君の名は。SS スパークルMVif 夏恋おまけ話①

夏恋シリーズ後のアフター話です。

シリーズはちょっとシリアスだったので、おまけ話は少しでも楽しい内容になればなーと思って書いたものです。

男子高校生と女子大生の付き合いなんだから仕方ない……よね?(笑)

 


俺の名前は、立花瀧。東京在住の高校三年生。至ってごく普通の男子高校生……のはず。
ただ、少し変わったことと言えば、俺にはずっと探し続けてきた"誰か"がいて、その"誰か"との間にとんでもない物語があった……らしい。
らしい、というのは、俺自身がまるでその事について覚えてないせいなんだけど。

「瀧くん!」
当たり前のように呼ばれた自分の名前。だけど、その当たり前が嬉しくて、俺は彼女の顔を見る前に笑顔になっていた。
「三葉」
「ごめん、ちょっと待たせちゃったかな?」
「いえ、俺も今さっき来たとこっす」

えっと……紹介しよう。俺の彼女、名前は宮水三葉。都内の大学に通う女子大生だ。
そして、俺が探し続けてきた、その人である。
今年の夏、俺は彼女をやっと見つけて、付き合うことになったんだ。まあ実際には、出逢ってからも色んなことがあった。笑って、泣いて、怒って、ケンカして、後悔もした。でも、やっぱり俺には彼女しかいなくて。
だから互いに自分の想いに向かい合って、自分を信じて、そしてあの日、もう一度『大好き』だって伝えた……
彼女の抱えてた想い、秘密。全てを受け入れた今だから思う。あの夏の出来事がなかったら、彼女とこんな風に笑い合えなかったかもしれない。
走り始めた二人の新しい物語……

「行こうか、三葉」
「うん、瀧くん♪」

これは、そんな俺たちの、ほんの少しだけ続きの物語……


夏恋おまけ話① 宮水三葉 最後の告白。


二〇一七年九月中旬……

冒頭でも述べたとおり、立花瀧は至って健全で正常たる男子高校生である。そして、健全であるが故に、俺は今とあることで、とてつもなく悩んでいた……
「瀧くん……どうかしたの?」
「え?あ、いや……なんでもないです」
「本当に?」
「ほ、本当っす」
慌てて首の後ろを掻いてると、いかにも疑ってますよーといった表情で彼女の大きな瞳が俺をジーっと見つめてくる。
「な、なんすか?」
「本当は何でもないってこと、ないんじゃないの?」
そう言うと俺を視線に捉えたまま、拗ねたように頬を膨らませる。
くっ、この年上お姉さんは怒った顔も可愛いんだよ、ちくしょう!

……が、無論そんなこと相手には言えず。
「あ、そうだ!そこのカフェ行きません?ほら、オープンカフェでお洒落な感じですよ?」
俺は彼女の視線から逃れるように、そう言って場を誤魔化そうとした。が、彼女にはお見通しのようで、拗ねた表情は崩さない。もう一歩、俺の方に近寄ると「……話、逸らそうとしとらん?」方言混じりの言葉で追及してくる。
「まさか。それとも俺のこと、信じられませんか?」
出来る限り平静を装って、逆に相手をジーっと見つめ返した。
「……し、信じとるよ」
そうして見つめ合ったまま数秒、漸く三葉は頬を染めて視線を逸らしてくれた。
ふぅ……勝った。間近でこの年上彼女を見つめ続けるなど、俺とてそれほど長くはもたない。

それにしても、だ……
お互いに本心をぶつけ合い、それを乗り越えたことで、俺たちの関係はいい意味で大きく変わった。
それは嬉しいことだし、前以上に三葉……彼女のことを理解している自信はある。
だけど、美人で可愛い年上彼女に対し、以前はどこか緊張してたところもあったのだが、最近は三葉とのやり取りに少し余裕が生まれている。
それは別に悪いことじゃないだろ、だって?
まあ、確かに悪いことではない。余裕ができたことで、改めて彼女の新しい面に気づくことができたり、会話だって、いちいち考えなくても自然に話せるようになってきたと思う。だけど、同時に……

