君の名は。SS スパークルMVif 夏恋③


終業式も間近に迫っている昼休み。流石に真夏日に屋上で昼飯という気にはならず、空調の効いた教室でいつものメンツ三人、集まって飯を食べている。
「あのさ、」
「ん、どうかしたか?」
言うタイミングを見計らっていた俺の言葉に、高木と司が顔を上げた。
「いや、その、なんだ……」
二人の視線を浴びながら、思わず首の後ろを掻き掻き。どう言おうか迷った末に単刀直入に言うことにした。
「付き合うことになった」
二人は一瞬目を丸くして、動きが止まったけど、
「へー、そりゃ良かったな」
「幸せになー」
意外にも反応はあっさりで、絶対絡んでくると思ってた俺は、二人の様子にちょっと拍子抜けしていた。

「な、なんだよ!もっとこう、言うこととかないのか?」
「なに?話、聞いてもらいたいわけ?」
司はどうでもいい、といった口調でサンドウィッチを口に運ぶ。
「べ、別にそういう訳じゃねーけど……」
「お!瀧、この子、お前好みの黒髪ロングじゃね?」
マンガ雑誌の巻頭グラビアを見せてくる高木。
「おい!彼女できたって聞いてなかったのかよ!」
「ハッハッハ、そうだっけ?」
「……なあ、瀧」
いつものように司は眼鏡を中指でクイッと持ち上げると、やけに真剣な表情で俺を見た。
「実はさ、あれから高木と話し合ったんだけど、あの瀧が見ず知らずの、しかも大学の年上女性と仲良くなれるとはとても考えられなくてな」
「考えられないも何も事実だし。ちゃんと付き合ってほしいって言って、オッケー貰ったんだけど」
司と高木はへー、とか、ほーとか言いながら頷いている。

「そもそも、どうやって知り合ったんだよ?」
「バイト先にも大学生いるけど、バイト関係じゃないんだろ?」
「いや……まあ、四ツ谷駅で……」
「え?なに?」
「聞こえないぞー」
「だーかーらー、四ツ谷駅前で声かけたんだよ!」
「へー、なんて言ったんだよ?」
「い、いや、それは……」
「やめとけ、高木。これ以上追求すれば、作り話にボロが出る」
高木の肩を叩きながら、憐れむような司の表情。こいつら、あくまで現実から目を背けようとしてやがる。
「一度お話させてもらえないかって言ったんだよッ!それで一緒にカフェに行ったの!!」
一瞬、間を置くと、二人は申し合わせたように、おー!とか言いながら拍手する。
「いやいや、いい話を聞かせてもらったなぁ」
「あの瀧くんがナンパとはねぇ。長生きはするもんだなー」
ニヤニヤしている二人の顔を見て気づく。
俺ってやっぱり単純なのかもしれない……
そう思いながら突っ伏して頭を抱えた。


夏恋③ 捻じれ、絡まり、そして……


受験勉強の合間の休憩時間。勉強机の横に無造作に置いてあった情報誌に手を伸ばす。
「夏だしなぁ……やっぱどっか行きたいよなぁ」
明後日から夏休み。明日は早い終業で午後には時間が空く。三葉さんは大学の期末試験中だけど、それでもいつもより早い時間に会う約束をしている。
ページをめくりながら、人生初となる"彼女"とのアレコレに、ついつい想いを馳せてしまう。そうして一枚ページをめくると青が中心となる写真の数々。
「海、プールかぁ……」
澄んだ水、煌めく太陽、そして、三葉さんの水着姿……!

