君の名は。SS スパークルMVif 夏恋それから。10/4。(R18対応)

君の名は。スパークルMV ifとして書かせて頂きました、シリーズ『夏恋』のふたりが結ばれるお話です。

がっつりエロとして書いたつもりはありませんが(そもそも書く実力がない笑)、一応致してる描写がありますので、苦手な方はお控え下さい。

ついでにエロを求めて読まれたとしても、その需要には応えられてないと思いますので、その点につきましても申し訳ありません;;

このシリーズの瀧三のひとつの区切りとして。

そして、ふたりの未来はこれからも続いていくと信じております。

 


二〇一七年十月四日。
夜の街を俺は全力で駆け抜けていた。どうしても彼女に会いたくて。
だけど、どんなに懸命に走っても、空に居座る中秋の名月が俺を追いかけてきて、それがやけに進みを遅く感じさせる。
「みつ……は……」
受験勉強で鈍った身体、走り続けて呼吸は荒い。だけど、それでも、一分、一秒でも早く、俺は彼女に会いたかった。この手で触れたかった。
「三葉ッ!!」
不安に押しつぶされそうになりながら、俺は彼女の名を呼んでいた。

*   *   *

明日から十月という九月の最終日。土曜日ということもあって、俺は午前中から三葉の家にお邪魔して受験勉強をしていた。
二人きりの部屋。先日の一件もあって、彼女のことを意識しない訳ではなかったが、俺は絶対現役で合格すると宣言し、彼女からは模擬試験の結果次第だと言われてしまった以上、まずは受験勉強である程度の結果を示さなければ、次のステップに進むにしても恰好がつかない。

午前中は頭もスッキリしていることもあって、時間も忘れて得意な理数系の問題を解いていると、
「お疲れさまー。ねえ、瀧くん、そろそろお昼にしない?」
エプロン姿の三葉がキッチンから顔を出す。
「もうそんな時間ですか?」
「瀧くん、すごい集中してたからね」
言われて、スマフォのディスプレイを起動させれば、既に十二時半を回っていた。現在時刻を意識すると途端にお腹が空いてきた気がする。思わず腹に手を当てながら、俺は頷いた。
「そうっすね、一旦休憩します」
「うん、今、用意するから、ちょっと待っててね」
彼女はご機嫌でキッチンへと戻っていった。

開いていた参考書やノートを重ね、鞄の中に仕舞っていると、三葉の鼻歌が聞こえてきて、思わず声を掛けていた。
「楽しそうですね」
「えー?なぁに?」
キッチンから彼女の声が届いてくる。
「何かいいことありました?」
「うん、あったよー♪」
トレイに料理を乗せた、エプロン姿の三葉が部屋に戻ってきた。
「今日は、瀧くんと一緒にお昼ご飯が食べられます♪」
「……そりゃどうも」
「普段は一人の食事が多いからね」
そう言いながら膝をつくと、彼女はトレイをテーブルの端に乗せる。俺も手を伸ばして、料理が乗った皿を受け取っていく。一人用の小さいテーブル。二人分を置くにはちょっと狭いけど、それでも上手く並べれば、彩りも綺麗なお昼ごはんが二人の前に揃った。
「簡単でごめんね」
ベーコンと一緒に焼いた目玉焼きに、レタスとプチトマトが添えられて。トースターで焼かれた食パンは、ほどよく焦げ目がついてて食欲をそそる。
「いや、美味そうっすよ」
「たいしたことない料理だから、味は大丈夫だと思うけど。さ、食べて」
「はい、いただきます」
「いただきます」
二人そろって手を合わせる。と、三葉がソースに手を伸ばした。
「ソースっすか?」
「うん、目玉焼きにかけるでしょ?」
「え……?」
「え?って違うの?」
「俺は、塩コショウっすね」
「塩こしょう?えー、変なの」
「いや、ソースの方が変じゃないですか?」
「そんなことないよ、普通だよ?」
そう言いながら、三葉はなんの躊躇もなくソースをたっぷりかける。
あんなにかけたら、ソースの味しかしないじゃん……
そう思っていると、視線に気がついたのか、彼女は食べる手を止めて、俺の方に顔を向けた。
「美味しくないと思っとるやろ?」
「あ、いや、そんなことは……」
「瀧くん、すぐに顔に出るもん。でも、食べる前に決めつけは良くないよ」
そう言うと、はい、あーん、と言って、箸で一口大に分けた目玉焼きを差し出してくる。
「いや、俺は……」
「食べてみないとわからないでしょ?」
正直、あーん、が恥ずかしいだけなんだけど、そうとは気づかずに勧めてくる三葉。この目は絶対食べさせるという意思のこもった目である。
「ほらほら、遠慮しないで」
「じゃ、じゃあ……」
観念して、一口パクリ。口の中に広がる味は普段の素材を生かした塩コショウ味と違うけど、うん、これはこれで、
「……美味いっすね」
「でしょー♪」
ご満悦の三葉。うーむ、食文化の違いというのは、なかなか奥が深いな……
また、今まで知らなかった彼女の一面に気づけて、何となく嬉しくなる。
「じゃあ、次は三葉の番っすね」
「え?」
「俺の塩コショウ味も食べてくれますよね?」
「えー、私、目玉焼きはソースって決めてるんやけどな」
「食べる前に決めつけは良くないですよ?」
「う……」
さっき、自分で言った言葉をそのままを返されて、悔しそうに口をつぐむ三葉。
「それじゃ、ちょっと借りますね」
年上だけど、そんな姿はやっぱり可愛いな、なんて思いながら、俺は塩コショウを取りにキッチンへと向かった。

 

