君の名は。SS たとえばこんな夢ものがたり。前編

あの日、星が降った日
たった一つ望んだこと
それは、

もう一度、あの人に逢いたい……

たったそれだけ


たとえばこんな夢ものがたり。

 

「ん……」
朝、瞼越しに陽の光を感じ、瀧は目覚める。
ただ、昨日までの仕事の疲れ出ているのか身体が重い。目をうっすら開けたがすぐさま閉じた。
今日は休み。もう少しだけゆっくり……

スゥ……スゥ……
と、すぐ傍で寝息が聞こえる。
そうか昨夜はあのまま……
眠気と悪戯心が自分に中に同居して、まどろみの中でゆっくり手だけを動かす。

ふに……
「ん……うぅん……」
一揉みするが、起きる様子はない。まだ眠っているようだ。
悪いな、三葉。今朝は俺の方が早く起きてしまったんだから仕方ない。そう、これは権利なんかじゃなくて義務だと思うんだ。

ふにふに……
「うん…ん……」

あれ……?
ふと感じる違和感。この懐かしさにも似た柔らかさは確かに三葉のはず。なのに何故、普段と違う感じがする?

ふに、ふに、ふにふにふに♪

何だ?この違和感の正体は!?
眠ったままではわからない。
ついに瀧は目を明けた。

ベッドの上、瀧の隣に添い寝しているのは確かに三葉。
揉んでいるのは確かに三葉さんのおっぱい。
そして顔を真っ赤にして怒ってらっしゃるのは確かに三葉様。
ただし、その姿は……

「た、た、た……!」
「み、みつは?」
「瀧くんのえっち!スケベ!!変態ーーーーー!!!」
「どわぁあああーーーー!!?」
思いっきり足で蹴っ飛ばされ、瀧はベッドから転がり落ちる。
「はあ…はあ…はぁ…」
「いててて…」
ぶつけた頭をさすりながら瀧はゆっくり上半身を起き上げた。
「もうっ、瀧くんは本当にえっちなんやから!」
布団を身体に巻きつけ、三葉は瀧を非難する。
が、三葉は自身の変化に気がついている様子はない。
「あ、あのさ?」
「なによ!」
「いや、三葉……だよな?」
「は?三葉やよ」
「………」
「……あれ?瀧くん、今日はえらい可愛い感じするね?」
「え……?」
「……え?」
目をこすり、互いを見合う。

「「ええええーーーーーーーー!!?」」

 


「飯、冷めるぞ」
「瀧くん、結構落ち着いとるね……」
「だってさ……夢だろ?これ」
「まあ、この都合の良さは夢っぽいけど……」
「やけにリアルだけどな」
ここは瀧の家。正確には瀧が高校時代に暮らしていた時の家。
家具やら何やらがあの頃のままの状態になっている。
父親は仕事なのか家には居ない。
まあ逆に、今は居ると大変困る訳だが……

「何でお互い高校生になってるんやろね?」
「俺が知るかよ」
朝、起きたら二人とも高校時代の姿になっていた。
理由はわからないまま、まずはお腹が空いたということで、部屋に並んで掛けてあった各々の制服に着替え、こうして正面に座って朝ごはんを食べている。
あの彗星に関する一連の出来事を経て、再び出逢えた時までの記憶はある。
本来の自分達は、この年齢で生きていた時代に三年間の開きがあるのだ。
だから同い年になるなんてことはありえない。
そう考えれば、やっぱりこれは夢なんだろう……

「どっちの夢なんやろうね?」
「三葉の夢だろ?」
「えー、なんでぇ?瀧くんが高校生の私に逢いたいって思った願望かもしれんし!」
「お前だって、高校時代の俺に逢いたいって思ったかもしれねえじゃん!」
「私の夢やったら、絶対、瀧くんに胸揉ませんもん!」
「それも三葉の願望かもしれねえだろ?」
「なっ!!?」
ニヒヒッと冗談交じりの瀧の言葉を真に受けて、顔を真っ赤にする三葉。
むぅぅ……と涙目になるとガタンとテーブルを揺らして立ちあがった。
そのままスタスタと瀧の部屋に入っていくと、部屋に置いてあった通学カバンを手に取り、玄関へ向かっていく。