――たーきくーん♪

「うおおぅ!!」
思いっきり首を振る!
俺は、なんてやましいことを!!そんなつもりはない!……いや、少しはあるけど。
いやいやいや、付き合い始めだし、まだ俺は三葉さんのことよく知らないし。
少しだけ胸の奥が疼いた。
そういえば、最近変な夢を見る。ただ、その夢は目覚めると覚えてなくて、モヤモヤとした気持ちだけが暫く胸に残る……
「なんなんだろうな?」
探していた人には逢えたはずなのに。
気が付くと俺はまた、自分の手のひらを見つめていた。


翌日の放課後、俺はコーヒーショップのテーブル席に三葉さんと向かい合って座っている。
基本的には会って一緒に勉強……といっても、結局彼女と会ってる間は効率は上がらないんだけど、それでもわからない所とか教えて貰えるのは正直助かっている。
「夏休みと言っても、受験生は大変だね」
「そうっすね。毎日の勉強に夏季講習。ハァ……折角、三葉さんと付き合えることになったのになぁ」
一息ついて、コーヒーカップに口をつける。ちなみに自分は店で飲むコーヒーはホットと決めている。

「ちゃんと大学に合格できれば、一緒に色んな事できるよ」
「まあ、それはそうなんですけど……」
仰る通りではありますが、大学受験終わるの、まだまだ先なんですけど……
それに折角の夏休み。高校生最後の夏休みがこのまま受験勉強漬けで終わるのも、とてつもなく寂しい気がする。
そんなことを考えながら、昨夜あれから何度も読み返していた情報誌を取り出す。
「あ、それ」
「え?」
「私も同じの買ったよ。……確か夏のイベント特集号だよね?」
「はい。あ、勿論、今年はそんなに遊びに行くつもりはないんですけど、その……三葉さんと話のタネになるかなって」
もしかしたら三葉さんも同じような気持ちになってくれたのかなって思うと何か嬉しい。
雑誌を開いて彼女の前に置くと、俺は頷き、思い切って提案してみることにした。
「受験勉強もあるんですけど折角の夏休みだし!近場でいいんで、三葉さんとどこか行きたいんですよね……」
くっ……全然思い切ってない。
頭で思ったより全然声が小さくて。何より照れくさくて、いつもみたいについ首の後ろを掻いてしまう。

あ、そう言えば、三葉さん、岐阜の出身だっけ。そもそも夏休みは長期で帰省とかするんだろうか?
だとすれば、そんなに会える時間はないかもしれない。
「三葉さんは、お盆とか実家に帰るんですか?」
「そうだね、お盆はやっぱりお墓参りもあるし」
「あ、お母さんの……スミマセン」
しまった……。以前に聞いていた。三葉さんのお母さんは小さい頃、亡くなってるって。
自分も母親はいないけど、離婚しただけであって、亡くなっているのとは意味合いが違う。
「謝ることなんてないよ。今年は瀧くんのこと、お母さんに報告しなくちゃいけないね」
「え、あ、いや、よろしくお伝えください……」
俺を気遣うようにそう言ってくれた三葉さん。それにしても"彼氏"と報告されると思うと何だか妙に照れる。誤魔化すようにコーヒーを思い切り飲んだら、
「熱ぃ!」まだ、全然冷めてなかった……

そんな俺の姿を笑っていた三葉さん。ちょっと落ち着くと、そうだね、と切り出してきた。
「……折角だし、どこか行ってみようか?」
「え?本当っすかッ!?」
「うん。近場だったら瀧くんの勉強の負担にならないと思うし。でも勉強疎かにしてたら、キャンセルだからね」
「ちゃんとします!よっしゃ!なんか燃えてきた!」
思わず拳を握りしめる!
三葉さんと出逢って成績が落ちたとか、ぜってー言われたくないからな。
夏デートのためならと、今まで以上に気合が漲ってきた!しかし、俺ってやっぱり単純なのかもしれない……

