君の名は。SS 君が変えるこの日々は。
しのさんのお誕生日のお祝いに幕間SSを書いてみました。
この度、公開おっけーのお言葉を頂きましたので載せておきます。
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「またバイトでね」
そう言うと奥寺先輩は振り返ることなく、駅へと向かっていく。
俺はその背中をただ見つめるだけで、何か言うことも動くこともできず、どちらかと言えば安堵の気持ちでいっぱいだった。
それもこれも……
妙にイラッとした気分になって、ポケットからスマフォを取り出す。
俺とアイツの秘密のやり取り、日記アプリを立ち上げると、昨日のアイツの日記を読み返す。
――明日は奥寺先輩と東京デート
「勝手にデートの予定入れんじゃねえよ……」
――私が行きたいデートだけど、もし不本意にも瀧くんになっちゃったとしたら、
「昨日入れ替わってたら、今日元に戻るに決まってんだろ……」
なんで翌日をデートにしたんだよ。お前が行きたかったんだろ?
あ、でも、アイツちょっと抜けてそうなところあるからな。
けど……
――奥手な君を助けるための厳選リンク集!!
自分が行きたいと言いながら、こんなものまで用意して。結局のところ、アイツはやっぱり、
「……俺の人間関係変えんなよ」
そういう奴なんだよな、という気持ちと裏腹に一言文句が口をつく。
口にして、アイツの、三葉の気遣いが嬉しいような、寂しいような、そんな妙な気持ちが胸に広がる。そんな気持ちから逃れるように軽く頭を振って、歩道橋の上から新宿方面へと振り向けばビル群の間に陽は落ちかけて、入れ替わるように夜へと誘う一番星が視界に入った。
「ハァ……」
欄干に手を掛けて、眼下をひっきりなしに走る自動車の群れを眺めながら、俺は大きくため息を吐いた。
三葉という存在を知ってから、何か歯車のようなものが動き出したように、この一カ月間で俺の周りは目まぐるしく変化した。
奥寺先輩との関係、シフトでいっぱいのアルバイト、パンケーキに消えてくバイト代、司や高木には変な目で見られるし、他にも色々……
それでも、望んでもいなかった環境の変化を嫌だと思えないのは何故なんだろう?
「大体なんだよ、今日のデートコース」
六本木ヒルズ、国立美術館、六本木を中心にこれでもかってくらい"お洒落"を詰め込みやがって。どう考えたって恋愛初心者の俺には無理だったろ!!
俺だったら、最初のデートでこんなコースは選ばない。例えば、お洒落なカフェでパンケーキ食べて、景色を観るなら東京タワーとかスカイツリーに行くのもいいかもしれない。あと普段海とか見たことないだろうし、お台場にでも……
別の好きな子が居るでしょう?
「ち、違いますって!」
別れ際に奥寺先輩に言われた言葉を思い出して慌てて振り返る。無意識に腕に巻いたミサンガに左手を添えると早鳴っていた心臓が少しずつ落ち着いてくる。気を取り直して、もう一度アイツの日記を読み返していく。
――デートが終わる頃には、空には彗星が見えるね。明日が楽しみ♪
俺は歩道橋の欄干に寄りかかると夜の帳が下りる空を見上げた。
「何言ってんだ、コイツ……」
意味不明な内容。どこに彗星が見えるって?
本当にアイツはよくわからない。妙に真面目でシッカリしてるかと思えば、大胆な言動で人を振り回すこともある。
入れ替わってた時に『お前は誰だ?』なんて書いたこともあったけど、あの時に比べれば多少理解しつつあるとは言え、それでもまだまだわからないことだらけで。
アイツが……三葉が、どんなことを考えて、どんな風に行動して、どんなことが好きで、どんなことで喜んで、
どんな風に笑って……
最近の俺は、こんな風に思うことが時々……ある。
たとえば街中で、アイツだったらどんなことを言うんだろう?とか、どんなことを思うだろう?とか、アイツだったらこういうの好きなんじゃないか、とか。
出会ったこともないアイツがこの東京に居ることを想像すると、当たり前に過ごしているこの街がどこか楽しく見えてくるのだ。
だから……
スマフォのディスプレイに触れていき、表示された『宮水三葉』の名前。ほんの少しだけ迷ってから、思い切って発信ボタンを押す。
* * *
『お掛けになった電話は、電波の届かない場所にいらっしゃるか……』
機械的な音声を耳にして、俺は通話の終了ボタンを押す。
正直、繋がらなかったことに少しだけホッとしながら、俺は漸くその場から歩き始める。
次に入れ替わった時に、今日のデートの結果を伝えよう。
三葉、お前に言いたいこと、沢山あるんだからな。
「……俺の人間関係変えやがって」
歩きながら愚痴っぽく言ってみたけど、やっぱり少し微笑んでしまった。
きっと俺は悪くないって思ってるのだ。
三葉と知り合えたこの日々を。
三葉に影響されて、変わっていく自分自身を……