君の名は。SS 瀧三デート話。初デート編①~⑤

本編再会後の瀧と三葉。再会した日に想いを交わしてもいいんですけど、好きという感情より前に、やっと見つけた、やっと逢えた、そんな感情が先に立って、そこから先はまだ真っさらなような気もして、だったら恋愛経験乏しい二人がどんな風に気持ちを伝えるのか書いてみたモノ。
ゴールも決めず、展開も決めず、ただデートを誘うところから始めて、二人の思うがままに進めてみました。詳細は後日あとがきに書きたいと思いますが、そんなぐだぐだ~な二人のデート話、分割方式で宜しくお願いします。

(追記:このSSは2017年~2018年に書いたものの微修正版になります)


>①あの人に恋してる

「好きな人ができた!」
会社帰りに呼び出した親友との飲み会。決意と共に中ジョッキを一気に飲み干すと俺は思い切って司と高木に打ち明けた。
正直、いつもみたいに揶揄われるかと思ってたけど、二人は顔を一度見合わせてから、酔いが冷めたように真面目に俺の言葉に耳を傾けてくれた。
「例の人?宮……なんだっけ?」
「宮水さん」
「瀧好みの年上で、黒髪ロングの美人なんだろ?」
「別に黒髪ロングだから好きになった訳じゃねえよ」

――宮水三葉さん

あの日出逢った、俺がずっと探していた"誰か"。
お互いを何故探していたのか、二人に間に何か繋がりがあったのか、何度か会って話はしてはいるものの、未だにハッキリしたことは何もわからない。ただ……

「やっぱ彼氏いるんかなぁ……?」
「美人なら、その可能性高いんじゃね?」
「だよなぁ……」
タコの唐揚げに手を伸ばしながら、にべもなく応える高木。ハァ……とため息を吐くと、店員さんが運んできた生ビールを再びあおる。
「実際のとこ、彼氏が居るってハッキリしてるわけ?」
肩を落とす俺の様子を見かねたのか、冷静になれよ、と言わんばかりの司の一言。
「いや、そういう訳じゃねえけど……」
彼氏なんて居て欲しくないし、仮に居たとして、じゃあ諦めます、なんて気にはとてもなれない。ずっと探してきた誰か、やっと見つけた女性(ひと)。
だから、俺は諦めきれないのか?
……いや、違う。そういうアレコレ取っ払って、純粋に宮水さんのことが!!
「俺は……宮水さんのこと、本当に好きなんだ。この人しかいないって思ってる。でも、こういう時、どう動いていいかわかんねえし。……恋愛経験全然ねぇから」
ジョッキをドンと置くと、テーブルに額がぶつかるくらい頭を下げる。
「頼む、二人とも!!どうすればいいか、アドバイスしてくれ!」

*   *   *

『好きな人ができました』
壁際のベッドに寄りかかりながら、迷いに迷って漸くメッセージを送信した。続けて『相談に乗って欲しいんだけど』って送ろうとしたら、既読マークが付き、すぐさま手に持つスマフォの着信音。
「……はい、三葉やよ。反応早いね、サヤちん」
『ったりまえでしょ!!ちょっと、三葉!"好きな人"ってどういうことっ!?』
親友にメッセージを送ればこんな風に反応されるかな?なんて思っていたけど、全くもって予想どおり。思わず苦笑してしまう。
「メッセージのとおりやよ。私、気になる人がおるんよ。たぶん"好き"……なんやと思う。だからね、サヤちんに一応報告しときたくて」
『……それって先月会ったっていう、三葉のこと、ナンパしてきた人?』
「立花さんは、そんな人やないよッ!!!」
思わず大きな声を上げていた。

――立花瀧さん

彼は、そんな人じゃない。私がずっと探してきた人。ずっと心の中で欠けていた何かを埋めてくれた人。
あの日、あの場所で出逢って、仕事帰りに何回かお話して。彼も私と同じように誰かを、私を探し続けてくれていた。
何故私達がそんな風に探し合っていたのか、その理由はまるでわからないけど、それでも、彼と会う時間は私にとって掛けがえのないもので、この想いは決して手放したくないってそう強く願っている。