とは言え、三葉さんとの夏デートが楽しみでしょうがなくて、情報誌に掲載されていたスポットを思い出しながら、俺は早速三葉さんに質問してみた。
「三葉さんは、どこか行ってみたいところあります?」
「うーん……そうだね。どうせなら、夏らしいところがいいかな」
「それって海ですか!?プールですか!?」
思わず身を乗り出して聞いていた。
「瀧くん……水着が見たいの?」
「あ!?い、いや、そういう訳じゃ!!」
どういう訳だよ?どう考えてもそういう風に聞こえるだろ。
そんな俺を、三葉さんは笑って受け流しながら、ゆっくりページをめくっていく。と、或るページで手が止まった。
「花火大会……」
「ああ、夏って感じしますね」
花火の写真を見つめる三葉さんは、それまでで一番興味を持ってそうな表情をしていて。だから、迷わず俺は頷いた。
「それじゃ、花火大会にしませんか?花火だったら夕方からだし、時間も決まってるから、勉強時間もそんなに削られないと思うんで!」
女の人と一緒に花火を見るのも人生初だけど、三葉さんと一緒に見れるならきっと最高の花火大会になるに違いない。
「うん、私も瀧くんと行ってみたいな」
「はい!」
大きく頷いてくれた三葉さんに、俺も自然と顔が綻んでいた。

 

ピロリン☆
と、不意にスマフォの着信音が聞こえた。ポケットからスマフォを取り出して、ディスプレイを見る。
表示されている名前。奥寺先輩だ。なんだろう?と思ってメッセージを開く。

『やっほー♪瀧くん、久しぶり!』
『ところで、瀧くん、彼女できたんだって?おめでとう!!』
『普段、君の面倒を見ているお姉さんとしては、是非とも彼女さんに会ってみたいんだけどなぁ♡』
『……ちなみに彼女さんって、私のデートより気になってた子?(笑)」

「……え!?」
な、なんなんだ……?
なんで奥寺先輩、知ってるんすか??
そして、この文面。三葉さんに会ってみたいって……
チラリと上目遣いに対面の三葉さんを見る。
「どうしたの?」
「あ、いや、バイトでお世話になってる先輩からなんですけど……」
「奥寺先輩?」
「はい」

ん?俺、奥寺先輩のこと、話したことあったかな?

「……あれ?三葉さん、奥寺先輩のこと知ってましたっけ?」
「ま、前に瀧くんから教えてもらったよ。綺麗な女の先輩なんでしょ?」
そうです、と言い掛けて、口をつぐむ。
ここで同意したら、三葉さんに失礼だろうか?奥寺先輩は確かに美人で綺麗だけど、三葉さんだって十分可愛くて、綺麗な訳で。
ううむ……こういう場合、どう答えればいいんだ?
色々と考えた末に、
「……み、三葉さんも綺麗だと思います」何とか言葉を絞り出した。
「ちょ、瀧くん!!」
顔を真っ赤にした三葉さんが声を上げたせいで、周りの人が俺たちの方に振り向いた。
「すみません、すみません……」
二人で周りに頭を下げる。
「……気を遣ってくれてありがと」
悪い気はしてないようだけど、顔はまだ赤いままで俯いている。
「いや、別に気なんか……」
「い、言い慣れないこと言わなくてもいいんだからね!」
そう言ってドリンクのストローに口をつける。
喜んでくれてる……のかな??

「それで、その奥寺先ぱ……奥寺さんはなんて?」
「いや……それがですね、『彼女に会ってみたい』って」
「……それってもしかして私のこと?」
「はい……。先輩、何故か俺と三葉さんが付き合ってること知ってまして……それで『会ってみたい』と」
いきなりそんなこと言われても、三葉さんだって困るよなぁ。
それに、大失敗だったとは言え、先輩とは一度デートしてる訳で。変な風に三葉さんに勘繰られるとなぁ……
そう思って、無理しなくてもいいですよ、と断りやすいように誘導してみた。
「私はいいですよ」
「え……?」
が、答えは意外にも快諾。
「いつにします?」
「ちょ、ちょっと……確認してみます」
え?いいのか……?会う日時まで決めちゃって??
戸惑いながらメッセージを打ち込む。
送信ボタンを押す直前、一度、三葉さんの方を見れば、なあに?といった感じで小首を傾げている。

ピロリン☆
と、すぐさま返事が来た。
「え?マジで……?」
「なんて?」

『バイトまで時間空いてるから、今からでもいいよー♪』

 


