君の名は。SS 瀧三デート話。初デート編⑩~⑫


>⑩いざ映画館へ(再び)。

新宿駅近くのビル内にある映画館。上階のシネマに行くため、私達はエレベーターへと乗り込む。前の方にいたからすんなり乗れたけど、週末だけあって後から乗り込んできた人達で一気に混みあう。東京に出てきてからもう随分経つし、通勤電車なんて毎日こんな感じだけど、狭い空間にぎゅうぎゅう詰めというのは、やっぱりいい気はしない。
だけど今日は……
「大丈夫ですか?」
混雑から私を守るように、彼がすぐ傍に居てくれる。
「はい、大丈夫です。ありがとう、立花さん」
小さな声で御礼を言う。エレベーターは一部ガラス張りになっていて、視界が新宿の街を俯瞰するようにどんどん上がっていく。
ズルいかな、と少しだけ思ったけど、混んでることをいいことに彼のジャケットをそっと掴んだ。
彼の顔が近いし、やっぱり照れてしまって視線を合わせられない。だけど、いつまでもこんな風じゃいられない。だって、勇気を出してちゃんと言いたいから。

がんばれ、私!!

心の中で自分にエールを送る。
そんな彼の間近の特等席はあっという間に終わってしまって、目的の階に到着する。
「行きましょうか」
彼が私の手を取る。一瞬ビックリしたけど、はい、とその手を掴んで離さない。
少しは自然に振舞えてるかな?そんな風に思いながら、彼に引かれるように、エレベーターを降りた。

*   *   *

強引かもと思ったけど、勇気を出して宮水さんの手を取った。少し力を込めて握り返してくれた彼女。たったそれだけなのに、心の中でめちゃくちゃ喜んでいる俺。

彼女に告白すると決めた。
こんな気持ちになるのは初めてだし、これが本当に『好き』って感情なのか俺にもよくわからない。それでも、彼女のちょっとした反応ひとつで心臓が高鳴るのは、他の女性(ひと)とは違う、俺にとって特別な存在に違いないから……

がんばれ、俺!!

心の中で自分を鼓舞する。
……とは言うものの、デートするってことだけで頭がいっぱいだったから、告白のシチュエーションとか、何て言って告白すればいいのか、そんなこと全く考えてなかった。
そもそも、宮水さんに"彼氏がいない"ってまだはっきりしてないんだよなぁ……
繋いだ手の先、ちらりと彼女の方に視線を送る。薄暗い映画館の中でも、澄んだ大きな瞳、白い肌、彼女の存在自体が輝いて見えて、思わず見とれてしまう。

「あの?」
「え?あ、はいっ!?なんですか?」
「ポップコーン食べます?」
彼女が指差した先にある売店。パネルに飲食メニューのご案内。
「さっきお昼食べたばかりですけど、映画って言ったらポップコーンかなって」
確かにそんなイメージあるよなぁ。彼女の意見に賛成するように俺は大きく頷く。
「いいと思います。買いましょうか」
「はい」
ハニかむ彼女と一緒に売店前の列に並ぶ。店員さんも手慣れているのか、思ったよりも早く順番が巡ってきた。
「いらっしゃいませ!ご注文は?」
「ポップコーンを……一つでいいですか?」
はい、と宮水さんが頷く。
「味は何になさいますか?」
「え?」
店員さんはカウンターに備え付けられたメニュー表を示しながら、味の種類を説明してくれる。
「じゃあ……」
宮水さんのことを考える。彼女のことだから、きっと、

「キャラメル味で」
「塩味で」

声が重なった。

*   *   *

立花さんと顔を見合わせる。
あれ?立花さんのことだから、てっきり塩味かと思ったんだけど。
目をぱちくりしていると、
「宮水さん、甘いの好きそうだから、キャラメル味だと思ったんですけど、塩味の方が良かったですか?」
そんなことを言ってくれて、思わず笑ってしまった。
「え?どうかしました?」
「いえ、私、立花さんなら、塩味を選ぶかなって」
「あ、そういうことですか」
可笑しくなった理由を理解してくれたみたいで、彼も小さく笑う。
「だったら、これなんかどうですか?」
「ハーフアンドハーフ?」
「二つの味、選べるみたいですよ」
「あ、いいですね、それ」
そうして、塩味とキャラメル味のハーフアンドハーフのポップコーンを選ぶと、私達は丁度入場案内が始まったシアターへと向かった。