「それじゃ、行こ?」
「わっ!?」
「どうかしたの?」
「い、いや、なんでも……ないっす」

これである……
どれかって?
説明しよう!
三葉もきっと俺と同じなんだと思う。あの日の告白でもう一度互いの想いを確かめ合ってから、どこか遠慮がなくなったような、自然体で俺に接してくれるようになった。
勿論、それだって嬉しいことだし、こんな関係をずっと続けていこうと思ってる。
思ってるのだが……

三葉は今、俺に密着し腕を絡めている。そして俺の腕は彼女の胸に挟まれている。二の腕を介してその存在を感じる。俺の全神経は今、二の腕に集中しているのだ!
一言で言えばとっても柔らかい。だが、悲しいかな、二の腕では俺は満足していない。いや、中途半端に二の腕に触れてるせいで、余計に想像が掻き立てられるのだ!!
……話がズレたな。つまりッ!
心に余裕が生まれた結果、最近の俺は、三葉(女子大生)のおっぱいが気になって気になって仕方ないのだッ!!!

 

カフェの正面に三葉が座っている。この店おすすめのパンケーキがお気に召したらしく、頬に手を当てて、んー♪とかいちいち美味しそうな反応を示してくれる。俺はいつものようにホットコーヒーのカップに口に運びながら、上目づかいに彼女を見た。
澄んだ大きな瞳、さらさらと流れるような艶やかな黒髪、そして黒髪に映える組紐が色鮮やかで彼女にとても似合っている。凛とした清楚な美しさと、時に可愛らしい仕草、そして年上の落ち着き……。
だけど、照れて顔を真っ赤にしたり、あたふたと慌てることもあったりと、ころころ変わる彼女の色んな面を見つける度に、あの日、もう一度"好き"と告白した時よりも、もっともっと三葉を好きになっている自分を自覚できる。
そして……

目線が下がる。三葉の胸に目が行く。
今日の彼女の服装は、ボディラインがわかる薄手のニットに、フレアスカートの組み合わせ。そして問題は、いつものようにトートバッグじゃなくて、ショルダーなんですよ、ショルダー。
それをたすき掛け。
「パイスラッシュ……φ」思わず呟いていた。
そういや、この前も受験勉強の最中、ふと三葉のことを思い出したな……そう、あれは『π』を見た時だったか?

「ねえ、瀧くん……?」
その声に俺は妄想の世界から引き戻された。気がつけば、椅子から少し前に乗り出した三葉が俺のことを見つめている。
「な、なんすか?」
それに気圧されるように、俺は逆に背もたれに寄りかかる。
「……瀧くん、私の胸、見てたやろ?」
「え!?あ、いや、そんなことは……」
「本当にぃ……?」
ジト目で見られる。目線を逸らして通りを眺める。オープンカフェって解放感ありますねー……とか言おうと思ったけど、三葉の方をチラリと見れば、その表情は変わってない。

「はい!見てましたぁ!」
俺は観念して大きく頭を下げた。はぁ……という彼女のため息が聞こえる。
「べ、べつに私は見られてもええけど……他の人のそういうのは見ちゃダメやからね!!」
「え?見てもいいんすか?」
思わず聞き返すと、彼女は顔を真っ赤にして手を振る。
「ち、違う!そういうことじゃなくて……モノのたとえッ!」
まったくこの男はぁ……と呆れたように呟くと、一拍置いて彼女は急に吹き出した。
「ど、どうしたんすか?」
「ううん、ちょっと思い出しただけ。カタワレ時も、こんな風に瀧くんとやり取りしてたなぁって」
「へえ、どんな感じだったんですか?」
三葉は飲み物に口をつけて、一息つくと、可笑しそうに話し出した。
「瀧くんね、入れ替わってた時に、私の胸、触ってたらしいんよ。それでその時、そのことを問い詰めたら、」
「なッ!?」
俺は思わず立ち上がっていた。
「た……瀧くん?」
彼女の大きな瞳が驚きで更に大きくなる。だけど、今の俺の耳に彼女の声は届かない。
「胸を触ってたぁーー!?」
「ちょっ!瀧くん!声が大きい!!」
耳まで真っ赤になりながら、あたふたと三葉も立ち上がる。
が、彼女がもらたした衝撃の事実に、俺はその場に立ちすくむしかなかった……

