君の名は。SS 瀧三デート話。初デート編⑯&おまけ

>⑯親友たち。

「えー……本日はー、瀧の初彼女ゲットの祝いの席にお集まり頂き、誠にありがとーございましたー」
「なんだよ、その棒読みの冒頭挨拶は」
「まあ、いいだろ。司の奴、お前が無事につき合うことができたって聞いて、すげー喜んでたんだぜ」
「余計なことは言うな、高木」
司にしては珍しく照れ顔をして、眼鏡を真ん中を中指で触れる。
「へいへい。それじゃ、とっとと始めようぜ!」
いつもの親友三人、各々がビールジョッキを手に取る。
「それじゃ」
「かんぱーい!!!」
三人の声が重なり、ジョッキが爽快にぶつかり合う。早速ゴクゴクと飲み始めれば、テーブルの上に半分ほどとなったグラスが置かれていく。
「あ、ありがとな。みつ……あ、いや、宮水さんと付き合えるのは、お前らのアドバイスのおかげだと思ってるよ」
照れくさいのか、視線は上を向いたまま、首の後ろに手を当てて、瀧が礼を述べる。
「別に俺達はお前の持ち味を客観的に言ったまでだ。彼女とつき合えるのはお前自身の力だよ」
「そうそう、別に俺らのアドバイスなんか無くても、瀧は彼女とつき合えてたと思うぜ」
メニュー表に目を落としながら、さも当然のように語る高木に、司も同調するように頷いた。
「それでも、サンキューな、司、高木」
瀧の殊勝な言葉に、二人の親友は笑みを零す。

「まあ、お前の礼なんて酒の肴にもならないからな」
「たっぷり聞かせてもらおうか、どうやって告白したのか、その一部始終をな!」
「えぇ!?マジかよ!?」
「当たり前だ、そのために今日集まったようなもんだ。それに俺はミキさんに事の詳細を報告する義務がある」
「なんだよ!その義務はッ!!」
「わははっ!諦めろよ、瀧」
高木に背中をバンバン叩かれ、瀧は「ったく、お前らなぁ」と口を尖らせるが、すぐに一緒に笑い出した。

*   *   *

「で、彼が私のこと抱きしめて……"すきだ"って」
「おおぅーー♪で?で?彼の告白に三葉はなんて応えたん??」
「えっと……"わたしも"って」
「ひゃあぁ♪、なんかいいわー♪二人とも学生さんみたいに初々しくて可愛いわぁ~♪」
今日は親友、サヤちんが三葉の家に泊まりに来てくれた。その目的は勿論、三葉にできた彼氏について諸々聞き出すためだ。お酒を持ち込み、三葉と瀧の馴れ初めを一から十まで質問攻め。当初は照れて言葉を濁していた三葉も、空き缶が増えるごとに饒舌になっていった……

「悪かったわね!どうせ私は、この年まで彼氏居ませんでしたよー!」
拗ねた表情で、三葉がビール缶に口をつける。
「何言っとるんよ、あんた、大学時代から充分モテとったやないの。何回、告白されてゴメンナサイしてたか」
「だって……瀧くんじゃなかったんやもん。私が好きになるの瀧くんだけなんだもーん」
お酒の力か、彼氏の力か、顔を真っ赤にしながら、三葉は呟く。
「ふふっ、もうわかっとるって。三葉は、その彼のこと、立花くんが大好きなんやもんねー?」
「うん、大好き!」
そう言って、再びビール缶に口をつけ、コクコクと飲みはじめるとそのまま一気に飲み干した。
「サヤちんと一緒に飲むお酒も好きやよ♪」
「それは、ありがと♪」

本当に良かったな……
三葉の表情を見て、サヤちんは心からそう思う。親友が失くしていたものを、その彼は埋めてくれたんだと。
悔しいけど、悲しいけど、自分達では埋めてあげることはできなかった。
理由もハッキリしないけど、心が彷徨い、必死にもがいていた三葉に対して、無力だった。親友のはずなのに……
だけど、こうして、親友の眩しい笑顔が戻ってきたのなら。きっと克彦だって心から喜んでくれるだろう。

「ねえ、サヤちん」
「ん?」
「サヤちんとテッシーのおかげやよ」
「おかげって、何が?」
「上京して、ここまで色々必死やったけど、サヤちんとテッシーが居てくれたから、瀧くんに逢うまで頑張ってこれた。今更って感じでゴメンやけど、ありがとう、サヤちん」
「な、なに言っとるんやさ!三葉は」
サヤちんは立ち上がると、トイレ借りるね、と言って、部屋を出る。
親友に気づかれないように、そっと涙を拭って……

*   *   *

「だからさ、司!三葉は美人で年上なんだけど、結構仕草とか可愛いところもあるって言うか、話し方も気が緩むと方言混じりになって、それがまたいいって言うか」
「あー……なるほどなー」
メニュー表を眺めながら、適当に相槌を打つ司
「で、黒髪ロングが三葉によく似合っててさ!サラサラでいい匂いがするし、って、おい!高木、聞いてるか?」
「おー……聞いてるぞー」
話半分で、イカゲソの唐揚げに手を伸ばす高木
ビールジョッキ片手に彼女の惚気話を繰り返す瀧。司と高木は目を合わせると、表情で会話を始める。
(今の話、何度目だ?)
(いや、もう数えてねぇ。それにしても『年齢=彼女居ない歴』の男が初彼女ゲットするとこんなになってしまうのか?)
司は眼鏡のツルを持ち上げる。
(余程嬉しいんだろう。初デートの話を聞く限り、瀧も相当頑張ったみたいだからな)
(とは言え、これ以上は俺たちがもたないぞ?)
(だな)
(うむ)
このままでは二人とも酒に酔うというより、瀧の話に悪酔いしてしまいそうだ。互いに頷くと、司が話の切り替えに走った。

「ところで、瀧?」
「ん?」
「お前だから敢えて聞くが、彼女とは、どこまで進んだんだ?」
「ど、どこって……」
不意打ちのような突っ込んだ話に、瀧は照れた時のクセ、首の後ろに手を当てた。
「まさか瀧……もう既に!?」
「んな訳ねえだろッ!……まだ付き合い始めたばかりだぞ、俺達」
「でも、興味はあるんだろ?」
「そりゃまあ……って、何言わせんだよっ!」
「とは言え、お前ヘタレなところがあるからなぁ。先々が心配だよなぁ」
揶揄うような高木の言葉に、うるせえよ、と瀧は抗弁する。
「ま、どちらにせよ、彼女と一緒に居る時間を作らなくちゃ、先へ進むことはない訳だ」
司はニヤリと笑うと、
「瀧、お前今から、彼女をデートに誘ってみろよ」と言い放った。

*   *   *

「あー……やっぱりイケメンさんやなぁ」
「"やっぱり"ってなんやさっ!?」
三葉にスマフォを借りたサヤちんが、瀧の写真を見せてもらっていた。
「いや、三葉って何だかんだ言って、イケメン好きやろ?」
「か、顔だけで瀧くん選んだ訳やないよっ!!」
「はいはい。えっと、他の画像は、と」
「ちょっ、あんまり勝手に!」
と、不意にサヤちんの手のあるスマフォが着信音と共に振動を始めた。
「あ、『瀧くん』やって」
「えぇっ!?う、うそ、瀧くん!?」
ディスプレイに表示された名前をサヤちんに読まれるや否や、三葉はあたふたし始める。
「ど、ど、どうしよ、私、酔っぱらっとるし!?」
「じゃあ、このままにしとく?」
「あ、でも、やっぱり瀧くんからの電話は出たいし!」
「じゃあ、出る?」
ほら、と三葉にスマフォを差し出すと、やっぱりどうしよう!?と全くもって埒が明かない。
サヤちんはため息を一つ吐くと、着信ボタンを押してしまった。

『もしもし、三葉?遅くにゴメン』
「えっと、立花くんでいいのかな?」
『えっ!?あ、はい、そうですけど。ええっと……どちら様ですか?』
「ごめんねー、私、三葉の友達なの。今、三葉に代わるからねー」
スマフォを三葉の前に差し出すと、もうっ!と拗ねたように小さくほっぺを膨らませる三葉。
でも、もしもし、と電話を代わるや幸せそうな表情に早変わり。
(本当に彼のこと大好きなんやなぁ……)
サヤちんは微笑ましく親友の電話のやり取りを見守っていた。

*   *   *

「もしもし、三葉?」
『ゴメンね、瀧くん。今日、友達が遊びに来とるんよ』
「あ、それじゃ、また今度掛けなおすよ」
『ううん、サヤちん、あ、友達のあだ名なんやけどね、電話続けてって隣で言っとる』
「そっか……あのさ、俺も実は友達と飲んでて」
『あー、だからなんやね、ちょっと賑やかだなって』
「声、聞こえる?」
『うん、大丈夫やよ』

酒のノリと勢いで本当に電話してしまったが、三葉の声を聞くと、一気に酔いも醒めてくる。
と、親友二人に視線を送れば、ニヤニヤとこちらの状況を楽しそうに眺めていた。
それがなんだか面白くなくて、瀧は一度咳払いする。

「三葉、聞いて……」
『なぁに?瀧くん』
「俺、三葉のこと、大好きだから。これからもずっと大事にする」
『え……』
電話越しの突然の告白に驚いたのか、彼女の無言が続く。不安になった瀧が、会話をどうしようかと思ったその時、
『私も瀧くんが大好き!ずっと一緒居るよ!』
彼女の声が耳に、そして胸に真っ直ぐ届いた。
「……こ、これからもよろしく」
『こちらこそ、末永く宜しくお願いします……』

「店員さぁーん!!ビール大ジョッキ追加ッ!!司ぁ、俺は今日はとことん飲むぞ!!」
「ああ、どこまでもつき合うぞ、高木」
かけがえのない友人の、その嬉しそうな表情を見て、二人は確信する。
やっとあの頃の瀧が戻ってきたんだ、と。

*   *   *

そして、親友たちは心から願う。

「良かったな、瀧」
「ふられるなよ」
「余計なお世話だ!」

「三葉も幸せになるんよ」
「ありがとう、サヤちん」

もう二度と、二人が互いを探し求めることがないように……と。

瀧三デート話。初デート編おしまい。

 


以下おまけになります。

>おまけ①
告白シーンのプロトタイプ的なネタ。記憶なかったら、こんな感じかなーと書いてみたものですね。

>大人瀧三記憶なしでムスばれる話。

神社の階段で再会し、互いの名前を知り合う二人。
それぞれが、長い月日を探し求めていたことを知る。
互いの存在が気になりながら、何故、探していたのか、その理由を探していく二人。
二人で一緒に過ごしていくうちに、それは半ば会うための理由になっていて、純粋に自身が相手に惹かれていることを感じていた。

だけど……
もし自分が相手の探している人じゃなかったら?
探している本当の人が見つかってしまったら?

それを考えると、不安で、どうしても理由を見つけるしかない、そんな想いで二人は理由探しを続ける。
それでも理由は見つからず、再び訪れたあの階段でついに瀧が……

「宮水さんは、何か思い出さないと……ダメですか?」
「え……?」
「俺は……俺は!宮水さんが居てくれれば、それだけでいいっ!」
階段の上、瀧の決意を込めた言葉に、三葉は口許を抑える。
「宮水さんのこと、ずっと探し続けてきた誰かだって信じてます。根拠なんか無くたって、理由なんか見つからなくたって、それでもいいっ!」
瀧はゆっくりと三葉の前に立つ。夕陽が照らす彼の表情は、いつかどこかであった決意の表情。
「もし仮に、探していた本当の人が別にいるんだとしても、もういいんです。だって、俺、宮水さんのことが好きだから!他の人を好きになんてなれません!!」
「立花……さん」
「……俺、年下だけど、宮水さんの探していた人じゃないかもしれないけど……俺と!」

「ごめんなさい……」
「あ……」
キレイな真珠のような涙が、三葉の瞳から零れ落ちていく。それを見た瀧は、その場に立ちすくむしかなかった。
力なく肩を落とす瀧に、三葉は大きく頭を振る。
「違う、違うんです!……ごめん……なさい、立花さんにそこまで言わせて……」
涙を必死に拭いながら、言葉を続ける。
「私、不安で……年上だし、何か理由が、立花さんが探してきた人が私だっていう根拠がなかったら、好きになってくれないんじゃないかって……。もし本当に探していた人が現れたら、私から離れていってしまうんじゃないかって」
宮水三葉さん!」
瀧の声に、三葉の言葉は遮られる。そっと彼女の手を取った彼の瞳はとても優しくて。だから、出逢ったあの日のように、三葉は微笑んだ。
「それ以上、言わないで下さい。俺も同じですから……」
「……似た者同士、やね」
「本当ですね」

見つめ合う中、どちらかともなく、重なった言葉は『すき』の二文字。
だけど、それだけで今までの不安が消し飛ぶように、心にしっかりと刻まれる。

「立花さん、私、あなたに好きになってもらったら、お願いしたいことがあったの」
「なんですか?」
「名前で呼んでくれませんか?」
一瞬、驚いたように目を丸くした後、瀧は彼女にしか見せない優しい表情で微笑む。
「だったら、俺のことも名前で呼んでくれますか?」
「はい、喜んで」

互いに結び合う手と手。もうきっと迷うことはない。
だから、もう一度、あの日出逢った時と同じこの言葉で。

――君の、名前は、

 

>おまけ②
ファーストフード店の大人瀧三を書いたら、同級生版も書きたくなりました(笑)

遠距離恋愛?同級生if

どこにでもありふれたファーストフード店。店内はいつものようにざわついていて。でもそんな喧噪のおかげか、どこか気楽な雰囲気があるのが、こういうお店のいいところだ。
そんな店の二階、窓際のカウンター席に並んだ高校生の男女二人組の姿が……

「あーあ、もっといい所に連れてってくれると思っとったんやけど?」
「いいだろ、マックでも。俺の奢りなんだし」
「……私がここまで来るのに、どれだけ交通費かけてると思っとるん?」
そう言うや大きな口を開けて、てりやきバーガーをパクつく三葉。
「でっけー口」
「んんーー!!」
食べかけ故に、相手の言葉に反論できず、口許を押さえながらもぐもぐと食べ続ける三葉。瀧は素知らぬ顔で、ポテトをひょいひょいと口に運んでいる。
三葉はジュースのカップを手に取り、ストローを咥えると一口、二口と炭酸飲料を吸い込む。漸くすっきりしたといった感じで彼女は隣に座る連れ合いを指さした。
「瀧くんが、ご飯奢るし、たまには東京来いよって誘ってくれたから、わざわざこっち出て来たんやよ!普通はさ……もう少し東京のお洒落なところに連れてってくれるかもって期待するやろ!?」
「糸守にマックねえじゃん」
「ぐっ……そ、それを言われると、その通りなんやけど」
「スナックは二軒あるのにな」
「うるさいなぁ!……あーあ、こんなんだったら来るんやなかったなぁ。お小遣い相当減ってまったし」
三葉は大きなため息を吐くと、今度は小さく口を開けてハンバーガーをパクリと食べる。

「そんなに……イヤだったか?」
「え?」
「こういう店。俺と一緒に来るのイヤだったか?」
「べ、別にイヤっていうか……。瀧くんは、ほら、普段、司くん達とカフェとか行ってるから、そういうお店に行くのかなーって……。あー……まあ考えてみれば、私が勝手に期待してただけなんやけど」
瀧くんに会えたんは嬉しいよ、と彼にも聞こえないくらい小さな声で呟くと、俯き加減でカップのストローを口にする。
「俺さ、三葉と二人きりで来たかったんだよ、マックに」
彼の言葉に三葉は顔を上げると、耳まで真っ赤にしたその横顔。
「私と……?」
瀧は、隣に座る三葉に一瞬視線を送ってから、そのまま少しだけ後ろの方へと振り向く。三葉も釣られるように後ろを振り向くと、フロアには同い年くらいの学生が沢山いる。学生のグループ、仲の良さそうなカップル、みんな和気あいあいと楽しそうだ。