午後になり、勉強を再開していると、エプロンを外しながら三葉がキッチンから戻ってきた。参考書から顔を上げると、彼女は俺の正面に座った。
「すみません、何も手伝いしないで」
「何言っとるんよ。瀧くんは勉強もあるんだから、気にせんの」
「でも、いいんすか?折角の土曜日に俺の勉強につき合って、こうやって家に籠ってて」
俺としては彼女に気を遣ったつもりだったのだが、両手で頬杖をついていた彼女は、わかりやすく不満顔と言った感じで頬を膨らませた。
「なによ、瀧くん、私と居たくないの?」
「いや、そういう訳じゃ」
「もうっ!本っ当に、瀧くんって昔っから女心わかっとらんよね!」
「昔のこと、俺、記憶にないんですけど」
「瀧くんは全然変わってないってこと。いいところも悪いところもね」
ハァ、ととため息と吐いたかと思うと、今度は嬉しそうにふふっ、とハニかんだ。
「な、なんすか……」
「何にも。恋人同士、二人っきりでいられて嬉しいなーって」
「こ、恋人っ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
「え……?」
発した言葉に、三葉は眉を下げて、ちょっと困ったような悲しい顔をした。
「ち、違いますよ!イヤとかそういうんじゃなくて、『恋人』って言われて、改めてそうなんだなーと思って……」
俺はいつものように首の後ろに手を当てる。
「三葉は彼女だし、俺とつき合ってる訳で……。だけど『恋人』って言われて、いや、確かにそうなんすけど、言葉の響きがなんと言うか……その」
首の後ろを掻きながら、顔が火照ってくる。俺の言葉に耳を傾けて、じーっと見つめてくる彼女からつい視線を逸らした。
「ふふっ」
三葉の弾んだ笑い声が聞こえたと思うと、俺の隣に寄ってきて、間近で俺のことを見上げてくる。
「嬉しい?」
「えーと……」
「ん?」
「……かなり」
その一言だけで、ぱーっと彼女の表情が明るくなって、明らかにご機嫌になったということが見て取れた。
「ね?私も恋人の瀧くんと一緒にいられるから、嬉しいし、楽しいんだよ。だから、私のこと気にしないで」
ゴメンね、勉強の邪魔して、そう言って彼女は立ち上がる。と、そこで大きな欠伸を一つ。

「そう言えば、今日はずっと眠そうっすね」
彼女の家に来てから何度か欠伸しているのを見かけた。
「ゴメン、最近ちょっと眠れなくて」
「大丈夫なんすか?」
「うん……だいじょうぶ、やよ」
素直じゃないくせに、俺にあまり嘘をつきたくない三葉だから、すぐにわかる。大丈夫じゃないんだな、と。
勉強の手を止めて、おいで、と両手を広げる。
俺の姿を見た三葉は、顔を赤らめて考え込んだ後、ちょこんと座り込んで俺の胸にもたれかかった。そんな彼女の小さい肩を包み込むように両手を背中に回す。
「ごめんね……」
「いいよ」
「100数えるまででいいから」
「お風呂かよ」
「うん……」
そう言うと、三葉はゆっくり数を数え始める。
「眠れないの?」
質問には答えずに、彼女はじゅういち、じゅうに……と呟いている。
俺は数えるのに合わせるように、彼女の背中をポンポンとできるだけ優しく叩いていた。

「……100」
そっと三葉が俺から離れていく。胸元に収まっていた彼女の温もりが無くなるのは非常に名残惜しかったけど、これ以上はきっと三葉も望んでいないんだろう。
「いいんですか?」
それでもそんな風に言葉をかければ、立ち上がった彼女はうん、と大きく頷いた。
「とっても癒されました♪ありがとう、瀧くん」
「……休んでてください。俺は勉強続けてますから」
「わかった。ちょっと横になるね」
また欠伸をすると、彼女はベッドに横たわった。俺の方に背を向けて、彼女は呟く。
「瀧くんが居てくれるから、ゆっくり眠れそう」
俺は彼女の方に顔を向けた。三葉の表情は見えなかったけど、それでも暫くすると寝息を立てて眠る彼女に安心して、受験勉強に集中していた。

 

んー……と声を出さないように両腕を伸ばす。
三葉の家で勉強なんてちゃんとできるかちょっと不安なところもあったけど、それでも午前午後としっかり勉強ができた。
静かに立ちあがってベッドの上をのぞき込む。余程眠かったのか未だにベッドで安眠する彼女を見て思わず笑みが零れる。くの字になって眠る彼女。スースーとリズミカルな寝息。口許も微笑んでいるようで、俺は安心してその表情を見つめていた。
「ん……んん……」
と、腕が動いて三葉は仰向けになる。上下する、胸元のふくらみ。
「たき……く…ん……」
その寝言にドキッとすると、再び彼女はゴロリと寝返りをうった。
と、スカートの一部がめくれて……
「……くっ」

立花瀧は健全なる男子高校生である。こういうことに興味は……滅茶苦茶ある。
だがしかし、無防備の彼女にというのは、やっぱ反則だよな。
と心の中で葛藤しつつも、俺の視線は釘付けになっておりました。

「ん…うぅん……たき、くん?」
「え?あ!?いや、俺、何もしてないっすよ?」
「なにが?」
漸く目を覚ました三葉がゆっくりと起き上がってくる。そうやって動いている内にめくれていたスカートも元に戻って。彼女に気づかれなかったことに俺は安堵していた。
若干寝ぼけ眼の三葉は室内をきょろきょろと見回す。と、小首を傾げて尋ねてきた。
「あれ?今、何時?」
「えっと、五時過ぎっすね」
「ええっ!もうっそんな時間!?ゴメン、瀧くん、寝すぎたかも……」
「あまり眠れなかったんでしょ?俺もしっかり勉強できましたし、全然いいっすよ」
申し訳なさそうにごめんね、と繰り返す彼女。だから話題を変えるように、俺は提案した。
「三葉、疲れてるみたいだし、夕飯は外で一緒に食べませんか?」
「え?帰って食べるんじゃないの?」
「親父には夕飯食べて帰るって言ってありますし、それに」
俺は彼女に顔をを近づける。
「少しでも三葉と一緒にいたいんで」
「た、瀧くん!?」
「恋人ですから」
三葉は顔を赤らめて、困ったような顔をしながら、年下のくせに……と呟いた。

[newpage]
最近……夢を見る。

あの日、星が降った日の夢。
浴衣姿の私は、糸守の原っぱで夜空を見上げている。
幻想的な光景。その景色を見ている間だけは、心の中の欠けた何かを忘れられるようで……
私は、その夢のように美しい光景を永遠に眺めていたいとさえ思っていた。
だけど……その時は終わる。

不意に二つに割れる彗星
それは運命の分岐点

――生と死――

今を生きる私が本当なのか、あの時死んでいた私が本当なのか

そんなことを考えている間に、業火を纏いし『死』の象徴は、私の頭上へ降り注ぐ。
私は一歩も動けないまま、『死』から視線を逸らせないまま、ただ運命をその身に受ける。

――どこかで鈴の音が、大きく響いた気がした

「ハッ……ハァ…ハァ……」
真っ暗な部屋。ベッドに仰向けのまま、自分の手のひらを見つめる。
大丈夫。『私』という存在はちゃんとここにある。
「生きてる……」
当たり前のことだけど、口にすることで、私は生きてるんだということ肯定する。
ベッドから上半身を起き上げて、震える手で枕元のスマフォを取ると、瀧くんと二人一緒に撮った写真を開く。
瀧くんと並んでくっついて、私は心から嬉しそうに笑ってる。

