君の名は。SS 入れ替わり幕間SS三篇

十月四日を前に、長いのは間に合いそうなかったので、短めのSSのを書かせて頂きました。
今回は書きかけの作品にイメージが繋がるよう、入れ替わりの幕間中心でした。

>①
なかなか濃い一ヶ月だったと思う。
気づけば九月もあと数日、十月はもう目の前だ。九月はまだ夏の名残を感じていたけど、十月ともなればもう本格的に秋。
いつまでも半袖、薄着の夏の装いって訳にはいかないだろう……

周りを山で囲まれた田舎町。リリリ……と虫の音だけが聞こえる静かな夜。少し孤独感を感じて何気なしに障子窓を開ければ、雲の切れ間から半月がゆっくりと顔を出した。
東京と違い、月光も輝きも増しているように思う。はんぶんこの月が照らす煌々として優しい光が、町の中心を湛える湖面に注がれ幻想的な情景を映している。

夜の空気にさらされたせいだろうか、不意に肌寒さを感じ両手で肘の辺りに触れる。
触れてみて、相変わらずほっそい腕だなぁなんて思う。一ヶ月前、こいつを初めて知ってから、多少は理解してきたとは思うけど、それでもまだまだ知らないことは沢山ある。
いや……そもそも俺はこいつ自身に会ったことすらないのだ。であれば、俺達はまだ知り合いですらないのだろうか……?
「まったく……なんなんだろうな?」
勉強机の横に無造作に置いてった通学鞄を開くと、中から見慣れたノートを取り出し頁をめくっていく。もしかしたら破り捨てられているかもしれないと思ったその頁は、手付かずのまま残っていた。
初めて入れ替わった時、俺が書いた言葉。

『お前は 誰だ?』

ハリネズミが描かれたピンクのペンケースからシャーペンを取り出すと、俺はお前は誰だ?の下に『→』を書き、続けて『宮水三葉』と書き込んだ。
「宮水……三葉」
反芻するように、会ったことのないアイツの名前を口にする。

東京在住の立花瀧。ド田舎暮らしの神社の娘、宮水三葉。全く接点のない俺達が九月の初めに突如として入れ替わった。
結局のところ、"入れ替わり"とはなんなのだろう?
アイツの力か……?確かにちょっと変わったヤツだが、あくまで一般人だよな?
もしかして、俺の中の秘めた能力?いやいや、それはないだろ?

入れ替わる方法。トリガーは眠ること。目覚めれば元通り、だけど入れ替わってた時の記憶は不鮮明になっていく。
それじゃ、まるで"夢"だな。夢まぼろし。現実じゃないってことか。なら、いつかは忘れて、あいつの事は覚えていられ……
「……いや、夢じゃないだろ」
勝手な仮定を、勝手に否定する。
物事にはきっと意味があるはず。いつまで続くともわからないこの不可思議現象だって、いや、不可思議だからこそ、きっと何かしらの意味を持っているはずだ。
本来なら互いを知りえなかった俺達が、こうして接点を持ったという意味。

「あいつは……どう思ってるんだろうな」

もし仮に、これが世界で唯一の繋がりなんだとしたら、俺と三葉の関係は……
不意に胸が苦しくなる。なんなんだ?意味がわからない。立ち上がると、気を紛らわせるように大きく伸びをした。
それに合わせて強調されたアイツの胸が目に入る。何とも言えない気まずさで、下ろした右手を首の後ろに当てると俺は天井を見上げた。

目覚めて、記憶が不鮮明になるのなら丁度いいかもしれない。
今はまだ自信を持ってアイツに言えないこの言葉。
予行練習のつもりで俺は姿見に視線を送ると、できるだけ自然に呟いてみた。

「いつか、お前に会ってみたいと思ってる」

彼女の声で口にしたその台詞。自分一人しか居ない筈なのにやけに気恥ずかしくなって、俺は逃げるように部屋を出た。


>②
奥寺先輩とお茶した帰り道。別れ際のところで先輩に呼び止められた。

「今度さ、二人で遊びに行こっか?」
「え……ええー!?本当ですかっ!?やった!わた……あ、いや、俺、すっごく嬉しいです!」
「ふふふっ、それじゃ瀧くん行きたいところがあったら考えておいて。次のバイトの後、行く場所相談しましょ」
「はい、わかりましたー!」

