君の名は。SS スパークルMVif 夏恋おまけ話②

長らく更新を続けておりました、スパークルMVif・夏恋シリーズもこれにて一旦終了です。

新作という訳ではありませんでしたが、約2か月半、楽しく修正作業をさせて頂きました♪

またネタが浮かびましたら、ifシリーズではありますが、二人の物語を書いてみたいですね。

それでは、最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました!

 


私の名前は、宮水三葉。大学進学を機に地方から上京。今は都内の大学に通う三年生。
私が東京に来た理由は、一つは長らく住んでいた田舎町から都会へ出てみたかったこと。そして、もう一つは……探していた誰かと出逢うため。
忘れてしまっていた誰かを探し続けてきた私は、去年、その誰か……立花瀧くんを思い出した。
だけど、同時に気がつくことになる。

私の運命に、一番大切な彼を巻き込んでしまったこと。

そのことに気がついた私は、彼には逢わないと決めた。
それでも、そんな私を瀧くんは見つけてくれた。迷っていた私を信じてくれた。"好きだ"って言ってくれた。そして、最後は……私が彼に抱いていた後ろめたさを、いとも簡単に打ち砕いてくれた。
あの夏の出来事はツラいこともあったけど、だけど、あの夏があったから、今はこうして彼の前で心から笑えてる。
そして、これからも、きっと、ずっと……

まだまだ走り始めたばかりの私たちの新しい物語。
これは、そんな私たちの、ほんの少しだけ続きのお話……


夏恋おまけ話② 宮水三葉はくっつきたい。


「瀧くん……どうかしたの?」
「え?あ、いや……なんでもないっす」
九月二日の告白から、私たちの関係は大きく変わったと思う。
お互いに存在を求めながらも、どこかカタチが合わないように心がすれ違ってた私達。だけど、あの日を境にしっかりと一つに組み合わさって、心が通い合っている……。私はそう思ってるんだけどな。
「本当に?」
「ほ、本当っす」
あれから数週間が経つ。瀧くんは高校三年で受験生、そんなに頻繁には会えないけど、それでも、こうして会える時間は本当に嬉しくて、つい彼を近くで感じたいと思ってしまう。
だけど、最近の瀧くんは、何か他のことを考えてるみたいに、たまに上の空の時がある。

むぅ……折角、二人きりで会えてるのに!

「な、なんすか?」
「本当は何でもないってこと、ないんじゃないの?」
瀧くんをジーッと見つめながら、敢えて不満そうな顔をしてみる。
「あ、そうだ!そこのカフェ行きません?ほら、オープンカフェでお洒落な感じですよ?」
そんな私の態度に、瀧くんは話題をすり替えるように、通りに面した可愛らしいオープンカフェを指さす。
瀧くん、そんなあからさまなごまかし方はお見通しやよ。
そんな言葉には釣られずに彼をじーっと見続ける。
「……話、逸らそうとしとらん?」
視線を逸らさずにそんな風に言うと、俺のこと、信じられませんか?と逆に見つめ返された。
た、瀧くん、顔が近い……
「……し、信じとるよ」
見つめ合うカタチに耐え切れず、そう言って私は視線を逸らすしかなかった。
瀧くん、それずるい、反則やよ!だったら、私も……!
「それじゃ、行こ?」
一気に瀧くんとの距離を縮めると彼の腕に自分の腕を絡ませた。
「わっ!?」
「どうかしたの?」
「い、いや、なんでも……ないっす」
ギュゥと絡めた腕に少し力を込める。見上げた瀧くんの表情。照れてる顔が可愛い。
どうだ、お姉さんの力、思い知ったか!ちゃんと会えた時くらい……私だけを見ててよね♪


