメイヨシノを見上げる。
何事もないように今年も咲き誇る大樹は、ただ闇雲に過ぎ去っていく時を、その淡い色は、この大事な想いがそのうち色褪せていくんじゃないかという不安を想起させて、瀧の心を締め付ける。
「こんな想いを……三葉は、俺よりずっと長く抱えてて、お前は春が来る度にどんな想いでいたのかって、それを考えたら……」
それ以上は言葉が詰まって言えない。

――君に逢いたい――

ただ、それだけなのに。
そして、逢えない日々が、君を苦しめるのなら、いっそのこと……!

「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の……」

腕の中、三葉が小さな声で歌を詠む。瀧も知っている、その和歌。

「……われても末に 逢はむとぞ思ふ」

瀧も三葉も、いつかきっと、と願って止まない想いの歌。
だからこそ、下の句は瀧が詠む。

息を吐くと、彼女を抱きしめる瀧の腕が緩む。三葉もまた強張っていた身体の力が抜けて、瀧に身を任せた。
「ねえ……瀧くん」
「……ん」
「瀧くんが思っとるより、私はずっと瀧くんのこと大好きなんやよ」
彼女の声、瀧の心に真っ直ぐ届く、彼女の本心、素直な気持ち。

腕の中、間近で彼を見上げた三葉は、泣き腫らした顔だったけど、口許は微笑んでいて。
「私も、瀧くんに逢いたい。夢なんかじゃなくて、本当の、今の私達で逢いたい。私やって、辛いし、苦しいし、夢を見て目覚めるといつも泣いとる」
「三葉……」
「だけど、大丈夫。逢えるよ、ぜったい。私達の未来はね、ぜったい繋がっとる。何度も春が来て、桜が咲いて散ってしまっても、また春は来るよ。今は一人でも、いつかきっと、二人一緒の春は来るよ」
目を細めて笑顔を作った三葉の頬を、煌く雫が通り抜ける。
「諦めろって言われても、諦めんよ?私は、瀧くんに出逢って強くなったんやからね!瀧くん探して丸四年は伊達じゃないんやさ」
「なんだよ、それ」
「瀧くんは、逆に弱くなったんやないの?おっかしーなぁ、私の好きな人は、真っ直ぐで、どんな時でも諦めない強い人のはずだったんやけどなぁ」
「言ったな、三葉」
抱き合いながら二人で笑い合って。でも、それは二人の精一杯の強がり。
だから……

「瀧くん」
「なに?」
「……あなたに誓います」
「誓う?」
「私は、瀧くんに逢う。ぜったいに。……だから、君のこと、諦めてなんてあげない」
「なら、俺も誓うよ。お前が世界のどこにいても、俺が必ず逢いに行く。……三葉に『すきだ』って伝えるために」
「うん!」
今日一番、三葉の眩しくて、嬉しそうな笑顔。そういえば、と瀧は思い出す。自分はこの笑顔に心惹かれたのだと。

「……みつは」
「たき……くん」

君の名に添えるように、咲き誇る桜の樹の下、薄紅色のフラワーシャワーに祝福されながら、二人、誓いの口づけを交わす。
それは新しい誓い、新しいムスビ。
たとえ夢から覚めて忘れてしまうのだとしても、誓いの先、二人の未来は一つに繋がってる……

*   *   *

春。

新しい生活の始まり。
何かが動き出しそうな、そんな予感めいた季節。

大学生活を始めた俺は、快速電車で学校へと向かう。
大学四年生になった私は、駅で電車を待っている。

車窓から眺める見慣れた東京の風景。
ホームで次の電車の時間を確認する私は、随分とこの街に慣れてきた感じがして。

だけど、俺は、
私は、

いつも、何かを、
誰かを、探していて

この欠けたような想いは、
探し物が見つかるまで、決して埋まることはないのだろう。

それでも信じている。
"いつか"はきっと来るのだと。

それは自分への誓い。
誰かとの大切な誓い。

不意に通過するホームに何かを感じて、俺は目で追う。
私は、通過していく快速電車に目を奪われる。

過ぎ去っていくホームを遠くに眺めながら、
走り去っていく電車を見つめながら、

もう一度誓う――

俺は、
私は、

――ぜったいに逢うんだ、と