「こうしてるとさ、なんか高校生のデート……っぽいだろ?」
「デー……ト?」
その単語を呟き、意味を深く理解した瞬間、彼女も耳まで真っ赤になる。
「な、なんやさっ!今日ってデートのお誘いやったん!?」
「わ、悪いかよッ!二人きりで会うんだし、普通はそうだと思うだろ!?」
「だ、だって、瀧くん、デートなんて言ってくれんかったし、ただ遊びに来いって意味だと思ってたし」
「遠まわしには言ってただろ!"二人"で遊ぼうぜって!」
「そんな回りくどい言い方じゃ、わからんよ!」
「お前が鈍感なだけだろ!」
「瀧くんやって鈍感やろー!」
窓際のカウンター席で、テニスのラリーのようにテンポよく言い合いする二人。

「ハァ……なんだよ、昨日からドキドキしてたの俺だけかよ」
気が抜けたように天井を仰いだ瀧に、三葉が詰め寄った。
「そ、そんなことない!私だって、昨日はドキドキして全然眠れんかったよ!」
間近で彼を真剣に見つめる三葉。瀧は目を丸くして、その透き通るような純真な瞳に吸い込まれるように見つめ返していた。
「……」
「……」
「ぷっ」
「ふふっ」
にらめっこみたいに、どちらからともなく可笑しくなって笑い合う。
「もうっ、瀧くんってば、」
三葉は、瀧の腕に軽くグーパンを押し当てる。
「言うべきことは、ちゃんと言いなさいよね」
「うるせーよ」
瀧はそんな三葉の手を取ると、カウンターの下で手を繋ぐ。
「夕飯はちゃんとしたところ、連れてってやるつもりだったんだよ」
「そんな時間まで居れるかわからんよ」
「ギリギリまで……一緒に居たい」
「……仕方、ないなぁ」
まんざらでもなさそうに、三葉は彼の手を握り返す。
それが伝わったのか、瀧はスゥと息を吸い込むと、
「お前のこと、好きだから」
「……うん。私も」

ありふれたファーストフード店の、と或る一コマ。

>あとがき
準備中。週一更新のつもりでしたが、バレンタインネタを書いていたら時間が無くなりまして。
可能であれば、おまけをもうひとつくらい追記したいと思います。
一旦これにて。

君の名は。SS 瀧三デート話。初デート編⑬~⑮

 

>⑬触れ合う心。言えない言葉。

一瞬、きょとんとした顔の宮水さん。暫し間があった後、戸惑う表情を交えながら、選ぶようにゆっくり言葉を紡ぐ。
「えっと、"彼女"は……いません」
「……え?」
「"彼女"は……いないです」
ここにきて、ふと気づく。
俺、何て言ったっけ?まず"彼女"に"彼氏"がいるかどうか確認して、もしフリーだったら、つき合って下さい!"彼女"にってなって下さい!とか、そんな風に言おうと考えてて。

――"彼女"、居るんですかっ!?

「……あ」

い、言い間違ったあぁぁぁーーー!?

頭を抱え、項垂れる。
俺にとって、一世一代の告白タイム!!雰囲気良し、自分の気持ちも固まって、あとは言うだけだったのに、宮水さんを前に緊張し過ぎて大ポカをやらかしてしまった。
ああ……俺、カッコ悪ぃ……
ハァ、とため息を一つ吐くと、あの、と彼女の声が耳に届いた。
「立花……さん」
「……はい」
ゆっくりを顔を上げる。ちょっと情けないけど、今の心情を誤魔化すように一先ず作り笑いを彼女に向けた。
「いません」
「ハハ、そ、そりゃそうですよね、"彼女"はいないですよね」
「そうじゃなくて!"彼氏"もいません!つき合ってる人とか、そういう人……私、居ません!!」
少し前のめりに、手をギュゥと握り締めて彼女は力強く、俺の目を真っ直ぐ見ながらそう言った。
「フ、フリー……ってことですか?」
「はい!」
彼女に気圧されるように、少し顔を引きながらそう聞けば、彼女はうんうん!と何度も頷く。
「立花さんは?」
「俺?」
「お、おつき合いしている彼女さんとか……やっぱり居るんですか?」
「い、いませんよっ!!居たら、宮水さんをデートになんて誘いません!」
「本当……ですか?」
「本当です、本当!!」
俺の言葉に、良かったぁと胸に手を当て、とても嬉しそうな微笑んでくれた。その眩い表情に心臓が再び跳ね上がる。

ここまで来たら……互いにわかる。
きっと、俺達は惹かれ合っていて。
たぶん、お互いの関係を進めることを望んでいて。
だから、きっと言ってしまえばいいだけで。

だけど、さっきの失敗が、もう一歩踏み出すことを躊躇わせる。
初デートだぞ。ここまでできれば十分だろ。まだ時間はあるし、ここで無理に言わなくても次のチャンスはきっとあるさ、と。
そんな風に今、言えない自分を肯定する声が聞こえてくる。
さっきまであった勢いはどこかに消えてしまっていて、俺は再び朗らかな陽射しに照れされた庭園へと視線を戻す。
「宮水さんと一緒にいると、俺、すげー楽しいです」
彼女の問いかけへの答えは、正直半分、もう半分は臆病だな、なんて思いながら心の中で苦笑いを浮かべた。

*   *   *

彼の横顔を見つめながら、少しだけ、ううん、かなり落ちこんでる自分がいた。
立花さん、緊張で言い間違っただけなんだから、スルーしてあげれば良かったのに……
真正直に『"彼女"はいません』なんて答えてしまった自分の気の利かなさを、心の中で後悔する。
でも、

言ってくれればいいのに――

意気地なし!って、彼には悪いけど、ほんの少しだけ、心の中で不満を漏らした。
もう、私にだってわかる。立花さんは私に好意を持ってくれてるんだってこと。
だから、『つき合ってる人はいない』ってちゃんと伝えた。
彼が告白してくれたら、もう飛び跳ねてしまうくらい大喜びでOKだ。

けど、そんな彼の頑張りばかりを期待している自分もまたズルイなって、そう思えた。
一生懸命に言おうとしてくれてた。そんなに緊張しなくてもいいのにって思うけど、それだけ必死なんだって伝わってくる。
彼のそんな気持ち、私にはよくわかる。だって、私も立花さんのこと必死だから……

「あの!」
「はい?」
「立花さん、疲れてますか?」
「大丈夫ですよ、そろそろどこかに行きますか?」
彼は気を取り直してくれたみたいで、自然と笑いかけてくれる。その表情を見て、心から思う。

ああ、彼のこと、好きだなぁって。

だから、私なりに頑張ろうって。
木製のベンチから立ち上がり、彼の正面に立つと、急かすように彼の手を取る。
「私、立花さんと行きたいところがあるんです」
握った彼の手から伝わる体温が、とっても心地よくて、不思議と心の奥底から勇気が湧いてきた。


>⑭新宿、千駄ヶ谷四ツ谷

木漏れ日の中、二人並んで苑内を歩く。もう出逢った頃の春は通り過ぎて、季節は確実に移り変わっている。そんな季節の、何気ない日々の移ろいを、これからも隣にいる人と一緒に感じていきたい。
だから……

何気ない会話を交わしながら、千駄ヶ谷門を抜けて、そのまま最寄り駅を目指す。
そう言えば、と思う。あれだけ悩んでいた彼との距離感、歩くペースは、いつの間にかとっても自然な感じで、思わず顔が綻ぶ。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でも」
「本当ですか?」
「本当ですよ」
「なんか笑ってるんですけど……?」
こんなやり取りもどこか自然で。それが嬉しくて、くすぐったくてクスクスと笑みが零れてしまう。
「立花さんと居ると、楽しいなって」
そんな私の正直な言葉を彼に贈れば、彼は照れたように首の後ろに手を当てる。
「俺も……です」
「はい♪」

そして、私達は千駄ヶ谷駅の改札前へとやってきた。
「来たかった場所ってここですか?」
立花さんの問いかけに私は首を振った。
「いえ、ここじゃなくて。……だけど、今日のデートでここに来れたのは、なんだか不思議な感じがします」
「不思議な感じ……ですか?」
「私、あの日、電車で立花さんを見つけて、思わずこの駅で降りたんですよ」
探していた何か……ううん、ずっと探していた"立花さん"を漸く見つけて、後先考えずにこの駅から駆け出した。

「俺も同じです。宮水さんに逢うために……。そう言えばそうでした、今日一緒に降りた新宿駅の改札、俺はあそこを駆け抜けたんです」
互いにあの日、心のままに走り出した気持ちを思い出すように、晴れ渡る青空を見上げる。
「考えてみたら、お互い逆方向の電車に乗り換えてれば、あんなに走らなくても良かったかも」
「確かに」
互いに顔を合わせると、笑い合う。
何だか可笑しくって、嬉しくて、そして、あの日、もしかしたら逢えなかった可能性もあったかもしれないって、不意にそんな風に思えて……
思わず目尻に浮かんだ一滴を指で拭った。

*   *   *

感情が昂ったのか、涙を拭う仕草をした彼女。上手い言葉が見つからなくて、俺はただ「宮水さん」と声を掛けた。
だけど、俺のそんな心配は必要なかったみたいに、彼女は満面の笑顔を俺に向けてくれた。
「二人が出逢った場所」
「え?」
「あの神社に行きたいんです。初めて立花さんが私を誘ってくれたデートだから、二人で一緒に!」


千駄ヶ谷駅から電車に乗り込み、二つ先の四ツ谷駅へと再び向かう。今朝、同じ場所で待ち合わせた時なんて、彼女を見るだけでもド緊張だったのに、今は視線の先の彼女を見守っている。そして彼女もまた、俺の視線に応えるように、色んな表情を見せてくれる。
「宮水さん」
「はい?」
「俺、今日のデート、一生忘れません」
「えー、大袈裟ですよ」
四ツ谷駅を降り、目的地である須賀神社へと向かう道すがら。俺の言葉に彼女は毛先に触れ、頬を染める。その横顔に愛しさと、どこか懐かしさを感じながら言葉を続ける。
「俺、彼女居ないって言いましたけど、実は誰ともつき合ったことなくて」
「えっ!?そうなんですか??」
さっきまでの照れ顔はどこへやら。宮水さんは心底驚いた顔をして俺を見上げる。
「なんか……カッコ悪いっすよね」
「そ、そんなことないです!!……そっか、つき合ってた人、居なかったんだ」
「……なんか嬉しそうな顔してません?」
「ええっ!?」
バッグを持たない右の手で頬に触れると、こちらに表情を悟られないように振り返ってしまった。その一連の動作が可笑しくて、何だか自分のことをそんなにカッコ悪いとか思わずに自然体でいられた。
「宮水さんで良かった」
自分でも驚くくらいに、心が穏やかに落ち着いていて、ゆっくりと言葉を紡いでいた。
「初めて自分からデートに誘いたいって思ったんです。だから俺、このデート、一生忘れません」
「わ、私だって、忘れません!!でも、まだデートは終わってませんよ!もっともっと二人でいいデートにしましょう!ね?」
「確かに、そうですね」
自然な流れで手を差し出す。はい、と彼女は頷くと俺の手を取ってくれた。

そうして、俺達は出逢った階段の前に辿り着く。
あの日、俺は階段の下、彼女は俺を見下ろすように、階段の一番上で、息を切らしながら俺を見つめていた。
春の陽光に照らされていた彼女。ただ"ずっと探していた人"ってだけで、何にも知らなった彼女。
その人は、今、俺のすぐ隣に居てくれる。

「まずはお参りしましょうか」
「そうですね」

一生忘れたくない初めてのデートだから。
だから、もう一度。
この場所で……

決意を新たに、階段を一段一段上っていく。
今度は一人じゃない、二人で一緒に。


>⑮告白。

あの日出逢った階段を、二人で並んで上っていく。
中段に差し掛かった辺り、一度はすれ違ってしまったことを思い出して、繋いだ手が離れないように少しだけ力を込めようとしたら、彼に強く握られた。彼の横顔を見上げれば、私に頷いてくれる。言葉はないけど、きっと彼もあの日の奇跡の出逢いを思い出しているんだろう……

探し続けてきた誰か
ずっと欠けていたかのような想い
何故とか、意味とか、理由とか、いくら考えてもわからない。
ただ、今日、彼と一緒に過ごして、わかったことがある……

鳥居の前、漸く繋いでいた手を解くと、二人で会釈する。
あの彗星の出来事から八年が経っても、こうして神社に訪れると、自然と身が引き締まる。鳥居をくぐれば、どこか空気が変わったような気がするのは、気のせいだろうか?
身を清めるために、手水舎で両手、口を洗い清める。ふと、隣の立花さんを見れば、迷うことのない流れるような所作。
「よくご存知ですね」
「え?なにがです?」
「こういう作法って、知らない人も結構多いので」
「なんか、いつの間にか身についてたんですよね。誰かに教えてもらったのかなぁ」
「へえ、そうなんですか」
そろそろ夕暮れ、日中の陽射しも幾分やわらいで、優しい風が髪を揺らす。こういう場所だからだろうか、本当に心もゆったり落ちついて、オレンジ色に染まり始めた人気のない境内を、二人並んで進んでいく。

社殿の前でお賽銭を用意する。お財布の中の硬貨を見ながら、やっぱりこれかな、と五円玉を手に取り、賽銭箱にそっと投げ入れる。一番大事なのは神様への感謝の気持ちってことはわかってるけど、それでもやっぱり"ご縁"がありますようにって。
と、立花さんも同じように五円玉を賽銭箱に入れた。隣に並ぶ彼と目が合って微笑み合う。
「お参りしましょうか」
「はい」
手を合わせて神様に感謝する。
彼と出逢えた現在(いま)に感謝する。そして彼と共にある未来(これから)を強く願う。
自分自身を見つめて、気持ちに素直になって。
だから、ちゃんと彼に言おうって……

社殿に向かって一礼すると、少しだけ肩の荷が下りたような、そんな気持ちになってホッとする。
「宮水さん、普段と雰囲気が違う感じがしましたよ」
「え?そうですか?」
歩きながら隣を見上げれば、前を向いたまま彼は言葉を続ける。
「何て言うか、凛とした雰囲気っていうか、背すじがピンとして、表情もキリッとした感じで」
「ちょっと、立花さんっ!それじゃ私、普段はボーっとしてるみたいじゃないですかっ」
「えっ!?あー……でもあながち」
「た・ち・ば・な・さんっ!!」
むぅ、と頬を膨らませて怒ったような顔をすれば、立花さんはいたずらっぽくニカッと笑った。そんな彼の笑顔を見たら、こちらも可笑しくなって思わず吹き出してしまった。

ひとしきり笑い合って、私はその場所で立ち止まる。階段の一番上、あの日、立花さんが私に声をかけてくれた場所。
鞄の持ち手を両手でギュゥと握る。立ち止まった彼が振り返り、私の正面に立った。
「ねえ、立花さん?」
「はい」
「さっき、私のこと、普段ボーっとしてるって言いましたけど」
「いや、それは!言葉の綾っていうか、普段は柔らかいっていうか、優しい雰囲気っていうか、」
「大丈夫です、怒ってる訳じゃないですよ」
あたふたしながら弁明する立花さんの姿にクスッと笑ってしまった。
「あとは?」
「あと?」
「……立花さんは、私のこと、どんな人だって思ってますか?」

