君の名は。SS イブに欲しいのは。


「ハァ、つっかれたぁー」
寒空の外気から身を守ってくれたコートをハンガーに掛け、大事に持ち帰った手荷物を勉強机に置くと、ベッドに上にゴロンと寝転がった。
普段寝るだけの柔らかいベッドの上に横になっていれば、何とも気が抜けてこのまま夢の世界へ誘われてしまいそうになる。
そうならないようにと、仰向けのまま机の方へと顔を向けた。視線の先、何気なく机の上に乗せられたビニール袋。
「なんで俺は二つも買ったんだか……」
呆れたように、だけど慈しむように小さく呟く。

今日は十二月二十四日、クリスマスイブ。と言っても特別な予定なんて何もなかったから、人手が欲しいと強く請われたアルバイトのシフトを二つ返事で引き受けた。
予想していたとは言え、予約客を中心に注文はひっきりなし。次から次へと来店するお客さんの対応をしていれば、あっという間の閉店時間
掃除をし、後片付けをして、帰宅の途につく頃には、既に空は真っ暗に染め上げられていた。それでもどこか惹かれるように夜空のキャンパス見上げたのは、凜と澄んだ冬の夜空に微かに瞬く星々を見つけたから。
――歩いて帰ろう
遮る雲がなく頭上に広がった星宙に呼ばれるように、すこしだけこの宙の下に居たい、そう思えて、ひとりいつもと違う道を歩き始めた。

何かを、誰かを探してる。
最近、そんな想いが、自分を突き動かしている。
満たされない何かを求めるように、気がつけば手のひらを見つめ、鏡に映る自分の瞳の奥に答えを見出そうとし、見慣れたこの街のどこかに探しているモノがあるのではないかとひとしきり眺めてる……
「……さむ」
手袋をしていない両の掌にハァと息を吐きかけると、二、三度擦り合わせた。
今夜は特に想いが募る。それは何故なのか自分でもわかっていた。今日はクリスマスイブだから。
レストランに来る客、道行く人、周りの人、大切な人と共に在る幸せそうな人たち。
そうなんだ、俺は今きっと……
「……寂しいんだな」
呟きと同時に無造作にコートのポケットに手を突っ込むと、再び聖夜の街を歩き始めた。

寒さを紛らわすため立ち寄ったコンビニ。クリスマスらしいBGMが流れる店内でホットコーヒーを買うまでは良かったけど、何故かついでにおひとり様用のクリスマスケーキを二個購入していた。
小さいながらも、クリームやらデコレーションがクリスマスらしい特別な意匠。一個で充分とわかっているはずなのに、何故か二個。親父と一緒に食べようとかそんなつもり全くなかったんだけど……
首を傾げながらもケーキの入ったビニール袋を手に持ち、のんびり一時間程度の夜の散歩から帰宅した俺は、今、ベッドの上に寝転がっている。
時計は既に二十三時を回り、もうすぐ日が変わる。寝て起きればクリスマス。今頃サンタクロースは良い子の枕元にプレゼントを届けるので大忙しだろうか。
そんなことを考えていると、ふぁ、と大きな欠伸がひとつ。少しだけ身体を休めるつもりで俺は目許を腕で覆った……


