君の名は。SS カレシャツ。

しのさんの描かれたイラストに滾って書いてしまいました。

設定は再会後、2022年6~7月くらいな瀧三ということで。

再会年はやはり熱いですな!!

また少しずつでも瀧三を書いていきたいですね……

 


「おじゃま、します」
「どうぞ、入って、入って」
お酒のせいか、それとも彼を自宅に招き入れたせいか、自分の頬に火照りを感じる。
ドアの閉まる音、カチャリと閉まった鍵の音を背中に聴けば、二人きりの世界になったことを否が応でも意識してしまい、すぐに振り返ることなんてできない。
別に彼が家に泊まるのは初めてじゃない。ただ、週末の仕事終わり、いつもみたいに二人で食事した後、"またね"ってお別れすることが今日はお互いに出来なかった。
離れたくないっていう想いが、言葉にできなくても互いの瞳の奥から伝わって、繋がれた手はどちらからも解けないまま無言で電車に乗り込んだ。
ちょっと前までは名残惜しいと思っても、ちゃんと笑って我慢できたのに。

「えっと……た、瀧くん、何か飲む?」
部屋の灯りを点け、期待と気恥ずかしさで火照った胸の内を冷ますようにエアコンのスイッチを入れる。
「じゃあ水もらっていいかな?」
「えっと冷たいのだったら他にもあるけ……ど」
少し落ち着きを取り戻し、漸く振り返った視線の先に瀧くんの姿。私服じゃない、スーツ姿の彼がこの部屋に居ることがまるで不意打ちのようでつい視線を逸らしてしまう。
「む、麦茶もあるよ……?」
毛先に触れながら呟くように言葉を紡ぐと「大丈夫か?三葉。ちょっと酔ったんじゃないか?」と顔を覗き込まれた。
「ひゃっ!?」
急に間近で彼と視線が重なり、驚きでのけ反りそうになるところを瀧くんに抱きとめられた。
「本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫やよ……。酔っとらんよ」
「いや、なんかさっきからぽーっとしてるし、顔赤いしさ」
「そ、それは……」

――ああ、本当に
――私って瀧くんに恋してるんだなぁ

私だけを見つめる優しい眼差し。スーツ姿の彼に見惚れて、こんな風に彼の腕に抱かれながら、胸の奥は恥ずかしさと嬉しさが行ったり来たり。
こんな自分に時には戸惑うこともあるけれど、桜舞うあの日から動き始めたこの想いを決して止めるつもりはない。

彼に蕩ける自分自身、そして彼の私に対する想いを天秤に掛けてみたくて、試すようにそっと目を閉じてみた。
やや間があったあと、唇に触れた少しかさついた、でも確かな熱い感触。
再び開いた瞳の先には耳まで真っ赤で口許を抑える瀧くんの姿が。
「確かに瀧くんには酔っとるかも♪」
「三葉、お前な……」
「ふふっ」
瀧くんは少し悔しそうな顔をした後、もう一度、だけどさっきより長く唇を重ねてくれた。

*   *   *

「瀧くん、シャツと下着はあとで洗濯しとくから、一緒にまとめておいて」
「い、いや、家で洗うから別にいいよ。流石に悪いし」
「でも今日は結構暑かったやろ。汗もかいたと思うし、早めに洗っといた方がいいと思うんよ」
私の言葉に反応するかのように、着ていたシャツの袖の匂いを嗅ぎ出す瀧くん。
「大丈夫やって。別に変な匂いはせんよ」
「そ、そうか?」
「でも、汗かいたのは本当でしょ?先にシャワー浴びてきて。脱いだ服預かるから」
「お、おう……」
何とも締まらない反応のまま、瀧くんはスーツの上着を脱ぐと首元のネクタイを緩め始めた。
そんな彼の姿に私はちょっと見入ってしまう。

なんていうか……
今までこういうのって意識したことなかったし、興味もなかったけど、男の人のこういう仕草見るのって新鮮かも……!!
男性の色気?いやいや、瀧くんだからこそ、すっごく気になるっていうか!!

