君の名は。SS おなじ星。

『瀧くんの前の席の女の子と高木くんのお話。』の某場面をサイド三葉で。
もともと書いた作品の後付けで書いたモノなので、無理があるかもしれませんが、その辺りはスルーして頂けると有難いです(笑)



チャイムが鳴る。授業が終わると同時に、羽を広げるように思い切り腕を伸ばす。
やっと放課後!こっちの授業はやっぱり大変だけど、こうして学校が終われば、あとは自由時間♪
今日はアルバイトのシフトも入ってないし、思う存分、憧れの東京生活を満喫なんやさー!!

ルンルン気分で帰宅の準備を整えると、この身体の持ち主の友人達のところへ駆け寄った。
「二人ともー、今日はどこ行くの?」
「俺は夕方からバイト。その前にちょっと寄るところがあるからさ。悪いな、瀧」
「そっか……高木くんは?」
「悪ぃ、俺もちょっと早く帰らなくちゃいけない用があってよ」
「そうなんや……」
折角の貴重な入れ替わり。今日もどこかへ連れてってもらおうと思ってたのにな……

俯いた私の前で、二人が何やら呟いているのが聞こえてきた。
「おい、司。瀧のヤツ、すげーガッカリしてるぞ。お前、バイトの時間まで相手してやれよ」
「お前の方こそ、少しくらい、瀧に付き合ってやれないのか?」
「あ!二人とも気を遣わんといて!私は一人でも大丈夫やから!」
じゃあ、またね!と手を振って、私は二人より先に教室を飛び出した。

下校生徒で混雑する廊下を、右へ左へ何とか躱しながら、あてもなく進んでいく。
入れ替わってからもうすぐ一か月が経とうとしてるけど、事あるごとに人混みというこの状況には、未だに慣れそうもない。
階段まで辿り着くと、下校する生徒の流れに逆らうように上階へと進んでいく。上った先、最後の扉を開ければ、人もまばらな屋上へとたどり着いた。

通学鞄をよいしょ、と肩に掛け直して、屋上の際にあるネットへと近づいていく。
「あーあ、今日はひとりかぁ」
貴重な入れ替わりの放課後生活。いつもだったら、司くんや高木くんがあちこち連れ回してくれるけど、一人となるとそういう訳にもいかない。
それでも一人でどこかに行ってみようか……
そんな風に考えながら、ふと眼下を見下ろすと、下校途中や、部活に励む生徒の姿が見えた。
「そういえば、私、この高校、全部は回りきれてないんやった」
初めてこの高校に来た時、吹き抜け作りなんて、東京って本当にスゴイところ!って目を丸くしたけど、いつも司くんや高木くんと一緒に行動してて肝心の神宮高校のこと、知らないところもあるじゃない。
「神宮高校探検隊か……ふふっ、ええね!」
隊長兼隊員の総員一名ってのは寂しいけど、折角の機会。瀧くんが普段通っている、この高校のことを知りたくなって、私はスキップしながら校舎内へと続く扉に向かっていった。


そして……私は改めて瀧くんの通う神宮高校の凄さを目の当たりにしている。
糸守高校なんて、中学校とたいして設備なんて変わらなかったのに、ナニ、コレ……?
吹き抜けどころじゃない、いちいち細かいところまでデザイン性が感じられて、ガラス張りから見える外の風景は解放感が、特別教室の設備の充実さは半端ない!図書館の蔵書数は、普通の図書館並み。
そして、極めつけは……何よっ!この食堂!!カフェが、お洒落な喫茶スペースが学校内に存在してるってなんなのよぉー!!

「ハァ……探検隊が発見したものは、高校生格差という現実やった」
トボトボと肩を落としながら歩いていると、もう一度ため息が出た。
と、前から男女二人組の生徒がすれ違っていく。仲睦まじく男子生徒が話していて、並んだ女子生徒が楽しそうに応えている。
何となくその光景を振り返ると、その二人の背中を眺めながら、ええなぁ、と呟いていた。

ん……?何がいいんだろ?
女の子の制服かな?あの制服可愛いもんね。でも、流石に瀧くんの姿じゃ着れないし。
私がこの学校の生徒だったら着れるんだけどな。中身だけじゃなくて存在自体入れ替われれば良かったのに。
私がいて、司くんがいて、高木くんがいて、瀧くんが……そっか、瀧くんは、
「あはは、瀧くん、いないや」
無意識に毛先に触れながら、再び廊下を歩き始める。

分かりきっていることなのに、言ってみて気づく。
君と入れ替わってるから、私はここに居る。
だから、君がいないことは仕方ないことなのに。

ねえ、瀧くん。
君は、この学校で、教室で、いつも何をしているの?
君の瞳は、どんな光景を映してるの?
君と身体は共有しているのに、もしかしたら違うものが見えてるのかもしれないって。
だから、少しでも君のことが知りたいから、こうして校舎の中を歩き回っているのかもしれないね……

そうしてひととおり学校を巡ると、私は自分の教室へと戻ってきた。
まっすぐ自分の席へと進むと、いつも君が触れている机に手を添える。私は一度頷くと席に座り、教室の前にある黒板を見つめた。
夕暮れ、オレンジ色が差し込んだ誰もいない教室。
一人静かに想いを巡らせる……