『三葉……』
そんな私の気持ちとは裏腹に、親友は心配するように私の名前を呼ぶ。
「……こんなこと、サヤちんにしか相談できんし、サヤちんにだけは、私が好きになった人、信じてもらいたいんよ」
私の言葉に後に、彼女の沈黙が続く。それでもスマフォを耳に当てながら、私は彼女を信じている。
電話越しに、大きく息を吐く声が聞こえると、『わかった』と落ち着いた親友の声。
『三葉が信じとるんなら、私も信じることにする。でも、近いうちにちゃんと会わせなさいよ、三葉が好きになったっていうその"彼氏"に』
「まだ、"彼氏"やないもん……」
残念だけど、まだ私の気持ちは一方通行。でも、このまま『お互い探していた誰か』ってだけの関係はイヤだから。
そんな私の言葉に、サヤちんはクスクスと笑い出す。
『でも、おつき合いしたいって気持ちがあるから、私に電話してきたんやろ?大丈夫、三葉ならきっと想いは伝わるよ』
「想いは伝わるって、どこにそんな根拠……」
『三葉がその人のこと、信じてるから、かな?』
「あ……」
『自信持ちない、宮水三葉!」
「うん!」
そうだといいな、なんて願いながら、私は親友に恋愛相談に乗ってもらった。

*   *   *

決して記憶は戻らなくても、二人もがいた未来(さき)で出逢いを果たした瀧と三葉。
互いに連絡先を教え合い、それから何度かカフェで会いながら、自分たちのこれまでのことを話していく。

いつからか、誰かを、何かを、探し続けてきたこと。
あの電車でお互いに、君を、あなたを、探していたのだと気づいたこと。
そして、出会い、理由も根拠も何もない中、瀧は三葉に呼び掛け、三葉も瀧を受け入れたこと。

彼らは出逢うべくして出逢った。
それは、二人の間に確かにあった"ムスビ"と呼ばれる決して途切れることのない絆。
だが、それは世界のみが知る理(ことわり)であり、恋愛経験乏しい(皆無な)彼らにとって、未知なる領域が眼前に広がっていた……
これは瀧と三葉が恋心を抱きながら、初デートに臨むお話である!!


>②デートの約束

金曜日の夜、彼からの電話を終え、耳からスマフォを離すと胸元に当てる。
「明日、デート……」
口にして、思わず顔が火照るのがわかる。
立花さんとデート!?
(きゃあぁぁ!!)
思わずベッドにダイブすると、興奮のあまり、その上を右へ左へゴロゴロと、三往復くらいしてしまった。
「お、落ち着くんやよ、三葉」
天井を眺めながら、ふぅ……と大きく息を吐き出すと、ゆっくり起き上がる。

デート、デートなんだ。
そりゃ、デートのお誘いを受けたことは何度かあったけど、今まで一切お断りし続けてきて、そして、一緒にデートしたい人とのデートは人生初な訳で。
「あー……そうか、初めてなんや」
デートって具体的にどうすればいいのか、考えてみるとよくわからない。手にもっていたスマフォに触れると、『初デート』と検索してみる。
出て来る、出て来る、初デートのイロハ。
言動でドン引き?会話が弾まない?中には初デートでえっちぃ!?
「いやいや、それはない……」
はず、と小さな声で呟く。

それでも、やっぱり初デートで失敗なんてことも書いてあって、途端に不安になっていく。
なんせ、初デートと言っても、本当に"人生"初デートな訳で。
「参ったなぁ」
ベッドから立ち上がって、クローゼットをのぞき込む。
可愛い方がいいのか、綺麗な感じがいいのか?動きやすい服?フワッとした服?
髪型もどうすればいいんだろう?いつもと同じでいいのかな……?
親友に相談しようか迷ったけど、彼が誘ってくれた初めてのデート、誰かに頼るんじゃなくて、自分で何とかしたかった。

立花さんの好みがまるでわからないから、結局これまたスマフォで検索。
だけど、やっぱり情報は色々で。まずはいつも会社帰りに会ってる時のようなパンツルックじゃなくて、スカートにすることは確定。あと、ワンピースが無難みたい?
なんとかそれっぽい服を探してみるけど、大丈夫だろうか?古臭くないだろうか?
こんなことなら、もう少し服をそろえておけば良かった。
季節は五月。春物というには少し気温も高くて。ううぅ、こういう時はどうすればいいのー!?

