君の名は。SS たとえばこんな夢ものがたり。後編

三葉は思う。
運命は変わり、未来へと繋がった。
長い長い時間を経て、ようやく巡り逢えた。
消えて失うものがあったとしても、決して忘れたくないと心に刻んだ想いがムスビつき、今、未来は走り始めている。
それでも、目の前にいるこの人には決して想いが伝わらない気がするのは何故なんだろう……

瀧は思う。
運命を変え、未来へと繋げた。
長い時間(とき)を経て、ようやく巡り逢えた。
消えて無くしたものがあったとしても、己で決めた覚悟と想いがムスビつき、今、未来は走り始めている。
それでも、目の前にいるこの子とは決して結ばれない気がするのは何故なんだろう……

 

「お、カラオケか!三葉、知ってるか?カ・ラ・オ・ケ。OK?」
「瀧くん、バカにするのもたいがいにせんと怒るよ?」
「スナックのカラオケじゃねえんだぞ?カラオケボックスだぞ」
カラオケボックスくらい、岐阜にもちゃんとあるんよ!!」
糸守にはなさそうだ、と瀧は思ったが、ひとまず口に出すのはやめておいた。

「んじゃ、行ってみるか?」
「えぇっ!?」
三葉は一歩後ずさる。
「いや、私、そんなに……歌、上手くないし」
そのまま更に二歩三歩と後ろに下がっていく。
「あのな、こういうのは上手い下手じゃなくて一緒に楽しめるかどうかだろ?それに俺は三葉の歌を聞いてみたいぞ」
「うーん……」
握った手を口元に当てて考え込む三葉だったが、上目使いで一言。
「……瀧くんさ、個室でえっちなことしようとか考えとらんよね?」
「しねえよ!!」
「本当かなぁ……」
「信用ねえなぁ。大体するならもっと雰囲気のいいいところで……って、いやそうじゃなくて!」
自分でも何を力説してるのかと気が付き、瀧の顔がみるみる赤くなる。三葉も顔を真っ赤にして俯いている。
「い、一時間だけやからね!他にも行きたいとこあるんやし!」
「わ、わかってるって。ほら、行こうぜ!」
「もうっ、仕方ないなぁ」
瀧は三葉の手を取るとカラオケボックスの入り口をくぐっていった。


「三葉の歌、めちゃくちゃ良かった……」
カラオケボックスを出ると瀧はしみじみと呟いた。
「えへへ、おだてても何も出んからね♪」
照れくさそうに、それでも褒められて嬉しそうに三葉は返す。
瀧がこの年の頃に流行ったアーティストの曲、『夢鳥籠』、『来来々軒』、『シュワッ☆とくる』などを歌った後、やっと三葉が一曲登録した。曲は『とんでもないな……』。スローテンポだが、綺麗に歌うとなると難しい曲だ。
しかし感情を込め、しっとりと歌い上げた三葉の姿に思わず瀧は拍手していた。そして嫌がる三葉はお構いなしに、その後三回のアンコール!!
「同じ曲ばっかり……瀧くん、なんやの?」
「いや、本っ当に心に染みたというか何というか」
腕を組み、うんうんと歌声を思い返している瀧の姿に、三葉は呆れた表情を浮かべる。

と、その向こう側にあったゲームセンターの入り口に貼ってあるポスターに目が留まり三葉は立ち止まった。
「瀧くん!瀧くん!」
瀧の袖を引きながら、楽しそうにそのポスターを指さす。
「どうした?三葉」
「最新のプリクラやぁ♪」
「さてと、次はどこへ行こうかな」
「ちょっ、どこ行くんよ!」
逃げようとした瀧の腕を三葉は両手でガシッと捕まえる。
「……プリクラは恥ずかしいだろ?」
「さっきはカラオケ付き合ったんやし、今度は私の番やよね♪」
「うっ……」
言葉に詰まる瀧。「ほらほら、記念やよ~♪」と嫌がる瀧の腕を引っ張ってそのままゲームセンターへ突入していくのであった。