「お、おい、三葉、どこ行くんだよ!」
「瀧くんのいじわる!もういいもん、瀧くんなんかキライやし!」
瀧の制止も止めずに靴を履こうとする三葉。
「ちょっと待てって!」
三葉の腕をつかむ瀧。それでも三葉はこちらを向かない。
「悪かったよ……。ちょっと三葉の姿が懐かしくて軽口叩きすぎた。ごめんな」
「知らん……」
「じゃあ、これはさ、二人の夢ってことでどうかな?」
「二人の……夢?」
「そうそう、俺達、夢の中で入れ替わってたくらいだし、二人で同じ夢見ることくらいできるんじゃねえの?」
プッと三葉は吹き出すと、やっと瀧の方へと顔を向けた。
「すっごい、ご都合主義やね?」
「夢だからな。夢ならなんでもありだ。」
「そっかぁ、なんでもありかぁ……」
楽しそうに呟く三葉。

腕を掴んだまま、瀧は改めて黒髪を組紐で結ぶ少女に見惚れていた。
そういえば、と胸の奥底を揺さぶる何かがある。
こうしてあの頃の彼女に会いたかった。会って彼女と色々なことをしてみたかった。
これは夢なんだろう。幻なんだろう。それでも目覚めるまでのひと時、彼女と一緒に過ごせるのなら。

「なあ、三葉、夢なんだから思いっきり楽しいことしようぜ!」
「うん!」
揺れる組紐、溢れる笑顔。
高校生の瀧と三葉の夢の一日が始まる。
「でも、"えっち"なのはいかんよ?」
「鋭意努力する……」

 

*   *   *

 

ガタンゴトン……とリズミカルに揺れる総武線
通勤ラッシュで込み合う車内。その中ほどで瀧は吊革を掴みながら片手で文庫本を読んでいた。
その正面に三葉が恥ずかしそうに立っている。
何か言おうか言うまいか迷いながら、それでも意を決したように、あの……とか細く声を出す。
「……瀧くん」
その声に反応し、瀧は本から目を離す。
「え……?」
「あの、私……」
三葉は自分を指さす。

「……覚えて、ない?」
「……みつ……は?」
自身の名前を呼ばれ、三葉は顔を綻ばせる。
「だって、え?なんでだよ!?」
「えへへっ、逢いに来ちゃった」
「本当に三葉……なんだよな?」
「何よ、疑っとるん?本物やよ、ほ・ん・も・の!!」
口を尖らせて三葉はもう一度自分を指さす。
「けどさ、本当になんで東京まで…?」
ふふーん♪と胸を張り、三葉は語りだす。
「私がセッティングしてあげた奥寺先輩とのデート。今回は残念ながら本物の瀧くんに譲ることになったけど、無事に成功したかどうか気になって……。だから様子、見に来ちゃったんよ」
「そうだったのか。でも、それなら大丈夫だ!三葉がセッティングしたデートプランはバッチリだったぜ!あと、お前が用意しておいてくれた厳選リンク集も大活躍だった。おかげで奥寺先輩も楽しんでくれたよ!」
「そうでしょ、そうでしょ♪瀧くん、私に感謝しないといかんよー」
「………」
「………」
ガタンゴトン……
――次は四ッ谷、四ッ谷、お降りの方は

「瀧くん、演技下手やね」
「お前がやらせたんだろ……。大体、なんだこのコントは?」
「コントなんてヒドイわ。……私、瀧くんに『誰?お前』って言われたの、かなりショックやったんやよ」
「それは、まだ俺がお前を知る前で……」
「それでも、『誰?お前』はないと思うんよ。せめて『どちら様でしょうか?どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?』くらい言って欲しかった……」
「男子中学生に、そこまで丁寧な対応求めるなよ!」
「とにかく!折角、同級生設定でお互いを覚えているんだから、まずは初めての出会いをやり直ししたいの!」
そういえば、こいつってたまにとんでもなくファンキーなこと考えるんだよな、と思いつつ、瀧はハァと深くため息を吐くのであった。