「いらっしゃいませー♪」
「あ、いたいた、瀧くーん♪」
満面のスマイルを振りまきながら奥寺先輩がお店にやってきた。抜群のスタイルと美貌を持つ先輩が店内を歩けば、周りのお客さんもついつい視線を向けてしまう。
あ、あのカップルの男の人、彼女に怒られてるな。仕方ないとは言え、ちょっと気の毒のような気も……
「お久しぶりです、先輩」
「そうだねぇ。瀧くん、最近はシフト減らしてるもんね。ここ、いいかな?」
「あ、どうぞ」
「ありがと♪」
俺と三葉さんの間に座ると、ふぅと一息つく。
「そうっすね、感覚忘れないように月一くらいは出ておきたいんですけど」
「まあ、受験が落ち着くまでは、焦らずしっかり勉強をやりなさい。さて……」
そう言うと、奥寺先輩は、三葉さんを見つめる。
よく考えるとタイプは違えど、人目を引く美人二人と同席している俺は何なんだろう……?
何となく周りからの視線を痛く感じるのは気のせいか??

「えっと……こちら、宮水三葉さん」
「はじめまして。宮水三葉です。瀧くんとお付き合いさせてもらってます」
「はじめまして。私は奥寺ミキ。瀧くんから聞いてると思うけど、同じバイト先で働いているの。それにしても、」
互いに挨拶を交わしたと思ったら、急に先輩が俺の方を見た。
「やるわねー♪たーきくん」
「え?何がっすか?」
「こんな年上の可愛い子、どうやって捕まえたのよ?」
「えっと……それは」

ナンパしたとは、とても言えない……

「だいたい水臭いじゃない、彼女できたのに、私に教えてくれないなんて」
「そもそも、何で先輩知ってるんですか……?」
俺の質問に、奥寺先輩はふっふっふ♪とイタズラっぽい笑みを浮かべながら、スマフォを見せてくる。

司『瀧のやつ、今日も年上彼女とデートです。男の友情なんてこんなもんですかね?まあ別にいいですけど』

お、お前か……ッ!!司ぁ!!
「司くんから、色々聞いてるよー♪」
ちょっと待って下さい!!色々ってどこまで聞いてるんすか!?
「な、何なんですか!その司とのホットラインは!」
「フフッ、なんだと思う?」
悪びれた様子もなく、奥寺先輩はスマフォをカバンにしまう。
「……ったく、司のやつ」
「ふふっ」
と、俺達のやり取りを聞いていた三葉さんに笑みが零れた。
あれ?もしかして場が和んでる?そんなことを思いながら、ホッとしたのも束の間。
「ごめんなさいね、二人で盛り上がっちゃって。司くんってね……瀧くんのクラスメイトなんだけど、去年、その子と瀧くんと私の3人で飛騨まで一緒に旅行に行ったことがあるの」
いきなり爆弾が炸裂した!!
「先輩っ!!」
ちょっ!いきなり何言い出すんですか!!そりゃ、確かに司も一緒でしたけど、一緒の旅館に泊まったり!更には同室だったし!もちろん何もやましいことはないけど、三葉さんに疑われたりしたら、すげー困るんですけど!!

「飛騨に旅行に行ったって話は、瀧くんから聞いてます。奥寺さんもその時、一緒だったんですね」
が、そんな俺の心配は杞憂に終わり、三葉さんはすんなり話を受け入れてくれた。
「そうなの。……でも、あれってさ、結局何しに行ったんだっけ?」
「いや、俺もその辺の記憶は曖昧で……」
「うーんと、旅行に行くって言いだしたのは瀧くんで、私と司くんで心配になって一緒について行くことにしたんだっけ?」
「俺はついてきてくれって頼んだ覚え、ないですけど?」
「えー、現地で色々食べたり、遊んだりして一緒に楽しんだじゃない?」
「それは先輩と司だけじゃないですかっ!」
俺、確かに記憶は曖昧ですが、現地での食べ歩きと、遊び呆けてた二人の姿は鮮明に覚えてますよ……
「そうだっけ?まあ、とにかくね、バイト先の先輩後輩ってのもあるけど、瀧くんって何か放っとけないところがあるっていうか、私にとっても弟みたいな感じで、色々心配してたんだ」
とても自然に奥寺先輩はそう言ってくれた。
司や、高木、そして奥寺先輩にも。きっと気づいてないところで他の人にも心配かけて、支えられて。
改めて周りの人たちの存在がありがたくて、嬉しくて、口許が緩む。
だけど、やっぱりちょっと照れくさくてブラックコーヒーを口に運んだ。