「お前、プリクラのやり方、知ってるのかよ?」
「瀧くん、糸守が田舎だからって、これ以上バカにするとタダじゃ済まんよ」
空いてる機械を見つけるとこっちこっちと瀧を手招きする。
「これでも昔、サヤちんと高山まで撮りに行ったことあるでね」
やっぱり糸守にはないんだな、と瀧は思ったが、今回も口に出すのはやめておいた。
「俺は女とプリクラなんてしたことねえぞ」
「私だって男の子とはないよ」
「テッシーとは?」
「は?なんでテッシーと?」
「……まあ、いいけどさ」
そんな会話をしながら、三葉は操作方法を眺めている。うーんとか、えーと……と唸りながらひとしきり眺めた後、
「な、なんやの……この機能。全然わからんのやけど」
技術の進化は日進月歩。最新プリクラの各種機能についていけないようだ。
「瀧くん……」
「いや、俺も知らねえって」
困り果てて瀧を頼るもあっさりと白旗を出され、三葉は大きくため息をつく。
「東京人なのに役に立たんなぁ」
「東京に居るからって何でも知ってると思ったら大間違いだ。わからねぇならスマフォで調べりゃいいだろ」
「あ、そうか」
カバンからスマフォを取り出すと、早速『最新、プリクラ、機能』で検索。
「……目を大きく?、美白?足長機能?色々すごいんやねぇ」
「おい三葉、そんな機能いらねえからな」
「え?何でよ?機能使えば綺麗に撮れるんやよ」
「そんな風にイジったらもう別人じゃねえか。今日の記念で一緒に撮るんだろ?だったら、そのままでいいだろ」
「でも、女の子はやっぱり可愛く映りたいんよ……」
「いいんだよ、俺は今のままの三葉で十分なんだよ!ほら、撮るぞ」
そう言うや瀧はお金を入れ、自分で操作を始める。
「もう、この男は……」
それでも、素のままの自分がいいと言ってくれた瀧に嬉しく思いながら三葉も操作に加わる。

あーだこーだと言い合いながら設定を完了し、漸く撮影スタート。
「で、どうすんだ?」
「どうしようか?」
「ひとまずピースか?」
「ピース……やね」
二人並んでピースしてみる。
「まあ、ええんやない?」
「そうだな……」
3、2、1、カシャ☆

「瀧くん、緊張しすぎー」
「うるせーな、女と撮るの初めてだって言ったろ!慣れてねーんだよ」
「記念に残すんだから、もっと笑顔やないと」
「こ、こうか?」
「プッ」
「笑うんじゃねーよ!」
3、2、1、カシャ☆

「……おい、まだ続くのか?」
「何回か撮れるんやって」
3、2、
「瀧くん?」
「ん?」
1、
「もうすこしだけ、くっついてもええかな?」
「お、おう」
カシャ☆
ぎこちなくも二人の肩がくっついた。

「さあ、落書きやよー!」
「なんか疲れた……」
「そういえばさ、入れ替わってた時、お互いに落書きしてたよね」
「『ばか』とか『あほ』とかな」
「そうやったね。あ、プリクラにも書いとこ」
クスクス笑いながら三葉はアレコレ書き込んでいく。そうして出来上がったプリクラを眺めると大事そうに手帳に挟んでカバンに入れた。
これは夢なのかもしれないけど、決して忘れたくない大切な思い出なのだと言わんばかりに……


「いやぁ、それにしても遊んだよなぁ」
「すっごく楽しかったぁ」
その後、ゲームセンターで遊んで、今は公園のベンチで一休み。スマフォを取り出し時間を確認すれば、既に十五時を回っていた。
「疲れたか?」
「ううん。楽しすぎて疲れるのも忘れとる」
「そっか、三葉が楽しいなら、俺も嬉しいよ」
ベンチから立ち上がると瀧は大きく腕を伸ばす。
「夢とは言え、楽しい一日っていうはあっという間だよな」
「うん……。そうやね」
しんみりと呟いた三葉を見て、夢が覚めるまで少しでも、と思い直し、瀧はベンチに座る彼女の手を取った。
「悪ぃ、まだ一日は終わりじゃないよな。三葉!他に行ってみたいところはないか?いくらでも付き合うからさ」
「うん、そうやね!それじゃあ」