*   *   *

二人の間を風が通り抜けた。揺れる長い黒髪に触れた彼女の姿に見惚れて、一瞬言葉が出なかった。
「……とても奇麗です」
「っ!?」
どんな人かと聞かれて素直に答えた。宮水さんは顔を真っ赤にしながら、他には?と聞いてくる。
「仕草とか可愛いし、美人だし、声も澄んでて、いいと思います」
「み、見た目とか……だけですか?」
「あなたと居るとホッとします。あなたと居ると気遣いとか、優しさを感じます。……だけど、本当はちょっと大胆なところとか、面白い一面もあるんじゃないかって、今日、あなたと過ごしてそんな風に思いました」
「うん」
「でも、まだあなたのこと、わからないことだらけです。だから、もっともっとあなたのこと知りたいって思ってます」
「うん」
俺の拙い言葉一つ一つに彼女は頷いてくれる。

「私、今日、立花さんとデートしてわかったんです」
「わかった?」
「私達は、お互いに探し合っていた"誰か"で、こうして漸く逢えて。だけどもう、そういうのはいいんじゃないかって」
宮水さんの言葉の意味がよくわからなくて、俺はただ彼女を見つめる。
「わ……たしね、」
そこまで言って、緊張からか、一度、すぅ、はぁ……と彼女はゆっくり深呼吸する。そうして、俺へと一歩踏み出し、真剣な眼差しで俺を見つめる。
「私……もっと立花さんと一緒に居たいんです。立花さんのこともっと知りたい!だから、探してきたとか、そういう繋がりじゃなくて、これからあなたと一緒に居るための繋がりが欲しいんです!!」
お互い見つめ合ったまま、互いの瞳に互いを映して。彼女の言葉が真っ直ぐ胸に届いたから、俺も彼女に伝えたくて手のひらを強く握り締める。

刹那、辺りを影が覆った。反射的に、西の空へと顔を向ける。夕暮れ時の陽の光がビルに遮られ、俺達は暗がりに包み込まれていた。

――カタワレ時……

その言葉にハッとなって彼女の方へと振り向く。彼女もまたさっきまでの俺と同じように夕焼け空を見つめていた。何かを慈しむように、微笑みを浮かべながら。
その姿を見て、なんだろう?わからないけど、心の奥底に初めからあったみたいに、ただ純粋な彼女への想いだけで、俺は……

すきだ――

宮水さんを抱きしめていた。
彼女に気持ちを伝えていた。
周りの音は何も聞こえない。ただ、自分の心臓の音だけが、トクトクと身体中に伝わってくる。

彼女は拒まなかった。遠慮がちに、恐る恐る俺の背中に手を回すと、
「わたしも」
小さな声で、そう応えてくれた。俺の想いを全部受け止めてくれるようにその腕の中に俺を包み込んでくれる。

暫く二人で、そうして抱き合っていた。
理由はよくわからないけど、今、この時の二人の繋がりを見失わないように、確かめ合うように。
きっと彼女も同じで、身体が少し震えていた。だから、そんな心配はいらないんだと、伝わってくる彼女の温もりと想いに応えるように、抱きしめる手に力を込めた……


どれくらい時間が経ったのだろうか、どちらからともなく、ゆっくりと互いから離れていく。
「スミマセン、いきなり……」
首の後ろに手を当て頭を下げる。彼女は、ううん、と首を振ると、「好きだから、いいよ」そう言って照れくさそうにハニかんだ。
その表情を見て、俺は一度、藍色に染まり始めた空を見上げると、パンッと両頬を手のひらで叩いた。
そして、驚いたように目を丸くした宮水さんに、今度こそ勢いだけでなく、ちゃんとした俺の想いを告げる。
「宮水さんが好きです!俺とつき合ってください!!」
お願いします!と伸ばした手。
「私も、立花さんのことが好きです。……よろしくお願いします」
俺の手に彼女の手が重なる。今日何度も繋いだはずなのに、繋がれた手と手の間に、それまでとは違う、確かな結びつきが生まれたような気がした。

手を繋いだまま、互いに嬉しさを隠しきれない表情で、そうしてるうちに、宮水さんの瞳に涙が浮かぶ。
「やだ、嬉しいのに、なんでだろ」
「きっと嬉しいから、ですよ」
「うん……そうやね」
彼女の瞳に浮かんだ、夕闇の中でもキラキラ輝くような雫を人差し指でそっと拭ってあげる。
宮水さんって泣き虫なんだなぁなんて思いながら、そんな自分も、思わず目頭が熱くなって、夜の帳が下りる空を見上げた。
いつの間にか東の空に丸い月。全てが満ち足りたようなその輝きは今の俺達そのものだって、そう思えた……

 

手を繋ぎ、予約していたレストランへと向かう道すがら、宮水さんからの提案。
「私のこと、名前で呼んでくれませんか?」
「名前、ですか?」
「はい」
ダメですか?なんて、初彼女からの初お願いを上目遣いで頼まれれば、嫌なんて絶対言えない。
「じゃあ、えっと、三葉……さん」
「違います」
「えぇっ!?」
彼女の名前を間違えたのか!?なんて困惑してると、彼女は照れた顔をしながら毛先に触れる。
「三葉……です。"さん"付けはダメです」
「え?なんでですか?でも、三葉さん、年上だし」
「そんなに年上扱いしないで下さい。……結構気にしてるんです」
そんな彼女の言葉につい吹き出してしまった。
「も、もうっ!笑わないでください!」
「わかりました、さん付けしません。その代わり、俺のことも名前で呼んで?」
立花"さん"なんて他人行儀じゃなくて、俺だってちゃんと名前を呼んでもらいたい。
「……三葉」
少し照れくさかったけど、彼女を見つめながら名前を呼んだ。
呼ばれた本人は頬を染めながら、コクンと頷くと、
「瀧くん」
小さな声で俺の名を呼ぶ。

「……なんで俺のことは"くん"付けなんすか?」
「これが一番言いやすい気がしたから、ええの!」
「ええの?」
「あ、方言が……」
「なんか、今の可愛いですね」
「もうっ!瀧くん、揶揄わんで!」

出逢えた"これから"を創るために、互いを探し合ってきたのだから。
隣に歩く大切な人と共に、今はまだ何もない真っ白な未来(これから)を二人で描いていこう……

*   *   *

お互い、笑いあって、見つめ合って、そして或ることに思い至ったのか、目を逸らす。

瀧は、口許に手を当て、三葉は、指で唇に触れる。

――キスってどうするんだろう?

to the next stage?(笑)


>なかがき
⑬~⑮告白編です。
当初から告白する場所だけは例の神社でいいよね!と思っていましたが、結果的にルートも良いカタチになりました。
デートの舞台は新宿かな?→とりあえず映画へ→バルト9→近くの新宿御苑へ行くのはありだよね!→四ツ谷へ行くには千駄ヶ谷駅へ、と何となく選んでいきましたが、新宿は瀧くんが、千駄ヶ谷は三葉が"あの日"降り立った駅として結果的に二人に相応しいデートコースになったような気がしてます。

しどろもどろなデートの始まりから、少しずつ二人らしいやり取りができるようになって参りました。とは言えお話的に盛り上げるため、意図的に最初の告白は失敗させて頂きました(ゴメンヨ
"彼氏"と"彼女"の言い間違い、んなことあるのか?と思うかもしれませんが、ド緊張するとあり得ます。ソースは俺(笑)
ラストの告白はやはり君の名は。らしく。ここだけは何となくではなく、記憶戻らない場合の大人の二人の自然な告白として気持ちを伝い合って欲しいと願いました。
両想いになってもまだまだ始まったばかり。これからもアレコレあると思いますし、これから起こっていくアレコレこそが、ふたりが"もうすこしだけ"と望んだことだと思うので、これから一歩ずつ手を取り合って歩んでいって欲しいな、と思ってます。

大きな盛り上がりや拗れ展開は入れずに、なんとなーく平穏な日常感で書いて参りましたが(その影響かダラダラと文字数だけ増えましたが)、やっぱり瀧三の告白シーンは何パターン書いても嬉し楽し大好きなのでした♪
一応、二人の初デートはこれで終わりですが、ほんの少しおまけを添えて〆たいと思います。
今回もお読み頂き、ありがとうございました。

君の名は。SS 瀧三デート話。初デート編⑩~⑫


>⑩いざ映画館へ(再び)。

新宿駅近くのビル内にある映画館。上階のシネマに行くため、私達はエレベーターへと乗り込む。前の方にいたからすんなり乗れたけど、週末だけあって後から乗り込んできた人達で一気に混みあう。東京に出てきてからもう随分経つし、通勤電車なんて毎日こんな感じだけど、狭い空間にぎゅうぎゅう詰めというのは、やっぱりいい気はしない。
だけど今日は……
「大丈夫ですか?」
混雑から私を守るように、彼がすぐ傍に居てくれる。
「はい、大丈夫です。ありがとう、立花さん」
小さな声で御礼を言う。エレベーターは一部ガラス張りになっていて、視界が新宿の街を俯瞰するようにどんどん上がっていく。
ズルいかな、と少しだけ思ったけど、混んでることをいいことに彼のジャケットをそっと掴んだ。
彼の顔が近いし、やっぱり照れてしまって視線を合わせられない。だけど、いつまでもこんな風じゃいられない。だって、勇気を出してちゃんと言いたいから。

がんばれ、私!!

心の中で自分にエールを送る。
そんな彼の間近の特等席はあっという間に終わってしまって、目的の階に到着する。
「行きましょうか」
彼が私の手を取る。一瞬ビックリしたけど、はい、とその手を掴んで離さない。
少しは自然に振舞えてるかな?そんな風に思いながら、彼に引かれるように、エレベーターを降りた。

*   *   *

強引かもと思ったけど、勇気を出して宮水さんの手を取った。少し力を込めて握り返してくれた彼女。たったそれだけなのに、心の中でめちゃくちゃ喜んでいる俺。

彼女に告白すると決めた。
こんな気持ちになるのは初めてだし、これが本当に『好き』って感情なのか俺にもよくわからない。それでも、彼女のちょっとした反応ひとつで心臓が高鳴るのは、他の女性(ひと)とは違う、俺にとって特別な存在に違いないから……

がんばれ、俺!!

心の中で自分を鼓舞する。
……とは言うものの、デートするってことだけで頭がいっぱいだったから、告白のシチュエーションとか、何て言って告白すればいいのか、そんなこと全く考えてなかった。
そもそも、宮水さんに"彼氏がいない"ってまだはっきりしてないんだよなぁ……
繋いだ手の先、ちらりと彼女の方に視線を送る。薄暗い映画館の中でも、澄んだ大きな瞳、白い肌、彼女の存在自体が輝いて見えて、思わず見とれてしまう。

「あの?」
「え?あ、はいっ!?なんですか?」
「ポップコーン食べます?」
彼女が指差した先にある売店。パネルに飲食メニューのご案内。
「さっきお昼食べたばかりですけど、映画って言ったらポップコーンかなって」
確かにそんなイメージあるよなぁ。彼女の意見に賛成するように俺は大きく頷く。
「いいと思います。買いましょうか」
「はい」
ハニかむ彼女と一緒に売店前の列に並ぶ。店員さんも手慣れているのか、思ったよりも早く順番が巡ってきた。
「いらっしゃいませ!ご注文は?」
「ポップコーンを……一つでいいですか?」
はい、と宮水さんが頷く。
「味は何になさいますか?」
「え?」
店員さんはカウンターに備え付けられたメニュー表を示しながら、味の種類を説明してくれる。
「じゃあ……」
宮水さんのことを考える。彼女のことだから、きっと、

「キャラメル味で」
「塩味で」

声が重なった。

*   *   *

立花さんと顔を見合わせる。
あれ?立花さんのことだから、てっきり塩味かと思ったんだけど。
目をぱちくりしていると、
「宮水さん、甘いの好きそうだから、キャラメル味だと思ったんですけど、塩味の方が良かったですか?」
そんなことを言ってくれて、思わず笑ってしまった。
「え?どうかしました?」
「いえ、私、立花さんなら、塩味を選ぶかなって」
「あ、そういうことですか」
可笑しくなった理由を理解してくれたみたいで、彼も小さく笑う。
「だったら、これなんかどうですか?」
「ハーフアンドハーフ?」
「二つの味、選べるみたいですよ」
「あ、いいですね、それ」
そうして、塩味とキャラメル味のハーフアンドハーフのポップコーンを選ぶと、私達は丁度入場案内が始まったシアターへと向かった。

「映画なんて久しぶりです……」
「俺もです」
シアターの中段ほど、通路近くの席に並んで座る。薄暗くなっていく場内、と前面の大スクリーンに映像が流れている。
まずはお決まりの予告編。これがまた長いんだけど、作品によってはこの予告で観たくなることもあるから、たかが予告と言えども人を惹きつけるように作られてるんだなって思う。
「あ、この映画……」
「どうかしました?」
小さく呟いた彼の言葉にヒソヒソ声で応える。
「いえ、さっき好きだって言った映画と同じ監督の新作みたいで」
「そうなんですか、じゃあ、始まったら一緒に観に来ませんか?」
「え?あ、はい、そうですね」
我ながら頑張ってる!と思いつつ、ちょっと厚かましいのかな、と心配にもなりつつ。
一息つくように、ポップコーンに手を伸ばそうと横を見れば、タイミングよく彼も手を伸ばしていて、目と目が合う。
「あ、お先にどうぞ」
「いや、宮水さんの方こそ先に」
「いえ、立花さんの方が早かったですし」
「じゃあ、お先に……」
「どうぞどうぞ」
どこかのお笑い芸人のやり取りみたい……そんな風に思いながら、彼に続いて私もポップコーンを手に取る。

瞬間、場内がシンと静まり返る。
本編が始まる。
立花さんと一緒にいる時間は、本当に楽しいなって思いながら、これから始まる映画に期待してスクリーンを見つめた。


>⑪映画の内容は。

周りに気を遣ってばかりで、素直になれない女の子が居て。
照れ屋で、人付き合いとか別に気にしなくて、一人でも平気な男の子が居て。
そんな二人が、たまたま高校で同じクラスの隣の席になりましたとさ。

普通だったら、『ああ、こんなヤツ、クラスにいたなー』くらいで関わることなく月日が過ぎ去っていくはずだったけど、何故か二人は、手で互いに触れると相手の気持ちがわかってしまうのでした。
最初は混乱する二人。互いに触れないように距離を置こうとするも、何故か一緒に居ることが増えて。
それでも、望まなくても、触れ合ううちに、相手のことを知って、自分にない価値観に惹かれ合って、互いに足りなかった成長を果たし、そして、ついに二人は付き合うこととなるのでした。

ただ、付き合いだしたら、付き合いだしたで、互いの気持ちがわかりすぎるというのも困りもの。
手を繋いでも、気持ちが伝わりすぎて、年頃だから、あんなことやこんなことだって考えてしまう訳で。そんなこともあってか、好き合ってるのに二人は大ゲンカをしてしまいます。
仲直りできず気まずいまま、それでもやっぱり仲直りしようとした矢先に、世間を騒がせていた連続爆破事件に巻き込まれ、彼女を庇った男の子は意識不明の大怪我を負ってしまいます。
だけど二人は、手を合わせれば相手に気持ちが伝わって。そして、事件の直前に男の子が気づいたヒント、それが女の子に伝わり、そのおかげで無事、事件は解決に至り、街に平和が戻るのでした。

……ですが、男の子の意識は戻りません。
女の子は、毎日学校の帰りに病院に立ち寄って手を繋ぎます。その時だけは互いの気持ちが繋がって。
毎日毎日そうやって、二人の安らかな日々が続きます。

だけど、男の子の意識は戻りません。

ある日、夕暮れ時の病室。女の子が男の子の手に触れても、相手の気持ちがわかりませんでした。
その翌日も、そのまた翌日も気持ちが伝わりません。それでも女の子は毎日病室に通いました。
そして、高校の卒業式の日。

――もうここには来ないね

繋いだ手の先、彼の手のひらにそう伝えて、女の子は病室を後にしました。

女の子は病院の屋上に居ました。男の子と過ごした日々を思い出します。
屋上の手すりに手をかけたその時、

彼女の名前が呼ばれました。

目を覚ました男の子の声。寝た切りで弱った身体を必死に動かして。

馬鹿野郎!と本気で怒ってる男の子に女の子は泣きながら抱きつきます。
おはよう、起きるの遅いよ……って。
もう互いの手に触れ合っても、お互いの気持ちはわかりませんでした。だけど……

時は過ぎ、桜の舞う季節。成長した二人。
手を繋ぐと、一瞬驚いたようにお互い顔を見合わせます。それでも、すぐに何かがわかったように優しく微笑み合うのでした。

*   *   *

すすり泣く声が聞こえて、チラリと横に顏を向けた。
宮水さんがハンカチで目を拭っているのが見えて、あまり見ちゃいけないと、視線をスクリーンに戻した。
高校青春モノかと思いきや、後半は結構シリアスで、好きな人は目の前に居るのに、相手は自分を庇って意識不明という状態。ちゃんとハッピーエンドになるんだろうか、と不安になってくる。

それに……観てると何だか胸が痛い。
ちゃんと目覚めろよな!好きな子泣かせるんじゃねえよ!がんばれよな!
などと、もうラストは決まっているのに、全力で二人を応援している。

男の子は、このまま目が覚めなかったら、女の子がずっと病室に来るから、きっと気持ちを閉ざしたんだろうな、と思った。
女の子の幸せのために自分のことを顧みずに……

でも、きっとそれじゃダメなんだ。どんなカタチだろうと、互いが居てくれるから幸せになれるんだと。

*   *   *

ずっと待ち続ける女の子が、どこか自分に重なって見えて涙が溢れてきた。
女の子は、もう来ないって言いながら、目覚めなければ命を絶つ覚悟で。それは彼女なりの賭けで。それが男の子に伝わったから、彼は目覚めようと必死だったんだろう。
命を賭けることが正しいとは思えない。でも、もしも立花さんに会えなかったら……私は今をちゃんと生きているって言えただろうか?

