君の名は。SS 高校if・イブを二人きりで過ごせないたきみつの話。

高校生ifとして、彗星落下後に宮水家が上京していたらって設定。
仕方ないとは言え、宮水家貧乏説がちょっと悲しかったので、お蔵入りになってたモノ。書いたのは2016年でしたね。
今年のクリスマスネタは書けるかなー?(頑張ってますがー



「ハァー……」
両手に息を吐きかける。
凛とした空気の中、白い息が指の隙間から零れていく。

今日は十二月二十四日。クリスマスイブ。
私、宮水三葉は何をしているかというと……

「あの……」
「あ!いらっしゃいませ。はい、ご予約のお客様ですね。承ります」

ケーキ屋さんの店頭でクリスマスケーキの売り子のアルバイトをしていた。

「ありがとうございました」
「サンタのお姉ちゃん、バイバーイ」
小さい女の子を連れたお母さんがケーキを買っていく。
サンタの帽子と上着を着ている私に手を振ってくれて、思わず笑みがこぼれる。
「バイバイ、気を付けて帰ってね」
「うん!」

ああっ可愛いなぁ~♪

時間は十八時半を過ぎ、もうすぐこのアルバイトも終わり。
あの彗星の件の後、みんなで東京で暮らし始めたけど、やっぱり田舎の糸守とは物価が違ったり、収入の面とか諸々の事情で家計が厳しいのが我が家の現状。
本当はアルバイトできればいいんだけど、さすがに大学受験が終わるまでは、それもなかなか難しい。
そんな時、見つけた短期のアルバイト。
十二月の二十三日、二十四日のたった二日間で、かなり稼げるから、すぐに連絡を入れて無事に採用されたのはいいんだけど。

瀧くんはやっぱりイブ、一緒に過ごしたかったんだよね……


「え?二十四日、ダメなのか?」
「えっと……ウチ、イブは家族で過ごすことにしとるでね」
神社だった宮水家は、クリスマスらしく過ごすなんてこと自体したことなかったんだけど、とっさに嘘をついてしまった。
瀧くんよりアルバイトを選んだなんて思われたくなかったから。
「そ、その代わり、二十五日は空いてるから、ね?」
「あ、ああ、わかったよ」

がっかりした顔してたな……

たった二日間だけだったけど、クリスマス時期のケーキ屋さんだけあってかなり忙しかった。
親子で一緒に買いに来たり、彼女と一緒に買いに来たり、みんな幸せそうな顔でケーキを買っていく。
忙しい間は瀧くんのこと忘れられたけど、昨日の帰りとか、こうして落ち着いた時間になると、やっぱり瀧くんに申し訳なかったな、なんて思ってしまう。

空を見上げる。冬至も過ぎ、これからは春に向けてだんだんと日が長くなってくるんだろうけど、今はまだ暗くて長い冬の夜。行き交う人は多いのに、少しだけ独りぼっちのような気分になって寂しくなる。
ふと、空からふわり舞い降りた白いものが視界に入る。
 そっと差し出した手のひらに導かれるようにゆっくり落ちると、スーッと音もなく消えていく。
「雪やぁ……」
と、足音が目の前に止まった。
「いらっしゃいま……あっ……」
「がんばってる?」
正面に立っていたのは、
「瀧……くん」
私が気がつくと彼は優しい笑みを浮かべた。
「ケーキ」
「え?」
「予約とかしてないけど、まだ買えますか?」
「え、あ、はい!大丈夫です。えっと、どれになさいますか?」
販売トークで話す私がおかしいのか、瀧くんは口許を抑えている。
「それじゃ、この3,000円のやつで」
「はい、税込みで3,240円になります」
丁寧に袋に入れて、どうぞ、と手渡す。
「時間、何時まで?」
「えっと、七時まで」
「じゃ、終わるの待ってるから」
真剣な表情でそう言うと、瀧くんはその場を去っていく。
呼び止めたいけど、仕事中だから、そんなことはできなくて、私はやきもきしたまま、残りの時間を過ごした。