カフェの正面に瀧くんが座っている。私はこの店おすすめのパンケーキを注文。またパンケーキ?って笑われちゃったけど、瀧くんと食べるパンケーキはなんだか格別な味がするんだよ。
一切れ食べると口の中に広がる美味しさ。んー……し・あ・わ・せ♪
瀧くんの方を見れば、いつものように注文したホットコーヒーに口をつけている。
当たり前のように彼の傍に居られることが、嬉しくて、でも、ちょっとだけ恥ずかしくて、目の前に置かれたパンケーキに視線を移す。

あの頃と変わりない制服姿。だけど、ちょっと大人びてきた表情。ハリネズミみたいなツンツン頭。凛々しい眉。
不器用だけど、真っ直ぐで、一生懸命で。そんな性格は変わらないまま、何だか最近は自信に溢れているみたいで、堂々としてて。
あの瀧くんが、と思うとちょっと面白くない気もするけど、だけど、その……何というか。
「……年下のくせに」
小声で呟くと、ナイフとフォークを手に取りパンケーキを口にする。

最近の私、ちょっと変……
瀧くんと、もっとずっと一緒に居たいって思ってる。
ちょっと前までは、自分をさらけ出すことにどこか抵抗があったけど、今は心の壁を壊してくれた瀧くんの前で、とっても自分らしく居られて。
きっとこれが、あの入れ替わり頃からずっと望んでいた彼との関係。
この嬉しくて、ちょっと恥ずかしくて、心地よい時間を、もっと一緒に……

――ダメ

心の中、自分自身を戒める。
今、瀧くんは大事な時期。大切な大学受験を控えているのだ。
きっと私が望めば瀧くんは応えようとしてくれる。だけど、それは私の我儘だ。我儘なんだけど……
なんなんだろう……この何とも言えない感情は?

『瀧くんが好き』

言葉にすれば同じなのに、以前ともちょっと違うような感じがして。瀧くんと付き合ってるのに、まだ何か物足りないのかな……?
自分自身でも訳がわからないと思いながら、漸く顔を上げて対面の彼を見る。
当の瀧くんは、コーヒーカップを手に不自然なまでに動きが固まっていて、私のことをジーッと見ていた。
だけど、あれ?視線は私の顔じゃなくて……

椅子から少し前に乗り出すと、「ねえ、瀧くん……?」と声を掛ける。
「な、なんすか?」
ふっと我に返ったような瀧くんは、逆に逃げるように背もたれに寄りかかった。
へー、少しは自覚があるようやね。
「……瀧くん、私の胸、見てたやろ?」
「え!?あ、いや、そんなことは……」
瀧くん、女性はね、そういう視線はわかるもんなんだよ。
「本当にぃ……?」
思いっきりジト目で見てあげる。瀧くんは何とかこの場を誤魔化そうと視線を逸らして色々考えてたみたいだけど、
「はい!見てましたぁ!」最後は観念したように大きく頭を下げた。
もうっ、瀧くんってば!私だから許してあげるんだよ!
「べ、べつに私は見られてもええけど……他の人のそういうのは見ちゃダメやからね!」
「え?見てもいいんすか?」
「ち、違う!そういうことじゃなくて……モノのたとえッ!」
まったくこの男は、今も昔も人の胸を……
心の中で呆れたように呟くと、ふと、あのかけがえのないひと時でのやり取りを思い出す。折角逢えた貴重な時間の中で、私達一体何やってたんだろう?
今だからこそ、そんな風に思えて急に可笑しくなってしまった。
「ど、どうしたんすか?」
「ううん、ちょっと思い出しただけ。カタワレ時も、こんな風に瀧くんとやり取りしてたなぁって」
「へえ、どんな感じだったんですか?」

そう言えば過去の話をした時、このこと言ってなかったな。
「瀧くんね、入れ替わってた時に、私の胸、触ってたらしいんよ。それでその時、そのことを問い詰めたら、」
「なッ!?」
私が話し終わる前に、瀧くんは大きな声を上げて立ち上がっていた。彼の急な行動に目を丸くする。
「た……瀧くん?」
「胸を触ってたぁーー!?」
「ちょっ!瀧くん!声が大きい!!」
私も立ち上がって瀧くんを制しようとするけど、私の声は届かないみたいで、彼はその場で呆然としていた……
ええぇ……瀧くん、なんでそんなにショック受けてるのーーーっ!?