――ムスビ

ふと、お祖母ちゃんの言葉を思い出す。
ラストシーン、ハッピーエンドの二人に思わずホッとして、小さく拍手を送りながら、隣に居てくれる人が、そんなムスばれた人であって欲しいなって願っていた。


>⑫新宿御苑にて。

エンドロールが終り、ゆっくりと場内が明るくなる、席を立つ人々のざわめきの中、何も言わずに、つい隣に座る彼を見てしまった。
彼もまた私のことを見ていた。お互い思うところがあるのか、見つめ合って数秒。映画の主人公達のように、彼の心はわからなかったけど、あのエンディングのように私も微笑みを浮かべたと思う。
「出ましょうか」
「はい」
彼に促がされるように席を立ち上がる。出口に向けてゆっくりと進む人の列に並んでいると、周りの人の感想なんかが聞こえてくる。
「大丈夫ですか?」
と、優しい声で立花さんが声を掛けてきた。
「泣いてたみたいだから……」
「え!?あ……大丈夫……です」
そうだった、少し泣いちゃったんだっけ。みっともないとこ見られちゃったかな?
「ちょっと、化粧直してきますね」
明るい通路で、泣いた後の顔は見られたくなくて、顔を隠すように化粧室へと向かう。
「フロアで待ってます!」
中越しに彼の声が聞こえたけど、うまく反応できなった。

「お待たせしました」
薄暗いフロアの中でも、私はすぐに彼を見つけられた。引き寄せられるように駆け寄れば、彼は、全然待ってないですよ、と笑顔を返してくれる。
なんだろう、映画の余韻だろうか?うまく言えないけど、何だかいい雰囲気になってる気がする。心が、彼のすぐ傍に居たいって、傍に居るととっても嬉しいって飛び跳ねてるみたい。
だけど、映画館から外に出れば、眩しい陽射しと、すぐ横を走る騒がしい車の走行音で、一気にいつもの日常に戻ってきたような感覚に陥ってしまう。さっきまでのムードが少し削がれた感じがして、心の中で"あーあ"と苦笑する。
「あのっ!」
「はい?」
「宮水さん、疲れてます?」
「いえ、私は大丈夫ですよ」
「それじゃ」

立花さんの提案で映画館のすぐ近くにある新宿御苑へとやってきた。二時間くらい暗い映画館で座りっぱなしだったせいか、こうして陽射しを浴びながら緑に囲まれた庭園を歩くのはとっても気持ちがいい。昔、住んでいた糸守のような大自然って訳にはいかないけど、さっきまで居た都会のビル群から、今は全く違う雰囲気の中、こうして立花さんと並んで歩けるのって十分贅沢なんじゃないかな。
「いい所ですよね」
正直な気持ちを口にすれば、彼もホッとしたような声で応えてくれる。
「夕飯を一緒に、と思ってる店もこの近くなんですよ」
「へえ!そうなんですか。今から楽しみです」
「俺、昔、そこでバイトしてて。だから味は保証しますよ」
「立花さん、レストランでアルバイトしてたんですか!すごいですね」
「いや、作る方じゃなくて、ただのウェイターですけど」
「ウエイターの立花さんかぁ」
また彼のことを一つ知ることができた。もっともっと知りたいな……

木々の間、芝生の上、池を眺めたり、ちょっと視線を上げれば、新宿の高層ビル群。二人でゆっくり並んで歩いて、と或る東屋で一休みすることにした。

*   *   *

「さっきの映画、」
一休みしながら、会話が続くようにと、一緒に観た映画の内容を思い出していた。
「あ、ちょっと泣いてしまって……スミマセン」
毛先に触れながら、頭を下げた彼女を慌ててフォローする。
「い、いや、後半結構シリアスだったし、仕方ないですよ!それよりハッピーエンドで良かったなぁって!」
「確かにそうですね、初めて一緒に観た映画ですもんね。ハッピーな方がいいですよね!」
「後半、ハッピーエンドになるかどうか、そればっかり心配してました」
「えー、なんですか、それ。それじゃラストだけ良ければ、みたいじゃないですか」
口許に手を当てて笑う彼女の姿に、俺も釣られて笑っていた。

「……楽しい、ですか?」
東屋に腰をかけて、鳥のさえずりを遠くに聞きながら、二人でゆったりと庭園を眺めていると、不意に彼女からの問いかけ。え?と顔を向ければ、彼女がジッと俺を見つめていた。
「立花さん、私と一緒に居て、楽しいですか……?」
和やかな空気が少しだけ張り詰めた感じになる。まるで映画のクライマックスのようだ。
彼女の問いに答えないまま、俺も彼女を見つめ返す。無言の時間が続くけど、彼女はその時間を待っていてくれる。

今は周りに誰もいない、雰囲気だって決して悪くない。自分の気持ちは固まっている。言うって決めた。望んでいるのはハッピーエンドただ一つ!

だが、何て言う?
ストレートに好きです!か?
それとも、つき合って下さい?彼女になって下さい?
いや、そもそも宮水さんフリーなのか?だから彼氏が居るかどうかをまず確認?

緊張で唇が渇いていく感じ。
声、ちゃんと出るだろうか?
初めてのことで、どんなに抑え込もうとしても心臓のバクバクは止まらない。
それでも彼女から視線を逸らさずに、大きく息を吸い込むと思い切って!!!

「あ、あのっ!!!」
「は、はい!」
「み、宮水さん、"彼女"居るんですかっ!?」


>なかがき
⑩~⑫映画館編。現地行ったことある経験が役に立ちましたね。バルト9はビルの上階にあるんですけど、エレベーターで行くしかなくて。
不便さはありましたが、奥寺先輩との東京デートを彷彿させるような感じになって悪くないんじゃないかなって思っています。
ポップコーンのハーフ&ハーフなんてものがあるのを知ったのもここでしたね(他の映画館でも普通にあるようですが、気づいてなかった)。
劇場から新宿御苑への流れも狙った訳ではなく、近くて丁度いいなーと思っただけです。ですが、新海監督作品的にはこのルートもまた悪くないなーと思うのでした。
本当に書きながら適当にデートコース選んだ割には、なかなかそれっぽいルートになってるんじゃなかろーかと(笑)

>上映された映画は。
当初は『君の名は。』を観せようかとも思ったのですが、あまりにメタなのでやめました(それに年数が経ちすぎてて)。
書いてた当時は『天気の子』も上映前でしたし、未来の新海監督作品なんて想像つかなかったのでオリジナルの内容で。とは言え、瀧三の二人に合うように、君の名は。の雰囲気は盛り込むように意識しました。あと、これまたアニメ版は上映前でしたが『君の膵臓をたべたい』の僕と桜良も意識しています。
社会の一大事が解決しても、二人にとってはお互いが全て。些細な日常が尊いんだ、みたいな感じでしょうかね?
話として面白いかどうかはさておき、なんとなーくの雰囲気で楽しんで頂けましたら。

それでは今回もお読み頂き、ありがとうございました。

 

君の名は。SS 瀧三デート話。初デート編⑥~⑨

>⑥選択するのは難しい。

正直、選択肢は多い方がいいと思ってたし、この時期であれば春からのロングヒット作品に加えて、GW時期に合わせた新作映画もあるから、何かしら彼女の興味を引く作品があるはずだと思っていた。映画館に来て『何か観たい映画ありますか?』と尋ねてみれば、あとは何とか……
が、俺は脳内シミュレーションを完全に見誤った。

「立花さんは、どういう映画がお好きなんですか?」

何かを期待するような、上目遣いでの逆質問。
普段、映画なんて観ないし、たまに評判の大作を観るくらいだけど、前回観たのっていつだっけ?というレベル。
まさか"二時間くらい会話しなくていいから"なんて理由で映画館を選んだとは、流石に言えない。
「ええと……」
シネコンの上映スケジュールを眺める。正直、タイトルだけ見てもちょっと聞きかじった程度にしかわからない。
あれは、『全米ナンバー1大ヒット』という枕詞がついたCMをよく見かけるカーアクション映画。但し『2』となってるから、これは続編である訳で。
……俺、『1』は観たことねぇ。

ええと、アレは確か、毎年春先にやっている子供向けアニメの長編映画
……デートでコレはないよな。

タイトルだけではわからず、辺りを見渡せば、学園恋愛モノっぽい雰囲気で紹介されている映画。デートと言えば、やはりこれか?
いやだがしかし!どういう映画が好きか?と問われて、『恋愛映画が好きです!』とか言う俺は、想像しただけでちょっと気持ち悪い。
だけど、宮水さんの趣向と全然違う映画を言ってしまって、

――立花さんとは趣味が合わないな

なんて思われて、好感度が急降下するのもぜったいイヤだ!

「立花……さん?」
声が耳に届いた。ハッとして宮水さんの方に顔を向ければ、大丈夫ですか?と俺を心配する声が。
「あ、映画ですよね……」
俺を見つめる彼女の瞳を見ながら思う。多分適当なことを言ってもダメだ。とりあえず正直に言うしか!
「俺、普段映画はあんまり観なくて。前に友達と来たりもしましたけど、最近はそんなに……。あ、でも、結構前に観た映画で好きだったやつがあります」
「どんな映画なんですか?」
「いや、アニメなんでちょっと恥ずかしいんですけど、その作品、情景の描写が凄く奇麗で、まるで実写みたいで、俺、建築物とか風景とか好きで、自分でも風景画を描いたりするんで思わず引き込まれるように見とれてしまったというか、でも本当凄いと思って」

はたと気づく。宮水さんが俺の言葉一つ一つに頷くように聞いてくれるから、つい熱く語ってしまっていた。

*   *   *

立花さんのことが知りたくて、どんな映画が好きなんだろうと聞いてみた。何だか難しく考えてしまったみたいで、悪かったなと思っていたら、彼が好きだっていう映画を教えてくれた。
「すみません……その映画くらいしか思いつかなかったんですけど」
「私もそんなに映画は観ないので詳しくないんですけど、でも折角だし、立花さんが好きだっていう映画、今度借りて観てみますね」
「あ、だったら今度一緒に、」
「えっ?」
言ってしまってから、しまった、という表情で彼は口許を抑える。

『一緒に、』そのつづきは?彼の言葉を期待してる私がいる。でも、何となくわかっていた。

「いや、別にそういう訳じゃなくて……ですね」

きっと照れて言えないんじゃないかって。
離れたり、近づいたり。私達は、まだ心も体もお互いの距離感が掴めなくて。
つい、クスッと笑ってしまった。
「一緒に、なんですか?」
ちょっと揶揄うような口調で、彼を間近で見上げるように思い切って言ってみる。
あなたが一歩引いてしまうのなら、私は一歩踏み出して。私にもう少し近付いてくれてもいいんだよって心の声を届けるように。
彼の瞳から目は逸らさない。笑いかけたつもりだったけど、それなりに真剣な表情になってるのかもしれない。
だって、

「……一緒に観ませんか、その映画」

そう応えてくれた彼の表情は、とっても真剣だったから。

「約束、ですよ」
「はい、約束です」

心は通じると思う。だけど言葉でしか通じないこともやっぱりある。
彼のことを知りたいと思うのなら、たくさん言葉を交わして。会話をして。だから、わからないのなら、知りたいのなら、聞いてみよう、話してみよう。

「宮水さんの好みもあると思うんで、観る映画、一緒に決めませんか?」
「はい、私、スマフォで調べてみますね」

まずは、二人で楽しめそうな映画を選ぶことから。
ほんの些細なことだけど、私にとって、今日初めて自分らしく彼の隣に居られるような、そんな気がしていた。


>⑦ぎこちない会話だけど、少しずつ。

「アレなんかどうですか?」
指差した先にある作品紹介ポスター。確かGWに合わせて上映を開始した作品。所謂、青春恋愛系っぽい感じだけど、スマフォでネタバレのない程度に観た人の感想調べてみると、それほど評価は悪くない。本当はハッピーエンドなのか知りたいところだけど、そこまで調べてしまうのは悪い気がして、ページを閉じた。
「評価はそんなに悪くないみたいですけど……」
特に観たい作品がある訳ではない。彼が観たい映画があるならそれでも構わない。だけどもし、今日という日をいつか二人で思い出すことがあったら、こんな作品の方がいいかな、なんて思えたから。
「あー……」
肯定とも否定ともとれるような反応で、立花さんは首の後ろに手を当てる。
「や、やっぱり他の作品にしましょうか!?」
デートとは言ってくれたけど、つき合ってる訳じゃないし、恋愛ものは変だと思われたのかもしれない。
ちょっと気持ちを押し出しすぎた自分自身に照れ笑いしながら毛先に触れると、逆に慌てた彼の声。
「い、いや!違うんです!!あ、あの、いいんですか?俺と一緒にその……」
「恋愛系ですか?」
「はい」
コクンと立花さんは頷いた。
「私は……立花さんとだから観たいっていうか、逆に立花さんは私と一緒じゃダメですか?」
「そんなこと!」
間髪入れずに彼の言葉。まだ彼と一緒にいると少し緊張するけど、
「俺も……宮水さんと一緒に観たいです」
彼からもらう言葉ひとつひとつがちょっとずつ緊張を解いてくれる、そんな気がしてる。
「じゃあ、決まりですね」
一緒にチケットの販売機へと向かう。

「時間、どうします?もう少し待てば次の回みたいですけど、午後の回を予約して、先にお昼食べますか?」
列の後ろへと並ぶと、彼は上映スケジュールへと視線を向けた。
「お腹空いてます?」
「そうっすね……」
そう言うと彼はお腹に手を当てて考え込む。あ、そう言えば、立花さん……
「朝ご飯、食べて来ました?」
「……いえ、寝坊したんで」
すみません、と気まずそうに頭を下げる。
「じゃあ、先にお昼軽く食べませんか?もともとそのつもりだった訳ですし」
「なんか俺が寝坊したせいみたいで……」
「そんなことないですよ、私も食べたの早かったんで、ちょっとお腹空いてますから」
流石に六時の朝ご飯は早かったみたい。

*   *   *

何と言うか、宮水さんが積極的に話しかけてくれてる気がする。
気がするというのは、俺はこういったデートでの会話経験は殆ど皆無だし、普段女性とプライベートの会話することも多くないから、あくまで感覚的なものだ。
俺もどんどん話しかけていけばいいんだろうか?でも、正直俺は女性との会話の引き出しがまるでない。面白いことを言えそうにないし、俺の興味のあることを話したとして、果たして彼女は面白いんだろうか?
昨日のシミュレーションでは会話は途切れさせないようにと、あれこれスマフォで調べてみたけど、いざ本人を前にすると調べたことは殆ど脳内から吹っ飛んでいる。
「席は隣同士でいいですか?」
「え?あ、はい、もちろん」
タッチパネルで映画の席を選びながら、ついそんなことを聞いてしまった。
不思議そうな顔をしている彼女を見て、俺自身、何言ってるんだー!一つ空けて座る訳ねーだろー!と心の中で叫んでいる。
通路側、並んで二つ座席を予約。代金を支払うとチケットが二枚。
「お金払いますね」
「あ、いや、これは俺が」
「ダメですよ、こういう時は割り勘です」
はい、と彼女が千円札を二枚差し出してくる。俺はそれを受け取ると、お釣とチケットを一枚彼女に手渡す。
一連の流れで、彼女はやっぱりそれなりにデートの経験があるのかな、なんて思った。
俺みたいな恋愛経験乏しい初心者じゃデートを楽しんでもらえてないんじゃないかと、そんな不安が心をよぎる。
だけど……
「あ、あのっ!」
「はい?」

彼女のことだけは、背伸びしてでも、無理してでも、諦めたくなんてないから。
だから、一歩踏み出せ、俺!!