「で、瀧くん?」
「はい?」
「ナンパして捕まえたって本当?」
「ッ!?ゲホッゲホッ!!」
あまりの不意打ちに気管支に入ってむせ返る。
「た、瀧くん、大丈夫!!?」
心配そうに三葉さんがハンカチを差し出してくれた。
「な、何で知ってるんですか?」
「いいじゃない♪ねえ、宮水さん?瀧くん、その時どんな感じだったの?」
それから暫く奥寺先輩からの質問攻撃に防戦一方の俺達だった……


「バイトまでもう少し時間あるから、ちょっと寄ってかない?」
新宿駅近くのカフェを出た後、奥寺先輩の提案で新宿御苑にやってきた。真夏の陽射しはまだまだ強いけど、緑あふれる苑内なら、木陰を選んで歩きさえすれば、街中よりだいぶ和らぐ。
「ねえ、瀧くん」
「なんすか?先輩?」
「喉乾いたから、飲み物買ってきてくれない?」
財布を取り出しながら、奥寺先輩からの頼み事。
「あ、はい、いいっすよ」
「じゃあ、新宿門のところで買ってきてね」
「先輩……そこは、こっから一番離れてる場所なんですけど」
まあまあ、と言いながら先輩は俺に千円札を手渡す。
「三人分、ヨロシク♪」
「ゆっくり買ってきてくれってことですか?」
「お、察しがいいねー」

奥寺先輩のことは信頼してる。別に三葉さんに変なこと言わないと思うけど……
「あんまり三葉さんのこと、からかわないで下さいよ」
「ふふっ、大事にしてるんだ?」
「……一応、彼氏なんで」
俺の言葉に、先輩は優しい表情になって微笑んだ。
「瀧くんのさ、そういう真っ直ぐなところって、とっても素敵だなって思う」
けどね、そう言って、俺の後ろにいた三葉さんに視線を移す。
「たまに、その真っ直ぐさが眩しすぎる時もあるんだよね」
「え?どういう……?」
「大人になると面倒くさくなるって感じかな?」
「大人……ですか?」
「あ……でも、そうだね。やっぱり最後に必要なのはそういう真っ直ぐさかもしれないね。ゴメンね、気にしないで。ちょっと思っただけだから」
そう言うと、奥寺先輩はエールを送るように、俺の背中を叩いた。


自販機で飲み物を三つ買い、歩きながら、さて、どうするかと考える。もう行ってもいいのか?それとも、もう少し時間を置いた方がいいのか?
「あ、そうだった!」
一言、文句を言いたい奴がいた!!俺はスマフォのアドレスを開くと、迷うことなく通話ボタンを押す。

『どうした、瀧、今日はデートじゃなかったのか?』
スマフォの向こうから、いつものように淡々とした声。
「どうしたじゃねえよ!司、お前、奥寺先輩に全部しゃべりやがって!」
『ああ、ミキ先……奥寺先輩もずっとお前のこと心配してたからな。教えないといけないと思ってさ』
「いや、心配してくれてたことには感謝してるけど……」

頼むから、三葉さんをナンパしたことまでバラさないでくれ!

