君の名は。SS スパークルMVif 夏恋①

スパークルMVのラストシーンの衝撃から……という訳ではないのですが笑、と或る読み切りから発展してシリーズ化してしまったSSです。

スパークルMVをイメージにしたifモノですが、宜しければお願い致します。

 

「君の名前はッ!!」

満天の星空が覆う山の頂きで、俺は一番大切な人に呼び掛ける。
だけど、その声は虚空に木霊するだけで、答えは決して返ってこない。
この世界はどこまでも残酷で、俺達が大切に育てた想いなんて素知らぬ顔で切り捨てようとする。

やっと会えた……大事な人

忘れたくない……すきな人

忘れちゃダメなんだ!

……だってまた泣かせてしまう。

俺は、お前に笑顔でいて欲しいんだ!

誰でもない、俺が、お前を笑顔にしたいんだ!!

何か大切なものが零れ落ちていくように、くらり、と不意に力が抜け、膝から崩れ落ちる。
それでも、倒れ込む瞬間、俺の必死な想いは確かに届いたような気がした。

――瀧くん

だって、あいつが笑って俺の名前を呼ぶ声が聴こえたから。
なら、きっとまた逢える。
なあ、そうだよな……

決して思い出せないその名を想いながら、閉じた瞳から涙がひとすじ零れ落ちていった……


夏恋① 巡り合い。すれ違い。


夢を見る。あいつの夢。
夢の中。いつもあいつは泣いていて。
近寄ろうとすると首を振って拒絶する。

――もう、私のことは忘れて……

そう言う彼女の頬に涙が伝わる。
なんで……泣いてんだよ。泣いてるお前のこと、放っておける訳ねえだろ!!
だけど、俺の声は届かなくて。下唇を噛みながら、零れる涙を止めようともしないで、彼女は泣き続ける。

なんでだよ!どうして俺は、いつもお前のこと、泣かせてしまうんだよ!
俺は……いつだってお前に笑顔で居て欲しいのに。

 

そして、朝。目が覚める。
俺は泣いている。思い出せない夢。
ゆっくりと起き上がると、そのままの流れで手のひらを見つめる。
いつの間にか癖のようになっていた無意識のようなその行為。そこには何もないのに、本当は何か大切なものがあったような、そんな気がして、しばらくジッと見つめ続ける。
だけど答えはいつも出ることはなく、漸くベッドから下りると無言のまま洗面台に向かう。
鏡で見る俺の顔。いつもと何も変わりはない。

――お前は本当に何も覚えてないのか?

自分自身に問いかけても答えは帰って来なくて。ただ、自身が半分が欠けたような、喪失感みたいなものを……あの時からずっと感じている。

あの時……?

それは何時だったか、それすらもぼんやりとした記憶。
夢を見ている時だけは欠けた自分は埋まっていて、その満たしてくれる『何か』を探して、俺は今日も……

「おーい、瀧ー、起きたかぁ?朝飯できてるぞー」
「ああ、今、行く」
蛇口から出る水を手に取り、思い切り顔にかける。そうして、涙の痕を忘れるように洗い流していく。

 

二〇十七年・初夏……

期末試験も終わり、あとは夏休みを待つだけ。
とは言え、今年は受験を控える身としては、夏休みと言えども実質勉強三昧の暑い夏になることは間違いない。

今朝もまた夢をみた。いつもの思い出せない夢。
そういう日は、不意に何かを探し求めるように、フラリと一人彷徨ってしまう。
特に目的地を決めてる訳じゃない。なんとなく四ツ谷駅で電車を降り、周辺を当てもなく歩く。
ギラつく太陽の下、なんでこんな日に、こんな暑い時間に出歩いてるのか、そんなことを頭では思ってるけど、体は彷徨うことを求めていて。
だから、せめて日陰の涼しいところを選んでただ歩く。

気が付くと、見知った神社への階段。
一段、一段と踏みしめるように階段を上り始めると、反対側から女の人が降りてくるのが見えた。逆光で顔はよく見えなくて、俺は視線を階段上に戻して上っていく。


彼女とすれ違う。何事もなく。


足を止める。
道往く人とすれ違う。ただ、それだけのことなのに。
だけど、俺はとんでもなく大きな間違いを起こしている気がして振り返る。
一段一段と階段を下りていく、その女の人の背中を見つめる。

――いいのかよ?これで

自分自身が問い掛けてくる。

「いいわけ……ないだろ!」
心臓が急激にバクバクする。見ず知らずの女の人に声をかける。これじゃタダのナンパだ。んなことはわかってる!
だけど、声を掛けなきゃ俺はきっと後悔する!!
ギュッと拳を握りしめると、黄色いカーディガンのその女性(ひと)に声を掛ける。