「映画!楽しみですね!」
「はい、とっても楽しみです♪」

そう言って応えてくれた彼女の笑顔は、思い上がりかもしれないけど、ちゃんと心から言ってくれてるんじゃないかって。
だって、正直、その笑顔を見て、自分の気持ちを改めて自覚したから。

彼女のことが好きだって……


>⑧ありのままの自分が出せたら。

「飲み物はどちらになさいますか?」
「えっと……じゃあ、コーヒー、ホットで」
「私は、ジンジャーエールで」
「かしこましりました。只今ご用意いたしますので、そちらで少々お待ちください」
マニュアル通りの対応で、テキパキと店員さんがセットメニューの準備を進めていく。
トレイの上に乗っていくポテト、飲み物。あとはハンバーガーを待つのみだが、もう少し時間がかかるようだ。その間、俺はチラリと彼女の方を見遣る。
その表情は、準備が整うのを心待ちにしてるみたいに楽しそうな表情をしている。そんな彼女を確認すると、俺は眉間にしわを寄せた。

俺のデートプランでは、お昼はどこかのカフェで洒落たランチでもと思っていたのだが、彼女に希望を聞いてみたら某ファーストフード店でハンバーガーが食べたいとのこと。いや、別に全然構わないんだけど、本当にこんなところでいいんだろうか?とか、もしかして社会人なりたてだから俺の懐具合を心配されてる?とか、そんなことを考えてしまってる自分がいる。
どうも予定通りにいかない初デートに、思わずハァと小さくため息を吐けば、どうかしました?と俺を見上げる彼女。
「い、いや、なんでもないです!」
「番号札○番、セットメニューお待ちのお客様、大変お待たせいたしました!」
丁度その時、店員さんの快活な声が届く。俺は二人分のセットメニューが乗ったトレイを手に取った。

二階に上がると、お昼時なせいか、学生っぽい若者や小さい子供連れのファミリーなどで結構混雑している。
「あ、立花さん、あそこ!空くみたいですよ」
外が見える窓際のカウンター席、丁度席を立ち上がる学生のカップルが。宮水さんは早足でその席まで行き、しっかり二席を確保すると、嬉しそうに笑みをこぼす。
「良かったですね♪」
「本当ですね、タイミングが良かった」
「日頃の行いがいいからですね」
「それは、どっちがですか?」
「勿論、二人ともです!」
笑いながら椅子に座った宮水さんの前に、二人分のハンバーガーセットが乗ったトレイを置く。

「えっと、これと、これは私、ポテトは、」
「ポテトは同じだから、どちらでも」
「あはは、確かにそうですね」
俺も彼女の隣に座ると、注文した自分のハンバーガーとコーヒーを手前に寄せる。
「久しぶりだなぁ、このポテト」
いただきます、と言うや早速ポテトに手を伸ばす宮水さん。俺は両手に持ったハンバーガーの袋を開けると早速それにかぶりつく。
もぐもぐと食べながら、特段美味しいものでもないけど、こういうジャンクフードってたまに無性に食べたくなるよな、なんて考えに至る。
「宮水さんは、こういう店、よく来るんですか?」
「いえ、あまり来ません」
「あれ?そうなんですか?それじゃ、なんで?」
「あ……もしかして、立花さんはこういうお店、嫌い……でした?」
「い、いや、そんなことありませんよっ!」
下眉を下げて、困ったような、失敗したように気まずそうな表情を浮かべる宮水さんを見て、俺は慌てて言葉を重ねる。
「いや、ほら、いつもだとカフェで会ってたじゃないですか。だから今日もそういう店かな、と思ってたんですけど……」
「あ……もしかして行きたいお店があったとか?」
「いや、それは、あの、夕飯一緒にどうかなーって考えてるお店はあるんですけど……」
流れの中で、夕飯のお誘いまでしてしまった。このタイミングで誘うつりもりじゃなかったんだけど。
「立花さんさえ良ければ、行ってみたいです!そのお店」
「いや、元々誘うつもりだったんで……」
「あ……ありがとう、ございます」
宮水さんはフライドポテトをモグモグと口にしながら、照れて俯いてしまった。

*   *   *

「あの、私……デートでこういうお店に来てみたかったんです」
「ファーストフードですか?」
はい、と頷くとフロアを見回す。友達同士のグループ、小さい子供を連れた家族、若いカップルなどなど。
「お洒落な感じじゃないかもしれないけど、気軽に座って、話ができて。何となく飾らずに居られるような気がして。だから……」
今、この場所で立花さんと一緒に居ることを心から楽しんでるんだってこと、伝わるように。
「私、立花さんの前だと緊張しちゃうんですけど、こういう場所なら少しは自分らしくできるかなーって」
そう言って私は精一杯笑ってみせた。
立花さんは驚いたみたいに大きく目を見開く。私を見ながら少しだけ何か考えていたみたいだったけど、注文したコーヒーを一口飲むと、落ち着いた声で、
「俺、宮水さんのこと、もっと知りたい」そう言ってくれた。
「わ、私も、立花さんのこと、もっと知りたいです。だから、」
「はい」
「いっぱい、お話しませんか?」
そう言った私、今度は精一杯じゃなくて、自然に笑えてたと思う。

色んな話をした。今まで何回も会っていたのに、こんな些細なことも知らなくて。好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味とか、仕事のこととか。私にはわからないことも多かったけど、一生懸命、彼が話をしているのを聞いてるのは決してイヤじゃなかった。

「スミマセン。いきなり建物の話をしても、よくわかりませんよね?」
「うん。だけど、私の仕事のことも、聞いててわからなかったでしょ?」
「まあ、正直なところ、全く」
「頭に『?』マーク出てたよ」
「え?本当ですか?」
わからないことに対する気まずさじゃなくて、お互いのことはまだわからないことが沢山ある。それが"わかった"だけでも、二人の仲は大きく前進したみたいな気がしてくるから、何だか不思議な気持ち。

そんな私達の後ろを、部活帰りだろうか、高校生のカップルらしき二人組が楽しそうに通り過ぎていく。
「いいですね」
「何がですか?」
「いえ、私も、高校生くらいの時、あんな風にしてみたかったかなって」
山に囲まれた田舎町の糸守にはカフェはおろか、こんなファーストフード店すらなかった訳で。まあ、何故かスナックは二軒あったけど。
だけど、もし彼とその頃に出会えていたら、こんな風にデートできたかな?
そんな"ありえない"ことをつい考えてしまった自分に、思わず笑ってしまう。
「……俺も」
「え?」
「もし、高校の頃の宮水さんに出会えてたら、こうやってデートに誘ってたと思います」
「あ……」
同じように感じてくれた彼の言葉が、心から嬉しいって思っていた。


>⑨インターミッション

「あの、ちょっと席外しますね」
「あ、はい」
彼に断りを入れて、化粧室に向かう。喧噪の店内から離れ、自分の胸に手を当てると、トクトク……と早鳴っている鼓動。
嬉しくて、楽しくて、やっぱり少しだけ緊張して。ちゃんとできてるかな?彼に呆れられてないかな?それとも、少しは……喜んでくれてるかな?

*   *   *

宮水さんの後ろ姿が見えなくなると、ふぅ……と大きく息を吐く。
「ヤバいな、俺……」
口許に手を当てて窓の外を眺める。窓ガラスの向こう側はいつも見慣れた新宿のビル群。でも、そんなことに今更気づく。彼女と一緒に居る時は、ここはまるで別世界のように感じられた。もう彼女しか見えてなかった。

「余裕なさすぎだろ、俺」

デートなんてまるでしたことない俺にとって、今日は朝からあたふたしまくりで。随分、失敗してしまったような気もする。

「ちゃんとやれてんのか……?」

自分自身に問うように、彼女と過ごしたほんの数時間を振り返る。
寝坊して何とか待ち合わせに間に合って。電車に乗って、駅で手を繋いで。並んで歩いて、映画館へ行って、今、こうしてお昼を食べて……
気がつけば首の後ろに手を当てていた。

「ぜったい浮かれてるよなぁ……」

本当に楽しすぎる。
誰かと一緒に居る時間がこんなにも嬉しいと思えるなんて、今の俺、彼女ともっと一緒に居たいって思ってる。
ほんの少し席を外しただけだっていうのに、すぐに戻ってくるってわかってるはずなのに、フロアのどこかに居る彼女の姿を探していた。
周りを見れば、楽しそうに会話をしているカップルも何組か目につく。俺達も端から見ればあんな風に見えるんだろうか?それとも今の俺達みたいにまだ付き合ってもなくて、男の方は彼女を振り向かせようと一生懸命なんだろうか?
世の中のカップル、すげーな。みんな、こんな緊張感を乗り越えて告白したのか?

ふと思い立って、スマフォを取り出す。
メッセージアプリを立ち上げて、親友の名前を表示する。だけど、そのまま何もせず画面を閉じた。

「司のヤツも頑張ったんだろうな……」

大学生で婚約した親友。そつがないヤツとは言え、相手はあの奥寺先輩。馴れ初めは多少聞いてるけど、自分自身がこの状況になってみると、振り向いてもらうためにどれだけ必死に頑張ったのかよくわかる。
そして……俺は司じゃない。
俺らしく。親友二人からのアドバイス。きっとそれしかないんだと思う。

「宮水さんのこと……好きだ」

確信を込めて、彼女への想いを口にする。
今はまだ小さな声。初デートで告白は早いということはわかってる。だけど……
ずっと昔、心の奥底にしまい込んで、もうどこにあるのかもわからないような想いが、漸くハッキリと目を覚ましたかのように、俺は決意と共に頷いた。

*   *   *

化粧室の鏡の前で、身だしなみを整える。
お化粧大丈夫かな?髪型崩れてないかな?黒髪に触れながら、髪を結ぶ組紐の先端に触れて。
「うん……よし!」
小さく頷く。

鏡の中の自分を見つめる。と、不意に笑顔が零れた。
あの日まで、自分の家の鏡で見る私の表情は、どこか寂しそうで、哀しそうで、何かに必死で余裕がなくて。
だけど、今の私は、

「立花さんのおかげだね」

こんなに自然に笑うことができるんだ……

「嬉しいな」

彼に出逢って、お話して、今日はデートに誘ってもらえた。

「楽しいな」

待ち合せ場所で彼を待つ。一緒に電車に乗る。手を繋いだ。お昼を食べて他愛もない会話をして。そして、これから一緒に映画を観る。
まだまだ今日は終わってない。

「もっと一緒に……居たいな」

今日だけじゃなくて、これからも。そう願ってる自分がいる。
どうすればいいんだろうか。彼の想いを期待しながら、だけど自分の中で大きく風船のように膨れあがった想いは止められそうにない。

「立花さんのこと……好き」

破裂しそうなこの想いを少し抑えるように想いを言葉にした。口にした途端、トクンと心臓が大きく飛び跳ねる。
何をいまさら、と毛先に触れながら、頬を染めながら。だけどそんな私はとってもいい表情(かお)をしてると思うんだ。

「私から告白してもいいのかな……?」

不意に芽生えた決意。
私ってこんなに積極的だったっけ?だけど、そんな今の自分のこと、私はとっても好きだなって、そう思えた。


>なかがき
⑥~⑨お昼編。夏恋シリーズ書く際に、東京に取材に行ったんですけど、その時の経験が色々役に立っています(というかその流れで新宿デートになった気が)。
ウィンドウショッピングとか初デート瀧三は会話にならんのではないか、と思って映画に。新宿映画館と言えば『新宿バルト9』だよね!ってなった気がします(現地取材済みでした)。
お昼ご飯が某ファーストフード店になったのは、二人のデートはカフェが定番だったので敢えて外した感じですね。同級生ifではないですが、学生デートっぽくできたらいいなーと思ったのでした。
距離感わからなくてどうしたらいい?から、相手との距離を縮めていきたい!へ。
一日のデートのお話ですが、ほんの少しずつでも変化していく二人の続きを楽しんで頂けましたら、幸いです。

君の名は。SS お題『好きの伝え方』

長らく続いていたワンライも一区切りしたらしいとのことで、参加されていた皆さん、大変お疲れ様でした。
私も初期に何回か書いていましたが、折角なので気に入ってるのをひとつ。
お題に対して上手く答えを示せたかな?なんて思ってます。


きっとどこかでわかっていた……
『糸守町彗星災害 犠牲者名簿目録類』
この分厚い本をめくる前から。いやもっと前、あの滅茶苦茶になった糸守の風景を見た時から、きっとわかってた。
だけど、認めたくなんてないから。
認められるはずなんかないから!!
"違う"という理由を必死に探して、探して……そしてやっと俺は、

宮水三葉(17)

お前を見つけた。
「……ッ!?」
顔が苦痛に歪む。自分の足を強く握り必死に意識をここに置く。俺のその反応に、背中越しに先輩が話しかけてきた。
「え?この子なの……?絶対なにかの間違いだよっ!!」

言うな……

「だってこの人、」

頼むから、言わないでくれ……

「三年前に、亡くなっているのよ!」

そんな訳あるかよッ!!あいつが、あいつが死んでるなんて……そんな訳ッ!!
どんな理由を口にしても、変わらない事実はある。どこかでわかっていながら、ただ認めたくない、その一心で俺は叫ぶ。
「つい、二、三週間前に!!」

――あんた今、夢を見とるな?