『なあ、瀧』
通話越しの司の声。顔が見えなくても真剣な表情が伝わってくるような声。
『俺、もうお前に遠慮しないから』
「は?どういう意味だよ、意味わかんねえよ」
『気にするな、ただの決意表明だ』
「あ?」
『お前はお前で頑張れってこと。俺も頑張るからさ』

そう言われてもよくわかんねぇ。司のやつも奥寺先輩も、もうちょっとわかりやすく言って欲しいんだけど。

『じゃあ切るぞ。年上彼女に振られるなよ』
「余計なお世話だよ!」
『……確かにそうだな』
何となく会話が途切れて、そのまま、またな、とだけ言って電話を切った。文句言うつもりが、何か変な会話になっちまったな……
でも、電話をしてるうちに木陰のベンチに座る二人の姿が見えてきた。と、こっちも何やら真剣な表情で話をしている。
「お待たせしました!……って、何かありました?」
「ううん、何でも。ありがとね、瀧くん」
奥寺先輩はベンチから立ち上がると俺から飲み物を二つ受け取る。その一つを三葉さんに差し出して、何やら会話を交わすと二人は互いに笑い合った。

*   *   *

夢を見る。
その夕暮れの空は今まで見たこともないくらい、鮮やかで綺麗で……
遠くを見れば、太陽の最後の輝き、朱に染まった空と山稜のシルエット。
空を見上げれば、光を散りばめたような満天の星々と、そして煌めく彗星……

どこかの山のてっぺん。
同じように空を見つめ、独り佇む彼女が言葉を紡ぐ。

――カタワレ時

制服姿の彼女が何かに気づいたように、ゆっくりと横を向く。
そして、その存在に気づくと、今まで見たこともないくらい、とても嬉しそうな表情をして、一歩踏み出し、そっと"誰か"に寄り添う。

……そんな目を背けたくなる二人の光景を、俺は見つめていた。

 

今日は約束の花火大会の日。四ツ谷駅で三葉さんと待ち合わせ、その後、会場へ向かうことにしている。
去年の奥寺先輩とのデートは、準備不足もあって大失敗に終わってしまったけど、今回は同じ失敗はしないように、事前調査を徹底している。

花火の打ち上げ会場近くは混雑しそうだから、二人で見るなら、もう少し離れて見た方がいいらしい。
→穴場スポット調査済み。
花火大会のクライマックスには、規模は縮小しているものの、某有名花火大会の『フェニックス』という同時打ち上げのワイドスターマインが特別に上がるらしい。
→情報収集済み。
帰りの電車は混みそうだから、帰るルートはしっかり調べておいた方がいいらしい。
→帰り道と、電車の時刻、調査済み。

改めて復習と思い、スマフォでメモを確認していると不意に肩を叩かれた。
「瀧くん、お待たせ」
「あ、三は……」
振り返ると、三葉さんが……

「瀧くん?」

「たーきくーん?」

ハッ!?
し、思考が止まっていた。
目の前に立っていた三葉さんは、朝顔をあしらった藍色の浴衣に、いつものように髪に結んだ組紐がとても似合っていて。
……思わずその姿に見とれてしまっていた。
「大丈夫?」
「あ、いや、大丈夫っす!浴衣だとは思ってなくて……」
覗き込むように顔を近づけてくるけど、いつもと違う雰囲気ですげー照れる。
「似合ってなかったらゴメンね。電車の中でも結構ジロジロ見られちゃって……」

いや、それは似合ってないからじゃなくて、似合い過ぎてるからだと思います。

「大丈夫です!すげー似合ってます!大好きです!!」
「あ、ありがとう……」
三葉さんも照れてるのか、いつもみたいに毛先に触れた。
「そ、それじゃ行きましょうか?」
「はい」
並んで歩き出そうと思って、改めて彼女が浴衣姿なんだということに気付く。思い切って彼女の手を取れば、はにかみながら、ありがとうと言ってくれた。

 

「あ、三葉さん、こっちっす!」
花火大会の帰り。電車の空席を見つけると、三葉さんと並んで座る。
事前に色々調べておいたおかげで、これといった大きな失敗もなく花火を見ることができた。
三葉さんも喜んでくれたみたいだし、俺としては花火を見上げる彼女の横顔が見れたことがとても良かった。
とは言え、帰りはやっぱり……
「疲れてませんか?」
「うん……ちょっとね」
神社の娘ということで、和装には慣れてるって言ってたけど、人混みの中を結構歩いたから、お疲れのご様子。
それでも、俺の方に顔を向けると、花火良かったね、と微笑んでくれる。