夢にまで見た東京生活。
息苦しい糸守から離れて、誰も『宮水』としての私には気づかずに、自由に生活できる。
だから、入れ替わりは楽しいし、毎日がお祭りみたいな、東京にこれからも居たい。
だけど、

「変なの……」

私ね、いつ頃からか、君がいない東京生活に物足りなさを感じている。
私がここにいるってことは、君は一緒にいることはできないのにね。
でも、司くん、高木くん、私と瀧くん、そうだ、テッシーとサヤちんも一緒に遊べたらきっと楽しい。
今でも楽しい東京での生活が、もっともっと楽しくなるよ!

「我ながらナイスアイディア♪」

だけど、脳裏に浮かんだのは、私と瀧くん。二人だけで過ごす東京。
カフェで、原宿で、お台場の水族館で、展望台からの眺め、etc……
私視点で、そして隣に君がいる。
想像しただけで楽しい……そんなことしたことないのに。できっこないのに。

「君は……違うのかな」

君にとって、私はただの入れ替わりの迷惑な相手でしかなくて、早く一日が終わって、目が覚めて欲しいって。
早く東京に戻って来たいって。
君のいつもの生活の中に、私はいなくたって……

胸の奥が痛くなる。この痛みはなんなんだろう……?
そんな風に自問しかけた時、教室の扉が突然開いた。

*   *   *

「立花君……?」
夕暮れ時の教室。出入口あたりはだいぶ薄暗くなってきたけど、スラッとした長身の美人さんのことを、私はすぐにわかった。
「あ、高山さん」
彼女の名前は、高山真由さん。
瀧くんの、私の前の席に座っている子。都会に住む女の子らしく立ち居振る舞いがやっぱり田舎暮らしの私とは違うような気がするけど、明るくて元気が良くて、私がこっちにいたらお友達になってみたい、そんな女の子。
彼女は私の前の自分の机から何やら取り出すと、そのまま席に座って、こちらに振り返った。
「一人でどうしたの?高木あたりと一緒に帰ったと思ってた」
秋めいた茜色の光が微笑む彼女を照らす。
「ふふ、高木くんも司くんも今日は用事があるんやって。折角やから、わた……あ、いや俺は学校の探検しとったんよ」
「探検って……」

あ、笑われてしまった。でもまあ仕方ないか、普段ここで生活をする人達にしてみれば、ここはなんてことはない、当たり前の場所で、光景で。
でも、普段田舎暮らしの私にとっては未知の世界。同じ高校生でもこれだけ住んでる環境がこれだけ違えば、私とは考え方とか全然違うのかな?
そんな小難しいことを考えながら、出てきたのは、単純な、素直な、感嘆とも言える言葉。

「東京ってすごいよね……」
「何をいまさら」

今更か。そうだね、瀧くんにとっては、ここで生活してることは『今更』のことなんだろうな。
私にとって、初めて見るもの、感じるもの、ここでの全てが君にとっては当たり前の光景で。
私はこんなに楽しく過ごしているけど、瀧くんはどうなのかな?
ふと疑問に思って、目の前に居る東京の女子高生に質問を投げかけてみたくなった。
「高山さんは毎日、楽しい?」
「まあ、どうだろうね?でも、九月に入ってからはそれなりにいいこともあって楽しい……かな?」
ハニかんだように答えた高山さん。なんだか可愛いなって思えた。
住んでる場所は違っても、そこはやっぱり同い年の女の子らしい感じがして。私は少し安心したように頷いた。
「立花君は、楽しくないの?」
と、今度は彼女から同じ質問が返ってきた。

思わず目を見開く。
楽しい、楽しいよ。
夢にまでみた東京生活。見たこともない光景。お洒落なカフェ、美味しいパンケーキ、大変だけど初めてのアルバイト、素敵な先輩とのお喋り。
こんなに楽しい日々は、今まで私の人生にあったかなってくらい楽しい。
でも、最近は糸守に居る時だって、楽しい。ちょっとだけ、ちょっとだけだよ?……わくわくしてる自分がいるんだ。
だから、楽しいって思えるのは、もしかしたら……

「俺も、九月に入ってから、それなりにいいことあったから」

――君と出会えたからかもしれないね

心の奥底の気持ちに触れるように、胸にそっと手を当てた。
私は微笑んでいたんじゃないかなって思う。

「でも、毎日会えたら、もっと楽しいのかな……」

こんなに素敵な毎日を、もし君と過ごすことができたなら……
そんな風に考えながら、暗くなってきた窓の外を眺める。徐々にビル群に明かりが灯っていく。糸守は夜空の輝き。東京は地上の輝き。
私達、見ているものは違うけど、感じてることは似ていたらいいな……

高山さんは、そんな私を何も言わずに見つめていた。
ふと視線が交わって、私は思わず聞いていた。
「……ねえ、高山さんって好きな人、いる?」
「えええっ!!?」
オーバーリアクション気味に高山さんはずっこける。
「ご、ごめんなさい、変な質問やった?」
「あ、いや、そういう訳じゃないんだけど……突然のことで思わずビックリしてしまいまして」