頭の中に響く、その声。夢?夢って……?
『あいつ』の名前が朧げになる。俺は一体……
それでも必死に何かを繋ぎ止めようと、俺は右腕に巻かれたミサンガに縋りつくように、左手を添えた。

*   *   *

図書館から借りてきた糸守町の彗星災害に関する本に一通り目を通すと、俺は背もたれに寄りかかり天井を仰いだ。

なんだよ……お前。なんなんだよ……
俺、ここまで来たんだぜ、お前に会いに。
お前、情報少なすぎて大変だったんだぜ。
お前を探すために、色んなとこ回って。色んな人に聞いてさ。

「見つかる訳ねえじゃん……」

まぶたを閉じ、手で押さえる。視覚を閉ざして、少しでも意識を集中すれば、お前の顔が思い出せそうな気がして。

今日さ、家出る時、心配してたんだぜ。
急に会いに行ったら迷惑だろうか、驚くだろうかって。もしかしたら、お前、いやがるかもしれないってさ。

「それでもさ、」

もし会えたら、少しくらいは喜んでくれるかもって期待もしてて。

「俺達、会えばぜったいお互いがわかるはずだから……」

閉じた瞳に熱いものを感じる。それは悲しいのか悔しいのか、それとも……

「会えっこねえじゃん、会えっこ……」

そもそも俺はあいつに会ってどうしたかったんだろう。
入れ替わりが途切れたから心配で?

――食べてるのは瀧くんの体!それに私だってあのお店でバイトしてるし~♪

そうだよ、迷惑な女だったじゃねえか、人がバイトした金、勝手に無駄遣いしやがって!

――うぬぼれないでよね!彼女もおらんくせに!

ズケズケと言いたいことばっか言いやがって!

――私になっても、瀧くんになっても、デートがんばろうね!

人の人間関係、勝手に変えやがるし!

……今までの生活が異常だったんだ。普段の生活に戻っただけだろ?だって、もともとあいつは三年前に、

――……覚えて、ない?

「みつ……は……」

……俺は、俺はッ!!

「なんだよ、お前。……お前の居る場所、遠すぎなんだよ」

まぶたを抑えながら、馬鹿になったみたいに、ただ笑えてくる。

俺さ、お前に言いたいことがあるんだよ。
そうだよ、俺、お前に会って、言いたいことがあるから、ここまで来たんだよ。

今更気づく、この想い。

「なあ……三葉、教えてくれよ」

お前に、この気持ちを伝える方法を……さ。


>あとがき
まず一時間で話を考えて書き切るのは無理でした(笑)
話を(オチを)何となく考えてから最後まで書き切るのに一時間くらいですね。
これについてはオチが決まらないまま何となく書き始め、最後にどんな伝え方ならいいだろう?と考えて考えて、考えてみたけど結局オチが思いつかず、寝てしまい、朝、起きて、ふと『あー……伝え方が"ない"でいいのか』という考えに至りました。
答えがないのが答え、みたいな感じで上手くお題に解を示せたのかな?なんて思っています。

>ワンライ
全集中の呼吸で書けるのはいい反面、やはり誤字脱字が多く、雰囲気重視になってしまうため(構成面で弱い)、アップする際は見直しが必要になりますね;;
それでもあーだこーだとぐだぐだ考えて書かないより、とりあえず書け!と勢いのままに書くと何となく書きたいテンションが上がるので、そういう面ではプラスに作用するのではないかな、なんてことも思っています。
他に数作ワンライで書いたSSもあるので、その内見直してアップできましたら。

それではお読み頂き、ありがとうございました。

君の名は。SS 瀧三デート話。初デート編①~⑤

本編再会後の瀧と三葉。再会した日に想いを交わしてもいいんですけど、好きという感情より前に、やっと見つけた、やっと逢えた、そんな感情が先に立って、そこから先はまだ真っさらなような気もして、だったら恋愛経験乏しい二人がどんな風に気持ちを伝えるのか書いてみたモノ。
ゴールも決めず、展開も決めず、ただデートを誘うところから始めて、二人の思うがままに進めてみました。詳細は後日あとがきに書きたいと思いますが、そんなぐだぐだ~な二人のデート話、分割方式で宜しくお願いします。

(追記:このSSは2017年~2018年に書いたものの微修正版になります)


>①あの人に恋してる

「好きな人ができた!」
会社帰りに呼び出した親友との飲み会。決意と共に中ジョッキを一気に飲み干すと俺は思い切って司と高木に打ち明けた。
正直、いつもみたいに揶揄われるかと思ってたけど、二人は顔を一度見合わせてから、酔いが冷めたように真面目に俺の言葉に耳を傾けてくれた。
「例の人?宮……なんだっけ?」
「宮水さん」
「瀧好みの年上で、黒髪ロングの美人なんだろ?」
「別に黒髪ロングだから好きになった訳じゃねえよ」

――宮水三葉さん

あの日出逢った、俺がずっと探していた"誰か"。
お互いを何故探していたのか、二人に間に何か繋がりがあったのか、何度か会って話はしてはいるものの、未だにハッキリしたことは何もわからない。ただ……

「やっぱ彼氏いるんかなぁ……?」
「美人なら、その可能性高いんじゃね?」
「だよなぁ……」
タコの唐揚げに手を伸ばしながら、にべもなく応える高木。ハァ……とため息を吐くと、店員さんが運んできた生ビールを再びあおる。
「実際のとこ、彼氏が居るってハッキリしてるわけ?」
肩を落とす俺の様子を見かねたのか、冷静になれよ、と言わんばかりの司の一言。
「いや、そういう訳じゃねえけど……」
彼氏なんて居て欲しくないし、仮に居たとして、じゃあ諦めます、なんて気にはとてもなれない。ずっと探してきた誰か、やっと見つけた女性(ひと)。
だから、俺は諦めきれないのか?
……いや、違う。そういうアレコレ取っ払って、純粋に宮水さんのことが!!
「俺は……宮水さんのこと、本当に好きなんだ。この人しかいないって思ってる。でも、こういう時、どう動いていいかわかんねえし。……恋愛経験全然ねぇから」
ジョッキをドンと置くと、テーブルに額がぶつかるくらい頭を下げる。
「頼む、二人とも!!どうすればいいか、アドバイスしてくれ!」

*   *   *

『好きな人ができました』
壁際のベッドに寄りかかりながら、迷いに迷って漸くメッセージを送信した。続けて『相談に乗って欲しいんだけど』って送ろうとしたら、既読マークが付き、すぐさま手に持つスマフォの着信音。
「……はい、三葉やよ。反応早いね、サヤちん」
『ったりまえでしょ!!ちょっと、三葉!"好きな人"ってどういうことっ!?』
親友にメッセージを送ればこんな風に反応されるかな?なんて思っていたけど、全くもって予想どおり。思わず苦笑してしまう。
「メッセージのとおりやよ。私、気になる人がおるんよ。たぶん"好き"……なんやと思う。だからね、サヤちんに一応報告しときたくて」
『……それって先月会ったっていう、三葉のこと、ナンパしてきた人?』
「立花さんは、そんな人やないよッ!!!」
思わず大きな声を上げていた。

――立花瀧さん

彼は、そんな人じゃない。私がずっと探してきた人。ずっと心の中で欠けていた何かを埋めてくれた人。
あの日、あの場所で出逢って、仕事帰りに何回かお話して。彼も私と同じように誰かを、私を探し続けてくれていた。
何故私達がそんな風に探し合っていたのか、その理由はまるでわからないけど、それでも、彼と会う時間は私にとって掛けがえのないもので、この想いは決して手放したくないってそう強く願っている。

『三葉……』
そんな私の気持ちとは裏腹に、親友は心配するように私の名前を呼ぶ。
「……こんなこと、サヤちんにしか相談できんし、サヤちんにだけは、私が好きになった人、信じてもらいたいんよ」
私の言葉に後に、彼女の沈黙が続く。それでもスマフォを耳に当てながら、私は彼女を信じている。
電話越しに、大きく息を吐く声が聞こえると、『わかった』と落ち着いた親友の声。
『三葉が信じとるんなら、私も信じることにする。でも、近いうちにちゃんと会わせなさいよ、三葉が好きになったっていうその"彼氏"に』
「まだ、"彼氏"やないもん……」
残念だけど、まだ私の気持ちは一方通行。でも、このまま『お互い探していた誰か』ってだけの関係はイヤだから。
そんな私の言葉に、サヤちんはクスクスと笑い出す。
『でも、おつき合いしたいって気持ちがあるから、私に電話してきたんやろ?大丈夫、三葉ならきっと想いは伝わるよ』
「想いは伝わるって、どこにそんな根拠……」
『三葉がその人のこと、信じてるから、かな?』
「あ……」
『自信持ちない、宮水三葉!」
「うん!」
そうだといいな、なんて願いながら、私は親友に恋愛相談に乗ってもらった。

*   *   *

決して記憶は戻らなくても、二人もがいた未来(さき)で出逢いを果たした瀧と三葉。
互いに連絡先を教え合い、それから何度かカフェで会いながら、自分たちのこれまでのことを話していく。

いつからか、誰かを、何かを、探し続けてきたこと。
あの電車でお互いに、君を、あなたを、探していたのだと気づいたこと。
そして、出会い、理由も根拠も何もない中、瀧は三葉に呼び掛け、三葉も瀧を受け入れたこと。

彼らは出逢うべくして出逢った。
それは、二人の間に確かにあった"ムスビ"と呼ばれる決して途切れることのない絆。
だが、それは世界のみが知る理(ことわり)であり、恋愛経験乏しい(皆無な)彼らにとって、未知なる領域が眼前に広がっていた……
これは瀧と三葉が恋心を抱きながら、初デートに臨むお話である!!


>②デートの約束

金曜日の夜、彼からの電話を終え、耳からスマフォを離すと胸元に当てる。
「明日、デート……」
口にして、思わず顔が火照るのがわかる。
立花さんとデート!?
(きゃあぁぁ!!)
思わずベッドにダイブすると、興奮のあまり、その上を右へ左へゴロゴロと、三往復くらいしてしまった。
「お、落ち着くんやよ、三葉」
天井を眺めながら、ふぅ……と大きく息を吐き出すと、ゆっくり起き上がる。

デート、デートなんだ。
そりゃ、デートのお誘いを受けたことは何度かあったけど、今まで一切お断りし続けてきて、そして、一緒にデートしたい人とのデートは人生初な訳で。
「あー……そうか、初めてなんや」
デートって具体的にどうすればいいのか、考えてみるとよくわからない。手にもっていたスマフォに触れると、『初デート』と検索してみる。
出て来る、出て来る、初デートのイロハ。
言動でドン引き?会話が弾まない?中には初デートでえっちぃ!?
「いやいや、それはない……」
はず、と小さな声で呟く。

それでも、やっぱり初デートで失敗なんてことも書いてあって、途端に不安になっていく。
なんせ、初デートと言っても、本当に"人生"初デートな訳で。
「参ったなぁ」
ベッドから立ち上がって、クローゼットをのぞき込む。
可愛い方がいいのか、綺麗な感じがいいのか?動きやすい服?フワッとした服?
髪型もどうすればいいんだろう?いつもと同じでいいのかな……?
親友に相談しようか迷ったけど、彼が誘ってくれた初めてのデート、誰かに頼るんじゃなくて、自分で何とかしたかった。

立花さんの好みがまるでわからないから、結局これまたスマフォで検索。
だけど、やっぱり情報は色々で。まずはいつも会社帰りに会ってる時のようなパンツルックじゃなくて、スカートにすることは確定。あと、ワンピースが無難みたい?
なんとかそれっぽい服を探してみるけど、大丈夫だろうか?古臭くないだろうか?
こんなことなら、もう少し服をそろえておけば良かった。
季節は五月。春物というには少し気温も高くて。ううぅ、こういう時はどうすればいいのー!?

ハッ!?として胸元をのぞき込む。
「下着……」
初デートでえっちはない……はず。
だけど、その、もし……いや、立花さんはそんな人じゃないと思うけど、雰囲気とか勢いでそのまま……ってことも!?
「勝負下着ってよく聞くけど、どういうのを言うんやさ??」
これまた可愛い方がいいのか、清楚なのがいいのか、はたまた勝負っていうくらいだから……?

考えることがいっぱいあり過ぎて、思わず頭を抱える。
なんでこんなに悩んでるんだろう?どんな服装だって、私は私なのに。中身は何も変わらないのに。ちゃんと私の内面を見てもらいたいのに。
だけど……

服装くらいで、あの人に嫌われたくなくって。
できたら、褒めてもらいたくて。
彼から"似合ってる"って言われたら、
「やっぱり、嬉しい……かな?」
姿見の前、ワンピースを身体に当てて、彼がその場に居るようにイメージしながら微笑んでみる。
「デート、うまくいくといいな」
結局その日は翌日のことを考えていたら、何度も目が覚めてあんまり眠れなかった……

*   *   *

もう勢いだけだった。

――明日、デートしてくださいッ!!

飲み会での、司と高木からのアドバイス
『瀧は話術でどうこうできる器用さはないから、お前らしく真正面からぶつかれ』と。
親友の言葉を信じて、思い切って電話でデートを申し込んだ。一瞬、通話が途切れたかと思うくらい沈黙があり、正直ダメかと思ったけど、

――喜んで

と、YESの答えが返ってきた時は、俺は思わず拳を天高く突き上げていた。
通話を切り、ホッと肩の力が抜ける。が、考えてみれば、一息つくのは早かった。
デートの約束をしただけなのだ。ある意味、人生で大きな一歩を踏み出したのかもしれないが、場合によってはデート失敗でそのまま関係が終わる片道切符を買ってしまったのかもしれない。
だけど、それでも、このまま探し続けてきた"誰か"という平行線の関係はイヤだった。

彼女に惹かれている自分を自覚してるから……

このまま、会う機会を重ねて仲良くなっていくこともできるのかもしれない。それでも、一歩進めなくてはいけないと思った。進めたいと思った。
だから、司や高木に頭を下げて、相談して。この年にもなって好きな人をどうやったらデートに誘えるかなんて、正直笑われるかと思ったけど、あいつら真剣な顔して、『迷わず、真っ直ぐ突き進め!お前にはそれしかない』って。『お前がこの人しかないって思ったんなら、きっと通じる相手だ』って。
いつも迷い道に入り込んだように見つめていた手のひらは、彼女に会ってからギュウと握り締める拳に変わっていた。
彼女と出逢い確かに何かを掴んだ。そして、この手のひらにある掴んだ何かを、決してもう離さないとそう決めたから。

とは言え、俺にとっては人生二度目のデートで、経験値はゼロに等しく、相手はあんなに綺麗で美人な人だし、きっとこれまでに何度もデートとかしてるんだろう。
「迷うな!俺ッ!!」
頭を振って不安を振り払うと、早速デートのシミュレーションをする。何とか会話だけは途切れないように。自分の得意な場所や、約二時間は無言を貫ける映画館とか、食事はバイト先だったレストランで(それなら緊張しないだろうし!)。
そして最後は……

スマフォで『初デート 告白』と検索する。

絶対ということはないけど、やはり初デートで告白は早いと書かれてることが多い。
「そりゃ、そうだよな……」
何度か会ってるとは言え、それはお互いの身の上話みたいなもので。でも、デートって言ってる以上、好意があることは伝わっていて、OKしてくれた以上は、多少は期待しても……
「ああっ!どうすりゃいいんだ!」
失敗はしたくない。でも如何せん経験が乏しすぎて、明日のデートがどうなるのか考えても全く想像がつかない。
だけど、それでも……
「とにかく、楽しんでもらえるように頑張らなくちゃな……」
色々調べたり、考え事したり、そして緊張したりで、結局眠りについたのは、日が変わって暫く経ってからだった……


>③デートの待ち合せ

「うぅ……ん」
瞼は閉じたまま、この辺りだと思って手を伸ばす。
コツンと当たる硬い感触。それでも毎日何度も手に触れているそのカタチは目を瞑っていても操作がわかる。
ボタンに指紋を認証させ、ディスプレイを立ち上げながら、自分の顔の前でディスプレイを立ち上げる。
「……なッ!!?」
一瞬で目が覚めた!時間は既に十時過ぎ!?
今日は会社が休みだから、普段の週末なら何の問題もないけど、今日は大事な宮水さんと初デートの日!!
昨夜、デートコースを調べたり、服装を考えたり、会話をシミュレーションしたり(情けないけど)、色々考え事をしていてなかなか寝付けなかった。それでも、いつの間にか寝てしまったと思ったら……
「なんで、アラーム鳴らねえんだよ!」
しっかり鳴っていたようだけど、気づかなかったらしい。ベッドの上に放り投げたスマフォに文句を言ってみるが、今更そんなことを言っても始まらない。
洗面所に向かおうとして、もう一度放り投げたスマフォを拾い上げた。待ち合せの時間は十時半。猛スピードで準備をすれば、ギリギリ間に合うかもしれない。
だけど……
「ああっ!ちくしょう!」
俺は、『宮水三葉』と登録された電話番号に連絡を入れる。一コール目で、はい、宮水です!と慌てた感じで彼女が電話に出てくれた。

「あ、宮水さんですか?」
『はい、宮水ですけど……立花さん、ですよね?』
「あ、はい。立花です。あの……すみません、ちょっと連絡がありまして」
『え……もしかして、今日、ダメになったとか?』
「ち、違います!ちょっと、寝過ごしてしまって……スミマセン。急げば間に合うかもしれないんですけど、一応、連絡入れました」
『えっと、体調がどこか悪いとか?』
「いや、そんなことないです。あの……昨日、緊張でなかなか寝付けなくて……スミマセン」
電話越しにペコペコ頭を下げる。初デートだというのに、本当にみっともない。だけど、変に遅刻するくらいだったら、謝っておくべきだと思った。
耳もとに当てたスマフォ越しで、彼女が笑ったような気がした。
『おんなじです』
「は?」
『私も緊張で……あまり寝付けなくて、逆に早く起きてしまいました』
「え……?あの……宮水さん、今どこですか?」
『待ち合わせ場所です。今日、楽しみにしてますから、焦らずに気を付けて来てくださいね』
「すぐ行きますから!絶対待っててください!」
『はい。待ってます』
今度こそ、スマフォを置くと、俺は洗面所に駆け出す。
これ以上、彼女を待たせたくないって気持ち以上に、今は一分でも早く彼女に会いたくて……

*   *   *

スマフォの電源を切ると、クスッと笑ってしまう。
「初デートで寝坊なんてね」
でも、怒る気にはならなかった。こっちは緊張してしまって、多少は寝れたのかもしれないけど、殆ど寝付けなかったような気がする。
おかげで遅刻ってことにはならなかったけど、立花さんも今日のデート、私と同じように楽しみにしてくれてたのかな……?

