君の名は。SS 高校生同級生if 東京飛騨間バレンタイン

2か月遅れ―(超遅延

久しぶりに3人称で書いてみたかったものの、かえって書くのが難しくなりました;;

情景描写どこ行った??

出来はさておき、書きたくて書き切ったし、オチはまあそれなりに納得してるので良し!

 

「はぁ……」
お昼休み。弁当箱の中身が半分ほど減ったところで箸を置くと、宮水三葉は窓の外に視線を向け、大きくため息を吐いた。二月の糸守は今日も芯から冷え込むほどで、朝から静かに降り続ける雪は糸守町を真白に染めている。
そんな三葉の様子を見て、勅使河原は早耶香の耳元で囁く。
「今日の三葉、何かあったんか?朝からため息ばっかやないか」
「んー、立花くんのことでちょっとね」
「なんや?瀧のやつとケンカでもしたんか?」
できるだけ三葉に聞こえないように小さな声で会話したつもりだったが、それでも三葉の耳に『瀧』という単語が届いてしまったらしく、一瞬、肩をビクッとさせる。
「ちょっとテッシー、こっち」
立ち上がりチョイチョイと早耶香は指で勅使河原を廊下に誘うと、教室の入り口を出たところで二人は向かい合った。

「今日、バレンタインデーやろ?」
「ああ、そうやな」
「三葉、本当は立花くんにチョコ渡したかったらしいんやけど、なんだかんだで渡せないらしくて」
「ん?でも俺、今朝貰ったで」
「うん。私も貰っとる」
勅使河原には義理チョコを。早耶香には友チョコを。日頃の感謝と御礼を込めて。
「三葉のやつ、別にバレンタインのこと忘れてなかったんやろ?だったら直接渡すのは無理でも、郵便で送ったりできたんやないか?」
今年のバレンタインデーは平日。東京と岐阜で遠距離恋愛をしている瀧と三葉にとって、バレンタインの日に会うのは少々厳しいものがあった。故に当日チョコレートを贈るには別の方法を取るしかなかった訳で。
「まあなぁ、そこは立花くんのこと好きって気持ちと遠距離の不安と嫉妬が混ざりあってってところなんかなぁ……」
早耶香の言葉の意味が今一つ理解できず首を傾げる勅使河原を尻目に、早耶香は教室を覗き込むと、三葉は自分の机に突っ伏していた。

同時刻……

「ハァ……」
神宮高校の昼休み。立花瀧は机に突っ伏していた。そんな瀧の隣でパックの牛乳を飲んでいた高木が口を開く。
マリアナ海溝並みに深いため息だな」
「……うるせぇよ」
「今日のお前にため息吐く要素あるのか?宮水さんからチョコ貰えるんだろ?」
司の言葉に瀧はビクッと反応する。高木と司は顔を合わせると、まさか、と小さく声がハモる。
「……瀧、彼女と別れたのか?」
「別れてねえよッ!!」
大声と共に立ち上がった瀧に教室中のクラスメイトの視線が注がれる。それに気づくと瀧はゆっくりと腰を下ろし、もう一度「別れてねえよ」と言葉を繰り返す。
「だったらなんだよ?」
「……なんかさ、三葉からチョコ貰えないみたいなんだよな」
その台詞に司と高木はもう一度顔を見合わせると、まさか!?と再び声がハモる。
「もしかして、瀧が一方的に彼女と思ってただけとか?」
「んな訳あるかよ!ちゃんと告白して、付き合ってくれって言って、OKもらった!……はず」
「実は全部……夢だったとか?」
「いや、『夢』はやめてくれ……」
マジで不安になる、そう言うと再び瀧は力なく机に突っ伏した。
「お前さ、何か宮水さんを怒らせるようなこと言ったんじゃないのか?」
「瀧、鈍感なとこあるからなぁ」
「そんなつもりねえけど……」
そう呟くと瀧は先日あった三葉との電話でのやり取りを思い返す。

 

