君の名は。SS 大人になるということ。

瀧三生誕祭!!お誕生日おめでとうございます♪

二十歳の誕生日の瀧くん話ということで。一日で書くものじゃないですね。

今後、要修正ですッ!!(笑)

拙い内容ですが、宜しくお願い致します。 

 


バイト帰りの駅に向かう道すがら。俺はバイト先の後輩の子から告白された。
「立花さんのこと、好きなんです。……私とつき合ってください!」
その子は、終業時間が合うとたまにこうして一緒に帰っていた子で、興味がない人にとっては何も面白くないであろう建築の話とかカフェの話題に、うんうんと楽しそうに耳を傾けてくれる子だった。
「ダメ……ですか?」
突然の告白に驚きで一瞬思考が止まっていたところに、彼女のか細い声が届く。頬を染め、大きな瞳を潤ませて俺を見上げる眼差しはバイト先の同僚とは言え、初めてみる表情だった。
明日からもう師走、東京に雪が降るのはもう少し先だろうけど、それでも夜ともなれば真冬のコートが丁度いいくらいに肌寒い。頬に触れる凛とした外気が、何も言えない俺と、俺からの答えを期待するその子の吐息を真白にさせる。
「あ、ありがとう……でも、その、俺さ、」
「好きな人がいるんですよね?」
「え?」
彼女に『好きな人』と言われて、誰のことかわからず、それでもその一言がやけに胸に刺さって息を吐くのすら苦しくなる。
「立花さん、たまに手のひらを見つめてますよね。きっとその時は好きな人のこと、想ってるんだろうなって。だけど……気づいてます?立花さん、とっても寂しそうなんですよ、辛そうなんですよ。だからもし、その人への想いが叶わないんだったら!」
そこまで言うと、気持ちが昂ったのか、彼女は大きな瞳から溢れた涙を拭う仕草をしてもう一度、「私は、立花さんのことが好きです」と真っ直ぐに想いを伝えてきた。
「ありがとう……でも、ごめん」
俺の言葉に彼女は一瞬目を見開くと、肩を震わせながら俯く。
「私じゃ……ダメなんですか?」
「ダメとかじゃなくて……君じゃ……ないんだ」
「なんですか、それ。結構ヒドイ断り方ですよ……?」
「ごめん……」
大きく息を吐くと、必死に涙を押しとどめようとしてるのか、彼女は夜空を見上げた。それでも震える声で言葉を続ける。きっと彼女自身の想いを断ち切るために。
「私だったら、立花さんに寂しい思いはさせないのにな。その人のこと、いつか忘れさせてあげられるくらい……」
その言葉を聞いて、胸の奥底で想いが募る。

――もうすこしだけでいい

そんな願いにも似た想いが。この想いはなんなんだろう?彼女が言う寂しさだろうか、辛さなんだろうか。それとも、もっと別の……
ふと、朝、目覚めて泣いている時の自分を思い出す。
俺はどこかで何か大切なものを失くしてしまったんだろうか、それとも、
「忘れる……か」

それは、二十歳になる前の日の出来事だった。

***

それは喧噪ざわめく店内で、司からの唐突な問いかけ。
「瀧はさ、前、進まないのか?」
「は?前?何のことだよ」
俺の二十歳の誕生祝いということで、集まったいつものメンツ。
折角二十歳で成人したってのに『年齢=彼女居ない歴』じゃ哀しくて寂しくて、膝を抱えて泣いているだろうから、酒でも飲みながら慰めてやろうと、俺の予定なんてお構いなしに飲み会を設定しやがった。
まあ、実際、何も予定なかったけど……