*   *   *

「おのれ、立花瀧……」
神宮高校屋上。ネットに手をかけながら、俺は、俺に怒りと憎しみをぶつけていた。
「なんか言ったか、瀧?」
そんな俺に対し、サンドウィッチ片手に高木が声を掛けてきた。
「ああ。ちょっと許せない奴がいてな……」
「へぇ、誰?」
「昔の俺」
はあ?と高木と司、二人の声がハモった。

気がつけば、虚空をモミモミしている自分の手のひらを見つめていた。今は覚えていないこの手の感触に、何故これほど心惹かれるのだろう……?
くそぅ!どうして俺はそんなとてつもなく大事なことを覚えていない!思い出せない!?
ずりぃぞ、一年前の俺!自分ばっかりいい思いしやがって!!
俺だって、俺だってなー!!三葉のおっぱい触りたいんだよーーッ!!
悔し涙をこらえるように俺は天を仰ぐ。声なき心の叫びが大都会東京全土に木霊するようだ。

「ハァ……」
「どうした、瀧?また何か悩み事か?」
「年上彼女と幸せな毎日を過ごしているっていうのに、お前は悩んでばかりだな」
気がつけば、司と高木が横に並んで立っていた。
「今度は何があったんだよ?」
「俺達に相談できることか?」
俺は振り返るとネットに寄りかかるようにして空を眺める。徐々に秋めいてきた空、一年前もこんな風に空を眺めていたような気がする。その時も入れ替わってたという三葉のこと、ずっと考えていたんだろうか……?
そうだよな、好きな人のことはついつい考えてしまうよな……。
とは言え、今の俺は三葉のおっぱいの事で頭いっぱい夢いっぱいな状態。このままでは受験勉強にも支障を来してしまうかもしれない。だから打開策を求めるように、俺は思い切って二人に聞いてみることにした。

「なあ……お前ら、おっぱい触ったことあるか?」
一瞬、場が静まり返る。だが、その沈黙を破るかのように、フッと嘲笑う声がする。
「当たり前だろ?」と、自信満々の高木。
「自分のおっぱいは無しだからな」
「……スマンッ!」
高木、最敬礼。
気にするな、友よ……未経験者皆同志だ。
「俺は……ある」
余裕めいた司の発言に、俺と高木は思わず息をのむ。さすが、やることはヤル漢……藤井司!光るメガネは伊達じゃないッ!!
「で、どんな感じだった……?」
「なんか……柔らかかった」
「やはり柔らかいのか……」
俺や高木がいくら妄想したところで、きっと実物は俺たちの想像を超える崇高な存在なのだろう。
「……だが、それも遠い昔の話だ。今、俺が触りたいおっぱいじゃない」
「お、お前でも触れない、おっぱいがあるのか!?」
「ああ……」
司はどこか遠くを見るように寂しげに微笑んだ。司ですら至れない領域、一体どれほど至高のおっぱいだと言うのだ!?