「ところでさ、もうすぐ二月十四日だろ」
『……バレンタイン?』
「お、おぅ……チョコ、期待しててもいいんだよな?」
やや間があってから、少しトーンが落ちた三葉の声が瀧の耳に届く。
『でも、私、今年は直接渡せそうにないし』
「まあ、それはそうだろうけど……」
『……瀧くんはさ、去年どれくらいチョコ貰ったの?』
「去年?」
スマフォを耳に当てながら、瀧は一年前のバレンタインデーを思い出す。
「義理チョコって手渡されたのが二つ。あと、なんか机に入ってたのもあったな。バイト先で奥寺先輩とかにも貰ったけど……」
『へえ、そうなんや。……実はさり気なく本命チョコも混ざっとったりして』
冗談交じりに言ってるようだが、三葉の言葉はどこか元気がなくて。
「全部義理に決まってんだろ!それに数だったら司の方が多かったし、別のクラスの子から呼び出しとかあったしな」
『そっか……』
「あのさ、お前が他の奴からチョコ貰うなって言うなら、ちゃんと断るぞ」
『べ、別に、そんなこと言っとる訳やないよ!』
「けど、何か元気ねえし」
『だって……』
「だって、なんだよ?」
『……なんでもない』
「なんだよ、言いかけたなら、ハッキリ言えよ」
『瀧くんには関係ない話やし』
「関係ないってことねえだろ」
『もう、ええの!とにかく、瀧くんに直接渡せないのは、私イヤなんよ。だから……今年のバレンタインは無理』
「だったらさ、」
『学校サボって会いに来るとか絶対ダメやからね』
言いかけたことを先んじて止められて、瀧は口をつぐむ。
『……ゴメン、そろそろ電話切るね』
切る前にもう一度、ゴメンね、と繰り返した三葉の声が暫く瀧の耳に残った……

 

やり取りを思い出していると、モヤモヤとした感情が瀧の胸に広がる。それは、三葉からチョコがもらえなくて不満だとか、ハッキリしたことを言ってくれなかったということではなくて。
「三葉に何してやればいいんだろな……」
きっとあの時、三葉は瀧に言いたかったことがあるはずなのだ。だが、瀧にはそれがわからない。
入れ替わりという世にも奇妙な関係から、晴れて好き同士、付き合うことになって数か月。徐々に関係を築いていっているとは言え、まだまだ三葉のことはわからないことだらけで。
そんな彼女のことを理解し切れていない自分を、傍に居ることができない自分自身を、瀧は不甲斐ないと思ってしまう。

「瀧は、瀧らしくやるしかないだろ?」
「俺らしく?」
中指で眼鏡をクイと持ち上げると司はフッと笑う。
「そもそも、瀧に女心を察するなんてできないってこと」
「あははっ、そりゃ確かになぁ!」
高木が大声で笑い出す。
「お、お前らなぁ!!」
悪友に小馬鹿にされて抗弁する瀧だが、三葉から『人生の基本でしょう!』と怒られていたことを思い出し、頭を抱える。
「わからないなら、わからないでいいんじゃないの?けどさ、宮水さんとのこと何とかしたいんだろ?」
「だったら、瀧らしく行動あるのみ!ってことだな」
バンッと高木から力強く背中を叩かれ、瀧はむせる。
「なんだよ、それじゃ俺は何も考えずに一直線みたいじゃねえか」
「実際そんなもんだろ」
「お前、本当に好きなことにはわき目もふらずに周りが見えなくなるとこあるからなぁ」
「けど、それでいいんだと思うよ。きっと宮水さんは、瀧のそういうところが好きなんだろうから」

――私も、瀧くんが好き!――

瀧の脳裏に告白した時の三葉の表情が思い起こされる。
あの時もまだ彼女のことをわかっているようで、わからなくて。それでも自分の気持ちを伝えたくて、ぎこちなくも真っ直ぐな気持ちを言葉にして告白した。だから、
「……俺、放課後、三葉に電話してみる」
ポケットから取り出したスマフォを見つめながら瀧は呟く。迷いのないその言葉に司と高木は安心したように頷いた。

*   *   *

そもそも三葉とてバレンタインデーに、瀧にチョコをあげたくなかった訳ではない。
生まれて初めて好きな人に贈る本命チョコ。正直イベントは意識はしていたし、既製品にするか手作りチョコにするか迷ったりもしていた。
だが……

