君の名は。SS 会いたかった
>上京
「名前は……みつはっ!!」
伸ばした手の先、組紐は彼に託された。だけど、私は人の波に流されてそのままホームへとはじき出される。
振り返れば、今度は降車客と入れ替わるように、降りたホームから乗客が次々と乗り込んでいく。
「あ……」
もう一度、この電車に乗れば瀧くんに会える。
瀧くんだった。
瀧くんのはずだ。
だって、私たちは、会えばぜったいにっ!
――……誰?お前――
さっき瀧くんを見つけた時、羽のように軽かった自分の体が、今は彼の言葉に絡め取られて、全然動かない。
そうこうしているうちに、私達を隔てるように、軽快なメロディーと共に無情にも電車のドアが閉まる。
「……待って」
やっとのことで絞り出した言葉。
「待って……たき……く」
進み出した電車にすがるように、ゆっくりと手を伸ばす。
でも、瀧くんを乗せた電車は、私のことなんかお構いなしに速度を上げていく。
「私……君に、」
電車の走行音で、自分で言った大事な言葉もよく聞こえない。
そうして、彼を乗せた電車は、あっという間に私の視界から消えていった……
伸ばした手をどうしたらいいのかわからなくて、それでも気づいてしまった大切な想いが、私の中から零れ落ちないようにと、胸に手を当てた。
半身ともいうべき組紐を失った長い髪が秋風に揺れる。
東京の風ってこんなにも冷たかったんだって、急に思えた。
あんなに憧れていた東京。一人で居てもきっとどこかに彼が居るから、そう思ってたから気にならなかった。
今……私、東京でひとりぼっちなんだ。
日が傾きだしたホーム。セピア色に見える光景はどこか異国の地のように感じられて。
あれほど嫌いだった糸守の風景に、今すぐにでも触れたかった……
>再会
――ずっと、誰かを……探していた!!――
並走する電車の中、君に目を奪われる。駅に到着するや、私は弾けるようにホームへと飛び出した。
息が切れる、どこを走っているのかもわからない。だけど走ることは決して止めない。
――君に逢いたい――
それは、いつか交わした大事な約束。
それは、"ぜったい"叶えなくちゃいけない願い。
心の奥に眠っていた何かに導かれるように、私は……
「あ……」
辿り着いた先。とある神社前の階段。
私は階段の上、そして彼は階段の下で、私を見上げるようにして。
二人、視線が交わる。
君だ。
君のはずだ。
わかるよ。だって、私、ずっと君のこと!
だけど、さっき彼を見つけた時、心のままに駆け出したはずなのに、階段を一段ずつ、彼に近づくにつれて、不安が私の心を閉ざしてしまう。
彼から視線を逸らしたまま、伏し目がちに……
そうして、私達はただの"見知らぬ者同士"として、すれ違ってしまう。
(……待って)
心の中、絞り出した言葉。
(待って……行かないで)
こんなのおかしいって思いながら、でもなんて言っていいのかわからなくて、崩れ落ちそうになる想いを抱えたまま、それでも歩みを止めることができない。
(私……君に!)
声にできない想いが瞳から溢れてくる。それが悲しみの色となって零れ落ちそうになった瞬間、
「あのっ!!」
彼の言葉が、私の歩みを止めてくれた。
「俺……君をどこかでッ!!!」
言葉に乗せた彼の想いが、閉じかけた心の扉を開く。
伝わってくるよ。やっぱり君なんだね。君もずっと……
彼が光を当ててくれた心の奥底。漸く目覚めた大切な想いに触れるように、そっと胸に手を当てると、私は迷いなく振り返った。
春風が、組紐で結ばれた長い髪を揺らす。
東京の風をこんなにも心地よいと思ったのは初めてかもしれない。
そうか……この人に出逢えたから。
春の陽光に照らされた階段。眩く輝いて見える光景は、これからの私たちのよう。
「わたしも!」
私たちはもう、ひとりじゃないよね。
頬を伝う想いは、さっきまでの悲しい色なんかじゃない。だから、零れ落ちるままに。
それでも、やっぱり君には笑顔を贈りたいから。
見上げた先、彼もやっぱり私と同じように微笑んで、そして涙は隠さずに。
優しい春の風の乗せて、どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。
初めましての挨拶は、最初から決まってたみたいに、ふたり、声が重なる。
――君の、名前は、って。