「映画なんて久しぶりです……」
「俺もです」
シアターの中段ほど、通路近くの席に並んで座る。薄暗くなっていく場内、と前面の大スクリーンに映像が流れている。
まずはお決まりの予告編。これがまた長いんだけど、作品によってはこの予告で観たくなることもあるから、たかが予告と言えども人を惹きつけるように作られてるんだなって思う。
「あ、この映画……」
「どうかしました?」
小さく呟いた彼の言葉にヒソヒソ声で応える。
「いえ、さっき好きだって言った映画と同じ監督の新作みたいで」
「そうなんですか、じゃあ、始まったら一緒に観に来ませんか?」
「え?あ、はい、そうですね」
我ながら頑張ってる!と思いつつ、ちょっと厚かましいのかな、と心配にもなりつつ。
一息つくように、ポップコーンに手を伸ばそうと横を見れば、タイミングよく彼も手を伸ばしていて、目と目が合う。
「あ、お先にどうぞ」
「いや、宮水さんの方こそ先に」
「いえ、立花さんの方が早かったですし」
「じゃあ、お先に……」
「どうぞどうぞ」
どこかのお笑い芸人のやり取りみたい……そんな風に思いながら、彼に続いて私もポップコーンを手に取る。

瞬間、場内がシンと静まり返る。
本編が始まる。
立花さんと一緒にいる時間は、本当に楽しいなって思いながら、これから始まる映画に期待してスクリーンを見つめた。


>⑪映画の内容は。

周りに気を遣ってばかりで、素直になれない女の子が居て。
照れ屋で、人付き合いとか別に気にしなくて、一人でも平気な男の子が居て。
そんな二人が、たまたま高校で同じクラスの隣の席になりましたとさ。

普通だったら、『ああ、こんなヤツ、クラスにいたなー』くらいで関わることなく月日が過ぎ去っていくはずだったけど、何故か二人は、手で互いに触れると相手の気持ちがわかってしまうのでした。
最初は混乱する二人。互いに触れないように距離を置こうとするも、何故か一緒に居ることが増えて。
それでも、望まなくても、触れ合ううちに、相手のことを知って、自分にない価値観に惹かれ合って、互いに足りなかった成長を果たし、そして、ついに二人は付き合うこととなるのでした。

ただ、付き合いだしたら、付き合いだしたで、互いの気持ちがわかりすぎるというのも困りもの。
手を繋いでも、気持ちが伝わりすぎて、年頃だから、あんなことやこんなことだって考えてしまう訳で。そんなこともあってか、好き合ってるのに二人は大ゲンカをしてしまいます。
仲直りできず気まずいまま、それでもやっぱり仲直りしようとした矢先に、世間を騒がせていた連続爆破事件に巻き込まれ、彼女を庇った男の子は意識不明の大怪我を負ってしまいます。
だけど二人は、手を合わせれば相手に気持ちが伝わって。そして、事件の直前に男の子が気づいたヒント、それが女の子に伝わり、そのおかげで無事、事件は解決に至り、街に平和が戻るのでした。

……ですが、男の子の意識は戻りません。
女の子は、毎日学校の帰りに病院に立ち寄って手を繋ぎます。その時だけは互いの気持ちが繋がって。
毎日毎日そうやって、二人の安らかな日々が続きます。

だけど、男の子の意識は戻りません。

ある日、夕暮れ時の病室。女の子が男の子の手に触れても、相手の気持ちがわかりませんでした。
その翌日も、そのまた翌日も気持ちが伝わりません。それでも女の子は毎日病室に通いました。
そして、高校の卒業式の日。

――もうここには来ないね

繋いだ手の先、彼の手のひらにそう伝えて、女の子は病室を後にしました。

女の子は病院の屋上に居ました。男の子と過ごした日々を思い出します。
屋上の手すりに手をかけたその時、

彼女の名前が呼ばれました。

目を覚ました男の子の声。寝た切りで弱った身体を必死に動かして。

馬鹿野郎!と本気で怒ってる男の子に女の子は泣きながら抱きつきます。
おはよう、起きるの遅いよ……って。
もう互いの手に触れ合っても、お互いの気持ちはわかりませんでした。だけど……