今の二人は遠距離恋愛。普段、取れる連絡手段は電話やメッセージ程度。クリスマス、年始に瀧が会いに来てくれたとは言え、会いたい時にいつでも会える訳ではない。
そして、
「立花くーん、今日良かったら、みんなでカラオケでも行かない?」
「あ、いや、今日は俺、バイトがあるんよ」
「えー!?またバイト―?じゃ、また今度誘うから、次は一緒に行こうねー!」
またね!と話したこともない女子生徒が手を振って去っていく。
「うん、また……」
手を振り返した瀧はその場で項垂れた。

そう。この瀧は三葉である。
今なお続く入れ替わり。それでも週に二、三度あったそれは徐々に減り、今は月一回あるかどうかだが。
「最近モテるな、瀧」
「まあ、正直、宮水さんと付き合うようになって、雰囲気が柔らかくなったしな」
「そう……なんや」
「まあ、訛りまで影響受けてるんだから、他の子に目移りするとは思えないけどな」
「可愛い彼女、大事にしろよぉー!」
「泣くな、高木」
そんな二人のやり取りに苦笑いしながら、瀧(in三葉)は心の中で呟く。瀧くん、モテるのか……と。
あんなに嫌だった入れ替わりも、こうして付き合うようになった今、入れ替わりが起こること自体、二人の関係を確かなものにしているような気がしてどこか安心できた。
だが、いつか入れ替わりが途絶えたら?
東京の女子高生はお洒落で綺麗で、垢抜けていて。そんな子に言い寄られたら、瀧は他の子を好きになってしまうのではないか、傍に居られない自分はあっさり振られてしまうのではないか、そんな風に考えてしまい、三葉は不安になるのだ。
そして、ついこう思ってしまう。
瀧は、どうして自分を好きになってくれたんだろう?と。


「私が瀧くんの彼女なのに……」
あの日、瀧からバレンタインの話をされた日。電話を切ると三葉はポツリと呟いた。
初めて彼に贈るチョコを郵送で渡すのはイヤだった。義理チョコですら直接手渡せるのだ。なんで彼女である自分が郵送なんて味気ない渡し方になってしまうのか。
だからと言って、もし、チョコを渡したいから会いに来て欲しい、なんて言えば瀧は本気で会いに来そうだった。そんなことを少し望んでる自分も居て、それもイヤだった。
渡したいけど渡せない。揺れ動く感情の中での迷い。
「……私って、面倒くさい」
髪に結われた組紐を解くとその手にとる。カタワレ時を思い起こすその紐を見つめながら想うのはやっぱり瀧のこと。
「瀧くんに……会いたいな」
考えはまとまらないまま、ギュゥと握り締めたその手を胸に当てた。


「はぁ……」
放課後。終業のチャイムが鳴るや、三葉は今日何度目かのため息を吐く。
変な意地張るんやなかったな……
そんなこと思うと、胸の奥がチクリと痛む。
「おーい、三葉ぁ?」
「サヤちん、どうしたの?」
「どうしたも何も、一緒に帰ろうと思ってさっきから待っとるんやけど?」
「あ、ゴメン!今、準備するでね。……あれ、ところでテッシーは?」
「んー、今日は三葉と二人で帰ろうと思ってな。別行動にしてもらったんよ」
照れ笑いの早耶香の表情を見て三葉は何かを察する。
「あれ?もしかして、もしかしてー!?」
「いや、まだ何もないんやけど……と、とりあえず帰ろう!三葉」
「ちょっと待って、急いで準備するから!」
教科書を通学鞄に詰め込むと三葉は慌てて席を立ち上がった。