「……くん」
「ん……」
「たきくん」
「ん……んん……」
ゆっくりと瞼を開く。ベッドの上、見慣れた天井を遮るように俺を見下ろす黒髪ボブの女の子。小顔の中にまるくて大きな瞳、冬でも桜が咲いたような薄ピンク色の唇が口角を上げて俺に微笑んでいた。
「おはよう、三葉」
「おはようって、今は夢の中やから夜やよ?」
「あー……そっか、疲れて寝落ちたか」
「え、大丈夫?風邪引いてまうんやないの?」
「エアコンつけてるし、まあ大丈夫だろ」
よっ!と気合を入れてベッドから起き上がりベッドの端に腰掛けると、合わせるように三葉がすぐ隣に座る。
ほんのり漂う石鹸の香りに誘われるように横を見れば、改めて彼女の服装に気がつく。白のニットに膝上のミニスカート、そこからスラリと伸びる足を揺らし、視線は下の方に、だけど嬉しそうに微笑みながら毛先に触れている。
派手さはない服装だったけど、素直に可愛いと思ってしまった。まあ、だからと言って、すぐさま褒め言葉が出る訳でもないのだが。
それでも見惚れるように暫し彼女を見つめていると、
「瀧くんに逢えるかと思って少しはお洒落してみたつもりなんやけど……やっぱ、ヘンかなぁ?」
自信なさげに三葉が呟いた。
「へ、ヘンじゃねえよ!すげーいいと思うぞ、俺は」
「……本当?」
俯きがちだった三葉の顔が此方に向き、潤んだ瞳でジッと俺を見上げる。
まったく……本当に三葉には参る。お前と居ると寂しさなんてどこかに吹き飛んでしまう。その代わり、嬉しさと気恥ずかしさでいっぱいになって、さっきからすぐ隣に居るお前を意識しっぱなしだ。
笑って、拗ねて、怒って、泣いて、コロコロ表情が変わるカタワレの君。俺が正直に思ってる事を口にしたらどんな顔をするのだろう……?
「本当に可愛いよ、三葉」
「っ!?」
大きく目を見開き、徐々に朱に染まっていく白い頬。普段言われ慣れてない言葉に限界が達したのか、三葉は両手で顔を覆ってしまった。
耳まで真っ赤にして照れている様子を微笑ましいと思いながら、俺は組紐が揺れる黒髪に手を伸ばし、そっと撫でてあげた。


漸く落ち着きを取り戻した三葉はそのままベッドに腰掛け、俺の方は机の椅子に座り、向かい合ってケーキを食べている。
なるほど、三葉のために二つもケーキを買ったのかと思うと合点がいった。ただこの場合目覚めた時、このケーキはどうなっているのだろうか?
そんな疑問を巡らせていると、半分ほどを食べたところで三葉が一息つく。
「今日はもしかしたら逢えないと思ったんよ」
「悪ぃ、ラストまでバイトだったんだ」
「クリスマスイブなのに?」
「悪かったな、イブに何の予定もなくて」
「ふーん……へー、そうなんやぁ♪」
「なんでそこで嬉しそうなんだよ」
「別にー。ただ、瀧くんはきっと"ぼっち"で過ごしてるんやろうなぁーって思っとったから、こうして三葉サンタが楽しい時間をお届けできて良かったなーって」
「はいはい、三葉が居ると楽しいよなー」
「瀧くん、棒読みやよ」
三葉のジト目を意に介さず、俺は本来は自分の部屋であるはずのこの空間を見渡す。
「で、三葉サンタは、俺が夢を見る前にこの部屋を飾り付けてた、と」
「瀧くんの部屋、殺風景やったからねー。折角のクリスマスイブなんやから、家にあるもので色々とね♪」
クリスマスツリーに、クリスマスリース、サンタの置物に、スノードーム、スノーマンの飾りなんてものまである。
「よくもまあ、こんなに持ってたな……」
「ふふっ、これだけじゃないんやよ!」
そう言うや、三葉は自分の頭に赤いサンタ帽を被る。そして「瀧くんにはこれね♪」とトナカイの角を模したカチューシャを頭に乗せられた。
「なんだこれは……」
「サンタさんとトナカイ、これもひとつのカタワレ同士なんやよ!」
自分と俺、交互に指差し自信満々な三葉。
スマン、何言ってるのかよくわからん。ただ、楽しそうにしている三葉を見ていると、今日はとことん彼女のペースにつき合ってやろうと改めて決意を固める。
「で、三葉サンタは、俺にどんな楽しい時間をプレゼントしてくれるんだ?」
「そ、そうやね。えーっと……」
「お前、何も考えてなかったんじゃねーの?」
「そ、そんなことないんやよ!」
相変わらず素直じゃない俺のカタワレ。それでも必死に悩んでいる様子に少し助け船を出してやろうと、あのひとときの逢瀬を思い出して創作したゲームを提案してみた。
「じゃあさ、こんなのは?」
手を伸ばし、彼女の手を取る。開かれた手のひらに、人差し指でサラサラと文字を書いてみる。
「た、瀧くん、くすぐったい」
肩をすくめた彼女に、我慢しろよ、と言いながら簡単に四文字。
「わかったか?」
「えーっと……『テッシー』?」
「正解!」
「ぷっ、なんで最初にテッシー?」
「いや、何となく」
確かに何となくなのだが、場を和ませるならテッシーが一番のような気がしたのも正直なところだ。