時は過ぎ、桜の舞う季節。成長した二人。
手を繋ぐと、一瞬驚いたようにお互い顔を見合わせます。それでも、すぐに何かがわかったように優しく微笑み合うのでした。

*   *   *

すすり泣く声が聞こえて、チラリと横に顏を向けた。
宮水さんがハンカチで目を拭っているのが見えて、あまり見ちゃいけないと、視線をスクリーンに戻した。
高校青春モノかと思いきや、後半は結構シリアスで、好きな人は目の前に居るのに、相手は自分を庇って意識不明という状態。ちゃんとハッピーエンドになるんだろうか、と不安になってくる。

それに……観てると何だか胸が痛い。
ちゃんと目覚めろよな!好きな子泣かせるんじゃねえよ!がんばれよな!
などと、もうラストは決まっているのに、全力で二人を応援している。

男の子は、このまま目が覚めなかったら、女の子がずっと病室に来るから、きっと気持ちを閉ざしたんだろうな、と思った。
女の子の幸せのために自分のことを顧みずに……

でも、きっとそれじゃダメなんだ。どんなカタチだろうと、互いが居てくれるから幸せになれるんだと。

*   *   *

ずっと待ち続ける女の子が、どこか自分に重なって見えて涙が溢れてきた。
女の子は、もう来ないって言いながら、目覚めなければ命を絶つ覚悟で。それは彼女なりの賭けで。それが男の子に伝わったから、彼は目覚めようと必死だったんだろう。
命を賭けることが正しいとは思えない。でも、もしも立花さんに会えなかったら……私は今をちゃんと生きているって言えただろうか?

――ムスビ

ふと、お祖母ちゃんの言葉を思い出す。
ラストシーン、ハッピーエンドの二人に思わずホッとして、小さく拍手を送りながら、隣に居てくれる人が、そんなムスばれた人であって欲しいなって願っていた。


>⑫新宿御苑にて。

エンドロールが終り、ゆっくりと場内が明るくなる、席を立つ人々のざわめきの中、何も言わずに、つい隣に座る彼を見てしまった。
彼もまた私のことを見ていた。お互い思うところがあるのか、見つめ合って数秒。映画の主人公達のように、彼の心はわからなかったけど、あのエンディングのように私も微笑みを浮かべたと思う。
「出ましょうか」
「はい」
彼に促がされるように席を立ち上がる。出口に向けてゆっくりと進む人の列に並んでいると、周りの人の感想なんかが聞こえてくる。
「大丈夫ですか?」
と、優しい声で立花さんが声を掛けてきた。
「泣いてたみたいだから……」
「え!?あ……大丈夫……です」
そうだった、少し泣いちゃったんだっけ。みっともないとこ見られちゃったかな?
「ちょっと、化粧直してきますね」
明るい通路で、泣いた後の顔は見られたくなくて、顔を隠すように化粧室へと向かう。
「フロアで待ってます!」
中越しに彼の声が聞こえたけど、うまく反応できなった。

「お待たせしました」
薄暗いフロアの中でも、私はすぐに彼を見つけられた。引き寄せられるように駆け寄れば、彼は、全然待ってないですよ、と笑顔を返してくれる。
なんだろう、映画の余韻だろうか?うまく言えないけど、何だかいい雰囲気になってる気がする。心が、彼のすぐ傍に居たいって、傍に居るととっても嬉しいって飛び跳ねてるみたい。
だけど、映画館から外に出れば、眩しい陽射しと、すぐ横を走る騒がしい車の走行音で、一気にいつもの日常に戻ってきたような感覚に陥ってしまう。さっきまでのムードが少し削がれた感じがして、心の中で"あーあ"と苦笑する。
「あのっ!」
「はい?」
「宮水さん、疲れてます?」
「いえ、私は大丈夫ですよ」
「それじゃ」

立花さんの提案で映画館のすぐ近くにある新宿御苑へとやってきた。二時間くらい暗い映画館で座りっぱなしだったせいか、こうして陽射しを浴びながら緑に囲まれた庭園を歩くのはとっても気持ちがいい。昔、住んでいた糸守のような大自然って訳にはいかないけど、さっきまで居た都会のビル群から、今は全く違う雰囲気の中、こうして立花さんと並んで歩けるのって十分贅沢なんじゃないかな。
「いい所ですよね」
正直な気持ちを口にすれば、彼もホッとしたような声で応えてくれる。
「夕飯を一緒に、と思ってる店もこの近くなんですよ」
「へえ!そうなんですか。今から楽しみです」
「俺、昔、そこでバイトしてて。だから味は保証しますよ」
「立花さん、レストランでアルバイトしてたんですか!すごいですね」
「いや、作る方じゃなくて、ただのウェイターですけど」
「ウエイターの立花さんかぁ」
また彼のことを一つ知ることができた。もっともっと知りたいな……