*   *   *

「へぇ……立花くんも"おっぱい星人"なんやねぇ」
「おっぱい……星人?」
「男はみんな、"おっぱい星人"なんやって」
「そ、そうなの……?」
「テッシーが言うとったで」
男のテッシーが言うなら真実なのか、それともオカルトの一種なんだろうか……?
困惑する私に対し、サヤちんは何でもないと言わんばかりの澄ました表情でティーカップに口をつける。

今日はサヤちんが家に遊びに来てくれた。瀧くんのことは、ちょっと前にサヤちんに紹介済み。
「ひゃあ♪本当に居たんやねー!三葉の彼氏!えらいイケメンさんやわぁ~♪」
そう言って凄くテンション上がってたから、瀧くんも終始苦笑い。
それでも帰り際に「私らの大事な大事な親友だから。これからも三葉のこと、お願いするでね」って言ってくれた。
当の瀧くんは「一生、大切にします」なんて真剣な表情で答えるもんだから、私達二人は唖然となって。
まあ、言った後に、言葉の意味に気がついて大慌てだったのが締まらなかったけど。だけど……うん。本当に嬉しかったよ、瀧くん。

「いやいや、三葉も遅ればせながら、大人の階段を確実に上っとるねぇ」
気がつくと、ニヤニヤとサヤちんが私の顔をのぞき込んでいた。
「大人の階段って……」
「だって、瀧くんって三葉の初恋の人やろ?」
「うん……まあ、たぶん」
天井を眺めながら思い返す。あんなに真剣に、ちゃんと恋を意識したのって瀧くんが初めてのはず。
「初めての彼氏は?」
「瀧くん」
「初めての恋人は?」
「瀧くん」
「初めてのキスは?」
「瀧くん」
「ふぅん……ファーストキスは経験済み、と」
「はっ!?ちょっ!!サヤちん!!」
「三葉は単純やよねぇ」
「もうっ!」
何も言い返せなくて、この話題から逃れるように紅茶に口をつけた。ティーカップから口を放すと、カップの中で揺れる紅茶の水面を見つめる。

「ねえ、サヤちん?」
「なに?」
「最近ね……私、ちょっと変なの」
「変って?」
「瀧くんのこと、好きになってるの」
「は?」
サヤちんは眉をひそめるとティーカップをソーサーの上に戻す。
「好きなんは十分わかっとるつもりだけど?」
「うーん……なんて言っていいのかな?好きは好きなんだけど、なんかもっと一緒に居たいっていうか、瀧くんにギュゥってしてもらいたいっていうか、さっきの話だけど、おっぱ……じゃなくて、瀧くんに胸を見られても、本当はそんなに嫌じゃないっていうか……ああっ!もう上手く説明できんわぁ」

うまく言葉にできない私に対して、サヤちんは落ち着き払った様子でクスッと笑った。
「好きな人とそういう風に関係を持ちたいって、変なことやないよ」
「関係……?」
言葉の意味がわからずに首を傾げたけど、絡まっていた糸が徐々にほつれるようにその意味を理解した瞬間、ボッ!と一気に顔が火照る。
「ダ、ダ、ダ、ダメやって!!瀧くん、受験生なんやから!」
「あはっ、ちゃんと意味はわかっとるんやね」
「馬鹿にせんでよ、これでも二十歳過ぎやさ」