ハッ!?として胸元をのぞき込む。
「下着……」
初デートでえっちはない……はず。
だけど、その、もし……いや、立花さんはそんな人じゃないと思うけど、雰囲気とか勢いでそのまま……ってことも!?
「勝負下着ってよく聞くけど、どういうのを言うんやさ??」
これまた可愛い方がいいのか、清楚なのがいいのか、はたまた勝負っていうくらいだから……?

考えることがいっぱいあり過ぎて、思わず頭を抱える。
なんでこんなに悩んでるんだろう?どんな服装だって、私は私なのに。中身は何も変わらないのに。ちゃんと私の内面を見てもらいたいのに。
だけど……

服装くらいで、あの人に嫌われたくなくって。
できたら、褒めてもらいたくて。
彼から"似合ってる"って言われたら、
「やっぱり、嬉しい……かな?」
姿見の前、ワンピースを身体に当てて、彼がその場に居るようにイメージしながら微笑んでみる。
「デート、うまくいくといいな」
結局その日は翌日のことを考えていたら、何度も目が覚めてあんまり眠れなかった……

*   *   *

もう勢いだけだった。

――明日、デートしてくださいッ!!

飲み会での、司と高木からのアドバイス
『瀧は話術でどうこうできる器用さはないから、お前らしく真正面からぶつかれ』と。
親友の言葉を信じて、思い切って電話でデートを申し込んだ。一瞬、通話が途切れたかと思うくらい沈黙があり、正直ダメかと思ったけど、

――喜んで

と、YESの答えが返ってきた時は、俺は思わず拳を天高く突き上げていた。
通話を切り、ホッと肩の力が抜ける。が、考えてみれば、一息つくのは早かった。
デートの約束をしただけなのだ。ある意味、人生で大きな一歩を踏み出したのかもしれないが、場合によってはデート失敗でそのまま関係が終わる片道切符を買ってしまったのかもしれない。
だけど、それでも、このまま探し続けてきた"誰か"という平行線の関係はイヤだった。

彼女に惹かれている自分を自覚してるから……

このまま、会う機会を重ねて仲良くなっていくこともできるのかもしれない。それでも、一歩進めなくてはいけないと思った。進めたいと思った。
だから、司や高木に頭を下げて、相談して。この年にもなって好きな人をどうやったらデートに誘えるかなんて、正直笑われるかと思ったけど、あいつら真剣な顔して、『迷わず、真っ直ぐ突き進め!お前にはそれしかない』って。『お前がこの人しかないって思ったんなら、きっと通じる相手だ』って。
いつも迷い道に入り込んだように見つめていた手のひらは、彼女に会ってからギュウと握り締める拳に変わっていた。
彼女と出逢い確かに何かを掴んだ。そして、この手のひらにある掴んだ何かを、決してもう離さないとそう決めたから。

とは言え、俺にとっては人生二度目のデートで、経験値はゼロに等しく、相手はあんなに綺麗で美人な人だし、きっとこれまでに何度もデートとかしてるんだろう。
「迷うな!俺ッ!!」
頭を振って不安を振り払うと、早速デートのシミュレーションをする。何とか会話だけは途切れないように。自分の得意な場所や、約二時間は無言を貫ける映画館とか、食事はバイト先だったレストランで(それなら緊張しないだろうし!)。
そして最後は……

スマフォで『初デート 告白』と検索する。

絶対ということはないけど、やはり初デートで告白は早いと書かれてることが多い。
「そりゃ、そうだよな……」
何度か会ってるとは言え、それはお互いの身の上話みたいなもので。でも、デートって言ってる以上、好意があることは伝わっていて、OKしてくれた以上は、多少は期待しても……
「ああっ!どうすりゃいいんだ!」
失敗はしたくない。でも如何せん経験が乏しすぎて、明日のデートがどうなるのか考えても全く想像がつかない。
だけど、それでも……
「とにかく、楽しんでもらえるように頑張らなくちゃな……」
色々調べたり、考え事したり、そして緊張したりで、結局眠りについたのは、日が変わって暫く経ってからだった……