四ッ谷、四ッ谷に止まります。四ッ谷の次は――

電車が止まる。あの時はここで三葉が電車を降りた。
でも、今はこのまま。
メロディと共に扉が閉まる。
ガタ……ン、ゴトン……
しばし互いに無言のまま電車は進む。

「で、実際のところ……」
「え?」
電車の走行音で三葉の声が聞き取りづらい。
先ほどまで元気に話していたのに、急に声が小さくなった。
「悪い、聞き取れなかった」
瀧は少し背を屈め、三葉に顔を近づける。瀧との距離が近づくと、三葉の照れくさそうに視線を逸らす。
「えっと、あの……ね。実際のところ、奥寺先輩とのデートってどうだったのかなーなんて」
毛先に触れながら質問を投げかけた三葉に対し、思い出したくないような、言いにくいような、そんな表情のまま瀧は口に手を当てた。
「あー……その話か」
瀧の様子から察するに、あまり触れて欲しくないことは十分わかったが、それでも知りたくてしょうがないのか、三葉は続ける。
「それが気になって東京来たんやし……。できれば教えてほしいなーなんて」
「フられたよ」
「え?」
「やっぱり奥寺先輩みたいな大人の女性は、俺なんかとデートしても楽しくなかったんじゃないかな」
「そう……」
意外にサバサバと答える瀧に対し、申し訳なさそうに三葉は俯いた。
「三葉が気にする話じゃねえだろ。大体、お前が急にセッティングするから準備不足だったんだぜ。いつもの俺ならもう少しうまくやれてたはずだ」
「なに言うとるんよ。今まで彼女もいたことないくせに」
「あのな、俺はいないんじゃなくて」
「「作らないの!!」」
きれいに声が重なった。と同時にプッと笑い合う。
「まあ、瀧くんは女性に免疫なさそうやし、そもそも奥寺先輩みたいな素敵な女性とはつり合い取れんかったしねー」
「悪かったな……ガキで」
「だから、ね?」
三葉はまた自身を指さした。
「……うん?」
「私……くらいが丁度いいんじゃない?」
「え……」

その時、急に電車が大きく揺れた。
「キャッ!?」
「三葉!!」
バランスを崩した三葉の腕をとっさに瀧は掴む。そして、そのまま腕を引き胸元へ抱き寄せた。
「……田舎者は電車に慣れてないんだから、気をつけろよな」
「田舎者、言わんでよ」
「とにかく、しっかり掴まってろよ」
「うん……」
互いにこのまま電車が走り続ければいいのにな、と思いながら、三葉は遠慮がちに瀧の胸に寄りかかり、瀧は三葉の背中に回した腕に少しだけ力を込めた。

 

*   *   *


この夢は時間が経つにつれて、現実世界の記憶が曖昧になってくる。
夢から覚めると、夢の出来事を忘れていくように、夢の中では現実の記憶があやふやになっていくようだ。
だからだろうか、感覚や振る舞いが段々と高校時代のあの頃へと戻っていく。
再会し、互いの想いは伝え合ったはずなのに、理解しているはずなのに、何故か出逢う前の頃に戻ったように相手への興味が尽きない。
そう、妙に相手を意識してしまう……

 


「で、三葉はどこへ行きたいんだ?」
「まず行ってみたいところがあるんよ!」
そう言った三葉に引っ張られ、やってきたのは瀧もよく行くカフェ。
「ここのパンケーキ、もう一回食べたかったんよー♪」
手を合わせウットリとした表情で店の外観を眺めている。が、瀧としてはあまり気が進まない。
「なあ三葉、ここはやめね?」
「えーー!?なんでやの!!」
「いや、なんというか……」
口を尖らせ徹底抗戦の三葉。彼女にとっては光り輝く外観のようだが、瀧にとしてはゲームで言うところのイベント発生ないしはボス戦が始まる気配をひしひしと感じる。
「ふーん……まあ、よく考えてみたら、別に瀧くんおらんでもおひとりさまでもええし」
そう言うや否や、扉を開け店内へ進んでいく。
「いらっしゃいませー!」
「おい、ちょっと待てって!三葉」
「やっぱり瀧くん、来てくれた♪」
三葉を捕まえようと肩に手を置いた瀧に振り返り、三葉はニヒヒッと笑う。そして、なんか瀧くんの行動パターンわかってきた気がするんよ、と悪びれることなく続ける。
「ったく、お前の行動力、なんなんだよ」
「別に……ただ一緒に食べてみたかったんよ、瀧くんと」
照れくさそうに返す三葉にこう言われては、もう何も言えない。瀧は照れくさそうに首の後ろに手を当て、やってきた店員に2名です、と告げた。
そうして店員から奥へと促され、店内を見回すと、
「よう。」
「おう、瀧!」
はい、予想どおり。見知った友人A、Bがいた……