彼女の言葉で、はたと気づく。
あ、マズイ。私は、今、瀧くんだった。
感覚が完全に女子高生である自分になっていて、思わず女の子同士のつもりで話しかけていた。
「そ、そうやよね。ごめんね、変なこと」
話題を逸らそうとした私の言葉は遮られた。

「いるよ」

彼女の真剣な眼差し。短くても込められたその想い。

「……いるよ」

繰り返された言葉。
いくら私だって気づく。
彼女は、瀧くんのこと……

「そうなんだ……」

心臓が早鳴っている。
それは意図せず彼女の気持ちに触れてしまったから?
それとも、彼女の想いが、真っ直ぐで真剣だったから?
そもそも、私は何であんな質問を彼女に投げかけたんだろう?
何か大事なことに気づかされてしまいそうで、私は逃げるように席を立ちあがる。

まったく、あの男は!
彼女は作らないとか言っときながら、それなりにモテてるじゃない。
君がそんな風に鈍感で、女心をわかってないからいけないんだよ。

心の中で、運命共同体に文句を言い続ける。それは立ち上がったのと同じ。何かから逃げるような行為。
机に座りながら、私を見上げている高山さんの表情は、最近の糸守に居る時の、姿見に映る私を見ているようで……
だから、私は極力彼女の方を見ないようにした。

ダメだよ……
瀧くんには、好きな人がいるんだよ?
とっても素敵な年上の女性。美人で、お洒落で、気さくで、楽しくて、私にないものばかりを持っている。
想いは、届かないよ……

「高山さんは……もし気になる人が、他の人のこと好きだったらどうする?」
そのまま話を終わりにすればいいのに、私は聞いていた。彼女だからこそ、聞いてみたい。そんな気がして。
「私に、それ聞いちゃうかなぁ」
苦笑交じりに立ちあがった彼女。長身の彼女だから、同じくらいの高さの視線が真っ直ぐこちらを見つめた。
「他の人のこと好きなんだとしても、自分の気持ちが"好き"なんだったら……私は、自分らしく"好き"って伝えたいかな」
そう言うと彼女は窓の外に視線を外して、それ以上何も言わなかった。
今、この場で、私である"彼"に伝えるつもりはないんだと思って、正直ホッとした。

「そっか……自分らしく、か」
自分らしく。
私だったらどうなんだろうか?
糸守に居る時の、気持ちを押し隠して生活する自分を思い出して、心の中で苦笑い。
その苦笑いすらも、何か大事なことから目を背けてるような気がした。
「……暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか」
「うん、そうやね……」
高山さんからの申し出に安堵したように私は頷く。
彼女と話すことは、自分の心と向かい合ってるようで……ツラかった。


「じゃあ、またね」
「うん、また」
高山さんと別れ、瀧くんの家へと足早に帰る。
やっと今日一日が終わる。夜、ベッドで眠れば明日は糸守。
いつもだったら、まだ糸守には戻りたくない、東京に居たいって思うけど、今日は、早く瀧くんの姿から元の自分に戻りたいって思ってた。

理由はよくわからない。
彼のままでいたくなかった。
帰りの電車、夜の車窓に映る彼と視線を合わせたくなかった。
洗面台の鏡に映る彼の姿を真正面に見たくなかった。
彼の声を聞くのもイヤで喋ることも憚れた。

私は君、君は私なのに。大事なことはまるでわからなくて。
そして、今日一日、とても知りたいと思ってた自分がいる。

それでも日記に残す言葉は、いつもの日常報告だけ。
私の『心』は日記には記さない。

これでいいんだ。これはきっと夢。入れ替わりとは夢を見ること。
だから、目が覚めれば、今日のこの変な想いはちょっとずつぼんやりしていって。
それでいい。
それでいいんだ、と自分に強く言い聞かせる。

彼の部屋の窓を開ける。
間もなく十月。糸守と違って東京の空気は、何かが混ざったようなモヤッとした感じがして決して心地よいとは言い切れないけど、それでも徐々に秋めいた風を肌に感じる。
私は星を見上げた。地上の星に埋め尽くされた都会の夜空は、星なんて殆ど見えないけど、それでも一際輝く一等星。
幾億光年から続く、その輝きをじっと見つめる。
せめて、今この瞬間だけは、同じ空、同じ時間を君と共有しているんだ、そう思いたくて。
私はじっと『おなじ星』を見つめた。

*   *   *

そして、今、私は東京で、星を見上げている。
いつもこの時期は、あの一等星。

探している何か、探している誰か、それが何なのかはわからない。
だけど、宇宙に広がる幾億もの星々の中、たった一つの『おなじ星』を、きっと探している誰かも、どこか遠くで見つめてくれている。そう信じてる。

きっとあの星だけは、私の探し物がわかっているんだ。

だから、星にこの想いを届けてもらえるように。

――ぜったい逢えるから

私は、心の奥底に眠る想いを込めて、そう呟いた。