*   *   *

ザザァー……
電車に揺られてやってきたのは人気のない静かな海辺。既に夕暮れ時で、海に入って遊ぶというには時間も遅い。
繰り返される波の音と潮の香りする風をその身に感じながら、二人は並んで水平線を眺めていた。
「夏場の設定だったら、遊べたかもなぁ」
「それでも、もう夕方やしね」
傾き始めた真っ赤な夕陽。陽が落ちればこの夢の一日も終わってしまうのだろうか?そんなことが頭のどこかによぎり誤魔化すように敢えて瀧は軽口を叩く。
「三葉の水着姿、見たかったなぁ」
「もうっ、本っ当、瀧くんはえっちなんやから」
初めから三葉にそう言われることは瀧はわかってる。三葉もそれがわかってるから、言ってからクスッと口許を緩める。

「……こんなとこで良かったのか?」
「うん。瀧くんと二人で海見るのもええかなぁって」
「三葉は山に囲まれた海なし県人だからなぁ」
「悪かったわね!海なし県で。もうっ、瀧くんは東京育ちだからって地方バカにして。糸守やっていいところがたくさんあるんよ!」
「元々バカにしてたのはお前の方だろ。俺は初めからわかってたぞ。きれいな空気、うまい水、薫る風、光る湖、深い星空……」
「そうやね。あの頃はそういう事に気づいてなかったなぁ。いつかまた、あの風景を取り戻せるといいよね……」
何もかもが都合のいい夢の中だとしても、それでも糸守に彗星が落ちたという事実は変わってないと思えた。
「同じは無理でも、糸守なら、命がムスビついていけば、いつか前と同じくらい、いや、それ以上の糸守になれるさ、きっと」
失ったものはたくさんある。それでも自然の力と、人が作り出す力があれば、またいくらでもやり直せる、瀧はそう思い、力強い言葉を口にする。
三葉はその言葉に少しだけ哀しそうな表情を浮かべるが、すぐさま自身に言い聞かせるように小さく首を振る。

気づけばどちらからともなく手を繋いでいた。それはもうすぐ"あの時"が近づいているから。
夕日が地平へと近づき、山際へとかかる。昼と夜が混ざり合い、世界がぼやける時間……
「カタワレ時だ……」
「カタワレ時……」
片割れ同士の声が重なる。瀧は三葉だけを、三葉は瀧だけを見つめる。このひと時だけは互いに目を逸らしてはいけないような気がして。
「それでもね、私は東京の方がええなって思うんよ」
「お前、今日目いっぱい東京楽しんでたもんな」
「……違うよ、ここには瀧くんがおるもん」
素直な気持ちを三葉は口にした。瞳はまっすぐ瀧を映している。
「……なら、俺が糸守に住むって言ったら?」
「だったら糸守。ううん、場所やないね。瀧くんの側がいい。本当は瀧くんとずっと一緒に居たい……」
声が震え、言葉に詰まる。そんな三葉の肩に瀧はそっと手を置いた。緊張で波の音より心臓の音の方が大きく聞こえてくるが、それでも意を決し口を開く。
「俺だって……三葉の側にいつもいたい。だって俺は、三葉のこと!」
「ダメ!」
彼女の言葉は、それ以上は言わないで、という強い意思表示。
「……なんでだよ?」
「お願い……瀧くん」
俯き震える彼女の肩に手をかけたまま、瀧はもう何も言えなかった。

陽が沈み、辺りを闇色へと染め上げていく。カタワレ時は間もなく終わる……
「ねえ、瀧くん?」
「うん?」
「最後に一つ、してみたいことがあるんやけど、聞いてくれるかな?」
「言ったろ。三葉がしたいことなら、いくらでも付き合ってやるって」
優しく応えた瀧の顔を、三葉は間近に見上げる。
震えて掠れた声で、彼女の精一杯のお願い。
「キスして……欲しい……な」
「……ああ」
瀧の言葉に三葉嬉しそうに微笑むとそっと目を瞑る。瀧も目を瞑ると三葉を引き寄せる。
そうして、潮騒響く夕闇の中、二人のシルエットが重なった……

 

 