「えっと、初めまして?宮水三葉と言います」
ペコリと頭を下げると綺麗に結ばれた組紐が揺れる。
「初めまして。ええっと、俺は藤井司。で、こっちが、」
「高木真太っす。よろしく!」
はい♪とにこやかに三葉は返事を返した。そうして4人仲良く一つのテーブルを囲んでいる中、輪に加わらない人間が約一名。
「おーい、瀧」
「さてと、俺は何にしようかなぁ」
詳しい話を聞かせろ、という二人からの視線から逃げるように瀧はメニュー表に目を落とす。その様子を見て二人は呆れたように目を合わせると再び三葉へと視線を向ける。

「で、宮水さんだっけ?」
「はい」
「宮水さんは、瀧に何か弱みでも握られてるの?」
「え?」
「嫌々付き合ってるんだったら、俺らが後でちゃんと言い聞かせておくから、無理しなくてもいいんだぜ」
「え、ええと……」
「お前らなぁ……」
放っておけば何を言い出すかわからない。メニューから顔をあげると瀧は二人を睨みつける。
「だって、あり得ないだろう。なあ?」
司の言葉に、うんうんと高木も同調する。
「瀧がこんな可愛い子と二人きりで一緒に居るなんてな」
ありえない、ありえない……と二人揃って首を振る。
「でなきゃ夢だな」
「なるほど夢か」
互いに自分の頬をつねる。
「あ、俺、痛くねえわ」
「やっぱり夢か。宮水さん、早く目を覚ました方がいいですよ」
あははは……と三葉は苦笑いを浮かべ、隣の瀧はどんどん怒りのゲージが上昇中。

「俺を何だと思ってるんだよ!」
「だって、あの瀧だぜ?」
「1年の頃、お前に気があった子の気持ちに全く気づいてなかった鈍感な、あの瀧が!」
「いつもは喧嘩っぱやいのに、気になる子の前だとヘタレな、あの瀧が!」
「ムッツリスケベな、あの瀧が!!」
「なんだか残念な感じやね……瀧くん」
「スマン、もう勘弁してくれ……」
瀧は拝みながら懇願するが、いやまだまだ……と二人の話は尽きる様子がない。

「で、でも、いいところもあるんですよ!」
話を遮るように三葉は口を開くと、二人は会話を止めた。膝の上に手を置くと、視線を落としながら続ける。
「瀧くん、喧嘩っぱやいとこもあるんやけど、それは曲がったことが許せないっていうか。私、同級生にちょっと色々言われてて、キツかったんやけど、瀧くんのおかげで助けられたことがあって……」
話をしながら段々と三葉の頬が赤く染まっていく。
「あと、確かにヘタレなとこもあるんやけど、いざって時は頼りになるって言うか、私の本当に大変な時に駆けつけてくれて、その時も……」
本当に一生懸命、命がけで助けてくれました、そう言って顔をあげて微笑んだ。

その満面の笑みに司と高木も一瞬見とれてしまった。
「なんだよー!瀧、いい彼女じゃねえか。お前、ちゃんと大事にしろよな!」
バンバンと瀧の背中を高木が叩く。
「うーん、彼女……なのか?」
「さあ?どうやろうねぇ?」
これは夢だからだろうか、何となく確信の持てない瀧の問いに、とぼけるように三葉は答える。
「まだ正式に付き合ってないのか……。しっかりしろよ、瀧。これ逃したらお前、次のチャンスないかもしれないぞ」
「うるせえよ、司。こっちにも色々あるんだよ!」

「お待たせしました。こちらパンケーキのお客様は……?」
「はいはい!私!私です!!」
やってきたウェイトレスさん、いやパンケーキを見てキラキラした目で立ち上がる三葉。既に頭の中は恋バナではなく、食いバナになってしまったようである。

 