逢えたんだ、私はちゃんと瀧くんに逢えたんだ。
そう何度も自分に言い聞かせるけど、身体の震えは止まらなくて。
「瀧くん……怖いよ……」
真夜中の二時過ぎ、瀧くんに電話なんかできなくて。私はスマフォを胸に抱いて、一人震えていた。

 

 

もうすぐ十月四日。ティアマト彗星が糸守の地に落ちた日。
だからなのだろうか?眠っている時、やけに鮮明に『あの時』の夢を見る。
記憶が戻ったことで、瀧くんと再会できた。二人で一緒に困難を乗り越えることができた。
だけど、あの『死』だけは、覆すことのできない一つの『真実』として、私の中に残っている。

「今までは、そうでもなかったんだけどな……」
「何か言いました?」
「え?あ、いや、なんでもないよ」

家の近くのファミレスで、私は瀧くんと一緒に夕飯を食べていた。
外食なんかしないで、やっぱり私が夕飯を作ろうと思ったけど、寝過ごしてしまったせいで買い物に行けず、夕飯用の食材は冷蔵庫に何にもなくて。
「親父から夕飯代貰ってるんで、遠慮しないで下さい」
結局、瀧くんの提案を受け入れてしまった。
でも……
周りを見れば、カップルで食べに来てる人たちも沢山いて。私達もその中の一組なんだと思うと、なんだか嬉しい気持ちになる。

「そう云えば、十月四日どうするんですか?」
「え?」
食べ終わって、スマフォを眺めていた瀧くんが、その日を口にした。
「糸守、行くんですか?」
そう言うと瀧くんは、とあるポータルサイトのニューストピックスを私に示してくる。

>彗星災害から四年 奇跡の町・糸守町 式典開催

「あー、そのこと……」
「やっぱり行くんですか?」
「今年は平日だし、行かない……かな?」
今年の十月四日は水曜日。大学の授業も始まっている。彗星の落下時刻に合わせた式典に参加しようと思うと数日間は学校を休まなくちゃいけない。
それに……
「最近、ちょっと疲れ気味だしね」
作り笑いで場を誤魔化す。
彗星の記憶が鮮明になっているここ数日。糸守に戻れば一層、この記憶に悩まされるような気がした。
そんな私の言葉に、瀧くんは眉をひそめる。
「さっきも眠れないって言ってたし、何かあったんですか?」
「えー、大丈夫だよ、心配せんで」
私の言葉に瀧くんはムッとした表情になる。
「また、受験生だからとかそういうことですか?」
「え?」
「俺だって別に好きで、受験生してる訳じゃないです!」
ドリンクバーのコーヒーを一気に飲み干すと、瀧くんは会計レシート手に取って立ち上がる。そして、そのままレジへと向かってしまった。
「ま、待って!瀧くん」
私も慌てて立ち上がると彼の背中を追う。

会計は瀧くんが済ませてくれた。私も払うって言ったけど、瀧くんは無言で支払いを終えると店を出ていく。
今の私は、ちょっと泣きそうになりながら彼の後ろを歩いている。
「……ごめんね」
「別にいいっすよ」
瀧くんが口を開いてくれたことに、ちょっとホッとする。
「瀧くんに心配させたくなかったから……」
「知ってます」
ほら、と瀧くんが手を差し出してくる。私は恐る恐るその手を掴む。と瀧くんがしっかり握り返してくれた。
瀧くんは、大きく息を吐き出すと「三葉は、本当に素直じゃないよな」と半ば呆れた口調で呟いた。
「だって……」
「年下は、そんなに頼りになりませんか?」
「そんなことない!瀧くんは、いつも真っ直ぐで強いし、覚えてないかもしれないけど、私、あの頃から何度も瀧くんに助けられてるんだよ!」
「だったら」
瀧くんが歩みを止める。手は繋がれたまま。私を見つめる年下の男の子。その瞳は私のことをすごく心配してくれている。
こんなに私を想ってくれることが本当に嬉しくて。だけどまた、瀧くんの強さと優しさに頼ってしまう自分が少しだけ情けなくなってくる。
それでも、心配をかけないようにすることが、かえって瀧くんを心配させてしまうのなら。

「怖いの……」
「え?」
「彗星の記憶。最近、夢に見てて」
「だから、眠れないの?」
「……うん」

前に二人の過去を、彗星災害の真実を語った時、私が恐怖で喋れなくなったことを瀧くんは知っている。
だから、あまり説明をしなくても、理由をすぐに察してくれた。

「でも、本当に大丈夫なんだよ。今日は瀧くんが傍にいてくれたおかげで、昼間はゆっくり眠れた。今までこんなことなかったし、たぶん十月四日ってことに、記憶が過剰に反応してるだけなんじゃないかな」
十月四日まであと数日。それを乗り切ればたぶん大丈夫。どことなくそんな確信があった。
「俺、明日も学校終わったら三葉の家に行く。三葉が眠るまで傍にいるよ」
「駄目だよ!帰るの遅くなるでしょ」
私は首を振る。瀧くんの申し出は嬉しいけど、そこまで頼る訳にはいかない。
「だけどさ!」
「瀧くん!」
瀧くんの手をしっかり握って、私は彼を見据えた。

「ありがとう……瀧くんに、ちゃんと説明して良かった」
「え……」
「瀧くん。私はそこまで心配されるほど弱くないよ。私は生きてるの。瀧くんと一緒に生きてるんだから」
彼だけじゃない、自分自身にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
そうして私は、握られた手に反対の手を重ねると、彼を見上げるようにゆっくり目を閉じた。
少しすると唇に感触が重なる。目を開ければ、顔を真っ赤にした瀧くんが口許を抑えていた。
「これで……いいっすか?」
「ふふっ、何よりのおまじないやね」
「だといいんですけど……」

手を繋いだまま、私達は再び並んで歩き始める。
「会えなくても、電話しますから」
「うん、瀧くんも勉強がんばってね」

 

 

そして。十月四日。日に日に夢は鮮明になっていく。
正直、眠るのは怖い。それでも、毎日頻繁にくれる瀧くんの電話やメッセージが私を励ましてくれる。彼との会話、言葉、メッセージが、私を暖かく包み込んでくれて、その時は心は休まっていた……