「誰か好きな人とかいないのか?」
「い、居ねえよ」
司からの追及に思わず声がどもる。昨夜、告白されたこと、誰かと付き合ったこともないっていうのに、好きだって言ってくれた子をあっさり振ってしまったことを思い出す。
「気になる人くらいはいないのか?」
「だから、居ねえって!」
横から話に乗ってきた高木からの会話を遮るように、ジョッキグラスに手を伸ばす。
「大体、なんだよ?"前進まないのか"って。俺は別に後退しているつもりはねえぞ」
大学に合格して、大学生活とバイトをしながら、それなりに私生活は充実している。まあ、確かに彼女、居ねえけど。
司は手にしていたジョッキをテーブルに戻す。眼鏡越しの眼差しはやけに真剣で、それなりにジョッキを空けたというのに、全く酔いは回ってない様子だ。
「まだ、引きずってるのか?」
「え……?」
「あの時、お前について行ってやればって思う時があるよ」
「あの時って?」
「一緒に飛騨に行ったろ。ミキさんと俺とお前の三人で。途中でお前だけ別行動になってさ、それで帰ってきてからのお前、少し大人になってて……そして前より笑わなくなった」
「おいおい、司、今日は瀧が主役だろ。そういうのやめようぜ」
隣に座る高木が話を区切ろうとしてくるけど、俺は手を伸ばして高木を遮る。
「続けろよ、司」
「何があったのか、お前に聞いてもハッキリしたこと言わないし、その内、いつものお前に戻ると思ってたんだけどさ。……お前、まだその時あったこと引きずってるわけ?」
司と高木が俺を見る。普段は悪態付き合う仲だけどわかってる。俺のことを心から心配してくれてる。そんなことは長い付き合いだ、十分わかってる。だけど……
「知らねえよ、引きずってるつもりなんてねえよ」
「瀧、気づくと手のひら見てるだろ?その癖、飛騨から戻ってきてからだぞ」
……ったく、昨日といい、今日といい、なんなんだろな?俺が手のひらを見つめてるってのは、そんなに周りから心配されることなのか?俺は一体どんな表情で自分の手のひら見てるってんだよ?
「お前に何があったのか、俺達にもわからないけど、二十歳になったんだし、もう少しすれば就職して社会人だろ。いつまでも昔のこと引きずってないで、少しでも前向いてあれこれした方がいいんじゃないのか?」
吐く息が苦しい。心の奥が締め付けられる。
要するにあれか、大人になれってことか?俺は二十歳になって成人した。いずれは社会に出て働き始める。だから、この得も言われぬ想いは、青春時代の残滓として置いていけと。大人になるってそういうもんだと。いつまでも子供でいるな、と。
「そんな顔すんなよ、瀧。司はお前のこと、心配してんだよ」
「わかってる……わかってるよ」
酔いが回った訳じゃないのに目が眩む。思わず瞼に手を当てる。乱れた呼吸を整えるように、一回、二回と深呼吸して、最後に大きく息を吐き出してから、俺は二人を見る。真っ直ぐに、俺らしく。
「俺は、俺自身は何も後悔なんかしてねえぞ。俺はこういう風に生きるって決めたんだ。何があったか知らねえけど、きっと誓ったんだよ、飛騨に行った時に」
その言葉は二人に対してか、自分に対してか、それとも……

俺は、誰かを、何かを探していて。
例えばホームで通り過ぎる電車を。行き交う人のスクランブル交差点で。春夏秋冬、日々移り行く大都会の風景の中で。
この世界のどこかに探している誰かが……出逢ったことのない君にいつかきっと。
俺は、いつかどこかに置き忘れたものを取り戻そうと振り返ってるんじゃない。きっと今度こそ、この手にしたくて手のひらを見つめているんだと。俺は少しずつでも前に進んでいるんだと。
「わかってくれって言うつもりはねえけど……。それでも、お前たちだけでも、俺のこと信じてくれると助かる」
願いと共に俺は頭を下げる。そして、それは二人に対するお詫びでもある。飛騨を訪れてから三年。ずっと心配をかけさせて、これからも心配をかけさせちまうんだから。
「おい、頭上げろよ、瀧」
高木の声で頭を上げると、心底呆れたような司のため息。
「まったく……或る意味、瀧らしいよ」
「悪かったな」
「仕方ない。ここまで来たら、とことんまで付き合ってやるよ」
「ま、俺達がついてれば何とかなるんじゃねえの。根拠ねえけど」
ガハハッと笑う高木の明るさに励まされるように、俺と司も笑い合う。

改めて思う。たった二十年の人生だけど、掛けがえのない友人たちに出逢えたこともまた俺にとって幸せなことなんだと……

***

「じゃあな、瀧」
「気をつけて帰れよ」
「おう、今日はありがとうな、司、高木」
二人と別れ、ふと酔い覚ましがてら、一駅、二駅くらい歩こうと思った。夜中でも眩いネオンの光と、すれ違う人の群れ。さすがは眠らない街、東京だ。
酔って少し輪郭を伴わない視界の中を何か白いものが舞った。
「雪か……」
十二月一日、東京に降る初雪。きっと降り積もるほどではなくて、ただ舞い降りてはすぐさま消えてしまう程度の儚げな雪。
ポケットからスマフォを取り出して、時間を確認する。もう二十三時を回っていて、もうすぐ俺の誕生日も終わる。
今日で二十歳。さっきは二人に偉そうなことを言ったけど、俺自身、将来どうしていきたいのか、それほどわかっている訳じゃない。
駅から離れるにつれ、人々の喧噪は途絶え、リズミカルに吐かれる息は白い。コートについた雪を一度払って、十年後の俺はどうなっているんだろう?と思う。
十年前は小学生。あの頃はただ毎日を面白可笑しく過ごしてきた。それから中学生になって、高校になって……
立ち止まり、手に持つスマフォをディスプレイを開く。暗がりの街にスマフォの明かりが目に映える。最近は使っていなかった日記アプリ。高校の頃は小まめに書いていただけど、いつからか止めてしまっていた。
アプリに指で触れて、本来であれば今日の出来事を記載する画面で、ただ自分の心に浮かぶ正直な想いを綴ってみる。

『誰かを探してる』

『もがく』

『生きる』

『もうすこしだけ』

「なんだよ、これ……」
書いた自分も意味不明で思わず苦笑してしまった。だけど、これはきっと今までの自分がずっと心に抱いてきた決意にも似た願い。そして、二十歳になった自分もまた、決意をもってこの想いを抱えていく。
俺はまだ大人になりきれてないのかもしれない。だけど、いつかこの願いが叶う日が来るのなら。
雪降る街の中、俺はささやかに願う。

せめて今日見る夢くらいは安らかなものでありますように、と。