>③デートの待ち合せ

「うぅ……ん」
瞼は閉じたまま、この辺りだと思って手を伸ばす。
コツンと当たる硬い感触。それでも毎日何度も手に触れているそのカタチは目を瞑っていても操作がわかる。
ボタンに指紋を認証させ、ディスプレイを立ち上げながら、自分の顔の前でディスプレイを立ち上げる。
「……なッ!!?」
一瞬で目が覚めた!時間は既に十時過ぎ!?
今日は会社が休みだから、普段の週末なら何の問題もないけど、今日は大事な宮水さんと初デートの日!!
昨夜、デートコースを調べたり、服装を考えたり、会話をシミュレーションしたり(情けないけど)、色々考え事をしていてなかなか寝付けなかった。それでも、いつの間にか寝てしまったと思ったら……
「なんで、アラーム鳴らねえんだよ!」
しっかり鳴っていたようだけど、気づかなかったらしい。ベッドの上に放り投げたスマフォに文句を言ってみるが、今更そんなことを言っても始まらない。
洗面所に向かおうとして、もう一度放り投げたスマフォを拾い上げた。待ち合せの時間は十時半。猛スピードで準備をすれば、ギリギリ間に合うかもしれない。
だけど……
「ああっ!ちくしょう!」
俺は、『宮水三葉』と登録された電話番号に連絡を入れる。一コール目で、はい、宮水です!と慌てた感じで彼女が電話に出てくれた。

「あ、宮水さんですか?」
『はい、宮水ですけど……立花さん、ですよね?』
「あ、はい。立花です。あの……すみません、ちょっと連絡がありまして」
『え……もしかして、今日、ダメになったとか?』
「ち、違います!ちょっと、寝過ごしてしまって……スミマセン。急げば間に合うかもしれないんですけど、一応、連絡入れました」
『えっと、体調がどこか悪いとか?』
「いや、そんなことないです。あの……昨日、緊張でなかなか寝付けなくて……スミマセン」
電話越しにペコペコ頭を下げる。初デートだというのに、本当にみっともない。だけど、変に遅刻するくらいだったら、謝っておくべきだと思った。
耳もとに当てたスマフォ越しで、彼女が笑ったような気がした。
『おんなじです』
「は?」
『私も緊張で……あまり寝付けなくて、逆に早く起きてしまいました』
「え……?あの……宮水さん、今どこですか?」
『待ち合わせ場所です。今日、楽しみにしてますから、焦らずに気を付けて来てくださいね』
「すぐ行きますから!絶対待っててください!」
『はい。待ってます』
今度こそ、スマフォを置くと、俺は洗面所に駆け出す。
これ以上、彼女を待たせたくないって気持ち以上に、今は一分でも早く彼女に会いたくて……

*   *   *

スマフォの電源を切ると、クスッと笑ってしまう。
「初デートで寝坊なんてね」
でも、怒る気にはならなかった。こっちは緊張してしまって、多少は寝れたのかもしれないけど、殆ど寝付けなかったような気がする。
おかげで遅刻ってことにはならなかったけど、立花さんも今日のデート、私と同じように楽しみにしてくれてたのかな……?

駅前の人が行き交う待ち合わせ場所。周りを見れば、私と同じように待ち合せをしている人達が大勢いる。
今まで、こんな光景意識したことなんてなかったけど、みんなそれぞれ、いろんな表情で誰かを待っている。
スマフォを見ながら待ってる人、友達同士で話しながら待ってる人、そして、きっと私と同じように……
「あ!こっちこっち!」
「悪ぃ、待ったか?」
「ううん、そんなことないよ。行こ!」
隣で待ち合わせをしていた女の子、さっきまで何度も時計を見て、ソワソワしてたけど、やってきた彼氏さんを見つけると弾けるように微笑んで。
手を繋いで歩いていく二人の後ろ姿を見ながら、私は、いいなぁと呟いていた。
言ってから、はたと恥ずかしくなって、毛先に触れる。
別に立花さんからデートに誘われただけで、彼が自分のことを好きかどうかはまた別の問題で。
いつものように、お互い探してきた相手という理由探しのために会うのかもしれないし、友達と遊びに出かける感覚で誘ってくれただけかもしれない。
"彼氏彼女"じゃないんだから、手を繋いだり、腕を組んだり、いい雰囲気になったり、そんなこと……
思いきり頭を振って、脳内で想像しているあれこれを追い出すと、肩をすくめる。
「意識しすぎなんやさ……」
初デートだからって、考えすぎ。立花さんはカッコイイからデートなんて、きっと慣れっこで……
急に不安になって、服装を見回す。薄いブルーのワンピースに白のパンプス。髪型は見慣れてる方がいいと思って、いつもと同じように組紐で結んで。
これでいいのか、悪いのか、彼の好みはわからないから、あとは神に祈るのみ。