坂の多い糸守町。歩き慣れているとはいえ、滑らないようにゆっくり雪道を踏みしめながら二人は並んで歩く。
「これからテッシーにな、チョコ渡して来ようと思っとるんよ」
「ついにサヤちん、テッシーに!?」
きゃーと興奮したように三葉は歓声を上げる。
「いや、流石に告白とかそういうんはまだ無理やさ。ただ、渡す前に三葉に御礼言っときたくて」
「御礼?」
「私な、今までテッシーに義理チョコだって渡しとったし、私もそれでいいと思ってたんよ。けど、立花くんのこと一生懸命な三葉のこと見とったら、何かええなって思うようになって」
照れくさそうに巻いていたマフラーで口許を隠しながら、早耶香は続ける。
「ありがとね、三葉のおかげで私も私なりに頑張ってみようかなーって思えるようになったんよ。だから、今年は本命チョコのつもりで渡してくるでね」
「そっか……頑張って、サヤちん!応援しとるよ!」
「いや、まあ渡すだけやから……。それより、三葉も頑張ってな」
早耶香は立ち止まると三葉の手を取る。
「私にしてみれば羨ましいんやよ!好きな人が自分のことを好きになってくれるってことは。そりゃ付き合ってみると色々大変なのかもしれんけど……。でも、三葉と立花くんならきっと大丈夫やさ!」
早耶香は励ますように繋いだ手を二、三度振るとニッコリ微笑んだ。
と、不意に着信音が鳴り響く。互いにどちらのスマフォが?と思い、ポケットを探ると三葉のスマフォが振動している。その手に持つスマフォのディスプレイを確認するや三葉の表情が自然と綻ぶ。
「……立花くんからやろ?」
顔を上げると三葉はコクンと頷いた。
「じゃあ、私は先に行くでね。二人でしっかりお話するんやよ!」
「サヤちんも、頑張ってね!」
「うん!ありがとう、三葉」

*   *   *

「……もしもし、三葉やよ」
『瀧だけど……三葉、今、時間いいか?』
「うん、学校から帰る途中やけど、今は一人やから大丈夫」
『そっか、良かった』
バレンタインの話題でぎこちなくなり、互いに掛けづらかった電話。数日ぶりに彼から掛かってきた電話を受けながら三葉は思う。
瀧くんってズルイなぁと。
彼の声だけで胸が高鳴り、嬉しさが溢れてくる。声を聞くだけで彼のことが好きで堪らない自分をあっさりと自覚してしまう。

そして、それは瀧も同様で。
初めて三葉と出会った信濃町駅近くの歩道橋。同じ場所で新宿のビル群を眺めながら、ちゃんと話をするために電話をしたはずなのに、三葉のことが好きだってことしか頭に浮かんでこない。
「あ、あのさ……えっと、そっち天気どうだ?」
真っ白になってしまった頭で漸く絞り出した話題。我ながらどうでもいい内容だな、と瀧は苦笑いしてしまった。
『天気?そうやね、今は止んどるけどけど、今日は朝から雪でそこそこ積もってるかな』
「マジかっ!?こっちと全然違うな」
『東京は冬でも天気いいんやろ?ええなぁ、こっちはこの時期、天気悪いこと多いから』
「でもさ、冬の糸守も綺麗だったぜ。前に入れ替わった時、そう思ったよ」
『そっか……』
「おう……」
天気の話題は長く続かず、暫し沈黙。
瀧は首の後ろに手を当て、三葉は毛先に触れる。もし目の前に互いが居れば、その表情を見て感じ取れることがあるのかもしれない。
だけど今は電話だけ。だから、何か伝えたいと思うのであれば、声にするしかない。言葉にするしかない。
何が正しいのか、相手が望んでいることは何なのか、自分はどうしたいのか、黙っていただけでは決して相手には届かない。
だから……
「あのさっ!」
『は、はい!』
一度深呼吸してから瀧は続ける。
「俺、三葉とちゃんと話がしたいんだ。何か言いたいこととか、気になってることがあるなら言って欲しい。三葉の傍には居てやれねえけど、俺、三葉の彼氏だから。……だからお前が悩んでるなら何とかしてやりたい」
電話の向こう側で三葉の息を飲む声が聞こえた。