夜、テレビをつけると懐かしい糸守高校のグランドでの式典の映像が映し出される。私は、つけたばかりのテレビを消して、スマフォを手に取った。その手はちょっとだけ震えていて、困ったなぁ、と小さく呟く。
電話帳の履歴。一番上の『立花瀧』の文字に触れるかどうか迷う。時間を見れば二十時を回っていた。

迷って迷って、漸くその名前に触れようとした時、不意にインターホンが鳴った。
ビクッとして立ち上がり、玄関に向かうと、のぞき窓から向こう側を見る。
「えっ!?」
俯き加減でそこに立ちすくんでいたのは制服姿の瀧くんだった。慌ててドアを開けると、彼はゆっくり顔を上げた。
「どうしたんよ、遅い時間に」
「ゴメン……急に……」
「いいよ、さ、入って」
私は彼を招き入れると、部屋に通した。瀧くんは自分からは何も言おうとはしなくて、俯いたまま私の後ろをついてくる。
「ビックリした。心配して来てくれたの?」
「……ああ、うん」
あまりハッキリしない返事に、私は首を傾げたけど、やっぱり瀧くんが傍にいてくれると安心できて、嬉しくって細かいことはあまり気にならなかった。
「折角来てくれたんだし、今、お茶出すから、飲んでって。ね?」

だけど、私はキッチンには行けなかった。
瀧くんに、後ろから抱き締められていたから……


「……瀧くん?」
私を抱きしめる彼の手が、ううん、全身が震えていた。
「いる……よな?」
「え?なにが……?」
「三葉、ちゃんといるよな?」
「……いるよ、ちゃんとここにいるよ」
できるだけ優しく言葉を紡ぐと、彼の手が緩んで私は解放される。振り返って彼を見ると、いつもの真っ直ぐな強さはなくて、どことなく弱々しい瞳が私を見つめていた。
「どうしたの……?何かあったの?」
「ゴメン……さっき空を見てたら、急に怖くなった」
その場に崩れるように座り込んだ瀧くんは、右手で目許を覆った。
「怖い?」
「三葉の話、思い出してた。あの日、四年前、三葉は一度死んだって話。俺、あの時、そんなことに気づかずに呑気に彗星が綺麗だとか思ってて。三葉が苦しい思いをしたのに、何もわからなくて……」
「そ、それは、だって!その時の瀧くんは、まだ私のこと知らなかったから!それに今は、瀧くんのおかげでみんな助かってるんだよ!」
「だけど!それでも俺は、一度は三葉を失って……。入れ替わってた時に、俺が三葉より三年先に生きてるって気づいていれば、そうすれば……」

瀧くんの言ってることには無理がある。彗星が落下して、私が死んだ事実があるから、私は彼に救われて、今に繋がっている。
彗星災害で一度、私が死んでしまうことはきっと抗えない事実。

「……俺、覚えてないから、何もわからないはずなのに、三葉を失ったって、そんな風に急に思えて、身体が震えて……」
「瀧くん……」
「情けなくて……ゴメン」
涙声の瀧くんを私は胸元に抱きよせた。
「いるよ……ちゃんとここに生きてるよ。いなくなったりしないよ」
彼を抱きしめながら、私は気がついた。瀧くんだって、いつも強い訳じゃない。迷ったり、弱気になることもある。

今、私がいない世界を想像して震えている瀧くん。
私が"死んだ"ことを知った日。彼はどれほど傷ついたんだろう……
瀧くんに会うため、東京に行った私は『……誰?お前』と言われて、傷ついたまま家に帰った。
瀧くんは?彼は傷つきながら、不安になりながら、前に進んで、助けに来てくれた。私を、私達を救うために奔走してくれた。

そうした彼の頑張りで、今、私は生きている。私達はちゃんと生きているんだよ!
だけど、彗星の出来事が互いを不安にさせるんだったら、二人でちゃんと存在を示そう。二人が一緒に生きてるって感じられるように。
だから……
「瀧くん……」
私の言葉に瀧くんが顔を上げる。私は彼に頬に触れながら唇を重ねた。それは私の決意の証。
そっと離れながら閉じていた目を開ければ、そこには大きく見開かれた瀧くんの瞳。大好きな彼の眼差しに、想いを込めて私は伝える。

「……しよ」
「え……」
「今は私のことだけを見て。私も瀧くんのことだけ見るから」
「三葉……」
「受験生とか、高校生とか、年下とか、そういうんじゃなくて、大好きな瀧くんのことだけ見るから、だから瀧くんも、私のこと……私の全部を見て」
彼の首に腕を巻き付けて体重を預ける。彼も私の背中に手を回してくれた。あったかい瀧くんの体温に触れながら、私は思った。やっと少しだけ、彼の力になれるかもしれない、そう思うと恥ずかしさより嬉しさが勝っていて。
「二人でなら……きっと大丈夫やよ」
「いいの……?」
耳元で聞こえた彼の言葉にコクンと頷く。
「ちゃんと私が生きてるって感じて。そうすれば、私も自分が生きてるって、瀧くんと結ばれるために生きてるんだって、信じられると思うから……」

私は絡めていた腕を離すと、彼の顔をもう一度正面に見る。少しだけ戸惑いがあるのか、まだ不安げなその表情。でも、照れてその視線を逸らすことなんてなくて、私を、私だけをその瞳に映してくれていた。

制服のボタンに手をかける。彼は無言でそれに従う。緊張と初めてのことで思ったように指は動かなくて。それでも何とか全て外すと、ワイシャツの間からインナーシャツが見えた。視線を送ると、今度は彼が私の上着に手をかけてそれを脱がす。ブラジャーのみとなった上半身。腕全体で胸元を隠そうとしたけど、瀧くんの手に阻まれた……


*   *   *


「ただいま」
学校帰りに図書館で勉強してから家へ戻ると、いつものように部屋は真っ暗で。返事がないのはわかりきっていたけど、それでも声を出して自分自身を迎え入れる。
自分の部屋に通学鞄を置くと、ネクタイだけ外して首元を軽くする。制服から着替えようとして、それなりに空腹を感じていることに気がついた。
「腹、へったな」
今日は、親父も出張で帰ってこない。一人分の飯くらい簡単に作って、さっさと食べてしまうか。
そう思い、早速リビングの隣、小さいキッチンへ向かう。朝食に使った皿が一式そのままシンクに残されていて、ハァとため息混じりで苦笑いを浮かべながら、まずは洗い物に手を付けた。