花火大会帰りで電車は満員。俺たちは静かに電車に揺られていた。
と、急に重みが……?横を見ると、やっぱり疲れてしまったのか、三葉さんがうたた寝していた。
こくり、こくり、と揺れていた頭が俺の肩に寄りかかる。年上だけど、なんか可愛らしいよな、そんな風に思いながら寝顔を見てると、不意に彼女の口元が動いた。

「ねえ……どこに居るの……」
彼女の閉じた瞳から、涙が一筋零れた……
俺は、彼女を起こさないように、人差し指でそれをそっと拭うと、顔を正面に向ける。
それから、何故だろう?三葉さんの顔を見ることができなかった……


「三葉さん、三葉さん……」
「ん……んん……」
目を擦りながら、三葉さんが目を覚ます。と、すぐ横の俺の存在に気がついた。
「あ、ご、ごめんなさい!!」
慌てて背筋を伸ばして座り直す。
いつもの……三葉さんだな……。そう思いながら隣に座る彼女の手に自分の手を重ねる。
「もうすぐ下りる駅ですけど……家まで送ります」
「え、でも……」
「だいぶ疲れてるみたいだし、夜も遅いんで……お願いします」
「ん、わかった。お願いするね」
申し訳なさそうに、御礼を言ってくれる三葉さん。
もう少し彼女と一緒に居られるっていうのに、何故か息苦しくて、どう会話したらいいのか、わからなくなってしまう。
ふと気づく。この感覚は、最近目覚めた時に感じるモヤモヤと一緒だと。

俺は、夢の中で何を見ているのだろう……?
ちゃんと三葉さんは隣にいてくれるのに……

*   *   *

夢を見る……

幻想的な光景。
太陽がダイヤモンドのように光り輝き、朱の空と星空は、寄り添う二人をまるで祝福しているかのようだ。
顔はよく見えない"誰か"が彼女の手を取る。そして、その手に何かをしている。
彼女も嬉しそうに頷くと、"誰か"の手を取り……

「みつは……さんッ!!」
耐えきれずに俺は叫んでしまう。必死の声が届いたのか、彼女が振り返る。
と、不意に場面が切り替わる。
俺は、どこか田舎の小さな踏切の傍に立っている。
単線の線路を挟んだ向こう側。付き合うことを決めたあの日のように、自身の胸に握った手を当て、俺を見つめる彼女がいた……

目が覚める。
「ハア……ハア、ハア……」
目覚めても呼吸が荒い。動悸が収まらない。
夢は思い出せない。ただ心の全部がモヤモヤした感じ。
不安?それとも……?そんなことを考えながら、俺はまた自分の手のひらを見つめてしまう。

八月。今日は久しぶりに三葉さんに会えるというのに、寝起きは最悪だった。というか、今になっても気分が重い。
「ハァ……」
こめかみ辺りをトントンと手で叩く。こんなんで頭の中のモヤモヤが出てくれれば苦労はしないんだけど。
新宿駅で降り、南口へと向かう。待ち合わせ時間丁度くらいかな……

そして、視線の先。三葉さんを見つけた。
俺はその場に立ちすくむ。息ができない。駅を行き交う人々の喧噪もその時だけはどこか遠くに聞こえた……

彼女は自分の手のひらを見つめていた。そしてそれを見つめる彼女の表情。
その手から零れたものが何かわからず、何かを"誰か"を探し続けている……
かつて、そういう人間がいたことを俺はよく知っている。