それから30分程が経過し……
「なあ、司」
「ああ」
身を乗り出して小さな声で話かけてきた高木に対し、同感だ、とばかりに司は頷いた。

「お前、どれだけ食うんだよ」
「ええやろ、どうせ夢なんやし。それに私、どれだけ食べても太らん体質やから大丈夫♪」
うん、美味しい♪と2つ目のパンケーキをパクつく。
「……クリームついてるぞ」
「え、どこ?」
「高校生にもなってみっともねえな」
瀧は三葉の口元についた生クリームを指で取るとペロッとなめる。
「た、瀧くん!そういうのがエッチや言うとるんよ!」
「ただのクリームじゃねえか。あ、そういえば、お前さっきスケベと鈍感は否定しなかったよな」
「だって本当のことやし」
「正常な男子高校生の行動だろ?それに俺は鈍感じゃねえよ!」
「瀧くんは、客観的に自分を見れないんやね……」
「憐れんだように言うんじゃねえよ!」

司は眼鏡をクイッとあげる。対面に座る二人はパンケーキを食べながら夫婦漫才を繰り広げている。
彼女が幸せそうにパンケーキを食べてる姿はなんとも微笑ましいが、瀧がイチャついてる姿をここまで目の前で見せつけられても逆に腹が立ってくる。
「あの瀧も、彼女ができるとここまで変わるんだな」
しみじみと呟く高木の言葉のせいなのか、一瞬、司は三葉の姿が瀧に重なって見えた。
「というか、なんか雰囲気が似てるよな、あの二人」
「……それは、なんとなくわかる気がする」
「お似合いってやつか」
「……だな」
行くか?という高木の言葉に司は頷き、二人は席を立つ。
「俺らは先にお邪魔するけど……」
「ここはお前の奢りな?」
二人は同時にビシッと瀧を指差した。
「はぁっ!?」

「宮水さん、さっきは色々言ったけど、こいつ本当にいい奴なんで」
「良かったら付き合ってあげて下さい」
「はい」
席から立ち上がると、三葉は大きく一礼する。
「あの……二人も色々助けてくれてありがとう」
言葉の意味はよくわからないが、女の子から正面きって御礼を言われ、司と高木は顔を赤らめながらああ、とか、別に気にしない下さいとか適当に返答する。
だが、その後ろで不機嫌そうな顔をしている瀧を認めると苦笑しながら肩を竦める。
「じゃあな。お二人ともごゆっくり」
「あとで結果教えろよな」

瀧って意外と嫉妬深いんだなぁ……
そうだな。ま、男の嫉妬はみっともないけどな。
あはははは……
そんな会話が瀧の耳に届く。

「わざわざ聞こえるように言いやがって」
「でも、二人に会えて良かったよ」
「……あ、あのさ、お前、司のこと」
「ん?」
「いや、何でもねえ……」
入れ替わってた時、自身(in三葉)と司がベタベタしてたことが思い出されて、ほろ苦い気分になったが、確かに男の嫉妬はみっともない。誤魔化すようにブラックコーヒーに手を伸ばす。
「瀧くん」
「ん?」
「はい、あーん♪」
「バカッ、できるかよ!」
そんな言葉は意に介さず、三葉は小首を傾げながらニコニコと瀧の口の前にパンケーキを一切れ差し出している。
「こんなこと瀧くんにしかせんよ?」
「……わかった」
パクッと食べたパンケーキはとても甘い味がした。それは元からなのか、三葉の想いがトッピングされていたからなのか……

 

*   *   *


この夢の中での二人の関係は何なのだろう。
未来では付き合ってるのかもしれないが、今は高校の同級生というご都合設定。
本来あるはずの年の差も、あのかけがえのないカタワレ時の邂逅も、そして出逢うまでの日々も、二人は確かに知っている。
だけど……どうしてだろう?互いの胸にあるのは、あの頃に望んでたような、逢いたかったという感覚。
もしも、三年という時間の差がなければ、こんな風に出逢えていたのだろうか?
ただそれは、夢でもなければ、絶対叶えられることはないのだが……

 