今日は一人だし、簡単にパスタとコンソメスープでいいだろうってことで、大きめの鍋に水をたっぷり張ってコンロに火を点ける。
沸騰するまでの間に、玉ねぎ、人参を切って、小さめの鍋に野菜とベーコンを半分入れて煮込み、最後はコンソメで味を整える。
大きめの鍋はパスタ用。茹で上がるタイミングに合わせて、もう半分のベーコンをフライパンで炒め、チーズと卵と塩を混ぜ合わせる。生クリームは家にないから、まあなしでいいだろ。最後に茹でたパスタをソースにからめて、黒コショウをかければカルボナーラの出来上がり。

一人前の夕食をテーブルに運ぶと、いただきます、と両手を合わせてフォークを手に取る。
フォークに巻き付けたパスタを口に運ぶと、まあそれなりに美味くできたな、と心の中で自画自賛しながら、うんうんと頷く。だけど同時に、一人の食事は味気ないな、なんて思う。
「……三葉の手料理、食べたいよな」
誰も聞いてないことをいいことに、つい本音が漏れた。高校三年にもなって情けないことを言ってることはわかってる。今まで散々こんな生活を続けてきたっていうのに。

三葉と出逢って、恋人同士になって、俺はきっと変わった。
強くなったのか?弱くなったのか?それはよくわからない。ただ少なくとも、三葉がいない生活なんて、もう俺には考えられない。

「三葉と出逢ってなかったら、俺、今頃どうしてたんだろうな……」

自分でも変なことを考え始めたことに気がついて、頭を切り替えるようにテレビのリモコンを手に取り、電源を入れた。

『彗星の落下から四年、ここ糸守では……』

テレビからアナウンサーの声が聞こえてくる。映し出されたのは、彗星災害から四年を迎えた糸守での記念式典の映像だ。
「三葉、大丈夫かな……」
テレビを見ながら、彼女を想う。

――怖いの……

彼女の言葉を思い出す。
三葉はティアマト彗星の落下で一度死んだという。そして、俺と三葉が協力して歴史を変え、彼女や糸守の人達を救ったらしい。
頭では覚えてはいないし、記憶にもない。だけど、それを事実として、無意識で理解している自分もまた確かにいる。

「電話、してみようかな」
彗星の記憶に悩まされながらも、いつも電話越しで、受験勉強がんばって、と励ましてくれる彼女。
受験は大事だけど、俺にとっての一番は、やっぱり三葉だから。少しでも彼女の助けになれるなら。
傍らのスマフォを見つめながら、彼女の声が聞きたい、そんな風に強く思っていた。

 

 

それなりに築年数が経過した建物だけあって、屋上への扉は、ギイィ……と油が切れたような重たい音を響かせる。
最初に目についたのは、夜空に一際輝く丸い月。そういえば今日は中秋の名月だっけ?
何となく、外の風に当たりながら、三葉と電話したいと思った。そんなことある訳ないのに、その方が彼女に言葉が伝わるような気がして。

こんな風に思うのは、今日が特別な日だからだろうか?十月四日。四年前、星が降った日。
あの日、テレビ中継で映し出された幻想的な光景を、この目で直に見てみたくて、一人、マンションの屋上に駆け上がった。
今、ここから見える夜景は、あの日とそんなに変わらない。立ち並ぶ高層ビル群のシルエット、眼下に広がる地上の光、どこかザワついたような喧噪、流れてくる風は何か混ざったように決して心地よいとは言えなくて。
ずっと当たり前のように見てきた東京の風景。だけど、あの日の特別な光景だけは今でも記憶に残っている。

彗星は、いつものありきたりな夜空を、見たこともないような幻想的な空へと塗り替え、流れていく。
俺は、言葉も出なくて、このままずっとこの景色を眺めていたいとさえ思っていた。
そう、まさに夢のように、いつまでも目覚めたくない、そんな心地よさを感じるかのように……

不意に鼻の奥がツンとなり、手に持つスマフォをギュゥと握り締める。急に感じた不安感を大きく首を振って振り払うと、俺は電話帳を開く。
宮水三葉』と登録された名前。
いつものようにそこに触れようとして、視界が歪む。
「あれ……?」
慌てて腕でそれを拭う。だけど、何故か止まらなくて、そのrb:一滴 > ひとしずくがスマフォの画面に落ちた。

「なんだよ、これ……」

泣いていた。俺は、何故か泣いていた。
そして、思う。

――俺は、大事な人を失った、と

それを認識した途端に、喪失感が胸を貫いて、思わずワイシャツの胸元を握りしめる。
痛い、胸が痛い……

「みつ……は」

彼女の名を呼ぶ。
彼女は居る。
俺は彼女に逢えた。
望めばいつだって、手の届く場所に、彼女は居る。

だから、気を取り直して、彼女の電話番号に触れようと……だけど、指が震えて。

――おかけになった電話番号は、

そんなことあるはずないのに、俺は、もしかしたらと思っている。

三葉を救ったという事実を無意識で理解している自分。
そして同時に、三葉を救えなかったと無意識で理解している自分も……またいる。

俺は本当に彼女を救えたんだろうか?
あの日、夢のような景色に見とれながら、一番大切な人を失ったことにも気づかずに。
もしかしたら、今の俺達は"夢"の中で、"本当"はあの日失ったままなのかもしれないなんて、そんな考えが頭をよぎって……

どこかで小さく響く鈴の音が聞こえたような気がした。

 

 

気がつけば、三葉の家の前に来ていた。
ドアが開くと、彼女の驚いた顔。夜遅くの突然の訪問にも関わらず、彼女は俺を部屋へと招き入れてくれた。
彼女に会えて安堵するのと同時に、それでも彼女の存在に確信が持てなくて。だから、それは衝動に近い行動。
「三葉、ちゃんといるよな?」
彼女を後ろから強く抱きしめていた。彼女は居るのに。ちゃんと居るのに。
身体に触れる体温、鼻先をくすぐる黒髪のシャンプーの匂い、優しい声、目の前に三葉は居るってわかっているはずなのに……!
「……いるよ、ちゃんとここにいるよ」
振り返った彼女が心配そうに俺を見つめる。
情けない。だけど、どうしても不安感が拭えない。三葉を失ったかのような、喪失感が俺を掴んで離さない。

そんな自分のみっともない胸の内を吐露すれば、彼女は包み込むように抱き締めてくれた。
いるよって、いなくなったりしないよって、そう言って優しく慰めてくれる。
そんな彼女の胸の中で俺は思う。