「……三葉さん」
「あ、」
声を掛ける。振り向いた彼女は、少し戸惑うような表情を見せた。だけど、俺はそれに対して何も言えなかった。
それから、暫く二人で過ごしたけど、会話は途切れがちで、俺も自分からあまり話題を振ることはなかった。そのまま夕方になり、街中を二人で歩いている……
「雨降って来そうだね。瀧くんは傘持ってるの?」
彼女からそう言われて、冷たい風が頬を撫でるのを感じた。
降るなら降ればいい……。何となく投げやりな気分で、空に広がる重たい雲を見上げる。
「それじゃ瀧くん、勉強がんばってね!がんばったら、夏休みの後半に、またどこかに行こ?」
明るい声が耳に届く。振り向けば、覗き込んでくる笑顔の彼女。だけど、その声が明るければ明るいほど、その笑顔が眩しければ眩しいほど、俺は……

気が付けば、彼女の手首を掴んでいた。
「瀧くん……?」
驚いてるのか、戸惑っているのか、ただ俺の名前を呟く。
「今日、うちの親父、出張で帰って来ないんです」
「え……?」
「うち、来ませんか?」

自分でも何を言い出しているのか、わからない。ただ、彼女の想いを確かめたくて。離したくなくて。

少し間があった後、震えた声で彼女が応える。
「いいよ……瀧くんが良ければ」

いい……?
俺が良ければ……?

彼女から手を離す。力が入らない。

「瀧くん……?」
「……なんだよ、それ」
「え?」

……そもそも、俺はどんな答えを期待してたんだろう?
肯定?拒絶?
それでも、きっと……俺は三葉さんの気持ちが知りたかった!
少なくとも俺に委ねるような答えは聞きたくなかった!!!

「俺が良ければいいって何なんだよッ!!」
「た、瀧くん、なに言って?」
「嫌なら嫌って言えばいいじゃないか!!」
「そ、そんなことないよ!!」

雷鳴が轟いたような気がした。雨粒が身体に当たる。
だからどうした?濡れていく自分が、今の気持ちに相応しいような気がした。

「瀧くん!濡れちゃうよ!!」
「三葉さん……」
「ねえ!瀧くんってば!!」
心配そうな顔をして、開いた傘を持って俺の方に近寄ってくる。だけど、俺はそれを拒絶する。
「自分の手のひらを見て、誰かを探し続けてる人、俺、よく知ってます……」
「……え?」

俺は三葉さんが好きです!
だけど、貴方は、一度だって!

「気づいたんです。三葉さん、一度も俺のこと、『好き』って言ってくれたことありませんよね?」
「そ、そんなこと……」

言いたくはない。だけど、不安なのか、知らない"誰か"への嫉妬なのか、悔しさなのか、それを口にしてしまう。

「三葉さんは、"誰"を探し続けてるんですか?……俺はその"誰か"の代わりですか?」
「違うっ!私は!!私は……」
彼女が言葉に詰まる。そうして、息を飲み込んで、肩を震わせて、手を握りしめると、
「私は、私には……瀧くんしかおらんよ!!他の人なんていないんだよっ!!だけど、だけど!!瀧くんは何も!!」
そう叫んで、瞳から大粒の涙を零す……

――初めて彼女の本心を聞いた気がした

俺が笑顔にしたかったのに……

泣きながら俯く彼女。

また俺が泣かせてしまった。

「ゴメン……」

何も弁解できずに、その場を逃げ去る。

「待って!」

彼女の声が確かに耳に届いたけど、戻るだけの勇気はなくて、降りつける夕立の中をただ走る。


結局、俺は、自分のことばかりで、彼女の本当の気持ちを知ろうとしていなかった。
出逢った時からそうだった。時折、彼女が見せる憂いを秘めた表情。
なんで、気づこうとしなかったんだ!!

そして、最後の彼女の本心……
もしかしたら、彼女なりに整理しようとしていたのかもしれない。俺の前だからこそ、言えないことだったのかもしれない。
それなのに、今度は彼女の想いを知りたいからって、一方的に自分の気持ちだけをぶつけて……

探し続けてきたとか、運命だからとか、カッコイイ言葉だけ重ねて、自分のことばかりで、彼女の優しさに甘えていた。
そんな自分があまりにもガキで、情けなくて。
頬を伝っていくのは、打ちつける雨粒か、それとも……

つづく