ここは新宿。意気揚々と三葉が先を歩いていく。
瀧も見知ったルートだが、この先にあって三葉が知ってそうなところと言えばひとつしかない。
「お前、まさかまだ食べるつもりか?」
「あ、わかった?そう。瀧くんのバイト先、一度働いているところ見てみたかったんよ」
「俺は今日はシフト入ってねえぞ」
「瀧くんやないよ?」
「へ?」


「いらっしゃいませ!あら、瀧くん。珍しいわね」
「奥寺先輩……どうも」
昼間に奥寺先輩シフト入ってるし、いくら夢だからって都合良すぎるって……。
瀧は心の中で突っ込みを入れる。
「うーんと……今日は学校、サボりってところかな?」
「あ、いや、えーと……創立記念日ということで」
「ふーん……それで今日はデートしてるって訳ね♪」
後ろでモジモジしている女の子の存在を瀧の肩越しに認めると、奥寺先輩はニヤニヤした表情に変わる。
耳元に近づくとそっと小さな声で呟いた。
「やるねぇ、瀧くん♪」
「ちょっ、やめてくださいよ、まだ微妙な関係なんで」
「あら、そうなの?」
「あ、あ、あの!」
ここで瀧のずっと後ろにいた三葉が瀧を押しのけて前に出た。
「初めまして!宮水三葉です!!」
三葉一礼。その姿に瀧と奥寺先輩は固まる。
「み、三葉、声でけぇよ」
「だ、だ、だって本物の奥寺先輩やし!やっぱり凄い綺麗やし!この姿で会うの初めてやから、な、なんか緊張してしまうんよ!」
オロオロする三葉を見て、奥寺先輩は吹き出す。
「ごめんなさい、挨拶は後にしましょ。どうぞ、こちらへ」
仕事の顔に戻ると、スマートかつ丁寧にテーブル席へと二人を促した。


「じゃあ、ランチセット二つで」
「はい、ランチセットお二つですね。お飲み物は?」
「俺はホットコーヒーで。三葉は?」
「えっと……ホットティーをお願いします」
「はい、ランチセット2つにお飲み物はホットコーヒーとホットティーですね。少々お待ち下さい」
奥寺先輩はオーダーに向かう。その後ろ姿を三葉は見とれている。
「やっぱり素敵やね、奥寺先輩♪」
「これ、絶対お前の夢だろ?」
「えー、そうかなぁ?でも、奥寺先輩に会えるんやったら、もう私の夢でええよ~」
対面に座る瀧の存在は既に意識の外になりつつある。
「俺が奥寺先輩に見とれるならわかるけど、なんでお前がそこまでになるんだよ」
「おや、妬いとるね?瀧くん」
「妬いてねえよ」
ふてくされる瀧の方にやっと意識が向いて三葉は理由を語り始める。
「奥寺先輩な、本当、女性の目から見ても憧れてしまうんよ♪綺麗でお洒落で、それでいてカッコよくて。私、糸守じゃお姉さんやろ?四葉四葉で妹として可愛いんやけど、私もあんなお姉ちゃん欲しいなぁって思ってまって」
「妹になりたい願望?」
「どうなんやろねぇ?」
「しかし、今の三葉に大人の色気とか想像つかねぇなぁ……」

「瀧くん?そんなこと言ってると女の子に嫌われるわよ?」
いつの間にか瀧の背後に奥寺先輩。
「す、すみません……」
瀧はテーブルに額をつけるようにうつ伏せ、そのままの状態を続ける。
「改めまして、初めましてでいいかしら?宮水さんだっけ?」
「はい、宮水三葉です」
「へえ、可愛らしい名前ね。三葉ちゃんって呼んでもいいかしら?」
「あ、はい!もうお好きなように!」

そこから二人の会話が弾む弾む……
瀧とは1か月程前にSNSで知り合った関係ということ(設定上)
今日はたまたま互いに学校が休みなので、東京見物のために上京してきたということ(設定上)
瀧くんから奥寺先輩のお噂はかねがね……(設定上)
あとその他設定etc