駅前の人が行き交う待ち合わせ場所。周りを見れば、私と同じように待ち合せをしている人達が大勢いる。
今まで、こんな光景意識したことなんてなかったけど、みんなそれぞれ、いろんな表情で誰かを待っている。
スマフォを見ながら待ってる人、友達同士で話しながら待ってる人、そして、きっと私と同じように……
「あ!こっちこっち!」
「悪ぃ、待ったか?」
「ううん、そんなことないよ。行こ!」
隣で待ち合わせをしていた女の子、さっきまで何度も時計を見て、ソワソワしてたけど、やってきた彼氏さんを見つけると弾けるように微笑んで。
手を繋いで歩いていく二人の後ろ姿を見ながら、私は、いいなぁと呟いていた。
言ってから、はたと恥ずかしくなって、毛先に触れる。
別に立花さんからデートに誘われただけで、彼が自分のことを好きかどうかはまた別の問題で。
いつものように、お互い探してきた相手という理由探しのために会うのかもしれないし、友達と遊びに出かける感覚で誘ってくれただけかもしれない。
"彼氏彼女"じゃないんだから、手を繋いだり、腕を組んだり、いい雰囲気になったり、そんなこと……
思いきり頭を振って、脳内で想像しているあれこれを追い出すと、肩をすくめる。
「意識しすぎなんやさ……」
初デートだからって、考えすぎ。立花さんはカッコイイからデートなんて、きっと慣れっこで……
急に不安になって、服装を見回す。薄いブルーのワンピースに白のパンプス。髪型は見慣れてる方がいいと思って、いつもと同じように組紐で結んで。
これでいいのか、悪いのか、彼の好みはわからないから、あとは神に祈るのみ。

左腕にはめた時計を確認すれば、時間はもうすぐ十時半。遅れて来るのなら丁度良かったかも。まだ少し心の準備ができてない。
時計を見ながら、そんなことを考えていたら、目の前に人の気配を感じた。顔を上げれば、肩で息をしている彼の姿が。
「立花……さん?」
「すみ……ません。遅く……なりました」
大きく息を吐いて、腰を曲げて膝に手を当てる。相当全力で走ってきたみたいだ。
「大丈夫です。ギリギリセーフですよ」
ほら、と時計を見せれば、今、ちょうど十時半。
「良かっ……たぁ」
そう言って、立花さんは腰に手を当てて、空を仰いだ。ジャケット姿の彼は、いつものスーツ姿とは違って、正直見とれてしまっていた。


>④距離感ってどのくらい?

こんなに懸命に走ったのは、あの日、彼女を見つけた時以来だろうか。
今日の寝坊は完全に自分のミスとは言え、それでもこうして彼女のもとに辿り着けたという事実に、俺は何故かホッとしていた。乱れた呼吸を整えながら、空を仰ぐ。

「カッコイイ……ですね」
「はい?」
彼女の声が聞こえて、視線を戻すと、モジモジと頬を染めながら自身の髪をいじっている宮水さん。
「えっと、いつも仕事帰りで、スーツ姿しか見たことなかったんで……」
「あ……えーと……」
その言葉に思わず俺も首の後ろに手を当てる。
よく見れば、いつもパンツルックな彼女の服装は今日はワンピースのスカート姿で。黒髪ロング、清楚な装いは、正直自分の好みのど真ん中、ドストライクだった。
改めてそんなことに気づくと、緊張感が一気に高まる。

えーっと……?こういう時なんて言えば、女性は喜ぶんだ?
『宮水さん、綺麗ですね』か?
いや、でも、もしかしたら可愛さを目指して選んだ服装なのかもしれない。
じゃあ、『似合ってますね』か?それだと、あまりにありきたりな褒め言葉か??
なまじ普段も女性との付き合いが少ないせいか、気の効いた言葉が全く浮かんで来ない。
「あの……もしかして、私の服、変でした?」
彼女の服装を見ながら無言を貫いていたせいか、困ったような顔をして宮水さんが苦笑いを浮かべる。
「あ、いや!そうじゃなくて!!」
ええいっ!ままよ!
「……お、俺は、好きです!宮水さんの服装!とっても……いいと思います」
「あ、ありがとうございます。……良かったぁ」
彼女は胸に手を当てて、ホッとしたように息を吐く。俺も自分の言った言葉を受け入れて貰えたようで、ふぅと肩の力が抜けていくようだった。

「あ、あの!」
一息ついて、宮水さんに声を掛ける。両手を前で合わせるようにバッグを持った彼女が、はい!?と背すじを伸ばした。
「きょ、今日は宜しくお願いします!その……いきなり昨日の今日で誘ってしまって、予定とか大丈夫でしたか?」
「全然大丈夫です!ただ、私……その、デートとかそんなに慣れてないんで、今日は立花さんにご迷惑おかけするかもしれないんですけど」
気まずそうに声が小さくなっていく。
「いや、俺もそんなにデートに慣れてないんで、あまり期待しないでもらえると助かると言いますか……」
慣れてないどころか、記憶に間違いなければ、デートは一回した程度で(それすら怪しい記憶だが)、果たして無事に宮水さんに喜んでもらえるだろうか?
「とにかく!宮水さん!」
「は、はいっ!」
「今日は一日よろしくお願いします!」
「こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願いします!」
お互いに大きくお辞儀したまま、暫くそのまま。

かくして、俺と宮水さんの初デートが始まったのであった。

*   *   *

慣れてないどころか、"人生"初デートなんだけど、さすがにこの年で初デートとか言ったら、引かれてしまうかもしれないと思って、少し誤魔化した。
立花さんも、デートには慣れてないって言ってたけど、本当なのかな?こんなに素敵な人なのに。
彼もまた誰かを、"私"を探し続けてきたって言ってたけど、だからって私と同じように誰とも付き合ったことがないなんて、そんなことはないんだろうなって思ってる。彼のような人ならきっと周りの女性も放っておかないだろうから。
元カノさんとか、今カノさんとか、そういう存在がちょっとだけ気になってしまったけど、これ以上詮索するのはやめた。
胸の奥がキュッと締め付けられる感じは否定できないけど、さっき服装を好きって言ってもらったし、少なくとも今は私とデートしたいって思ってくれてるなら、それで十分。
そう思ったら気が楽になって、笑顔で顔を上げる。だけど、照れくさそうに微笑んでいる彼の表情にトクンと胸が高鳴ってボストンバッグの持ち手をギュッと握ると、また俯いてしまった。

「そ、それで、今日はどうするんですか?」
「いろいろ考えてはいるんですけど、宮水さんはどこか行きたいところとかありますか?」
「私は特に……。立花さんにお任せします」
正直、私が行きたいところを、立花さんが楽しんでくれるかわからないから、申し訳ないけど、ここは彼のエスコートにお任せして。
「えっと、それじゃ映画とかどうですか?」
「映画ですか?、はい、別にいいですよ」
無難な提案にホッとする。映画だったら、とりあえず二時間くらいは会話を気にしなくて済むし、観た後の感想を言えば多少は会話が途切れずに済みそう。心の中でグッと拳を握りしめて一安心。
「だったら、新宿の方ですかね?」
「ですね。あ、でも今からの時間だと昼をまたぐか……」
「だったら、まずは新宿の方に向かって、何か食べませんか?」
「そうしましょうか」
まだ少し会話はぎこちないけど、それでも何とか次の行動が決まって。
デート、デートかぁ……
さっきの待ち合わせの女の子みたいに嬉しそうな顔して手を繋げばいいんだろうか?
でも、私達は、別に付き合ってる訳じゃないし……
改札を抜けて、駅の通路。立花さんはこちらを気遣うように、時たま振り返りながら前を歩いていく。
こういう時って横に並ぶべきなのかな?それともこのまま?
くっつい歩くべき?でも、それだと歩くの邪魔かもしれないし、うーん、相手のとの距離はどのくらいがベストなんだろう?

数分毎に駅にやってくる電車に乗り込むと、流石に混雑で座ることはできなくて。彼はつり革、私は入り口付近のポールに手を掛ける。
揺れる車内。電車の中だから、無理に会話をしなくてもいいんだけど……
チラリと彼を見上げれば、目があって互いに視線を逸らす。
うーん……距離感、難しいっ
新宿駅に到着すると、電車の乗客全員が降りるように、人の波がホームへと流れていく。
私達もはぐれないように電車を降りる。だけど、人の流れで思ったように歩けなくて、彼との距離が空いてしまう。

クイッ

「えっ?」
「あっ」
思わず、彼のジャケットの袖口を掴んでしまっていた。
電車がホームを走り去っていく。行き交う人もまばらになったホームで、私と彼はその場に立ち止まっていた……


>⑤手のつなぎ方はこれでいいですか?

「あっ!?ご、ごめんなさい!!」
思わず掴んでいたジャケットの袖をパッと放す。別に掴みたかったとかそういうんじゃなくて、彼と離れてしまうのが何となくイヤで……
掴んでいた右手を諫めるように、私は左手を重ねた。
「あの……立花さんとはぐれたくなくて」
その言葉に、彼は首の後ろに手を当てると、私の正面に一歩近づいた。
「すみません、俺が一人で先に行っちゃったから」
「そんなことないです!私がのんびりしてたから……」
気恥ずかしさもあってギュゥと重ねていた左手で右手を掴む。そんな私を見て、立花さんは右手をゆっくり差し出した。

「俺も、宮水さんとはぐれたくないです」
「え……」
「駅、混んでるんで、手、繋ぎませんか?」
真っ赤になってそう言った彼の表情と、差し出された手を交互に見る。
「いいん……ですか?」
思わず手を伸ばそうとしたけど、やっぱり遠慮もあって、ついそんな風に聞いてしまった。
「お願いします」
短い言葉だったけど、彼から照れと必死さが十分伝わってくる。そして、そんな彼の行動がすごく嬉しいと思ってる自分がいることも。
私達はまだぎこちないけど、それでも少しでも相手に近づきたいって、お互いそう思ってるって気づいたから……
「はい」
抑え込んでいた左手を解くと、私は右手を彼の手に添えた。

「……ぷっ」
「ふふっ」

右手と右手を繋いでしまった。これじゃ握手。並んで歩けないじゃない。
慣れてないにも程がある。でも、なんとなく可笑しくってお互いに笑ってしまった。
手を繋いだまま、ひとしきり笑うと、彼は右手から左手を差し出す。今度こそ右手を重ねて、私達は改札へと向かった。

*   *   *

俺は今、手汗とか大丈夫だろうかと心底心配している。
正直、女性と一緒に居る時の歩き方はわからなくて、とにかく自分だけが先に進んでしまわないように気をつけていたつもりだけど、結果的には気が回ってなくて。
さっき彼女に袖を掴まれて、『はぐれたくなかった』と言われてしまった。

呆れられてるんじゃないかと一瞬、不安がよぎった。だけど、宮水さんの表情を見て、彼女もどこか遠慮がちというか、どうしたらいいのかわからない、そんな風に思ってるような気がした。だから、手を差し伸べた。
俺は、宮水さんと楽しい時間を過ごしたいって思ってるから。
あなたのことを知りたいと思ってるから。
少しでもその心に近づけるようにと、祈りを込めて、お願いします、と。

手を繋いで階段を歩く。俺と彼女は当たり前だけど歩幅が違うから、並んで歩くには自分が思ってた以上にゆっくり歩く必要があって。
だけど、ゆっくり進む分、彼女のすぐ側にいられる時間がずっと長く続くような、そんな気がしていた。
お互い会話はない。繋いだ手もどう動かしたらいいのかわからなくて、少し肩に力が入ったまま改札を目指す。
触れている彼女の手はほっそりしていて、ゴツゴツしてる男のそれとは全然違って柔らかくて、そしてあたたかな温もりを感じた。

不意に繋がれた手に少し力が込められたような気がして、隣にいる彼女を見ると、改札ですね、と小さく呟く。
「あ、そうですね……」
名残惜しかったけど、そっと手を放す。
二人で順番にICカードを通して、新宿駅の改札を抜ける。改札前の大通り、歩道は行き交う人の群れ。すぐ後ろにいるはずだけど彼女のことが気になって振り返る。
「大丈夫です。はぐれてませんよ」
彼女は俺を見上げて微笑んだ。
「並んで歩きませんか?」
「はい」
やっぱりまだ照れくさくて、もう一度手を繋ぐことは憚れた。でも、さっきよりは自然と一緒に歩けてる気がする。
「まずはどうします?」
「映画館で上映時間だけチェックしておきませんか?」
「そうですね、じゃあ、行きましょうか」
振り向けばすぐ隣に彼女がいて。彼女の視線の先に俺がいる。
一歩ずつ。いや、半歩ずつでも彼女の心に近づいていけたら。横を歩く彼女の存在を気にかけながら俺は心からそう願っていた。

つづく。

>あと……じゃないから、なかがき?
①~⑤、導入編。なんとなーくでデート誘うところから書き始めたモノ。
実際は②から書いて、①はラストまで書いてからアップ時に追加しました(ラストにつながるように)。
端から見れば想い合ってるんだけど、両片想いで書くのが楽しいですよね(笑)
最近書く大人瀧三はそれなりに距離感わかってる感じで書いてますが、こういう時期を書いたからこその今の二人って感じでそれなりに感慨深いものがありますです♪
思わず裾を掴んだり、右手で握手したり笑。意識し過ぎな二人の初デートがうまくいくか続きもどうぞ宜しくお願いします。