それぞれが、触れてはいけない傷に触れられてしまったかのように、高木は難しい顔をして腕を組み、司はズレた眼鏡を直そうともしない。
「悪かったな……変な話して」
俺は二人に心から詫びる。昼休みに話す内容じゃなかった。これは俺が何とかしなくちゃいけない揉んだい……じゃない、問題なんだ。
「何を言ってる。おっぱいは変な話じゃないだろう!」
司が眼鏡をクイと上げれば、レンズが日輪を浴びて輝きを放つ!!
「だってさ、おっぱいに触るかどうかなんて話……」
「おい!瀧にとって、おっぱいの存在はその程度のものだったのかッ!!」
同志だろ?と言わんばかりに、高木がニカッと笑う!!
「お、お前ら、いつもみたいに俺のこと、『へたれ』とか言わないのか?」
「触れる時に触れないのであれば、それはへたれかもしれない。だがな、瀧!お前はこの状況を何とかしたいと思ってるんだろう?」
モミモミしていた手のひらをギュゥと握りしめる。そうだ!俺は今強く願っている!他の誰でもない、三葉のおっぱいに触りたいと!!
「ああ!!」
決意を込めた俺の表情に二人は大きく頷く!!
「だったら!お前はへたれなんかじゃない!!」
「双丘に挑む果てなき挑戦者だッ!」
そうだ!偉大なる霊峰に挑むのであれば、それなりの準備なくして到達はありえないッ!!!
「お、俺は……そのためにどうすればいい?教えてくれッ!高木!司!」
「まっかせとけ!」
「ああ。それじゃあ、今回のミッションを『オペレーション081』と呼称する。いいな?」
「おう!」
「了解!」
司、高木、本当にありがとう……お前たちは最高の親友だッ!!

「で、そろそろいいかな?」
絶妙のタイミングで声がかかる。
「ゲッ!真由!?じゃねえ……高山、お前いつから?」
「さーて、いつからだろうねー?」
高木の前に立つポニーテールの女の子は、右手を上げて、こちらに朗らかに微笑んだ。
「やっほー♪立花君。藤井君もおひさー」
「久しぶり、高山さん」
「相変わらず元気そうだね」
彼女の名前は、高山真由。高校二年の頃のクラスメイトだ。
「んー、元気、元気!ところでさ、ちょっとそこの熊のぷ○さん、借りてきたいんだけど、いいかな?」
彼女は笑いながら高木を指さした。
「誰が熊の○ーさんだ」
「いやー、ちょっと先生に頼まれてさ、色々運ばなくちゃいけないのよ。どうせ暇でしょ?」
「勝手に人を暇人扱いするな」
「いいじゃん、か弱い同級生に力貸してよ。ね?オ・ネ・ガ・イ♡」
「俺の人生において、お前が『か弱い』なんて話、聞いたことないな」
「ひっどーー!じゃあ、か弱くないから、無理矢理連れてくことにする」
「おい、待て!高山ぁ!!」
そう言うと、彼女はズルズルと高木の腕を引っ張って強制連行していく……
「じゃあまたねー♪立花君、藤井君」
ばーい♪と手を振りながら遠ざかっていく高山さん。
「あいつも大変だよな」
「そうだな」
そんな二人を眺めながら、残された俺と司はしみじみと呟いた。

*   *   *

それから数日後。今日は久しぶりに三葉と勉強を兼ねた放課後デート。受験勉強や日々の授業がある身としては、平日に長い時間一緒に居ることは叶わないけど、少しでも一緒に居られるようにと、今日も遅くまで付き合ってくれた彼女を自宅まで送り届けている。
ちょっと前までは、この時間はまだ明るかった気がするけど、今はもうだいぶ薄暗くて確実に夏から秋へと季節が巡っていることを感じさせる。
「ゴメンね、いつも送ってもらって」遠慮がちにそんなことを言う彼女。
そんな風に気なんか遣ってもらいたくなくて、三葉の手に触れようとすると驚いたような顔をしてこちらを見る。だけど俺は彼女の言葉が放つ前にその手を取り、そのまま指を絡ませた。
今までの手繋ぎとは違う。所謂"恋人つなぎ"。彼女は頬を染めて肩をすくめると少しだけ強く握り返してくれた。
初めてのその行為は今までよりずっと彼女の存在を身近に感じて。俺は気恥ずかしさと嬉しさで胸がいっぱいだった。

それにしても……
この前は勢いのままに、おっぱい三人組で熱く盛り上がってしまったが、落ち着いて考えてみれば入れ替わってたという俺は、きっと三葉の了解を得ることなく勝手に触ってた筈で。
(触っていいか?と聞いて、いいよ、と三葉が了承するとは、とても思えないよな……)
全くけしからん奴だな!一年前の俺!……まあ、それでも羨ましいけど。

隣を歩く三葉に視線を送る。恋人つなぎで歩くことにも慣れてきたのか、彼女は最近あった出来事を楽しそうに話してくれる。キラキラした瞳、彼女の髪のシャンプーの匂い、細くて華奢な身体、そして……胸。
手だけじゃ物足りなくて。彼女をもっと近くに感じたくて。こんな道の真ん中でも抱き締めたくなりそうな、そんな衝動に駆られてしまう。
そんな中、不意に思い出す。あの夏の日。三葉とケンカした日。

――うち、来ませんか?