奥寺先輩、仕事はいいんですか……?
そんな言葉が瀧の口から出掛かるが、あまりに蚊帳の外状態で何も言うことができない。
何より、三葉が楽しそうだった。
妬いてるのとはちょっと違って、こうして女性同士の会話で楽しそうに笑ってる三葉を見てるのもいいな、と思った。
そんな視線に気がついたのか、三葉がこちらに顔を向ける。
「あ、ゴメン、瀧くん。なんや私ばっかり奥寺先輩と話してて」
「いや、気にしなくていいよ。俺、ちょっとトイレ行ってくるから」
二人の時間の邪魔をしないようにと瀧は席を立った。
奥寺先輩はふぅん、と意味ありげに、それでいて優しい目で瀧の後ろ姿を見つめていた。

「あの、奥寺先輩?」
「あ、ゴメンね、三葉ちゃん。ちょっと意地悪しちゃって」
「瀧くんなら大丈夫やと思いますよ。奥寺先輩に憧れてますし」
「ううん。瀧くんじゃなくて三葉ちゃんに」
「え?」
何を言ってるのかわからないという表情の三葉に、奥寺先輩は少しだけ真剣な表情で呟いた。
「私、この前、瀧くんにデート誘われたんだけど、結局フられちゃってね」
「ええっ!?だって瀧くん、さっき自分がフられたって」
「それは、カタチとしてはそうなるのかな?……でも本当に、年下だけど、最近の彼を見ててちょっといいなって思ってたんだよね」
奥寺先輩の言葉に、三葉も何か言おうとするが、何も出てこない。
まさか憧れの奥寺先輩が、本当は瀧に気があるのなら相思相愛になるではないか。
自分ではどう足掻いても勝てそうにない相手を前に、三葉の心は委縮していく。
「瀧くん、今はもう他に好きな子がいるみたい」
「え?他に好きな……子?」
まさか奥寺先輩以上の女性(ひと)がいるというのか!?
一体誰だというのだ。
三葉は更にうなだれる。

そんな三葉の様子が可笑しくて、奥寺先輩は吹き出す。
「瀧くんが好きなのは、きっとあなたよ」
「へ……?」
固まる三葉。瀧が自分を好きだということより、奥寺先輩を超える要素が自分のどこにあるのかわからず混乱する。
「だから、あなたと瀧くん、ちょっとお話させたくなくて意地悪しちゃった」
いたずらっぽい表情でペロッと舌を出す。
「ごめんなさいね。でも、話してて思ったわ。きっとあなたが瀧くんを変えたのね……」
「変えた?」
「三葉ちゃんと知り合って瀧くん自身も成長したんじゃないかな?だから、最近の瀧くんがいいなって思えたのはきっと三葉ちゃんのおかげ」
「………」
確かに自分も瀧の存在があって変われたところがあったかもしれない。だからあの時、東京に行ったんだ。
そして……
「話、長くなっちゃったわね。それじゃ仕事戻るから。瀧くんとごゆっくり♪」
フロアで、戻ってきた瀧の肩をポンッと叩き、奥寺先輩は仕事へと戻っていった。
「いいのか、話」
「うん、いっぱいお話できた。やっぱり素敵やね、奥寺先輩は」
「まあな。でもさ、三葉は三葉でいいとこいっぱいあるからな。俺はちゃんと知ってるから……」
「うん。ありがとう、瀧くん」
やけに素直な反応に瀧は一瞬怪訝そうな顔をするが、食べよ、という三葉の言葉に頷くとフォークを手に取った。


「「ご馳走さまでした。」」
「ありがとうございました。」
会計を受けながら、接客スマイルの奥寺先輩。
「瀧くん、三葉ちゃんをちゃんと大事にしなさいよ」
「はい!」
迷うことなく即答した瀧に、奥寺先輩は少し驚いた顔をする。
「そんな表情、デートの時にも見せて欲しかったかな?」
「え?あ、いや、本当スミマセン……」
頭を掻く瀧。その隣で三葉は奥寺先輩に丁寧にお辞儀する。

――並んだ姿が本当にお似合い

そんな風に思いながら、奥寺先輩は綺麗な白い手を振る。
「じゃあね。瀧くんも三葉ちゃんも、二人でしあわせに」
その言葉に、三葉の表情が一瞬曇る。だが、次の瞬間にはそれは何かの見間違いだったかのように、はい、と三葉は明るい笑顔で応えていた。
そんな彼女を横目に見ながら、いつになく不器用そうな笑顔だな、と瀧には思えた。


つづく