眠りに落ちたかのように、不意に意識が飛ぶような気がした。それでも必死に意識を繋ぎとめるように瀧は大きく目を開いた。
視界に広がった光景は、今居たはずの海辺とは真逆の世界。
どこかの山の頂き。空には半月と煌煌と輝く満天の星空。暗闇の中で、それらが現実世界以上に明るく照らし出している。
「まだ、夢……だよな?」
瀧は一人呟くと、ふと側に三葉が居ないことに気づく。

「みつは……?おい、三葉!!」
周りを見回すが、彼女の姿はどこにもない。
「三葉ぁーーーー!!!」
静寂の中、彼女を呼ぶ声だけが辺りに響き渡る。
と、自身の腕に違和感を感じ、右手首を見れば彼女の髪に結われていたはずの組紐が巻かれていた。
「なん……で?」
これはただの夢だ。わかってる。それでも何故か不安に駆られ、否応なしに心臓が早鳴る。
もう一度、彼女の名前を叫ぶ。だけど返事は……ない。
何気なしに眼下を見下ろすと、そこにはいつか見た光景が広がっていた。
「新……糸守湖?」
あの彗星の落下でひょうたん型となった、かつて見た湖が月明りに照らされている。
ということは、ここは糸守?御神体の……山?

「たき……くん」
背後で名前を呼ばれ、瀧は振り返る。そこには朱の帯と青地に花柄模様の浴衣を着る三葉の姿があった。
何故か肩上の長さまで短くなった髪を、いつもの癖で右手で触りながら、瀧を見つめている。
「三葉……だよな?お前、どこ行ってたんだよ!」
「ゴメンね。全部思い出したんよ……」
「思い出したって、何を?それになんだよ、その恰好」
「どう、かな?」
浴衣の袖を見せるように三葉は腕を上げる。
「どうかなって……まあ、似合っちゃいるけど。けど、こんなとこで浴衣姿っていうのもどうかというか」
「えへへ、そうやよね」
「それになんで髪が短くなってんだよ?」
「うん、それはね……」
周囲の温度が急に下がった気がした。静寂な世界の中、音という存在すら初めからなかったように、ただ三葉の声だけが瀧の耳に届いた。

「これが私の最期の姿だから……かな?」

口角を上げて微笑んだ三葉の頬を、一筋の涙が伝っていった……

*   *   *

「三葉の……最期?」
オウム返しのように呟いた瀧の言葉に三葉は頷き、零れた涙を押し止めるように満天の星空を見上げた。
「あの日ね、サヤちんとテッシーと一緒に彗星を見に行ったんよ。三人で綺麗だね、凄いねぇって話しながら、こんな風に夜空を見上げて。本当に夢のような美しい眺めで。……でもね、まさかあんなことになるなんて思わなかった」
自身の動揺を抑え込むように、三葉は右の手で左腕をギュッと抑える。
「彗星がね、降ってきたの。あんなに綺麗だったのにね。でも、本当はね、すごく熱くて、大きくて、怖くて……怖くて!とても怖くてっ!!!」
「おい、三葉!!」
三葉は自分の両腕を抱き、俯き、震えた声で叫ぶ。それでも、近づこうとした瀧を制するように首を振る。
「泣きたくても、あまりの恐怖で声も涙も出なくて、身体も動かなくて……。それでもね、最期に想ったの。……もう一度あの人に、瀧くんに逢いたいって」
抑えきれず溢れ出た涙が一粒、二粒と地面に落ちていく。それでも泣き声のまま、三葉は続ける。
「それでお終い。私はあの時、死んでしまったけど、それから瀧くんが頑張ってくれたから、三葉の未来は繋がった。ちゃんと未来で君に逢えた」
伝えたかったのは感謝の気持ち。だから、これ以上泣かないようにと涙を拭い、三葉は瀧を見つめる。
「君にね、御礼が言いたかったんよ。"三葉"を見つけてくれてありがとうって。夢から目覚めても……"三葉"をお願いね」