思わず眉間にしわが寄る。今、思い返すと、すげー恥ずかしい。
ある意味、積極的だったと言えるのかもしれない。だけど、あの時の俺は、三葉を誰かに取られたくなくて、頭の中は自分のことだけだった。
だけど今の自分は、三葉がとても大事で、彼女を一番大事にしたい。でも気になって仕方ないのも本心で……
この相反する気持ちの状況。俺は一体どうすりゃいいのか……?

「瀧くん?」
「え?あ、はい?」
「着いたよ」
「へ?」
気がつけば、彼女の家の前。いつもの別れる場所へと到着していた。
「……もう着いちゃったのか」
思わず本音が口に出ていた。その言葉に反応するかのように、繋がれた手にキュッと力が加わった。
「ね、ねえ?瀧くん」
「はい?」
「……少し、うち、寄ってかない?」
初めて彼女の家にお誘いされたことに思わず頭の中が真っ白になる。毛先に触れ、頬を染める三葉の横顔を見つめながら俺は無言で頷いていた。


「今、お茶入れるでね。少し部屋で待ってて」
自分の家でリラックスしてるのか、三葉はキッチンで鼻歌混じりに支度を始めた。
初めて入る三葉の部屋。よくよく考えると女性の部屋に入ること自体、人生初めてかもしれない。親父と二人暮らしの男所帯。うちは正直色気なんか全くないけど、さすが女性の部屋ともなると、漂ってる空気が違う気がするし、なんかすげーいい匂いがする。
あまりキョロキョロする訳にもいかず、テーブルの隣で正座待機していると、ティーセットのトレイを乗せた三葉が顔を出した。
「なんで正座しとるの?」
「あ、いや、なんとなく?初めて三葉の部屋に入ったんで、緊張してます……」
「えー、なにそれ」
俺の言葉に笑いながら、彼女は手際よく準備を整えると、どうぞ、とティーカップを差し出した。

「ごめんね、お勉強もあるのに、入ってもらって」
紅茶とお菓子を頂き、一息ついてると彼女からの言葉。その言葉に俺は何も返さずに彼女の表情を窺った。俺が何も言わなかったことは気にならなかったみたいで、両手で持ったティーカップを嬉しそうに見つめていた。
「……なんかあったんすか?」
「え?」
「今まで何度も三葉を家まで送って来たけど、家に上がらせてくれたのは初めてですよね?」
別にお邪魔したいと強く望んでた訳ではないけど、いつも別れ際は、家の前で別れるのが当然のような雰囲気で。
まあ、俺もいきなり三葉の部屋に二人きりになるとか、心の準備なしだとあれこれテンパってしまいそうなんだけど。……っていうか、今も何とか平静さを保つのに必死です。
「べ、別に瀧くんを部屋に入れさせたくなかった訳じゃないんよ。……どちらかというと私の問題で」
「三葉の問題?」
「……瀧くん、笑わない?」
「いや、それは聞いてみないと、何とも」
「だよね……」そう言って苦笑する。
「でもさ、ここまで来て、言わないのは無しかと」
「うーん……」
静かにティーカップを置くと、三葉は俺から視線を逸らしたまま、崩していた足を正座になおした。

「あのね、瀧くんがウチから帰っちゃった後、寂しくて泣いちゃいそうだったから……」
「……え?」
「で、でもね!いつまでもそういう訳にはいかないなって。少しずつ慣れてかなくちゃって。だからね、今日は、瀧くんに上がってもらったんよ……」
説明しながら、俺が帰った後のことを想像してしまってるのだろうか?三葉はスカートの裾をギュゥと掴んで、ちょっと目が潤み始めていた。