――大切な人を失うということは、死ぬことより恐ろしいことなのかもしれない、と

「瀧くん……」
俺の名前を呼ぶ声。力ないまま顔を上げれば、次の瞬間、彼女が唇を重ねてくる。
初めての彼女からキス。不意打ちに驚くと同時に、重なった唇から彼女の秘めた想いが伝わってくるような気がした。
「……しよ」
「え……?」
三葉が何を言ってるのか、正直わからなかった。ただ、彼女の瞳は俺だけを真っ直ぐに見つめていて、その短い言葉の中に強い決意のようなものを感じる。
「今は私のことだけを見て。私も瀧くんのことだけ見るから」
「三葉……」
「受験生とか、高校生とか、年下とか、そういうんじゃなくて、大好きな瀧くんのことだけ見るから、だから瀧くんも、私のこと……私の全部を、見て」
そう言うや首元に抱きつかれる。ここまで来れば俺だってわかる。そんな彼女の想いを受け止めるように背中に腕を回せば、彼女は頬を寄せてくる。
「二人でなら……きっと大丈夫やよ」

一番欲しかった三葉の全てを、俺にくれるという。
二人、結ばれることが、今の自分たちに必要なことなんだって、彼女は信じてるから。

「ちゃんと私が生きてるって感じて。そうすれば、私も自分が生きてるって、瀧くんと結ばれるために生きてるんだって、信じられると思うから……」

そうだ、三葉自身も、彗星の記憶に囚われて不安を感じていた。今だって本当は心の中で恐怖に震えている。

生と死。一度は二人を別ったあの出来事。だけど俺達は一緒に乗り越えた。
忘れてしまっても、想いがすれ違っても、それでもまた一緒に乗り越えた。
だったら、今度だって二人一緒なら……

それでも、心の準備がないままに、初めての行為に臨むことに不安を覚える。
そんな俺を見透かしたかのように、三葉は俺のワイシャツのボタンを一つずつ外していく。くすぐったい気持ちでただそれを受け入れていくと、最後のボタンが外された。
俺を見上げる彼女。促されるままに彼女の部屋着のパーカーに手を掛けてそれを脱がす。現れたのは三葉の白い素肌とピンク色のブラ。心臓が一気に動悸を早める。照れてその胸元を隠そうとする彼女を、俺は強引に腕の中へと絡め捕った。

腕の中の彼女、誰よりも大切な、かけがえのない存在(ひと)。
いつも繋いでいるような手だけじゃない、普段は触れられないような彼女の素肌が、体温が、直に伝わってきて、心臓が高鳴るのと同時に、理性では抗えない本能のようなものが俺を支配しかける。
だけど……
「本当に……いいんですか?」
受験中だからと俺を気遣ってくれていた三葉。今だって喪失感を感じて弱音を吐く俺を慰めるために、こうやって……
だったら、これはただの俺のわがままなんじゃ、そう思うと、今、彼女に手を出すのはいけないような気がして。だからもう一度問いかける。
「いいよ」
それでも、彼女は何の躊躇いもなく答えを示す。
「いつか瀧くん、言ったよね。『嫌なら嫌って言えばいい』って」
あの夏のケンカの時、彼女を試すように俺はそんなことを言ったことを思い出す。
「瀧くんが好きだから。今は本当にそう思ってるから……だから、嫌じゃ……ないよ」
「三……葉……」
「これ以上は言わせないで……恥ずかしい……から」
腕の中、羞恥で震える小さな肩。俺のためにどこまでも懸命な彼女が、愛しくて胸が締め付けられる。
喪失感とか、不確かな不安とか、そんなのは、もうどうだっていい。三葉はいる、目の前にいる。この腕の中にいる君の存在が俺にとっての全てだから!

俺は、三葉を抱きかかえて立ち上がる。
「ひゃっ!?た、瀧くん」
お姫様抱っこされて、驚いた表情で俺を見上げる三葉。
「俺……三葉としたい」
「うん……」
すぐ隣にあるベッドにゆっくり彼女を下ろす。上半身は下着姿のまま。彼女に似合うピンク色のブラに隠された二つのふくらみ。ついそれを目で追ってしまう。
そんな俺の視線に気がついたのか、三葉は頬を染めて手で胸元を覆う。その仕草に我慢できなくなって、彼女に覆いかぶさるように四つん這いでベッドに乗ると、さすがにシングルベッドに二人分は重かったのか、ギシッと軋んだ音が部屋に響いた。

「瀧くん、電気……」
眉尻を下げて、恥ずかしそうに三葉が呟く。
「消す?」
「ううん、瀧くんの顔みたいからオレンジ色にして」
「わかった」
一度ベッドを降りようとして、ふと気づく、そういえば俺の恰好……
「俺、走ってきたから、その汗とか……」
「ダメ……ここまで来て、待つのはイヤ」
いつもと少し違う、期待するようなその声に俺は唾を飲み込む。
「わかった」
彼女の部屋のスイッチを何度か押せば、常夜灯の光が部屋をオレンジ色へと染める。
「ふふっ」
「どうかした?」
再びベッドに戻れば、彼女が何かを思い出したように微笑んだ。
「カタワレ時みたいだなって……」
「……違いますよ」
「え?」
「俺は、ちゃんとここに居ます。三葉だってちゃんと……居る」
できるだけ力強く言葉を紡ぐと、彼女は少し安心したような表情になって手を伸ばしてくる。

*   *   *

「そうだね……もう目の前から居なくなったりしないもんね」
瀧くんの頬に手で触れる。彼は私の手に自分の手を重ねてくれた。
今はあの時とは違う。お互いに懸命に手を伸ばさなくても、ほら、こんなに近くに君は居てくれる。

「俺、初めてだから……優しくできない……と思う」
「私も初めてだから……気持ちよくさせてあげられないと……思う」
「いいよ、三葉の方が心配だから……痛かったら言って」
「うん。でも、もし上手くいかなくても、その時はやり直せばいいよ。私たち一緒に生きてるんだから。何度だってやり直せるよ」
撫でるように頬に触れていた私の手を彼が掴んで。その手のひらに一度唇を落とすと、自分の手のひらを重ねてくる。
どちらからともなく、指先が絡み合うように結びついて。私と彼の瞳が交わると引き寄せ合うように唇が交わる。

