君の名は。SS 会いたくて。逢えなくて。

十月四日。と或る幕間です……



空のずっと遠くから、ゴォ……とかすかにジェット音が聞こえてきた。見上げれば夕闇の中、チカチカと点滅している双翼。

散々だった奥寺先輩との初めてのデート。
弾まない会話、エスコートできない気の利かなさ、アイツが勝手に誘ったのだといくら心の中でいい訳しても、先輩にはとても申し訳ないことをしたと思う。
いやそれ以上に、デートの相手に『今は別の好きな子がいるでしょう?』なんて言われるとか、女子力云々のある無し以前に、本当に失礼極まりない。
「ハァ……」
自己嫌悪を吐き出すように、深く大きなため息を吐くと、俺はすぐさまポケットからスマフォを取り出した。
そのままメモ帳を開けば、九月から続くアイツとのやり取り。会ったこともないアイツと、ただ文字だけで交わす交換日記のようなもの。
読みながら改めて思う。俺達、随分入れ替わったなって。
怒られて、馬鹿にされて、ムッとした事もあるけど、それでも東京で楽しそうに過ごす日々、初めての体験談を読んでいると何だか微笑ましくなってくるし、どんな気持ちでこれを書いているんだろう、なんてつい想像を巡らしてしまう。
……まあ、入れ替わりの度に禁止事項が増えていくのは、納得いかないのだが。

十月二日、最新の日記。読み進めていけば、最後に綴られた文章。

『デートが終わる頃にはちょうど空に彗星が見えるね』

「……なに言ってんだ、コイツ?」
一度、夜の帳が落ちる暗がりの空を見上げ小さく呟く。
ほんの今さっきまでのデート、先輩との会話は全然だったというのに、それでもお前となら、と思う自分がいる。お前と話してみたいと、強く望んでいる自分がいる。
日記を消し、勢いのままに『宮水三葉』と登録された電話番号を表示する。

アイツの名前……
この一ヶ月、俺の中に強く強く刻まれた、その名前。
もし、電話に出てくれたのなら、俺はようやくその名前を呼ぶ事ができるのだと、どこか遠い約束を果たすような気持ちで発信ボタンに触れた。

*   *   *

朝、目が覚めて、見慣れた天井だと気づいた時、私は心から安堵していた。
今日、彼と入れ替わっていたら、どういう風に過ごせていたか、とても想像できなかったから。
寝覚めの悪い私でも、今朝はこれ以上は寝ていられる自信はない。身も心も重い感覚に囚われながら、ゆっくりと上半身を起き上げる。
「あ……」
正面に見えたのは、髪をバッサリと短くした私。
姿見に映る自分に、昨日の出来事がフラッシュバックする。

――……誰?お前

「っ!?」
心臓がギュッと鷲掴みにされたように、呼吸が苦しくなる。
「私の名前は……三葉。みつは、だよ」
瀧くん、と言いかけて、だけど彼の名を口にすることはできなかった。

「……お姉ちゃん?」
その時、静かに襖が開いた。その向こうには心配そうに此方を伺う妹の姿。
「おはよう……」
「おはよう、四葉。昨日はゴメンね、四葉にも心配かけて」
昨夜は私の帰りをずっと待っていたらしいけど、お祖母ちゃんに先に寝ているよう言われ、渋々従ったらしい。
心配させないように私はいつもみたいに作り笑いを浮かべると、四葉は大きく頭を振った。
「なんで、お姉ちゃん、髪切っとるんよっ!?」
「え?なんでって……まあ、なんとなく?」
「彼氏に振られてまったの?」
「だから、彼氏じゃないよ。……もしかしたら、知り合いですらないのかな?」
言って、自分でも卑屈だなと思った瞬間、四葉は勢いよく部屋に乗り込んで来た。
「元気出しないよ!お姉ちゃんならきっと、もっといい人見つかるよ!!」
握りしめた両手をブンブン振りながら私を励ましてくれる。
「ん……わかった」
二つ結びにした妹の髪にポンポンと触れると、四葉は納得したようにニッコリ微笑んだ。

「でも、今日は疲れたから、学校は休むでね」
「うん、お祖母ちゃんに言っとく。それにしてもお姉ちゃん、二日連続で学校サボるなんて、なかなかの悪やねぇ♪」
「はいはい」
「……無理、しないでね」
そう言うと部屋を出てゆっくり、静かに襖を閉める。いつもは勢いよく開け閉めしているのに、やっぱり気を遣われているのかな……?