スマフォを耳に当てながら三葉は頬を染めていた。今は瀧の表情は見えない。だけど、確かに伝わってくるものはある。目を閉じれば、不器用だけど自分の言葉で懸命に気持ちを伝えようとする彼の表情が三葉には見える気がした。
『……ダメか?』
「ううん……ありがと、瀧くん」
モヤモヤとしてた感情がスゥと消えて、素直に御礼が言えた。だから、そのまま素直に……
「バレンタイン、ゴメンね。私、本当に瀧くんにあげたかったんやけど、その、初めての本命チョコやったから、郵送とかじゃなくてちゃんと手渡したくて。それと……最近、瀧くんモテるやろ?」
『は?俺がモテる?んな訳ねえだろ』
「もうっ!それは瀧くんが気づいてないだけなの!!最近、同級生の女子とかに頻繁に声かけられるやろ!!」
『んー……まあ、そんなこともあるような、ないような?』
瀧の反応は本気でわかってない様子である。朴念仁な彼氏に三葉は思わずため息を吐いてしまう。
「ハァ、瀧くんは女心が、」
『……俺が好きなのは三葉だけだぞ』
突然の不意打ち。三葉は思わず押し黙る。彼の言葉に何か言おうとして、言えなくて。ただ、『好き』って言ってもらえたら、途端に少し泣きたくなった。

『……不安なんやもん』
「不安?え……なんでだよ」
三葉のか細い声を心配しながらも、瀧はできるだけ優しく言葉を促す。
『瀧くん最近モテるし、私は田舎もんやし、彼女やのにチョコも手渡せないし、他の子に嫉妬してまうし、そんなことに悩んで瀧くん困らせて面倒くさいし』
グスッと一度鼻を鳴らして三葉は続ける。
『瀧くんは、私と入れ替わったから特別に想ってくれてるだけなんじゃないかって……』
「みつはッ!!」
大きな声で名前を呼ぶと、歩道橋を歩く通行人が瀧の方へと振り返る。だけど、瀧は気にしない。
「三葉……俺のこと、好きか?」
『え……』
「俺のこと……好き、か?」
『……大好き』
小さな声だったけど、それでも彼女の確かな言葉を聞き、瀧は安堵するように大きく息を吐いた。
「それを言うなら、俺だって心配してんだぞ」
『……心配?』
「お前、美人だし可愛いし、他の奴からちょっかい出されてないかとか、結構寂しがり屋なとこあるから、俺じゃなくて近くにいる奴、頼ってんじゃないかとか……。あ、いや、三葉のことはちゃんと信じてるけどさ、けど、彼氏として全く心配してないって言ったら、そんなこと……ねえ」

三葉の不安という本音に応えるように、瀧も心配という本音を伝えてくれた。
瀧の声を聞きながら、三葉は思い出す。入れ替わりじゃない、初めて互いに東京で出会った時のこと。

――三葉がすきだ!!――

彼はいつも一生懸命で、真っ直ぐで、不器用でも、真っ直ぐに自分にぶつかってきてくれるってことを。
そんな彼のことを、いつの間にか好きになってたってことを……

『おい、聞いてんのかよ』
「うん、聞いとるよ」
『なんだよ、なんで笑ってんだよ……』
「だって、瀧くんに心配されとるんやなぁって思ったら何か嬉しくって」
誰かを真剣に想うから泣いてしまうこともあるけど、真剣に想ってるからこそ嬉しさもひとしおで。その気持ちを電話越しに相手に伝えるのはとても難しいことだけど、それでもその想いを二文字に込める。
「すき」
『……な、なんだよ、いきなり』
「瀧くん、嬉しい?」
『お、おう……嬉しい、ぞ』
「ふふっ、良かった」

クスクスと笑い出す三葉につられるように、瀧もアハハという笑い出す。
東京と飛騨の距離は遠いけど、この瞬間だけは、すぐ隣に互いが居るかのように二人には感じられた……


*   *   *


夜八時ちょっと前。夕飯を終え、三葉は自分の部屋の机の前に座っていた。目の前にはスマフォと瀧から頼まれて買ってきた明治のミルクチョコレート。

「ゴメンね、瀧くん。手渡しできなくても、やっぱりチョコあげれば良かったね……」
漸く互いに胸の内をさらけ出して話ができたとは言え、流石にこれからバレンタインチョコを渡すのは時間的に難しい。
『……なあ、三葉』
「なに?」
『糸守のコンビニさ、明治ミルクチョコレートくらい売ってるよな?』
「え?まあ、あると思うけど。……でも、いきなりなんやの?」
『一つ用意しておいてくれよ。俺、八時丁度に電話するからさ、久しぶりにビデオ通話しようぜ』
「え?今日!?」
『おう!楽しみにしてるからな』