左腕にはめた時計を確認すれば、時間はもうすぐ十時半。遅れて来るのなら丁度良かったかも。まだ少し心の準備ができてない。
時計を見ながら、そんなことを考えていたら、目の前に人の気配を感じた。顔を上げれば、肩で息をしている彼の姿が。
「立花……さん?」
「すみ……ません。遅く……なりました」
大きく息を吐いて、腰を曲げて膝に手を当てる。相当全力で走ってきたみたいだ。
「大丈夫です。ギリギリセーフですよ」
ほら、と時計を見せれば、今、ちょうど十時半。
「良かっ……たぁ」
そう言って、立花さんは腰に手を当てて、空を仰いだ。ジャケット姿の彼は、いつものスーツ姿とは違って、正直見とれてしまっていた。


>④距離感ってどのくらい?

こんなに懸命に走ったのは、あの日、彼女を見つけた時以来だろうか。
今日の寝坊は完全に自分のミスとは言え、それでもこうして彼女のもとに辿り着けたという事実に、俺は何故かホッとしていた。乱れた呼吸を整えながら、空を仰ぐ。

「カッコイイ……ですね」
「はい?」
彼女の声が聞こえて、視線を戻すと、モジモジと頬を染めながら自身の髪をいじっている宮水さん。
「えっと、いつも仕事帰りで、スーツ姿しか見たことなかったんで……」
「あ……えーと……」
その言葉に思わず俺も首の後ろに手を当てる。
よく見れば、いつもパンツルックな彼女の服装は今日はワンピースのスカート姿で。黒髪ロング、清楚な装いは、正直自分の好みのど真ん中、ドストライクだった。
改めてそんなことに気づくと、緊張感が一気に高まる。

えーっと……?こういう時なんて言えば、女性は喜ぶんだ?
『宮水さん、綺麗ですね』か?
いや、でも、もしかしたら可愛さを目指して選んだ服装なのかもしれない。
じゃあ、『似合ってますね』か?それだと、あまりにありきたりな褒め言葉か??
なまじ普段も女性との付き合いが少ないせいか、気の効いた言葉が全く浮かんで来ない。
「あの……もしかして、私の服、変でした?」
彼女の服装を見ながら無言を貫いていたせいか、困ったような顔をして宮水さんが苦笑いを浮かべる。
「あ、いや!そうじゃなくて!!」
ええいっ!ままよ!
「……お、俺は、好きです!宮水さんの服装!とっても……いいと思います」
「あ、ありがとうございます。……良かったぁ」
彼女は胸に手を当てて、ホッとしたように息を吐く。俺も自分の言った言葉を受け入れて貰えたようで、ふぅと肩の力が抜けていくようだった。

「あ、あの!」
一息ついて、宮水さんに声を掛ける。両手を前で合わせるようにバッグを持った彼女が、はい!?と背すじを伸ばした。
「きょ、今日は宜しくお願いします!その……いきなり昨日の今日で誘ってしまって、予定とか大丈夫でしたか?」
「全然大丈夫です!ただ、私……その、デートとかそんなに慣れてないんで、今日は立花さんにご迷惑おかけするかもしれないんですけど」
気まずそうに声が小さくなっていく。
「いや、俺もそんなにデートに慣れてないんで、あまり期待しないでもらえると助かると言いますか……」
慣れてないどころか、記憶に間違いなければ、デートは一回した程度で(それすら怪しい記憶だが)、果たして無事に宮水さんに喜んでもらえるだろうか?
「とにかく!宮水さん!」
「は、はいっ!」
「今日は一日よろしくお願いします!」
「こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いします!」
お互いに大きくお辞儀したまま、暫くそのまま。