瀧くん、瀧くん、君と奥寺先輩の仲は順調だよ♪
それもこれも女子力高い、この私のおかげなんだから感謝して欲しいな。
二人で一緒に遊びに行く……
うん♪これはもう実質デートのお誘いやよね!順調どころか、もう両想い確定なんじゃないの??
とは言え、あの人生の基本をきちんと学んでいない瀧くんのことだから、デートする前にポカする可能性もある訳だし、ギリギリまで内緒にしておいた方がいいよね。
さっすが私!まだ短い付き合いとは言え、瀧くんの事をよーくわかってるよね♪

 

 


さてと、デート、デートかぁ……どこがいいかなぁ?
年上の女性が相手なら、六本木とか?そういえば六本木ヒルズの展望台に展望台があるんだっけ?

「ほら!見て見て!すっごい眺めやよ!こんな景色めったに見れないな……」

お洒落で賑やかな場所から、少し落ち着いた場所とかどうかな?
例えば美術館……とか?
瀧くんには似合わんような気もするけど、静かな場所だと大きな声も出せないから二人の距離も近くんじゃないかな?

「なんかすごいっていうことはわかるんやけど、こううまく説明できないというかなんというか……」

「あー!馬鹿にして!そっちやって本当はよくわかっとらんくせに!って、あ、大声はマズいんやった……」

あ、国立新美術館にはお洒落なカフェがあるんだね。ランチはここなんかいいんじゃない?

「へー、そっちのも美味しそう♪ねえ、こっちのと少し交換してみない?」

まあ、そもそも私だってデートなんかした事ないから、会話が途切れたり、気まずくならないように念のため準備と用意はしておかないとね。

(……えっと、初デートで手、繋いだりとか、するべきなんかな?相手にその気がなかったら、おかしいかな?)

(あー、さっきの会話変じゃなかったかな?現実は厳選リンク集のようにはいかんよー)


夕暮れ時、デートの終わりは別れるのが寂しくて。
そんな表情を気取られないように前を歩く……
ふと、夕闇迫る空を見上げれば、まだ微かな明るさを示す中、一筋の流れ星が奔ったような気がした。
あ、と思い、横を振り向けば、そこには幻想的な光の帯が……
一瞬その光景に見とれ立ち止まると、私はその光景を彼に示すように大きく指さす。

「ねえ!彗星やよ!」

彼は、そんな私に呆れているのか、それとも楽しいと思ってくれてるのか、明るい声で、わかってるよ、と応えてくれる。

「すごいロマンティックやね……瀧くん」
「そうだな、一緒に見れて良かったよ」

――三葉

 

 


そして朝、目が覚める。
「……変な夢」
バカみたいと思いながら、目許を腕で隠す。
まだ眠いだけ。
もう少し横になっていたいだけ。
あと五分したら起きるから。
心の中で、そんな言い訳をしながら、布団の中で私は小さく呟いた。

「デート……楽しみやなぁ」

耳に届いたその声は何故か少し震えてた。


>③
「ところで、四葉
姉のその言葉に、無意識に背筋が伸びた。
「……な、なに?お姉さま」
「なによ、お姉"さま"って」
「いやぁ、別に、何となく?お姉ちゃんのこと、いつも尊敬しとるよ♪」
蛇口から流れる水で食器皿の洗剤を洗い落とすと、姉は四葉の目の前にある水切り用のカゴの中へとそれを入れる。今度は妹が濡れたお皿を手に取り、丁寧に水気を拭き取っていく。
「あんた、何か企んでない?」
「え?えぇ~?そんなことないよー。これ終わったら宿題しないといけんなー。だから、今日はあんまり時間ないなーとか思ってただけ」
「ふぅん……。よし、これで終わり、と」
最後の御飯茶碗をかごに置くと、蛇口を捻り水の流れる音がピタリと止む。一瞬シンとなった古い台所、タオルで濡れた手を拭きながら姉の言葉が続く。

「ところで、四葉、昨日の私の事、教えて」

声には出さず口の動きだけ、えぇぇ……となった四葉は、心底懲り懲りといった表情である。

『姉は何故自分の胸を揉むのか?』そんな質問をして以来、週に数回、こんな質問を受ける。質問者は実の姉。質問内容は実の姉の前の日の言動。
自分の事やろー、と思うのだが、毎回事細かに聞かれる辺り、前日の行動は姉の記憶から完全に抜け落ちているらしい……
百歩譲って説明するのはいい。だがその説明に対し、姉の感情が喜怒哀楽のどこに落ち着くのか毎回わからないのが一番困る。時には怒り、時にはガックリと肩を落とし、時には何だか上機嫌。ありのままの事実を説明してるだけなのに、いちいちその過剰な反応はないんじゃない?と四葉は思う。