無意識の内に意識しないようにしていたのかもしれない。
そりゃ、私だって瀧くんとだったらって思ったことは……

――いいよ……瀧くんが良ければ

きゃあぁぁーーー……!!
不意に思い出したあの時のこと。ケンカするきっかけだったけど、あの時の私は、その……もしかしたら、そういうこともOKだと思ってた訳で。
両手で顔を覆った私を、ど、どうしたん!?とサヤちんが声をかけてくる。
「いや……ちょっと、気づいてはいけない真相に気づいてしまった気がして」
「何、言うとるんよ。私は嬉しいよ」
「え?」
顔から少し手を離しサヤちんの方を見る。いつもと変わらない優しい微笑み。その顔がとっても嬉しそうに破顔して。
「三葉の嬉しそうな恋バナが聞けて、とっても嬉しいわ」
そう言って、再びティーカップを手に取る。そして、残りの紅茶を飲み干すと、ふぅと一息。
「なあ、三葉、今の三葉には、糸守に伝わるという素晴らしい言葉を贈るわ」
「え、なにそれ?」
「この世のすべてはあるべきところにおさまるんやよ♪」
「え……?」
ドヤ顔でそう言ったサヤちんに私は何て答えればいいのか。
「三葉と立花くんがちゃんと仲良くしてれば、きっとあるべきところにおさまるんやないかな?」
「う、うん……そうやね」
お母さんの言葉だとはとても言えなかった……

*   *   *

三葉の家からの帰り道。随分日差しが柔らかくなった秋の夕暮れを一人歩く。

今日の三葉、また綺麗になっとったなぁ。元から美人さんやったけど、瀧くんと出逢ってから、ますます綺麗になっていくなぁ。

普通であれば同性としてちょっと嫉妬してしまうのかもしれないけど、不思議と三葉にはそんな思いは抱かなくて。
ただ、大好きな人と心から結ばれた親友が、やっと幸せを得た親友のことが、本当に心から良かったと……
「おっと、危ない、危ない」
慌てて目じりを指で拭って、笑顔を作る。とっても嬉しいんだったら、笑うべきだと思うから。

随分早くなったこの時間。今は遠いあの風景を重ねるように、私は呟いた……
「カタワレ時やなぁ」
「そうやな……」
「え……?」
振り返ると、そこには、この夏で真っ黒に日焼けした坊主頭。
「ただいま。サヤちん」
「……おかえり」
「おう!」
ニカッと白い歯を見せて笑う彼につられるように自然と顔が綻ぶ。

ごめん。三葉には悪いけど、今日一番の笑顔は、きっとこの瞬間。

私は彼に駆けよると、その大きな体に抱きついていた。

*   *   *

朝、ベッドの上。目が覚める……
当たり前だけど、一人なんだな、と寝起きの頭でそんな風に思った。
手を伸ばしてスマフォを確認。瀧くんからのメッセージはない。画像を立ち上げて、彼の写真を探す。
二人で一緒に撮った写真を見つけると、瀧くん、おはよう、と囁いた……

「ああーーー!ダメダメ!!」
私にしては珍しく勢いよく起き上がった。洗面台に向かい、顔を洗う。タオルで顔を拭きながら、鏡に映る自分の顔を見る。
「そんな困った顔、しないでよ……」
自分自身を諭すように、呟いた。

もうっ、サヤちんが変なことに気づかせるから!
心の中で、そんな風に文句を言ってみるけど、本当はわかってる。私、瀧くんともっと……
「だからダメやって!」
もう何度目の『ダメ』なのか。
すぅ……はぁ……と腕を大きく開いて深呼吸。心を落ちつかせて、もう一度自分の気持ちを整理してみよう。

いい?三葉。瀧くんは、高校三年生。今年は受験生。受験まであと半年弱。今が一番大事な時なの。OK?

うん……それはわかっとるよ。

自分でも何やってんだろう、と思いながら脳内で小芝居が始まった。

瀧くんにとって、今の一番は『受験勉強』。私じゃないの。

え……?私やないの?そんなぁ……

ちょっと!なんでそんな本音ダダ漏れなのよ!私だって本当は……

ダメやないの、三葉!瀧くんのこと大事なら、ちゃんとしなくちゃいかんよ!