「あのっ!!」
思ったより、ずっとハッキリ声が出た。そのせいなのか、背中を向ける彼女は階段の途中で立ち止まってくれた。
何を言う?わからない。だけど、俺の心がこう言えと叫んでいる。
「俺、きみをどこかで!」
逢ったことがある、どこかそう思えてる自分がいて、言葉を続けようとした時、

「す、すみません……」

ただ一言。
そのまま彼女はこちらに振り返ることなく、階段を下りていった。

「あ……」
俺は去っていく彼女の後ろ姿を見つめ続ける。遠くなっていく背中。それに合わせ徐々に鼓動も収まってくる。
「……何やってんだ、俺」
見ず知らずの女性に声を掛けるとか、何を血迷ってるのか。
自分自身に呆れたように呟き、空を見上げれば夏色と言わんばかりに輝く太陽と入道雲がその存在感を示していた。
大きくため息を一つ吐くと踵を返し、再び歩き始める。
耳に聞こえてくるのは蝉の大合唱。ただでさえ茹だるような夏の暑さが更に増すような気がして、いつもならその賑やかな鳴き声に耳を抑えたくなるけど、今は何故か気が紛れる。

「なんだ……これ?」
瞳から熱いものが溢れ出す。
なんで……俺は泣いているんだ?
哀しいのか?嬉しいのか?それともツライのか?
色んな感情がこちゃまぜになって自分でも説明がつかない。

手で拭う。涙が止まらない。
この感情、なんなんだよ!

あの女の人に振り向いてもらえなかったから?
だって、普通に考えたら当たり前だろう!?
初対面で、見知らぬ男から声をかけられたって相手にする訳がない。

終わりにするのか?
俺の中の俺が言う。

今さっき『すみません』って言われただろう!
これ以上、声を掛けたら、ただの不審者じゃないか。

もう一度逢いに行くんじゃなかったのか?と俺が言う。

俺が探し続けてた何かって、あの人だって言うのかよ?
なんでだよ!?相手だって俺のこと知らなかったじゃないか!!

俺たちは、逢えばぜったいお互いが分かる
だったら……お前はどうしたいんだ?


蝉の音が不意に止んだ。

――瀧くん

泣きながら、震えながら、俺を呼ぶ声。

「……泣くなよ」

そうだ。少なくとも、俺は分かったはずだ。

「笑って……欲しいんだ……」

ずっと……彼女を、探していたんだ!!!


うずくまっていた心が解き放たれて俺は駆け出す!階段を駆け下りる!!
根拠なんてない!だけど、俺は俺を信じる!!
理屈じゃない!間違いなく彼女なんだって!

だから、絶対にもう一度!!!

 

 

「あのッ!!!」
四ツ谷駅の入口前。もう一度彼女を見つけた。
周りの目なんか気にしない。届いてくれ!振り向いてくれ!って目いっぱいの想いを込めて声を掛ける。

立ち止まった彼女は震えるように、ゆっくり振り返る。

やっぱり……君だ……

走りに走って、荒れた呼吸を整えるようにゆっくりと近づいていく。
振り返ったことを少し後悔するかのように、彼女の潤んだ瞳は揺れていた。

もう一度、俺は叫ぶ!

「神宮高校三年!立花瀧って言います!!」

何を言うかなんて、考えていない。
ただ、彼女に伝えたくて。

「あ、あの、変な話ですけど、一目惚れみたいな、その……俺、あなたのことずっと探していて!」

彼女はじっと俺を見つめている。
ナンパだってもう少しうまいことを言う。だけど、今は自分の想いをただぶつけるしかなくて。

「一度……お話……させてもらえませんか?」

彼女から瞳を逸らさない。俺のこの説明できない気持ちを信じてもらうしかないから。

「私で……いいんです……か?」

俺を真っ直ぐに見つめたまま、彼女の震えた声。
いいもなにもない。俺にはあなたしか居ない……そんな確信があって、

「きっと、あなたじゃなきゃダメなんだと……思います」

二人笑い合う未来をずっと望んでいたような気がして、

「あなたに逢えなかったら、俺、きっと『しあわせ』になれない、そんな気がするんです」

俺の言葉に、目を見開いた彼女。
何かを納得したかのように頷くと、優しく微笑みを返してくれる。

「もう一度……教えてくれますか?」
「え?」
「君の、名前は、」

その日、俺は彼女を見つけた。
眩い夏の太陽は、全てを輝かせるように俺達を照らし出している。
だけど、俺たちはスタートラインに立っただけで、まだ未来は始まってすらいないことを……

「瀧、立花……瀧です」
「私は三葉。宮水……三葉です」

俺はその時、まだ気づいてなかった。

つづく