ダメだ……
可愛すぎる……

俺は三葉の隣に座ると、彼女を胸元へ抱き寄せた。
あ……とか細い声が聞こえてくるけど、抵抗はしない。
ゆっくりゆっくり艶やかな黒髪を撫でると、少しホッとしたように俺に身体を預けてくる。
綺麗に手入れされた黒髪から、彼女らしいナチュラルで清楚さをイメージさせる石鹸の香りがして頭がクラリとする。
指に触れた組紐。彼女の心を解くように、ちょうちょ結びを解くと、少し困ったような不思議そうな顔で俺を見つめてくる。
交わる視線が徐々に近づき……俺と彼女は自然に唇を重ねていた。

最初のキスは衝動的だった。
だけど、二度目のキスは、想いを込めて少し深くて長い……

「ふ……ぁ……」
「は…ぁ……」

お互いに離れがたいと思いながらも、残る理性が何とか距離を取らせる。

「三葉……」
触れるか触れないか、心が求めるままに彼女の胸の前に手を持っていく。
「……触り、たい」
「ダメ、やよ……」
俺の手を遮るかのように、三葉は俺の手を抑える。
「これ以上は……ダメ」
「だけど、俺……」
「瀧くん、受験生やろ。……今は受験に集中しなくちゃ」
さっきまでの熱が引いていくように、彼女の言葉は落ち着きを取り戻していく。
「俺が受験生じゃなかったら、いいんですか?」
「そういう言い方、ズルイよ……」
「ずるくてもいいです」
もう一度、彼女を抱き寄せようとしたけど、彼女の言葉で俺はそれを止めた。
「……こういうことしないと、瀧くん、私のこと嫌いになっちゃうの?」
「……ゴメン」
フゥー……と大きく息を吐いて自分の気持ちを落ち着かせる。
また、自分のことばかりで突っ走るところだった。
『ヘタレ』なのかもしれないけど、そりゃ、興味がない訳じゃないけど、俺にとっては"三葉が大事"ってことが一番で。だから、もしするんだったら、その時は三葉の気持ちを一番にしたい。

「何があったって俺が三葉のこと、嫌いになれる訳ないだろ」
ごめんな、と頭を下げて謝ろうとしたところで、彼女が俺の胸に飛び込んできた。俺の制服のシャツに顔を埋める三葉の背中をポンポンと優しくと叩くと、三葉は少し潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
「……本当はね、嬉しいんよ」
「本当に?」
「うん……だけど、瀧くん、今、大事な時だし……。ううん、違う。私が抑えられなくなっちゃいそうで、もっともっと瀧くんと一緒に居たいって思っちゃいそうで……」

だから、これ以上瀧くんに求められたら、私……

彼女の言葉を遮るように、三度目は安心させようと軽く触れるだけ。

「三葉もそう思ってくれてるなら、俺も嬉しいっす」
「瀧くん……」
ホッとしたように、優しく微笑む三葉を見て、俺も冷静さを取り戻す。
だから、照れくさいけど、正直に。俺は三葉を真っ直ぐに見つめながら、迷いなく言い切る。
「大学は絶対現役で合格します。もっと三葉と一緒に居られるために」
「えっ!?」
俺の言葉に三葉は目を丸くすると、徐々に顔が赤く染まっていく。
「だけど、受験生だからって……俺、合格するまで待つつもりありませんから」
「ええぇっ!!?」
一気に耳まで真っ赤になる三葉。
とっても大事で大切にしたい彼女。だけど、彼女の全ても欲しいから。
だから……今すぐどうとかじゃないけど、どっちかじゃなくて、両方とも。

「わかりましたか?」
ちょっと大人ぶって、そう言うと、年上の彼女はとっても困ったような顔をした後、
「……わかりました」
そう言って、しおらしくコクンと頷いた。

サイド三葉へつづく