え……?なんで私が怒られてるの!?

「ダ、ダメだぁ……」
私の脳内会議グダグダだ……
頭を抱えてしゃがみ込む。結局何も結論は出ないまま、今日の瀧くんとの放課後デートに臨むのであった。

*   *   *

既に高校の授業が始まってる瀧くん。平日だとそんなに長い時間は会えないけど、夏の頃から変わらずに、受験勉強と称して定期的にこうして放課後に会っている。そして、勉強を終えた後、私を自宅まで送ってもらうのがいつも流れだ。

受験勉強しなくちゃいけないのに、瀧くんに悪いな……

そんな風に思って、「ゴメンね、いつも送ってもらって」と言うと、彼は返事の代わりに私の手に触れてきた。
え?と驚いた時には、もう私の手は取られていて。いつもと違う、指を絡めた繋ぎ方。いつもより瀧くんを近くに感じて、恥ずかしくて肩をすくめる。だけど、同じくらい嬉しかったから、彼の想いに応えるように握り返した。

ねえ、瀧くん……
私、なかなか素直に言えないけど、本当は寂しがり屋で、誰かに甘えたいの。
瀧くんの前だったら、きっとそんな本当の自分を出せると思うし、君は応えようとしてくれるんだろうね。

だけど、瀧くんが大事だってことも本当だよ。だから、今はまだその時じゃないと思うんだ。瀧くんが今やらなくちゃいけないことは、受験勉強なんだから。
別に無理に自分を抑えてるつもりはないよ。少しずつ、一気になんて欲張りすぎだと思うから。
胸の奥に秘めたままじゃなくて、少しずつ、一歩ずつ……それくらいだったらいいよね?

何だかちょっとだけ自分の気持ちが整理できた気がして、心が軽くなる。
抑えるのでもなく、全てを望むのでもなく……

「瀧くん?」
「え?あ、はい?」
「着いたよ」
「へ?」
楽しい時間というのは、何故こうもあっという間なんだろう……
気がつけば、もう家の前。いつも別れる場所に到着していた。瀧くんも我に返ったように、驚いた様子で私の家を見つめている。
じゃあまたね、そう言おうとした瞬間、彼の口から零れた言葉。
「……もう着いちゃったのか」
思わず繋がれた彼の手に力を込めてしまった。
ほんの少しくらいなら……進んでもいいかな?
「ね、ねえ?瀧くん」
「はい?」
「……少し、うち、寄ってかない?」

 

「今、お茶入れるでね。少し部屋で待ってて」
彼を部屋に通すと、私は一人暮らしの小さなキッチンでお茶の用意を始めた。
瀧くんはいつも家まで送ってくれたけど、こうして家の中に招き入れるのは初めて。二人きりになると緊張しそうだからってこともあったけど、一番の理由は……

使い慣れたティーセットとお菓子をトレイに乗せて部屋に入ると、背すじをピンと伸ばして正座している瀧くんの姿。
「なんで正座しとるの?」
「あ、いや、なんとなく?初めて三葉の部屋に入ったんで、緊張してます……」
「えー、なにそれ」
やけに固い表情の瀧くんが可笑しくて、つい笑ってしまった。でも、私も瀧くんちに行った時、こんな感じだったかも?
そんな彼も、紅茶とお菓子を口にするうちに少しはくつろいできたみたいで、いつもみたいに会話が弾む。
「ごめんね、お勉強もあるのに、入ってもらって」
瀧くんがウチに居る。その事実だけで嬉しさが溢れてきて、口にする紅茶もいつもより美味しく感じる。
「……なんかあったんすか?」
「え?」
「今まで何度も三葉を家まで送って来たけど、家に上がらせてくれたのは初めてですよね?」
見つめていたティーカップから視線を移すと、瀧くんが不思議そうに此方を見ていた。

