君の膵臓をたべたいSS 君の髪型をかえたい

『君の膵臓をたべたい』の初めての二次です。
入院後の僕と桜良の幕間妄想。二人のやり取りはなんか……楽しかった♪
また何か書けたらいいな、と。

 

「そりゃ、好きにしてていいとは言ったけどさ、そんな風に自分だけの世界に入り浸るなんてあんまりじゃない?」
「君から貸してもらった本を読み始めるには、手持ちの分を早く読み終わらなくちゃいけないんだよ」
入院のお見舞いに来た僕は、病室のベッドでくつろぐ彼女の横で文庫本を読んでいる。
「むー、つまんなーい」
そんな彼女の抗議など意に介さず、僕は本に視線を落としたまま頁をめくる。
と、すぐ間近に圧を感じて顔を上げると、ベッドから身を乗り出すように彼女が僕の顔を覗き込んでいた。
「ねぇ♪」
「……なに?」
彼女の春のひだまりのような柔らかい香りをくすぐったく感じて、僕は少し身を引いた。
「んー……ちょっとね、死ぬ前に見てみたいこと思いついた!」
えへへぇと小悪魔っぽい笑顔で彼女が目を細める。
僕は知っている。こういう顔した後の彼女の言動には間違いなく振り回されると。
「……それじゃ、僕はそろそろ」
「ちょっと待ってよぉ!」
立ち上がろうとしたところを見事に制服の袖を掴まれ、僕は再び椅子へと戻される。
「そんなに恥ずかしがらないでよ、君と私の仲じゃない」
「別に恥ずかしいと思ってる訳じゃないよ。ただ、君が『死ぬ前にしたいこと』って言えば、僕が何でもすると思ったら大間違いだってこと」
せめてもの抵抗と言わんばかりに思いきりため息を吐いてみせてから、僕は彼女の望みを問いかける。
「で、何をさせようっていうの?」
僕の言葉に彼女は嬉しそうに口許に手を当てた。
「それでも、やっぱりつき合ってくれるんだね、君は」
「君の言い出すことは全く予想がつかないからね、そういう点においては面白いと思っているよ」
「別にそんなに大したことじゃないんだよ」
彼女は僕の顔をジーと見つめ、右から左から少し角度を変えながら、ひとしきり眺めると、うんうん、と大きく頷いた。
「ねえ、君さ、ちょっと前髪上げてみない?」
「は?」
「ほら、君って周りから地味に見られてるじゃない?それってその髪型のせいもあると思うんだよね。こうさ、前髪上げるともう少し爽やかな印象になるかなーなんて思ったんだ」
彼女は自分の右手で前髪を上げてみせる。確かに印象は変わる気がするけど、印象というものは人それぞれ違うものだし、髪型を変えたくらいで僕という人間の本質が大きく変わることはないだろう。
「別にいいよ、僕はこの髪型で満足してるし、前髪を上げたからって、それだけで周りからの印象が変わるなんてことないよ」
「まあまあ、そう言わずに。少なくとも私は見てみたいし、私からの印象は多少は変わるかもしれないじゃない?」
そう言うや、彼女はベッドから大きく手を伸ばし、僕の額に手を当てて、グイと前髪を上に上げた。自分の身体の一部ではない、彼女のひんやりとした手が額に当てられると何だかこそばゆい気持ちになるけど、やけに真剣な眼差しで見つめてくるから此方もこの状況を何とか我慢する。
「…………」
「……で、どうなの?」
何も言わない彼女を促すように、僕は小さく声をかける。
「えっ!?あー……そうだね、」
彼女は慌てたように、額から手を離すとそそくさと布団にもぐりこんでしまった。
「……どうしたの?」
「いや、やっぱり今のままでいいかも」
「なにそれ」
「……思ってたのとちょっと違った」
「そう。僕は今のままでいいなら、それでいいけど」
「うん。今は今のままでいいかな」
彼女は布団の中から手だけ出すと、サムズアップする。
「疲れてるみたいだから、そろそろ帰るよ」
「うん、また明日ね」
「……明日もお見舞いに来る前提なの?」
「うわははっ」
布団越しの彼女の笑い声に、少し安心しながら僕は病室を後にした。

* * *

しばし耳をひそめて、彼が帰ったことを確認した後、そっと布団から顔を出す。
すぐにベッドの横に置いてある手鏡を手にすると自分の顔を見てみた。赤くなってはいない。いつもの自分の表情に戻っている。
ホッと息を吐くと、ボスンと枕に顔を埋める。
「なんか……危なかった」
今はこれでいいのだ。
このままでいいのだ。
それでも、いつか、があるのなら……

そうして私は共病文庫を開く。"今日の私"をいつか君に届けるために。