「二日間お疲れ様でした。それじゃこれ、今日の分ね」
「ありがとうございました」
アルバイトが終わり、帰り際にバイト代を受け取る。
期待どおりの成果だったけど、さっきの瀧くんが気になって、すぐにお店を出た。
いつの間にか辺りはホワイトクリスマス。吐く息がますます白い。

スマフォを鞄から取り出す。と、サヤちんからメッセージが届いていた。

>ゴメン!バイトのこと、内緒って言われてたけど、瀧くんに問い詰められて、ごまかしきれんかった。
>本当にゴメン!!

>大丈夫。気を遣わせてゴメンね!
そう一言だけ返信すると、『瀧くん』と登録された携帯番号に触れる。

『はい』
「あ!瀧くん、今どこ?」
『お前の後ろ』
「え……?」
振り返ると、傘を片手に瀧くんが立っていた。

「え?なんで外で待ってたんよ!雪、降ってて寒かったやろ」
「お前だって寒空の下で、バイト頑張ってたじゃん」
「あ……ええと……」
内緒にしてたアルバイト。瀧くん、きっと怒って……
「どうした?三葉」
「ごめんなさい」
「え?」
「瀧くんに嘘ついて、イブ一緒に過ごせなくて……」
何を言っても言い訳になりそうで、それ以上言葉が出ない。
「なあ、三葉」
呼びかけに何と応えたらいいのかわからなくて、俯いたまま。だから瀧くんの顔が見れない。
「寒くね?」
「え?」
不意に肩を抱き寄せられる。一つ傘の下。間近に瀧くんの顔があった。でもとっさに視線を逸らしてしまう。
「帰ろうぜ」
私はうん……と静かに頷いた。


帰りの駅までお互い無言で歩いている。
東京を白く覆う雪のせいか、街の喧噪も雪の中に吸い込まれていくように二人の周りはとても静かだった。
「瀧くん、怒っとるよね……?」
私は下を向き、自分と瀧くんの足元を眺めながら、それでも言わなくちゃいけないと思って口を開く。
「んー、まあ、怒ってると言えば怒ってるというか」
「そうやよね……」
「でも、きっとお前が考えているようなことで怒ってるんじゃねえぞ。たぶん」
「え?」
言ってることがわからなくて、彼を見上げる。
「やっと俺を見てくれた」
「あ……」
その顔はいつものように優しくて、私はどこかホッとしてしまう。
「バイトのことは、色々事情があるんだろ?」
「うん、まあ……」
家計のこととか、瀧くんには言いたくなくて、言葉を濁す。
「俺が少しだけ怒ってるのは、言えることだけでも言って欲しかったってこと」
「どういう……こと?」
「言えない事情があるなら、そこは仕方ねえけど、でも、言えることだけでも教えてくれれば一緒に考えることはできるだろ?」
瀧くんはそう言うと私の手を握る。
「バイトしてたって、こうやってちゃんとイブに三葉に会えた」
「あ……」
「一緒にバイトだってできたかもしれないぜ?」
「瀧くん……」
目が潤んできて瀧くんの顔がぼやける。
「ここは糸守じゃなくて東京。俺はちゃんとお前の近くに居るからさ。だからお前が困ったら、いつでも駆けつけてやれるよ」
私は思わず、瀧くんに抱きついた。
「ちょ、ケーキ!危ねえ!!」
「瀧くん……カッコつけすぎやよ」
悪いと思ったけど、溢れる涙を瀧くんのコートに押し当てる。
「惚れ直したか?」
「直す必要なんかないやさ。いつでも私は瀧くんのこと大好きなんやから!」

好き同士になったらハッピーエンドだと思ってた。
でも、こうやって好きもどんどん変わっていくんだね。
前よりも、昨日よりも、今日の方が瀧くんが好き。
きっと明日はもっともっと!

そんな気持ちに気づかせてくれたクリスマスイブに、私は心から感謝していた。