かくして、俺と宮水さんの初デートが始まったのであった。

*   *   *

慣れてないどころか、"人生"初デートなんだけど、さすがにこの年で初デートとか言ったら、引かれてしまうかもしれないと思って、少し誤魔化した。
立花さんも、デートには慣れてないって言ってたけど、本当なのかな?こんなに素敵な人なのに。
彼もまた誰かを、"私"を探し続けてきたって言ってたけど、だからって私と同じように誰とも付き合ったことがないなんて、そんなことはないんだろうなって思ってる。彼のような人ならきっと周りの女性も放っておかないだろうから。
元カノさんとか、今カノさんとか、そういう存在がちょっとだけ気になってしまったけど、これ以上詮索するのはやめた。
胸の奥がキュッと締め付けられる感じは否定できないけど、さっき服装を好きって言ってもらったし、少なくとも今は私とデートしたいって思ってくれてるなら、それで十分。
そう思ったら気が楽になって、笑顔で顔を上げる。だけど、照れくさそうに微笑んでいる彼の表情にトクンと胸が高鳴ってボストンバッグの持ち手をギュッと握ると、また俯いてしまった。

「そ、それで、今日はどうするんですか?」
「いろいろ考えてはいるんですけど、宮水さんはどこか行きたいところとかありますか?」
「私は特に……。立花さんにお任せします」
正直、私が行きたいところを、立花さんが楽しんでくれるかわからないから、申し訳ないけど、ここは彼のエスコートにお任せして。
「えっと、それじゃ映画とかどうですか?」
「映画ですか?、はい、別にいいですよ」
無難な提案にホッとする。映画だったら、とりあえず二時間くらいは会話を気にしなくて済むし、観た後の感想を言えば多少は会話が途切れずに済みそう。心の中でグッと拳を握りしめて一安心。
「だったら、新宿の方ですかね?」
「ですね。あ、でも今からの時間だと昼をまたぐか……」
「だったら、まずは新宿の方に向かって、何か食べませんか?」
「そうしましょうか」
まだ少し会話はぎこちないけど、それでも何とか次の行動が決まって。
デート、デートかぁ……
さっきの待ち合わせの女の子みたいに嬉しそうな顔して手を繋げばいいんだろうか?
でも、私達は、別に付き合ってる訳じゃないし……
改札を抜けて、駅の通路。立花さんはこちらを気遣うように、時たま振り返りながら前を歩いていく。
こういう時って横に並ぶべきなのかな?それともこのまま?
くっつい歩くべき?でも、それだと歩くの邪魔かもしれないし、うーん、相手のとの距離はどのくらいがベストなんだろう?

数分毎に駅にやってくる電車に乗り込むと、流石に混雑で座ることはできなくて。彼はつり革、私は入り口付近のポールに手を掛ける。
揺れる車内。電車の中だから、無理に会話をしなくてもいいんだけど……
チラリと彼を見上げれば、目があって互いに視線を逸らす。
うーん……距離感、難しいっ
新宿駅に到着すると、電車の乗客全員が降りるように、人の波がホームへと流れていく。
私達もはぐれないように電車を降りる。だけど、人の流れで思ったように歩けなくて、彼との距離が空いてしまう。

クイッ

「えっ?」
「あっ」
思わず、彼のジャケットの袖口を掴んでしまっていた。
電車がホームを走り去っていく。行き交う人もまばらになったホームで、私と彼はその場に立ち止まっていた……


>⑤手のつなぎ方はこれでいいですか?

「あっ!?ご、ごめんなさい!!」
思わず掴んでいたジャケットの袖をパッと放す。別に掴みたかったとかそういうんじゃなくて、彼と離れてしまうのが何となくイヤで……
掴んでいた右手を諫めるように、私は左手を重ねた。
「あの……立花さんとはぐれたくなくて」
その言葉に、彼は首の後ろに手を当てると、私の正面に一歩近づいた。
「すみません、俺が一人で先に行っちゃったから」
「そんなことないです!私がのんびりしてたから……」
気恥ずかしさもあってギュゥと重ねていた左手で右手を掴む。そんな私を見て、立花さんは右手をゆっくり差し出した。