木々の間、芝生の上、池を眺めたり、ちょっと視線を上げれば、新宿の高層ビル群。二人でゆっくり並んで歩いて、と或る東屋で一休みすることにした。

*   *   *

「さっきの映画、」
一休みしながら、会話が続くようにと、一緒に観た映画の内容を思い出していた。
「あ、ちょっと泣いてしまって……スミマセン」
毛先に触れながら、頭を下げた彼女を慌ててフォローする。
「い、いや、後半結構シリアスだったし、仕方ないですよ!それよりハッピーエンドで良かったなぁって!」
「確かにそうですね、初めて一緒に観た映画ですもんね。ハッピーな方がいいですよね!」
「後半、ハッピーエンドになるかどうか、そればっかり心配してました」
「えー、なんですか、それ。それじゃラストだけ良ければ、みたいじゃないですか」
口許に手を当てて笑う彼女の姿に、俺も釣られて笑っていた。

「……楽しい、ですか?」
東屋に腰をかけて、鳥のさえずりを遠くに聞きながら、二人でゆったりと庭園を眺めていると、不意に彼女からの問いかけ。え?と顔を向ければ、彼女がジッと俺を見つめていた。
「立花さん、私と一緒に居て、楽しいですか……?」
和やかな空気が少しだけ張り詰めた感じになる。まるで映画のクライマックスのようだ。
彼女の問いに答えないまま、俺も彼女を見つめ返す。無言の時間が続くけど、彼女はその時間を待っていてくれる。

今は周りに誰もいない、雰囲気だって決して悪くない。自分の気持ちは固まっている。言うって決めた。望んでいるのはハッピーエンドただ一つ!

だが、何て言う?
ストレートに好きです!か?
それとも、つき合って下さい?彼女になって下さい?
いや、そもそも宮水さんフリーなのか?だから彼氏が居るかどうかをまず確認?

緊張で唇が渇いていく感じ。
声、ちゃんと出るだろうか?
初めてのことで、どんなに抑え込もうとしても心臓のバクバクは止まらない。
それでも彼女から視線を逸らさずに、大きく息を吸い込むと思い切って!!!

「あ、あのっ!!!」
「は、はい!」
「み、宮水さん、"彼女"居るんですかっ!?」


>なかがき
⑩~⑫映画館編。現地行ったことある経験が役に立ちましたね。バルト9はビルの上階にあるんですけど、エレベーターで行くしかなくて。
不便さはありましたが、奥寺先輩との東京デートを彷彿させるような感じになって悪くないんじゃないかなって思っています。
ポップコーンのハーフ&ハーフなんてものがあるのを知ったのもここでしたね(他の映画館でも普通にあるようですが、気づいてなかった)。
劇場から新宿御苑への流れも狙った訳ではなく、近くて丁度いいなーと思っただけです。ですが、新海監督作品的にはこのルートもまた悪くないなーと思うのでした。
本当に書きながら適当にデートコース選んだ割には、なかなかそれっぽいルートになってるんじゃなかろーかと(笑)

>上映された映画は。
当初は『君の名は。』を観せようかとも思ったのですが、あまりにメタなのでやめました(それに年数が経ちすぎてて)。
書いてた当時は『天気の子』も上映前でしたし、未来の新海監督作品なんて想像つかなかったのでオリジナルの内容で。とは言え、瀧三の二人に合うように、君の名は。の雰囲気は盛り込むように意識しました。あと、これまたアニメ版は上映前でしたが『君の膵臓をたべたい』の僕と桜良も意識しています。
社会の一大事が解決しても、二人にとってはお互いが全て。些細な日常が尊いんだ、みたいな感じでしょうかね?
話として面白いかどうかはさておき、なんとなーくの雰囲気で楽しんで頂けましたら。

それでは今回もお読み頂き、ありがとうございました。