目の前に居る浴衣姿の彼女の存在を受け止めきれないのか、瀧は視線を落とす。
「お前は……三葉なのか?」
「あの日、死んだ三葉やと……思う」
「死んだ……三葉?」
「人は死んだら生き返らないと思うんよ。私の中には『死んだ』っていう記憶がある。これから生きていく三葉の中にはいちゃいけない存在なんやと思う。死んだ私と一緒に記憶を失ってしまったかもしれんけど、三葉は瀧くんに出逢って強くなれた。それに瀧くんも同じように探し続けてくれた。だから未来でちゃんと巡り逢えた」
そうして三葉は両手を前で重ねると深く一礼する。
「それと……瀧くん、今日は本当にありがとう。私の存在は幽霊とかお化けみたいなもんかもしれんけど、今日は一緒に過ごせてとっても楽しかった。あの頃、瀧くんとしたかったこといっぱい叶えられた。きっと三葉の中に残ってた私の欠片みたいなもんが、瀧くんと出逢えたおかげで夢の中で会わせてくれたんやろね」

そこからは互いに無言。月と星の輝きが二人を照らしている。
あの日死んだという三葉の言葉を、瀧は俯いたまま聞いていた。表情はわからない。ただ拳を強く握りしめていることだけはわかる。
「……お前は、これからどうなるんだよ」
「瀧くん、これは夢やよ?夢は目覚めたら終わり。だから、」
消えてくだけ。そう言うと三葉は柔らかく微笑む。
「……なんで笑ってんだよ」
「だって、もう充分満足だから」
「充分?」
「うん」
微笑みを張り付けたまま、三葉は頷く。
「……ざけんな」
「え……?」
「ふざけんなっつってんだよ!!お前のそれが作り笑いだってことくらい、俺にはわかんだよ!!何勝手に一人で消えるとか言ってんだよッ!!」
三葉に近づくと瀧は力いっぱいに彼女を抱きしめた。驚いた表情の後、懸命に抑え込んでいた感情が一気に溢れ出したのか、三葉の瞳に大粒の涙が溜まっていく。
「瀧くんにはわからんよ!!!あの死ぬ間際の絶望感は!死んでしまう怖さは!あんなん抱え込んで……人は生きてはいけんよ」
仕方ないんよ、と力なく三葉は瀧をトンと叩く。

「お前だってわかってねえだろ。三葉を失った俺の絶望感と怖さを……」
三葉の耳元、涙声で瀧が囁いた。抱きしめる腕に力が入る。
「瀧くん、何言って……?」
「俺の中には、お前が死んだっていう記憶があるんだ。俺はきっと三葉が死んだら耐えられない。だから、お前と同じだ。死んだ三葉が消えるしかないんだったら、それを知ってる俺も一緒に消えてやる」
きっと目の前の三葉と同じ。『あの日、三葉が死んだ』という記憶を抱えたまま瀧は生きていけない。

「……やだ……やだよ……なんでやの?瀧くんは関係なかったのに……。私が瀧くんと入れ替わったから、私と入れ替わりさえなければ、こんなこと……」
ごめん、ごめんね、と胸の中で泣きじゃくる三葉の背中を、瀧はなだめるように優しく触れた。
手のひらから伝わる彼女の温もり。こうして触れてみて改めてわかる。この華奢な身体でいつも背すじを伸ばし、彼女はいつも懸命に頑張っていた。
最初は文句の言い合いばかりの入れ替わりだったけど、彼女の新たな一面にひとつ、またひとつ気づく度に、いつしか三葉の事ばかり考えるようになっていた。
だから、三葉に逢いたいと思ったのだ。もっと彼女の事が知りたくて。たとえ彼女が世界中のどこに居たとしても、必ず逢いに行くとそう心に誓って、あの日、糸守を目指した。
その時はまだ気づいてなかった。だけど今の瀧ならわかる。あの時の三葉に対する自分の想いがなんだったのかということを……

「関係ないなんて悲しいこと言うなよ。俺、やっとお前のこと見つけられたんだぜ」
瀧は腕を解き、ゆっくりと三葉から離れる。彼女の泣き顔を見ると胸が苦しくなるが、それでも今は言葉を継ぐ。
立花瀧はカタワレ時で宮水三葉に逢えた。だけどさ、此処に居る俺はきっとお前に逢うつもりで糸守に行ったんだ」
「え……」
「逢いに行くの、三年遅くなってゴメンな。だけど俺だって、お前に逢ったら色んなこと話しかったんだ。色んなことしたかったんだ。今日、この夢で過ごしたみたいに」