もともと悩み多き姉だと思っていたが、悩みから来るストレスのせいなのか、九月以降の姉の行動は謎どころか、ヤバいとさえ感じている。
朝、目が覚めると揉んでいる。髪型がキチッとしていない。服装や態度がだらしない。口調が男っぽい?着物の着付けがわからない。組紐の作り方を忘れてる。
キッチリシッカリ背すじはピンと!という姉のイメージとはまるで正反対の姉の姿。
あ、でも、そんな姉の時に作ってくれた洋風料理の味は美味しかったなぁと四葉は小さく頷いた。
「どうしたの?四葉
考え込む様子を見せていた妹が心配になったのか、少し柔らかい口調で尋ねられた。
そうだ、そもそも自分が一方的に質問を受けているのが良くない。会話の主導権を握るなら此方から攻めなければ!
その事に思い付くと、四葉はズイと近寄り、姉のエプロンをギュッと握った。
「今日は私が先に質問!」
「え?な、なに……!?」
たじろぐような態度を示した姉に、よし!と思った四葉だったが、そういえば何を聞くか全く考えてないことに気づく。
「え……えっと……そう!アレやよ!」
「あれ……?」

えーと……えーと……と頭の中で質問する内容を思い巡らす
最近の姉の行動の変化、気にする自分自身の行動、客観的な視点でのご意見賜ります的な?
もしかしたら、姉は特定の誰かから自分がどう見られてるのか気にしているのだろうか……?
その瞬間、四葉の頭上でデフォルメされた豆電球が輝いた気がした。

「お姉ちゃん、誰か好きな人おるん!?」
「は……?」
文字通り姉は固まってしまった。
「お姉ちゃんも年頃やろ?誰か好きな人っておらんのかなって」
その場しのぎの質問であったが、言葉にしてみると、自分でもとても気になっている内容であることに気づく。言いながら何だか楽しくなってきた。
「す、す、好きな訳ないやろー!!」
「好きな訳ないってことは、今は好きじゃないけど、そんな相手になれそうな人はおるん?」
「絶っっ対……違います!あ、あのね、四葉、ちょっと待って……」
姉は額に手を当て、小さな声で「違うわよ、……くんはぜったい違います」とかブツブツ呟いている。かなり動揺している様子を見ると、これは本格的にそういう人がいるって事なのだろうか?
そんな期待に胸を膨らませていたが、落ち着きを取り戻した姉は、
「私には……好きな人なんていません」
堂々とそう答えた。
「本当におらんの?彼氏とか欲しいとか思わんの?」
「……少なくともここに居る間は、誰かを好きになろうとか、彼氏作ろうとか思わないわよ」
姉は少し寂しそうな眼差しで視線を逸らしてしまった。その横顔は家族の前のいつもの姉の表情じゃなくて、外に居る時の姉の表情。
その横顔を見つめながらふと思う。そういえば九月になってから、こういう張り詰めたような顔してる姉を見るの減ったなぁって。

「お姉ちゃん、美人やのに」
「……妹にお世辞言われても嬉しくないわよ」
「べつにお世辞やないよ。ただ、最近のお姉ちゃん、悩みがあっても何だか楽しそうだし、なんかこう、ちゃんと自分をわかってもらえてるっていうか……」
言いたい事があるのにうまく言葉にできない。ただ言えるのは、変な時だけじゃない、いつもの姉もなんだか以前とは変わってきたと思う。見た目は同じでも前よりもキラキラしたものを確かに感じるのだ。
「だから、お姉ちゃんに好きな人できたら、その人もぜったいお姉ちゃんのこと好きになってくれるわ」
結構自信を持って四葉は言ったつもりだったけど、姉は目をパチクリさせると、クスクスと笑い出した。
「何を根拠に」
「もちろん……宮水の勘!」
あっけらかんとした妹の答えは根拠はなくても説得力は抜群で。姉は毛先に触れながら、そそくさと二階の自室へ駆け上がってしまった。
一人残された四葉は、今夜の質問タイムがなかったことに軽くガッツポーズするのであった。