それが始まり。

自分を覆い隠すものが一つずつ無くなる度に、互いの肌が触れ合い、互いの温度が伝わってくる。
その都度、存在を確かめ合うように見つめ合えば、自然と唇が交わり、更にその奥へと存在を求め、混ざり合うような音が耳の奥に届く。
互いに抑え込むような声と、荒い息遣いだけが部屋に響く。
「ふ……あ……」
声の出し方もわからなくて。
わからないことだらけだけど、それでも彼に抱かれながら、大きな手が私に触れる度に、熱い唇が落とされる度に、甘い声が耳元で囁く度に、瀧くんの存在を全身に感じて、身体が熱くなっていく。瀧くんも私と同じくらい、ううん、もっと私を感じて欲しい、そう思いながら、彼の背中に腕を回した。

*   *   *

互いに生まれたままの姿になって、肌を重ねる。
身体全体で感じる彼女の温もりは、確かに彼女は傍にいてくれるのだと感じさせてくれて。
早鳴る鼓動が合わさる度に、互いの『生』を確かめ合う。
暗がりの中で届く声は、俺の存在に彼女が全身で応えてくれてるようだった。
今まで彼女の全てを見ていたつもりだったのに、まだこんなにも綺麗な姿を隠していて。
自分だけしか見ることができないその姿に、俺は身も心も熱くなっていた。

三葉の全てを強く求めるように触れて、口づけをして、想いを囁く。
彼女もまた俺を求めるように腕を回してくる。もっともっと強く抱きしめてと言わんばかりに。
だから、その想いに応えようと必死に。触れ合う肌と肌の境界線が曖昧になるほどに隙間なく、二人が一つになるかのように……

「た……き……」

俺の……名前。
ただ、君に名前を呼ばれただけだというのに、思わず想いが昂って目頭が熱くなる。
君の綺麗な黒髪を優しく撫でる。俺の好きな艶やかな黒髪。
今日初めて直に触れた君の胸は、柔らかくて、あったかくて、トクトク……と鼓動して。
白い素肌、華奢な身体、君の声、君の全て。

俺は……三葉が欲しい。

「みつ……は……」

「うん……」

泣きそうな声で応える彼女。
きっと三葉の想いも同じ。
……だって俺達は、世界で唯一の繋がりを持った存在だって思えたから。

「みつは……すきだよ」

「わたしも……たきくんが、すき……だいすき」

 

そうして

ふたり

ぎこちなくも、初めてひとつに結ばれた……

 



初めての行為に疲れ切ったのか、だけど、とても安心したように、彼女は寝息を立てている。
俺の腕の中、ぴったりとくっついた彼女の体温があったかくて、愛しくて、起こしては悪いな、と思いながらも彼女の額にキスをした。

彼女と結ばれた嬉しさと同時に、少しだけ後悔もある。
本当に、今で良かったのか、と。
俺はやっぱりまだガキで、彼女の優しさに甘えてしまっただけなんじゃないか、と。

だけど、さっきまで俺の心を締め付けていた喪失感は消え去っていた。彼女の想いが俺を満たしてくれたから。

みつは、三葉、君の名前は、三葉

もう二度と忘れることはない君の名前。だったら俺はいつまでも君に満たされ続ける。

だから、俺も。

今、俺は強く願っている。三葉とのこれからを、しっかり受け止めて生きていきたいと。
成長すること、勉強をすること、受験のこと、進学する意味。
ただ年上の彼女に追いつきたいってだけじゃなくて、色んなことを学んで、経験を積んで、少しでも大人になって、彼女を守っていきたい。彼女と歩んでいきたい。
俺はまだ高校生だから、青臭いガキの考えなのかもしれないけど……だけど、これが今の俺の正直な気持ち。

「三葉……愛してる」

愛なんて意味、本当はよくわかってないけど、それでも『すき』だけじゃこの想いは受けとめられないような気がするから。
だから、俺が今言える精一杯の言葉を、君に贈るよ……

*   *   *

夢を見る。

夢の中、浴衣姿の私は一人、糸守の原っぱで夜空を見上げている。
糸守の空を幻想的に流れるティアマト彗星。それは今まさに二つに分かれた。間もなく降り注ぐは『死』の象徴。

これは私にとって、もう一つの『真実』だから決して忘れることができないのだろうか。
この姿で瀧くんに会えなかった私は、夢の中ではただ『死』を迎えるしかないのだろうか。

――三葉

聞き覚えのあるその声に振り返る。

「なん……で……?」

とっても嬉しいはずなのに、ついそんな風に言ってしまった。
だって、君はあの日、私を知らなかったはずだから。

「なんでって、お前に会いに来たんだ。大変だったよ、お前すげえ遠くに居るから」
なんてことないって、しれっとそんな風に言って優しく微笑んでくれる。
ああ、そうだね。君はいつもそう。私がどこに居たって必ず見つけてくれるんだね……

「う……うっ……瀧……くんっ!」
制服姿の彼に駆け寄って思いきり抱きつくと、その胸元に泣き顔を押し付けた。
「お、おい!泣くなよ!っていうか……また、泣かせちゃったな」
瀧くんは、そんな泣き虫な私の髪を優しく撫でてくれる。
「これは、嬉し泣きやよ……」
「そっか」
「うん……」

暫く抱き合った後、二人、手を繋いで夜空を見上げる。空には分かれた彗星。間もなくそのカタワレがこの地めがけて落下する。

「どうするの?流石に二人で何とかできるとは思えんのやけど」
「簡単だろ?」
「へっ?」
瀧くんの言葉に思わず、間の抜けた声が出た。
「目、覚まそうぜ」
「目を覚ます!?」
「だって、これ『夢』だろ。だったら、目覚めればいいってことだろ?」
瀧くんの言葉に、思わず可笑しくなって声を出して笑ってしまう。
「あははっ!そうやね、これ、『夢』やもんね!」
「だろ?……それに、」
やけに真剣な眼差しになった瀧くんが手を伸ばし、私の髪を優しく撫でる。
「夢は目覚めればいつか消える。だから大丈夫。この記憶もいつか三葉から消えていくよ」
「瀧くん……」
「だけど、"俺"はいるから。これからもずっと。目が覚めたって、ずっと君の傍に」
「私も!!私だって瀧くんの傍にずっと居るよ!」
「ああ」
そうして二人、手を繋いで夜空を見上げる。
もう怖くない。だってこれは夢だもの。目覚めれば彼は目の前に居てくれるんだから!