あの日、三葉は願った。もう一度、瀧に逢いたいと。
そして、瀧も願った。どこに居たって、三葉に逢いたいと。
決して出逢うはずのなかった二人。
だけど、互いに夢見ていたことはおんなじだった。
だから、これはカワタレ同士の夢が結んだ、ただ一度きりの奇蹟の逢瀬……

「俺も、たぶん立花瀧の中に残ってた欠片で、ずっとお前の事、探してたんだ。ずっとお前に逢いたいって思ってたんだ。だってさ、俺にとっての三葉はお前だけなんだから」
「ずるいよ……瀧くん。そんな風に言われたら、もうごめんねって言えんよ……」
変わらずに泣き顔のままだったけど、三葉の表情に笑顔が灯る。
瀧が惹かれた彼女の笑顔。今更だけど、こんなにも彼女を想っていたのだと思い知らされる。だから、これだけは彼女に伝えたくて。
悲しみの涙の跡を消すように、瀧は三葉の頬を指で拭う。
「俺、お前と入れ替われて良かった。三葉に逢えて本当に良かった。だからさ、やっぱりこれだけは言わせてくれ」
三葉は瀧の手を取ると、うん、と小さく頷く。
そうして星宙の下、二人は向かい合う……

――すきだ

それは、とても短い言葉だったけど、三葉にとって本当に望んでいた言葉。
嬉しくて涙が零れてしまいそうになるけど、彼の想いには笑顔で応えたい。だから、

わたしも――

そう言って、今度こそ心からの笑顔を瀧に贈るのだった……

 

 

――夢でしか叶えられない、ものがたりやね
――それでも俺達の想いはムスビついて、ちゃんと未来に繋がっていくんじゃないかな

東の空が白む。まもなく夜が明ける。
昼と夜が混ざり合うのがカタワレ時なら、夜と朝が混ざり合うこの時間はなんというのだろう……
それでもこれは別離ではなく、まだ希望に満ちたもの、二人はそんな気がした。

「なあ、三葉」
「なに?瀧くん」
「もしさ、俺たちが未来の俺たちとは違う存在だとしたら……」
瀧は右手の組紐を解くと、三葉の小指に結び、優しく微笑む。
迷いなき笑顔に、三葉も頷くと彼の小指に組紐の反対の端を結ぶ。
「これなら、また逢える」
「来世は、同級生になれるといいね」
「ああ」

陽が昇り、二人を照らす。そして、世界が白く染まっていく……

――またな
――うん、またね


*   *   *


朝、目が覚めるとなぜか泣いている。
最近は、そんなこともなかったけど、今日の涙はなんだろう。
楽しくて、嬉しくて、哀しくて、でも、どこか満ち足りた……

隣を見れば、自分のカタワレともいうべき存在は、まだ眠りの中。
だけど、今の自分と同じように涙が一筋こぼれていった。

無意識に部屋に飾られたカレンダーを見る。
「十月四日……」
"今日"という日は、そんな日なのかもしれない。
そう思いながら、愛おしいカタワレの頬にそっと触れた……

 

 

 

 


「ねえ、瀧くん」
「ん?」
二人並んで、駅へと向かう通勤途中。三葉は瀧を見上げ、ニッコリと微笑む。
「今度のお休み、瀧くんとしてみたいことがあるんやけど」
「いや、実はさ、俺も三葉と行きたいところがあって」
「へえ、どこ行きたいの?」
「カラオケ」
三葉は一瞬目を大きく見開いたが、瀧がそう言うことがさも当然だったかのようにと小さく頷く。
「ええね♪」
「で、三葉がしたいことは?」
「プリクラ」
「……まあ、仕方ないな」
苦笑交じりだが、瀧もまた初めからわかっていたように同意する。
「あとね、もう一つ。瀧くんと一緒に行きたいところがあるんよ」
「当ててみようか?」
「うん」
「海、見に行かないか」
「……あたり」

「待ってぇー!アキくーん!!」
「しょうがねえなぁ、早く来いよー!」
二人の横を小学生の男の子と女の子が駆け抜けていく。
その後姿を微笑ましく眺めると、どちらからともなく手が繋がれる。
「行こうか」
「うん」

想いは未来へムスビ、繋がっていく……