「べ、別に瀧くんを部屋に入れさせたくなかった訳じゃないんよ。……どちらかというと私の問題で」
「三葉の問題?」
「……瀧くん、笑わない?」
「いや、それは聞いてみないと、何とも」
「だよね……」
思わず苦笑い。上京して早三年目。もうすっかり一人暮らしには慣れたつもりだし、二十歳も過ぎて、こんな風に思うのは子供みたいなんだけど……
「でもさ、ここまで来て、言わないのは無しかと」
瀧くんが理由を促してくる。どうしようか、そう思いながらティーカップをソーサーの上に置いた。
チラリと瀧くんを見る。私を真っ直ぐに見つめてる。
心の中でため息をついた。私は普段は素直じゃないくせに、私の全てを見通すような彼の瞳にはとっても弱くて。だから……
「あのね、瀧くんがウチから帰った後、寂しくて泣いちゃいそうだったから……」
「……え?」
「で、でもね!いつまでもそういう訳にはいかないなって。少しずつ慣れてかなくちゃって。だからね、今日は、瀧くんに上がってもらったんよ……」
ああっ!もうっ!!
そんなつもりはなかったのに、瀧くんが帰った後の一人残された部屋を想像してしまう。
寂しさに捕らわれそうな自分の気持ちを抑え込むように、スカートの裾をギュッと握った。

落ち着こう、三葉。こんな顔してたら、また瀧くんに余計な心配をさせ……

気がつくとすぐ隣に瀧くんが居て、そのまま私は彼に抱き寄せられていた。
「あ……」
私の髪をゆっくり撫でてくれる。瀧くんがいつも好きだっていってくれる黒髪……
撫でられているうちに、落ち着きを取り戻すどころか、心地よい安心感に包まれていて。

すごいね、瀧くんは……

私は自然と瀧くんに身を任せていた。
と、彼が私の髪に結ばれていた組紐を優しく解く。たったそれだけのことだけど、どこか自分自身のまだ見せてない部分を覗き込まれたみたいで心が火照る。
どうしたの?瀧くん……。そう思いながら彼を見上げると熱い視線が私を捉えていた。
初めてのキスは、何となく流れで。じゃあ二度目のキスは……?
言葉が無くても互いに求めてるものは同じで唇がゆっくりと重なっていく。
瀧くんの想いがダイレクトに伝わってくる。だから私も。瀧くんに想いを伝えたくって、少しでも伝われって……

「ふ……ぁ……」
「は…ぁ……」

そうして、お互いに離れがたいと思いながらも、どちらからともなく距離を取る。
「三葉……」
愛しさを込めて私の名前を呼んでくれる。
少し呼吸が荒い、瀧くんの瞳が私の瞳を離さないまま、熱を帯びた彼の手のひらが私の胸に触れそうになる。
「……触り、たい」
「ダメ、やよ……」
本当にギリギリのギリギリ。だけど、何とか理性を引っ張り出して、私は瀧くんの手を止める。
「これ以上は……ダメ」
「だけど、俺……」
甘えるような彼の瞳に、思わず許してしまいそうになる。だけど……
「瀧くん、受験生やろ。……今は受験に集中しなくちゃ」
瀧くんだけじゃない、自分自身にも言い聞かせるように何とか言葉を並べて正論と呼べるようなものを作り上げる。
「俺が受験生じゃなかったら、いいんですか?」
「そういう言い方、ズルイよ……」
「ずるくてもいいです」
私の全てを求めてくれる。それはとっても嬉しくて、さっきから私の心は大きく揺れっぱなしだ。
このまま身を委ねるのも本当はありなのかもしれない。だけど、もしすることになってしまうんだとしても、こんなに迷ってるなら、きっと今じゃない……