さよなら、ティアマト彗星
そして、ありがとう
私たちを、結んでくれて……

 

 

 


朝、目が覚めると目の前に瀧くんが居た。

なんだ……夢か。

一人暮らしの自分の家に瀧くんが居る訳ない。ということは、これは夢な訳で。
目が覚めると隣で瀧くんが寝ている夢を見るなんて、我ながら面白い。でも夢ならばと、ここぞとばかりに瀧くんを間近で観察してみたくなった。

彼は何だかとても満足したように、健やかに眠っている。
ツンツンした髪に、凛々しい眉、目を閉じていてもわかる整った目鼻立ち。
何て言うか……私の彼はやっぱりカッコイイ♪

「よくできた夢やなぁ……」

そんな風に呟きながら、思わず笑ってしまう。私はどれだけ瀧くんのことが好きなんだろうって。夢の中でまで彼に会いたいなんて。

そんな風に思いながら、夢だというのに眠い目をこすりながらベッドから上半身を起き上げる。
「ん……?」
なんだか肌寒い。視線を下へと向ける。
「……えっ??」
じょ……上半身裸ぁ!?思わず自分の胸を腕で隠す。
「え?……ええぇぇ……」
"え"という単語しか出ないまま、ゆっくりと布団の中へと戻っていく私。

流石の私も目が覚めた。そうだ、これは夢じゃない。現実だ。昨日の夜、私、瀧くんと……
昨夜の出来事が否応なしにも思い出されて火照った顔を両手で抑えながら、しばらく悶える。

布団の中、ショーツ以外、何も身に纏っていない自分の体、それが隣で眠る瀧くんの身体……いや、彼の裸に触れていて。それがとっても恥ずかしくて、自分の服や下着が辺りにないか見回すと、ベッドの下にピンクのブラジャーを見つけた。彼を起さないように静かに布団から出ると、それを手に取りベッドの端に腰掛けながら身に着ける。
ふぅと少しだけ気も落ち着いて、彼の方へと振り向けば、瀧くんは目を閉じたまま私の組紐をその手に掴んで満足そうに微笑んでいた。

良かった……少しは瀧くんの力になれたかな?

そんな風に思えて。だけど、同時に少しだけ後悔もある。
瀧くんと結ばれたくて、私は彼の不安な気持ちを利用しただけなんじゃないだろうか、と。
瀧くんは強い人だから、もしかしたらこんなことしなくても乗り超えられたのかもしれないのに、それを私は……

目覚めた時間はまだ早くて、カーテン越しに届く光はまだ弱い。
「……これで良かったのかな」
まだ薄暗い部屋の中で小さく呟く。と、不意に後ろから抱き締められた。
「なんですか……それ」
「た、瀧くん、いつから起きて?」
「俺としたこと、後悔してるんですか?」
痛くはないけど、私のその言葉は許さないといったみたいに、抱き締める腕に力を込めてくる。
その少し怒ったような口調にちょっとだけ嬉しくなってしまった。だって瀧くんも、私と結ばれたことを後悔したくないって、そう思ってることが伝わってきたから。

彼の手にそっと自分の手を重ねて、瀧くんの顔が見たいな、と言えば、絡めていた腕を解いてくれる。腰かけていた状態からベッドの上に乗れば、正面には大好きな人。
「おはよう、瀧くん」
「おはよう……ございます」
「やっぱり、ちょっと恥ずかしいね」
「あ、はい……」
お互い身に着けているものは最小限で。互いに全てを見せ合ったとは言え、明るいところは恥ずかしくて、私は毛先を、瀧くんは首の後ろに触れていた。

「お布団入ってもええかな?」
「あ、ああ……そうっすね」
もう一度、二人並んでベッドの中で横になって布団をかぶる。
間近に見る瀧くんの顔、朝、目覚めた時に、大好きな人が居るってことは、こんなにも嬉しいものなんだね……
「大丈夫?痛く……ない?」
心配そうに私を気遣う彼の言葉。
「昨日の夜も言ったでしょ。大丈夫やよ、瀧くん、優しくしてくれたから」
「だといいんですけど……」
「瀧くんは?」
「え?」
「もう、不安はない?」
その言葉に瀧くんは探るように私の手を掴むとギュゥと握り締めてくる。
「はい、三葉が傍に居るから」
「良かったぁ」
思わず安堵の息が漏れる。
「三葉は?もう……怖くない?」
「ふふっ、瀧くんが居てくれたから、怖い夢はどっかに行っちゃった」
「そっか……良かった」

二人、互いに互いを心配し合って、クスクスと笑い合う。

と、瀧くんが真剣な顔をして、私の身体を抱き寄せる。互いの吐息が触れるような距離で彼は言う。
「俺、本当は、三葉の優しさに甘えただけなんじゃないかって少し後悔しましたけど、今は後悔してません」
「私もやよ。瀧くんが心から私を求めてくれたって思っとる。後悔なんかしとらんよ」
そうして、互いの言葉を、想いを確かめ合うように唇を重ねる。初めての朝の口づけは今までにない甘やかな感じがした。

唇が離れても二人の距離は離れないまま。

「ねえ、瀧くん」
「ん?」
「もうすこしだけでいいから……」
「くっついていようか?」
「うん」


*   *   *


「ごめん……瀧くん」
「だから、もういいって、俺だって寝坊したんだし」
あれから二人は二度寝してしまい、起きたら朝の九時を回っていた。

「ああっ、もう瀧くんのお父さんに申し訳ないんやさ」
「なんで俺の親父??」
「瀧くん、受験生やのに遅刻させてしまったから」
「今日はいいんだよっ!!ちゃんと午後から登校しますから!」
「うぅ……」

一人暮らしの小さなキッチン、二人並んで料理をする。
三葉は、瀧に座って待ってて、と言ったけど、瀧も三葉のために何か作りたいと、互いに譲らず、だったらと一緒に作り始めた。

三葉は、ご飯を炊いて、実家から送られてきた自家製味噌で豆腐のお味噌汁を。
瀧は、フライパンを使ってプレーンオムレツを。

テーブルに並んだ簡単な料理。だけど、初めて二人で一緒に食べる朝ごはん。
向かい合って座って、顔を合わせると何だか気恥ずかしくなって、お互い照れ笑いになってしまう。
「それじゃ……瀧くん、いただきます」
「俺も、いただきます」
両手を合わせて、早速、料理を口にする。
「瀧くん、このオムレツ美味しい♪」
「三葉の味噌汁も美味いな……」

それは、きっと二人一緒だから。

「なあ、三葉」
「なあに?」
「いつかさ、毎日こうやって一緒にご飯食べれるといいよな」
「え?あ、それって……」
「……俺、頑張りますから」
「うん……そうやね。いつか、きっと」

そう、それは夢なんかじゃない。二人で一緒に描く未来予想図……