「俺も、宮水さんとはぐれたくないです」
「え……」
「駅、混んでるんで、手、繋ぎませんか?」
真っ赤になってそう言った彼の表情と、差し出された手を交互に見る。
「いいん……ですか?」
思わず手を伸ばそうとしたけど、やっぱり遠慮もあって、ついそんな風に聞いてしまった。
「お願いします」
短い言葉だったけど、彼から照れと必死さが十分伝わってくる。そして、そんな彼の行動がすごく嬉しいと思ってる自分がいることも。
私達はまだぎこちないけど、それでも少しでも相手に近づきたいって、お互いそう思ってるって気づいたから……
「はい」
抑え込んでいた左手を解くと、私は右手を彼の手に添えた。

「……ぷっ」
「ふふっ」

右手と右手を繋いでしまった。これじゃ握手。並んで歩けないじゃない。
慣れてないにも程がある。でも、なんとなく可笑しくってお互いに笑ってしまった。
手を繋いだまま、ひとしきり笑うと、彼は右手から左手を差し出す。今度こそ右手を重ねて、私達は改札へと向かった。

*   *   *

俺は今、手汗とか大丈夫だろうかと心底心配している。
正直、女性と一緒に居る時の歩き方はわからなくて、とにかく自分だけが先に進んでしまわないように気をつけていたつもりだけど、結果的には気が回ってなくて。
さっき彼女に袖を掴まれて、『はぐれたくなかった』と言われてしまった。

呆れられてるんじゃないかと一瞬、不安がよぎった。だけど、宮水さんの表情を見て、彼女もどこか遠慮がちというか、どうしたらいいのかわからない、そんな風に思ってるような気がした。だから、手を差し伸べた。
俺は、宮水さんと楽しい時間を過ごしたいって思ってるから。
あなたのことを知りたいと思ってるから。
少しでもその心に近づけるようにと、祈りを込めて、お願いします、と。

手を繋いで階段を歩く。俺と彼女は当たり前だけど歩幅が違うから、並んで歩くには自分が思ってた以上にゆっくり歩く必要があって。
だけど、ゆっくり進む分、彼女のすぐ側にいられる時間がずっと長く続くような、そんな気がしていた。
お互い会話はない。繋いだ手もどう動かしたらいいのかわからなくて、少し肩に力が入ったまま改札を目指す。
触れている彼女の手はほっそりしていて、ゴツゴツしてる男のそれとは全然違って柔らかくて、そしてあたたかな温もりを感じた。

不意に繋がれた手に少し力が込められたような気がして、隣にいる彼女を見ると、改札ですね、と小さく呟く。
「あ、そうですね……」
名残惜しかったけど、そっと手を放す。
二人で順番にICカードを通して、新宿駅の改札を抜ける。改札前の大通り、歩道は行き交う人の群れ。すぐ後ろにいるはずだけど彼女のことが気になって振り返る。
「大丈夫です。はぐれてませんよ」
彼女は俺を見上げて微笑んだ。
「並んで歩きませんか?」
「はい」
やっぱりまだ照れくさくて、もう一度手を繋ぐことは憚れた。でも、さっきよりは自然と一緒に歩けてる気がする。
「まずはどうします?」
「映画館で上映時間だけチェックしておきませんか?」
「そうですね、じゃあ、行きましょうか」
振り向けばすぐ隣に彼女がいて。彼女の視線の先に俺がいる。
一歩ずつ。いや、半歩ずつでも彼女の心に近づいていけたら。横を歩く彼女の存在を気にかけながら俺は心からそう願っていた。

つづく。

>あと……じゃないから、なかがき?
①~⑤、導入編。なんとなーくでデート誘うところから書き始めたモノ。
実際は②から書いて、①はラストまで書いてからアップ時に追加しました(ラストにつながるように)。
端から見れば想い合ってるんだけど、両片想いで書くのが楽しいですよね(笑)
最近書く大人瀧三はそれなりに距離感わかってる感じで書いてますが、こういう時期を書いたからこその今の二人って感じでそれなりに感慨深いものがありますです♪
思わず裾を掴んだり、右手で握手したり笑。意識し過ぎな二人の初デートがうまくいくか続きもどうぞ宜しくお願いします。