そうして帰り道に購入したチョコを手に取り、三葉は首を傾げる。
「……コレ、どうするつもりなんやろ?」
スマフォのディスプレイに目を移せば、時間は既に五十五分を回っていた。もう少しで瀧から電話がある。そう思うとソワソワしてきて、もう何度目かとなる姿見の前に移動する。
「ヘンやないかな……?」
毛先に触れると口角を上げて笑顔を作ってみる。着替えた洋服は東京に行った時に瀧が選んでくれたもの。髪型は普段と違って下ろしてみた。
あれほど彼に会いたいと思っていたのに、いざ顔を見て話せるとなると途端に緊張してくる。
「大丈夫、大丈夫……よし!」
気合を入れると、三葉は再び机に戻る。そうして八時丁度。

「はい!三葉やよ」
『おう、みつ……』
画面に映し出された瀧は、そのままポカーンと口を開いたまま固まってしまった。
「えっと髪型とか……どう、かな?」
口許を押さえながら画面の向こう側の彼の表情が赤く染まっていく。
『……わ、わるくないな』
言葉は多くないけど、彼のことを理解している三葉だからすぐに気づく。瀧的には"結構似合ってる"って思ってくれてることを。
「ふふふっ」
『なんだよ』
「知ーらない♪」
『ちぇっ』
三葉に見透かされていることがわかったのか瀧は悔しそうに、けどすぐさま口許に笑みが零れた。

「で、これ、買ってきたけど、どうするの?」
チョコレートを手に取ると、三葉は瀧に見えるようにスマフォのカメラ前に持ってくる。
『ああ、ありがとな。じゃあさ、三葉それを手に持って、目つぶって』
「え?どうして?」
『いいから、やってみてくれよ』
「うん、わかった」
瀧に言われたとおり、両掌にチョコを乗せ三葉は目を瞑る。
『で、三秒待つ。一、二、三、はい』
そうして三葉は目を開ける。目の前にはさっきまでと変わらない、手のひらの上に明治ミルクチョコレート。
まるで意味がわからず小首を傾げると、三葉はスマフォに眼を向けた。
「え?」
そこには三葉と同じミルクチョコレートを持った瀧の姿。
『今、お前のチョコと俺のチョコ、中身が"入れ替わった”よな?』
「ハァ!?」
『中身が入れ替わったんだから、これ、三葉から貰ったバレンタインチョコってことだよな』
笑いながら瀧は包装を開くと、一口分チョコを手に取った。
「なによそれ!チョコが入れ替わるなんてありえないやろ」
呆れたような口調で、だけど三葉も確認するように手に持ったチョコの包装を丁寧に開いていく。
『でもさ、俺達入れ替わっただろ?それもありえないことか?』
「それは……」
『なあ、三葉。俺、信じてるんだ。入れ替わりがあったからこうしてお前と出会えたけど、入れ替わりなんてなくたって、いつかぜったい出会ってたって。お前が世界中のどこにいたって、必ず出会ってたって。だからさ、』
チョコレートを口にして、瀧はニカッと笑う。
『これもお前からバレンタインチョコだって信じてる』
「……もう、この男は」
そう言いながらも三葉はわかっている。彼のこういうところが好きなんだってこと。だけど照れくさいから、口にする代わりにチョコレートを口に運ぶ。
特別でも何でもない市販のありふれたチョコレート。だけど今日は特別な日だから、きっとこれは特別なバレンタインチョコ。
「瀧くんから貰ったチョコも甘くて美味しい♪」
『だろ?』
そうして二人、心から笑い合う。

今は遠距離だけど、二人の関係は本当ならありえない奇跡の出逢い。だから、今はこの奇跡に感謝して、少しずつ、一歩ずつ。
そうすれば、いつか不安も心配も笑い飛ばせるくらいの絆が、二人のムスビが生まれるはずだから……