君の名は。SS イブに欲しいのは。


「ハァ、つっかれたぁー」
寒空の外気から身を守ってくれたコートをハンガーに掛け、大事に持ち帰った手荷物を勉強机に置くと、ベッドに上にゴロンと寝転がった。
普段寝るだけの柔らかいベッドの上に横になっていれば、何とも気が抜けてこのまま夢の世界へ誘われてしまいそうになる。
そうならないようにと、仰向けのまま机の方へと顔を向けた。視線の先、何気なく机の上に乗せられたビニール袋。
「なんで俺は二つも買ったんだか……」
呆れたように、だけど慈しむように小さく呟く。

今日は十二月二十四日、クリスマスイブ。と言っても特別な予定なんて何もなかったから、人手が欲しいと強く請われたアルバイトのシフトを二つ返事で引き受けた。
予想していたとは言え、予約客を中心に注文はひっきりなし。次から次へと来店するお客さんの対応をしていれば、あっという間の閉店時間
掃除をし、後片付けをして、帰宅の途につく頃には、既に空は真っ暗に染め上げられていた。それでもどこか惹かれるように夜空のキャンパス見上げたのは、凜と澄んだ冬の夜空に微かに瞬く星々を見つけたから。
――歩いて帰ろう
遮る雲がなく頭上に広がった星宙に呼ばれるように、すこしだけこの宙の下に居たい、そう思えて、ひとりいつもと違う道を歩き始めた。

何かを、誰かを探してる。
最近、そんな想いが、自分を突き動かしている。
満たされない何かを求めるように、気がつけば手のひらを見つめ、鏡に映る自分の瞳の奥に答えを見出そうとし、見慣れたこの街のどこかに探しているモノがあるのではないかとひとしきり眺めてる……
「……さむ」
手袋をしていない両の掌にハァと息を吐きかけると、二、三度擦り合わせた。
今夜は特に想いが募る。それは何故なのか自分でもわかっていた。今日はクリスマスイブだから。
レストランに来る客、道行く人、周りの人、大切な人と共に在る幸せそうな人たち。
そうなんだ、俺は今きっと……
「……寂しいんだな」
呟きと同時に無造作にコートのポケットに手を突っ込むと、再び聖夜の街を歩き始めた。

寒さを紛らわすため立ち寄ったコンビニ。クリスマスらしいBGMが流れる店内でホットコーヒーを買うまでは良かったけど、何故かついでにおひとり様用のクリスマスケーキを二個購入していた。
小さいながらも、クリームやらデコレーションがクリスマスらしい特別な意匠。一個で充分とわかっているはずなのに、何故か二個。親父と一緒に食べようとかそんなつもり全くなかったんだけど……
首を傾げながらもケーキの入ったビニール袋を手に持ち、のんびり一時間程度の夜の散歩から帰宅した俺は、今、ベッドの上に寝転がっている。
時計は既に二十三時を回り、もうすぐ日が変わる。寝て起きればクリスマス。今頃サンタクロースは良い子の枕元にプレゼントを届けるので大忙しだろうか。
そんなことを考えていると、ふぁ、と大きな欠伸がひとつ。少しだけ身体を休めるつもりで俺は目許を腕で覆った……


「……くん」
「ん……」
「たきくん」
「ん……んん……」
ゆっくりと瞼を開く。ベッドの上、見慣れた天井を遮るように俺を見下ろす黒髪ボブの女の子。小顔の中にまるくて大きな瞳、冬でも桜が咲いたような薄ピンク色の唇が口角を上げて俺に微笑んでいた。
「おはよう、三葉」
「おはようって、今は夢の中やから夜やよ?」
「あー……そっか、疲れて寝落ちたか」
「え、大丈夫?風邪引いてまうんやないの?」
「エアコンつけてるし、まあ大丈夫だろ」
よっ!と気合を入れてベッドから起き上がりベッドの端に腰掛けると、合わせるように三葉がすぐ隣に座る。
ほんのり漂う石鹸の香りに誘われるように横を見れば、改めて彼女の服装に気がつく。白のニットに膝上のミニスカート、そこからスラリと伸びる足を揺らし、視線は下の方に、だけど嬉しそうに微笑みながら毛先に触れている。
派手さはない服装だったけど、素直に可愛いと思ってしまった。まあ、だからと言って、すぐさま褒め言葉が出る訳でもないのだが。
それでも見惚れるように暫し彼女を見つめていると、
「瀧くんに逢えるかと思って少しはお洒落してみたつもりなんやけど……やっぱ、ヘンかなぁ?」
自信なさげに三葉が呟いた。
「へ、ヘンじゃねえよ!すげーいいと思うぞ、俺は」
「……本当?」
俯きがちだった三葉の顔が此方に向き、潤んだ瞳でジッと俺を見上げる。
まったく……本当に三葉には参る。お前と居ると寂しさなんてどこかに吹き飛んでしまう。その代わり、嬉しさと気恥ずかしさでいっぱいになって、さっきからすぐ隣に居るお前を意識しっぱなしだ。
笑って、拗ねて、怒って、泣いて、コロコロ表情が変わるカタワレの君。俺が正直に思ってる事を口にしたらどんな顔をするのだろう……?
「本当に可愛いよ、三葉」
「っ!?」
大きく目を見開き、徐々に朱に染まっていく白い頬。普段言われ慣れてない言葉に限界が達したのか、三葉は両手で顔を覆ってしまった。
耳まで真っ赤にして照れている様子を微笑ましいと思いながら、俺は組紐が揺れる黒髪に手を伸ばし、そっと撫でてあげた。


漸く落ち着きを取り戻した三葉はそのままベッドに腰掛け、俺の方は机の椅子に座り、向かい合ってケーキを食べている。
なるほど、三葉のために二つもケーキを買ったのかと思うと合点がいった。ただこの場合目覚めた時、このケーキはどうなっているのだろうか?
そんな疑問を巡らせていると、半分ほどを食べたところで三葉が一息つく。
「今日はもしかしたら逢えないと思ったんよ」
「悪ぃ、ラストまでバイトだったんだ」
「クリスマスイブなのに?」
「悪かったな、イブに何の予定もなくて」
「ふーん……へー、そうなんやぁ♪」
「なんでそこで嬉しそうなんだよ」
「別にー。ただ、瀧くんはきっと"ぼっち"で過ごしてるんやろうなぁーって思っとったから、こうして三葉サンタが楽しい時間をお届けできて良かったなーって」
「はいはい、三葉が居ると楽しいよなー」
「瀧くん、棒読みやよ」
三葉のジト目を意に介さず、俺は本来は自分の部屋であるはずのこの空間を見渡す。
「で、三葉サンタは、俺が夢を見る前にこの部屋を飾り付けてた、と」
「瀧くんの部屋、殺風景やったからねー。折角のクリスマスイブなんやから、家にあるもので色々とね♪」
クリスマスツリーに、クリスマスリース、サンタの置物に、スノードーム、スノーマンの飾りなんてものまである。
「よくもまあ、こんなに持ってたな……」
「ふふっ、これだけじゃないんやよ!」
そう言うや、三葉は自分の頭に赤いサンタ帽を被る。そして「瀧くんにはこれね♪」とトナカイの角を模したカチューシャを頭に乗せられた。
「なんだこれは……」
「サンタさんとトナカイ、これもひとつのカタワレ同士なんやよ!」
自分と俺、交互に指差し自信満々な三葉。
スマン、何言ってるのかよくわからん。ただ、楽しそうにしている三葉を見ていると、今日はとことん彼女のペースにつき合ってやろうと改めて決意を固める。
「で、三葉サンタは、俺にどんな楽しい時間をプレゼントしてくれるんだ?」
「そ、そうやね。えーっと……」
「お前、何も考えてなかったんじゃねーの?」
「そ、そんなことないんやよ!」
相変わらず素直じゃない俺のカタワレ。それでも必死に悩んでいる様子に少し助け船を出してやろうと、あのひとときの逢瀬を思い出して創作したゲームを提案してみた。
「じゃあさ、こんなのは?」
手を伸ばし、彼女の手を取る。開かれた手のひらに、人差し指でサラサラと文字を書いてみる。
「た、瀧くん、くすぐったい」
肩をすくめた彼女に、我慢しろよ、と言いながら簡単に四文字。
「わかったか?」
「えーっと……『テッシー』?」
「正解!」
「ぷっ、なんで最初にテッシー?」
「いや、何となく」
確かに何となくなのだが、場を和ませるならテッシーが一番のような気がしたのも正直なところだ。

「じゃあ、次は私!」
三葉に手を取られ、彼女の白い指が俺の手のひらをなぞる。
「た、たしかにくすぐったいな」
「動いたらダメやって」
目をつぶって彼女の指の動きに集中する。これは、『ハ』か?次は『リ』?となると次は……
途中引っ掛けのつもりだったのか、平仮名も混ぜて書かれた単語は、
「『ハリねずみ』だろ?」
「せいかーい!ねえねえ、瀧くん、これ面白いけど、もう少しルールを変えてみようよ」
「どんな?」
「私が問題出すから、瀧くんが私の手のひらに書いて答えるの。私がそれを当てられるかどうかも面白いやろ?」
「おう、いいぜ!早速やってみようぜ」
「それじゃ問題。瀧くんの好きな女の人の髪型はなんでしょーか?」
「何だよ、その問題!!」
「いいから、いいから、私、前から瀧くんに聞いてみたいと思ってたんやよねー♪」
「……謀ったな、三葉」
「答えられなかったら罰ゲームやからね。ほらほら、早く早く、時間が無くなるよー」
思い付きのゲームだったはずなのに、いつの間にやら罰ゲームに制限時間、諸々ルールが増えている。
三葉め、と思いつつ、それも含めてこの時間が楽しい。
いつか終わりが来るとわかっていながら、今は頭の隅に追いやって、二人、イブの夜を過ごしていく……


「はぁ、楽しいなぁ……」
小さく、そして寂しげに呟いた三葉を見ると、俺は立ち上がり勉強机のペン立てに手を伸ばす。
「なあ、三葉。ゲームの最後はこれで名前、書こうぜ」
差し出したマジックペン。ベッドに座る三葉はそれを一度見て、何も言わず目の前に立つ俺を見上げた。
「俺は三葉の名前を自分の手のひらに書く。三葉は俺の名前を書いて。そしてさ、せーので見せ合いっこしよう」
何も言わず、ペンも取らない三葉。俺はマジックのキャップを外すと、まずは自分の手のひらに想い込めて書き記す。
「次は三葉な」
黙ってそれを受け取ると、彼女もまた頷きながら手のひらに言葉を書いていく。
「……書いたよ」
「おう」
彼女からペンを受け取ると、机の上に置き、三葉のすぐ隣に腰掛けた。
「じゃあ、せーのでな」
「うん……」
「せーのっ」

開かれた互いの手のひら。
俺の手には『三葉』の文字。三葉の手には『瀧くん』の文字。
だけどそれだけじゃなかった……
「瀧……くん……」
「ありがとな、三葉」

『三葉』の後には続きがあった。『だいすきだ』と。
『瀧くん』の後にも続きがあった。『大スキ!』って。

三葉が胸に飛び込んでくる。俺も応えるように力いっぱいに抱きしめる。
目覚めれば消えてしまう彼女の温もりを一身に受けながら、離れたくない、と強く願う。
「寂しいんだ、三葉の居ない世界はさ」
「私もやよ」
「待たせててゴメン。だけど何度でも言うから。お前が世界のどこにいても、俺が必ず逢いに行くって」
「うん……うん……」
「クリスマスイブに三葉に逢えて嬉しかった。あと、ゴメンな。ちゃんとしたプレゼントあげられなくて」
俺の言葉に、胸元の三葉は大きく首を振る。
「プレゼントなんて他に何もいらんよ。私が一番欲しいのは……」
抱き合ったまま、吐息が触れそうなくらい間近で互いを見つめる。キラキラと零れる涙。それでも精一杯に嬉しさを伝えようと、三葉は目を細めて俺に笑いかける。
「瀧くんだけやよ」
「俺もだ……三葉」
目覚めれば何も残らない夢だとしても、せめて今だけは。
俺と三葉は半分このカタワレだから。
二人一緒じゃなくちゃ"ひとつ"とは言えないから。
だから、今夜はずっと君とひとつに……

 

朝、目覚めてすぐ、無意識に見つめたのは自分の手のひら。
何もないはずなのに、それでも少しだけ寂しさを満たしてくれたような何かが胸を奥にほんのりある。
ゆっくり起き上がると、普段の自分の部屋で感じたことのない、ほのかな石鹸の香りがしたような気がした。
「メリー……クリスマス」
小さくそう呟いたのは自分自身に向けてだったのか、それとも探している何かにだったのか。
少し熱を帯びたような自身の唇に手の甲を押し当てながら、俺は暫くその余韻に浸っていた……

*   *   *

朝、目覚めて鏡に映る自分を見つめる。
いつもと変わらないはずなのに、どこか口許は微笑んでいて。リップもしていない唇が潤んでいるように感じた。
ふと、首元が少し赤くなってることに気がついて、虫にでも刺されたかな?なんて手で触れてみる。
少し熱を帯びた首筋に何故か心が火照るような気がした……

 

>あとがき
メリークリスマス!(遅ぃ
季節ネタは簡単に書こうと思い、夢で逢う設定でいいかー、ということで、自称サンタ(四葉)のチカラを借りて、楽しい夢の時間を過ごさせてあげようと思ったら、どうしてこうなった?笑
年代的には当初、高校二年生の冬のつもりで書き始めましたが、展開上曖昧にしてあります。三葉についても同様です。読まれた方のイメージにお任せしたいと思います。
久しぶりにこういう年代のワイワイした会話文が書けて楽しかったです♪各年代瀧三、それぞれ魅力がありますね。

宮水三葉
ファッションは全くわからないのですが、流石にイブに制服もないかなー?ということで私服を検索してみました。
んで、可愛い感じの服装にしてみたら、素直で可愛い三葉ができあがりました(笑)
普段自分が書くと、素直じゃないのに……めんどくさいのに……。服装ひとつでキャラ設定や動き方が変わるんだなぁと書く側としてはひとつ勉強になりました。
年齢的には三年ズレていて高校生なのか、東京に出ていて大学生くらいなのか、その辺りは曖昧にしてあります。
因みに髪型がボブなのは、私がボブ三葉好きだからです(笑)

>ケーキ
「瀧、居るのかー?」
ノックしても反応のない部屋の扉を開けると、部屋の電気を点けたまま、ベッドの上でスゥスゥと寝息を立てている息子の姿。
「おーい瀧、風邪引くぞー」
声をかけてみたものの、なんだかとても嬉しそうな表情で眠っている姿を見ると、父はやれやれ、と頭を掻き、起こさないように息子に布団をかけてやる。
点けっぱなしだったエアコンのタイマーをセットし、リモコンを机の上に置こうとすれば、その真ん中に乗った白いビニール袋。
「なんだこれは?」
袋の口を開いてみれば、小さいケーキが二つ。
「ったく、悪くなるだろうが」
熟睡している様子を見る限り、きっと朝まで起きないだろう。取り敢えず冷蔵庫に片付けてやろうと父はそれを手に取った。
部屋の電気を消し、最後にもう一度息子の方に振り返ると、一言。
「いい夢見ろよ……瀧」

***

翌日の夕飯……
「なあ、親父」
「なんだ?」
「俺、昨日ケーキ二つ買って来なかったっけ?朝起きたら冷蔵庫に一個しかなかったんだけど」
「さあな」
「っかしいな……。もしかして親父、食べたのか?」
「あー……それは、アレだろ」
「アレ?」
「きっとサンタが食べたんだ」
「……ああ、成程な。サンタなら仕方ないか」
そう呟いた息子の表情はどこか嬉しそうだった。
(瀧父がこっそり食べました)


お読み頂き、ありがとうございました。
今年も瀧三たくさん書けますように。