「……こういうことしないと、瀧くん、私のこと嫌いになっちゃうの?」
「……ゴメン」
瀧くんは大きく息を吐き出すと、ゆっくり私から離れていく。
瀧くん、怒ったかな……
だけど、そんな心配は彼の言葉ですぐに杞憂だってわかった。
「何があったって俺が三葉のこと、嫌いになれる訳ないだろ」
ごめんな、とそんな風に頭を下げようとする瀧くんに、私は思わず抱きついていた。

私の方こそ、ごめんね……
瀧くんと同い年だったら良かったのに……
そんな考えが一瞬、胸の内をよぎったけど、口にするだけ無駄なことで。
「……本当は嬉しいんよ」
ただ、正直な想いを彼に告げる。
「本当に?」
「うん……だけど、瀧くん、今、大事な時だし……。ううん、違う。私が抑えられなくなっちゃいそうで、もっともっと瀧くんと一緒に居たいって思っちゃいそうで……」
理性と本心の狭間。どちらも自分自身。どっちも私の真実。それを瀧くんにわかってもらいたくて。
「だから、これ以上瀧くんに求められたら、私……」

瀧くんの答えは、触れるだけの優しい口づけ。
「三葉もそう思ってくれてるなら、俺も嬉しいっす」
「瀧くん……」
それだけで、彼がわかってくれたってことを理解する。同時に胸がトクンと高鳴るのを感じた。
ヘンなの。瀧くんのこと好きなのに、また好きになったって、そんな風に思ってる。
照れくさいのか、嬉しいのか、混ざり合う気持ちはまだ上手く言葉にできなくて、ただ笑顔を彼に届ける。瀧くんも安心したように微笑んでくれたけど、急に真剣な面持ちになって、
「大学は絶対現役で合格します。もっと三葉と一緒に居られるために」そう私に告げた。
「えっ!?」
堂々とした瀧くんの宣言。だけど、彼の宣言はそれだけで終わらなかった。
「だけど、受験生だからって……俺、合格するまで待つつもりありませんから」
「ええぇっ!!?」
今の私、どんな顔をしてるんだろう?心の中で、ちょっとだけ喜んでる自分がいるのがわかって、どうにも困ってしまう。
「わかりましたか?」
瀧くんは、そんな私の複雑な想いを知ってか知らずか、上から目線でそんなことを言う。

もう……年下のくせに!!

でも、そんな台詞の代わりに、「……わかりました」と私は思わず頷いていた。

 

玄関先で瀧くんを見送る。
「き、気をつけて帰ってね」
「は、はい……家に着いたら連絡します」
「うん、そうしてくれると安心するよ」
自分の家で、初めて彼氏との二人きりは、お互い距離が近くなったのか、どうなのか……?
色んな想いが胸の内に渦巻いていてるけど、それでも良かったんじゃないかな?
「そ、それじゃ、また」
「瀧くん!」
「え?」
振り返ろうとした彼を私はとっさに呼び止める。そして彼の右手を掴むと、勢いのままにその手を自分の胸に押し当てた。
反射的なのか、彼の手から二、三度、力が伝わってくる……
ちょっと震えながら触れてたその手を私から離す。瀧くんも放心したみたいに、さっきまで私の胸に触れていた手のひらを見つめていた。

「つ、つづきは……瀧くんの模擬試験の結果次第やよ」

我ながら何を言ってるのか?さっき瀧くんのこと、ズルイって言ったけど、ズルイのは、むしろ私の方かもしれない。
ダメだと言いながら、どこかで瀧くんの頑張りに期待してる……

「わかりましたか?」
さっきのお返しのように言ってみたけど、これはきっと精一杯の照れ隠し。
「……わかりました」
耳まで真っ赤にしながらそう答えた瀧くん。似た者同士の私達だ、きっと今の私も。

私達の新しい物語は、きっと、こんな風に少しずつ紡がれていくんだろうな……


おしまい(でも永遠につづく)