そうして妹の言う通り、私は二日連続学校をサボり、着替えたゆるい部屋着のまま、ぼっーと自分の部屋の片隅に座り込んでいる。
今日は秋祭り。本当なら家の手伝いもあるはずだけど、お祖母ちゃんは無理しなくてええから、と朝に一度そう言ったきり、顔を出してこない。
未だ片付けていなかった風鈴の音が、糸守の山肌を撫でる秋風に吹かれ、チリチリン……と物寂し気な音を響かせる。
私は時折、膝に顔を埋め、短くなってしまった髪に触れ、母の形見を手放してしまった事に寂しさを感じながら、ただ漫然と過ごしていた。
気がつけば、障子越しの日の光も昨日のようにセピア色に変わり、今日一日がもうすぐ終わることを感じさせる。

指先に触れたスマートフォン。手に取ると私は今日初めてそれを開いた。
彼との入れ替わりの日々が綴られた日記。
たった一ヶ月のことなのに、入れ替わる度に、私の中に彼のことが少しずつ満ちていった。
だから昨日、東京に行こうと決意したのは、心が身体を追い越してしまったから……
だけど今、私の心は宙ぶらりんなまま。
傷ついているはずなのに、辛くて泣きそうなのに、彼は私の事なんてわからないのに、それでもまだ私は瀧くんに逢いたいと思っている……

立花瀧』と登録された電話番号に再び触れる。
みっともないと思いながら、それでも一縷の願いを込めて……

*   *   *

―――お客様のおかけになった電話番号は……

繋がらない電話。繋がらない想い。
でもだからこそ、想いが募る。

君に会いたい。

何故そうまでして、君に惹かれるのか

――俺は、
私は、――

まだ、その感情を言葉にはできなかった……


>あとがき
今年の十月四日前は『ひとり君の名は。祭り』と称して一週間何かしらSSを上げてたのですが笑、最後にしのさんの十月四日記念イラストに感動して、勢いのままに書いてしまいました(短めですが;;)。
しのさんの作品を通じて、君の名は。の考察や情景を考えさせられる事が多く、今回も秋祭りの前の三葉はどのように過ごしていたのだろう?と考えていたようで、考えていなかった情景を想起させて頂きました(多謝
会いたくても逢えない。そんな二人の募る想いは、スマフォなど通信機器が発達した現代にあっても、どこか和歌的な雰囲気を感じています。
カタワレ時、待ったなし!!

立花瀧
久しぶりに奥寺先輩とのデートを見返して書きましたが、瀧くん、本当に失礼な奴だな!(笑)
いや、仕方ないとは言え、奥寺先輩、よく飛騨まで付いてきてくれたものだよ……
三葉の事を好きと認められないのは、まだ会ったことないからなんでしょうかね?

宮水三葉
本編では三葉の髪型を隠すため美脚のみの映像でしたが(笑)、実際はこんな感じなのかな?と思わせてくれた、しのさんの素敵イラストでした。二人の対比や光を感じさせる背景とか本当に素晴らしかったです。
失恋というよりは、信じてた繋がりが途切れてしまったような喪失感みたいな感じかなぁ?なんて思ってます。
一日をひとりで過ごし、ほんの少しだけ前向きに進もうとした矢先のティアマト彗星なのではないかと……(涙
個人的なところですと"浴衣三葉"に繋がる存在になるのかな?

宮水四葉
普段通り振舞うのが彼女なりの気の遣い方かな?と思いました。
それでも言動の端々にお姉ちゃんを心配してる姿が垣間見えていたら嬉しいです。
本当に聡い子ですよね、四葉嬢は。

それでは、お読み頂き、誠にありがとうございました。