ジーっと見入る私の視線に気づいたのか、緩めかけていたネクタイの動きが止まる。
「なんだよ、三葉。こっちじっと見て」
「いや、瀧くんが前に言ってた気持ち、ちょっとわかる気がして」
「前に言ってた気持ち?」
「私の着替え、見るのすげー嬉しいって言ってたやろ?」
「……すまん」

そそくさと隠れるように脱衣所に引っ込んでしまった瀧くん。引き留めようと伸ばした手は空を彷徨うのでした。

*   *   *

朝。寝起きの悪い私にしては珍しく早くに目が覚めた。
お酒と彼自身に酔わされて寝たのは随分遅かった筈だけど、それでも起きようという意思が働いたのは、彼の洗濯物を早めに外干ししなくちゃと思っていたからだろう。
薄暗い部屋の中、カーテンの隙間から零れる一筋の陽の光が今日が快晴だと告げてくれる。

起きて洗濯物を干したらもうひと眠りしよう。
眠気と疲れでちょっと気だるい体が奮い立つよう、胸の中でそう呟くと私は何とか起き上がろうとする。
……が、う、動けない。
背後から抱かれるように瀧くんの腕が私をホールドしている。それにしても朝、目覚めた時、毎回瀧くんの手が絶妙に私の胸に触れているのは偶然なんだろうか?
「う……ん……」
中越しに聞こえる彼の寝息を止めないように、何とか手を振りほどくと、私は二人ではちょっと狭いベッドからそっと足を下ろす。
「寝顔は可愛いんやね」
仕事の疲れもあったのか、一向に目覚める気配のない彼の寝顔を覗き込むと、ついニヤけてしまう。こんな風に彼の無防備な姿を独り占めできるのなら、たまの早起きも悪くない。

下着姿のまま洗濯物を干す訳にもいかない、とベッド横、無造作に置かれた乱れた部屋着を手に取る。首を通そうとして、ふと昨夜洗濯した彼のYシャツに目が留まった。
ハンガーに手を伸ばし、それに触れると一晩ではまだ乾ききってないせいか、布地のひんやりとした感触が指に触れる。
「瀧くんの……シャツ」
ちょっとだけ、とYシャツを鼻先に近づける。洗ってあるんだから洗剤の匂いの筈なんだけど、どこか瀧くんの匂いも混ざってるみたい……
隠れてイケナイ事をしてるみたいで、警戒するようにベッドの方へ振り返れば彼は未だ夢の中。
ホッとすると同時に、もうすこしだけ、なんてイタズラ心が胸の中に膨らんで、下着の上から彼のYシャツに袖を通す。点けっぱなしだったエアコンの風に当てられていたせいか、思ったより濡れてない。余った袖から漸く出した指でシャツのボタンを上から順に留めていく。
そうして一通りカタチを整えると、部屋の隅に置かれた姿見の前に自身の姿を映す。
「えへへっ、ぶかぶかやぁ……」
全然サイズも合ってないし、そもそも下は下着だけだし、誰かに見せられるような恰好じゃないんだけど、なんかこう……
「"彼シャツ"ってやつやなぁ」
言葉にしてみると、いかにも私は瀧くんの"彼女"ですって感じがして照れよりも嬉しさが勝ってくる。

鏡の向こう側に居る彼シャツの私と目が合った。
どこか不思議な感覚。彼の中にいる私。意味がわからないけど、不意に浮かんだそんな言葉が少しだけしっくりとする。
そういえば朝、目覚めるとなぜか泣いている。最近そんなこと無くなったな、なんてふと思う。
この数か月の日々は瀧くんとの楽しい思い出でいっぱいで、私の毎日を鮮やかに塗り替えていく。
あの長く探し続けた日々、それはまるでいつか消えていく夢だったみたいに……

「……瀧くんは、夢みたいに消えたりせんよね?」
寝ている彼からの返事はない、だけど、

――当たり前だろ、三葉

彼ならきっとそんな風に言ってくれる、そんな確信がある。

彼シャツ姿のまま、今度は背中からじゃなくて正面に向き合うようにすぐ隣で横になる。
シワになったYシャツはまた洗い直せばいい。だって二人の時間はまだまだたくさんあるんだから。
ささやくように彼の名を一度口にすると、瞳を閉じる。

朝、彼が目覚めた時、どんな反応をするだろうか?

そんな期待にちょっとだけ胸を膨らませながら……