「じゃあ、次は私!」
三葉に手を取られ、彼女の白い指が俺の手のひらをなぞる。
「た、たしかにくすぐったいな」
「動いたらダメやって」
目をつぶって彼女の指の動きに集中する。これは、『ハ』か?次は『リ』?となると次は……
途中引っ掛けのつもりだったのか、平仮名も混ぜて書かれた単語は、
「『ハリねずみ』だろ?」
「せいかーい!ねえねえ、瀧くん、これ面白いけど、もう少しルールを変えてみようよ」
「どんな?」
「私が問題出すから、瀧くんが私の手のひらに書いて答えるの。私がそれを当てられるかどうかも面白いやろ?」
「おう、いいぜ!早速やってみようぜ」
「それじゃ問題。瀧くんの好きな女の人の髪型はなんでしょーか?」
「何だよ、その問題!!」
「いいから、いいから、私、前から瀧くんに聞いてみたいと思ってたんやよねー♪」
「……謀ったな、三葉」
「答えられなかったら罰ゲームやからね。ほらほら、早く早く、時間が無くなるよー」
思い付きのゲームだったはずなのに、いつの間にやら罰ゲームに制限時間、諸々ルールが増えている。
三葉め、と思いつつ、それも含めてこの時間が楽しい。
いつか終わりが来るとわかっていながら、今は頭の隅に追いやって、二人、イブの夜を過ごしていく……


「はぁ、楽しいなぁ……」
小さく、そして寂しげに呟いた三葉を見ると、俺は立ち上がり勉強机のペン立てに手を伸ばす。
「なあ、三葉。ゲームの最後はこれで名前、書こうぜ」
差し出したマジックペン。ベッドに座る三葉はそれを一度見て、何も言わず目の前に立つ俺を見上げた。
「俺は三葉の名前を自分の手のひらに書く。三葉は俺の名前を書いて。そしてさ、せーので見せ合いっこしよう」
何も言わず、ペンも取らない三葉。俺はマジックのキャップを外すと、まずは自分の手のひらに想い込めて書き記す。
「次は三葉な」
黙ってそれを受け取ると、彼女もまた頷きながら手のひらに言葉を書いていく。
「……書いたよ」
「おう」
彼女からペンを受け取ると、机の上に置き、三葉のすぐ隣に腰掛けた。
「じゃあ、せーのでな」
「うん……」
「せーのっ」

開かれた互いの手のひら。
俺の手には『三葉』の文字。三葉の手には『瀧くん』の文字。
だけどそれだけじゃなかった……
「瀧……くん……」
「ありがとな、三葉」

『三葉』の後には続きがあった。『だいすきだ』と。
『瀧くん』の後にも続きがあった。『大スキ!』って。

三葉が胸に飛び込んでくる。俺も応えるように力いっぱいに抱きしめる。
目覚めれば消えてしまう彼女の温もりを一身に受けながら、離れたくない、と強く願う。
「寂しいんだ、三葉の居ない世界はさ」
「私もやよ」
「待たせててゴメン。だけど何度でも言うから。お前が世界のどこにいても、俺が必ず逢いに行くって」
「うん……うん……」
「クリスマスイブに三葉に逢えて嬉しかった。あと、ゴメンな。ちゃんとしたプレゼントあげられなくて」
俺の言葉に、胸元の三葉は大きく首を振る。
「プレゼントなんて他に何もいらんよ。私が一番欲しいのは……」
抱き合ったまま、吐息が触れそうなくらい間近で互いを見つめる。キラキラと零れる涙。それでも精一杯に嬉しさを伝えようと、三葉は目を細めて俺に笑いかける。
「瀧くんだけやよ」
「俺もだ……三葉」
目覚めれば何も残らない夢だとしても、せめて今だけは。
俺と三葉は半分このカタワレだから。
二人一緒じゃなくちゃ"ひとつ"とは言えないから。
だから、今夜はずっと君とひとつに……

 

朝、目覚めてすぐ、無意識に見つめたのは自分の手のひら。
何もないはずなのに、それでも少しだけ寂しさを満たしてくれたような何かが胸を奥にほんのりある。
ゆっくり起き上がると、普段の自分の部屋で感じたことのない、ほのかな石鹸の香りがしたような気がした。
「メリー……クリスマス」
小さくそう呟いたのは自分自身に向けてだったのか、それとも探している何かにだったのか。
少し熱を帯びたような自身の唇に手の甲を押し当てながら、俺は暫くその余韻に浸っていた……

*   *   *

朝、目覚めて鏡に映る自分を見つめる。
いつもと変わらないはずなのに、どこか口許は微笑んでいて。リップもしていない唇が潤んでいるように感じた。
ふと、首元が少し赤くなってることに気がついて、虫にでも刺されたかな?なんて手で触れてみる。
少し熱を帯びた首筋に何故か心が火照るような気がした……

 

>あとがき
メリークリスマス!(遅ぃ
季節ネタは簡単に書こうと思い、夢で逢う設定でいいかー、ということで、自称サンタ(四葉)のチカラを借りて、楽しい夢の時間を過ごさせてあげようと思ったら、どうしてこうなった?笑
年代的には当初、高校二年生の冬のつもりで書き始めましたが、展開上曖昧にしてあります。三葉についても同様です。読まれた方のイメージにお任せしたいと思います。
久しぶりにこういう年代のワイワイした会話文が書けて楽しかったです♪各年代瀧三、それぞれ魅力がありますね。

宮水三葉
ファッションは全くわからないのですが、流石にイブに制服もないかなー?ということで私服を検索してみました。
んで、可愛い感じの服装にしてみたら、素直で可愛い三葉ができあがりました(笑)
普段自分が書くと、素直じゃないのに……めんどくさいのに……。服装ひとつでキャラ設定や動き方が変わるんだなぁと書く側としてはひとつ勉強になりました。
年齢的には三年ズレていて高校生なのか、東京に出ていて大学生くらいなのか、その辺りは曖昧にしてあります。
因みに髪型がボブなのは、私がボブ三葉好きだからです(笑)

>ケーキ
「瀧、居るのかー?」
ノックしても反応のない部屋の扉を開けると、部屋の電気を点けたまま、ベッドの上でスゥスゥと寝息を立てている息子の姿。
「おーい瀧、風邪引くぞー」
声をかけてみたものの、なんだかとても嬉しそうな表情で眠っている姿を見ると、父はやれやれ、と頭を掻き、起こさないように息子に布団をかけてやる。
点けっぱなしだったエアコンのタイマーをセットし、リモコンを机の上に置こうとすれば、その真ん中に乗った白いビニール袋。
「なんだこれは?」
袋の口を開いてみれば、小さいケーキが二つ。
「ったく、悪くなるだろうが」
熟睡している様子を見る限り、きっと朝まで起きないだろう。取り敢えず冷蔵庫に片付けてやろうと父はそれを手に取った。
部屋の電気を消し、最後にもう一度息子の方に振り返ると、一言。
「いい夢見ろよ……瀧」

***

翌日の夕飯……
「なあ、親父」
「なんだ?」
「俺、昨日ケーキ二つ買って来なかったっけ?朝起きたら冷蔵庫に一個しかなかったんだけど」
「さあな」
「っかしいな……。もしかして親父、食べたのか?」
「あー……それは、アレだろ」
「アレ?」
「きっとサンタが食べたんだ」
「……ああ、成程な。サンタなら仕方ないか」
そう呟いた息子の表情はどこか嬉しそうだった。
(瀧父がこっそり食べました)


お読み頂き、ありがとうございました。
今年も瀧三たくさん書けますように。